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第一部 悪役令嬢の幼少期
19 特訓
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だんだんと日中暖かい日が増えてきた。原作で寒い冬の日に死ぬ予定だったフローレス家の子ども達は全員元気に春を迎えることができそうだ。
「眠~い」
などとだらけた言葉を言ったのは私ではない。ルカである。ルカは最近、寝る前のお楽しみである『機械話』ができないほど疲れている。本格的な魔力量アップの訓練が始まったのだ。
◇◇◇
「私も特訓したい!」
「ダメです」
特訓初日、ルカと一緒にアリバラのレッスンを受けたいと頼んではみたが、けんもほろろに断られてしまった。
「あって困るもんでもないじゃないですか!」
ダメもとでアリバラに食い下がってみる。せっかく転生したんだから私だって無双したい。万能感を味わいたい。
「リディアナ様は適応外だからです」
「あなたはこっちよぉ」
急に母の声が聞こえた。アリバラは急に部屋に入ってきた母に頭を下げている。
「弟の邪魔したらダメじゃなぁい」
頑張ってね! とルカに声をかけて私の手を引いて部屋をでた。
「お母様はどんな特訓をするかご存知なんですか?」
そもそも原作で魔力量アップの方法なんて出てこなかった。打倒リディアナの作戦を立てている時すらそんな話はなかったのだ。だいたい魔力量を増やせるならこの国の人がやらないなんて考えられない。魔力量の多さはそれだけでステータスになる。格が上がるのだ。
「私も知らなかったわ。だけどアリバラの国ではわりと知られた方法だったらしいのよ。だからまぁ今となってはこの方法を使える人なんてあまりいないかもしれないわねぇ」
母もアリバラの事情は知っているようだ。
「簡単に言うと、魔力をギリギリまで使い切るんですって」
「そんなことして大丈夫なんですか!?」
この世界の人は魔力がなくなったら死んでしまう。そんな危ない訓練を許したのか。
「そんな顔しないで。私も許可するかは迷ったのだけれど……ルカがあまりにも真剣だったから」
やっぱりルカ、悩んでたんだな。そんなこと気にしなくていいのにと言ってあげたいけれどこの国の貴族として生まれてきた以上、そんな言葉はただの綺麗事だろう。
「この訓練にはいくつか条件があって、まず幼いこと、魔力操作が十分にできること、そしてアリバラのような魔力量・魔力操作共に高レベルの魔術師が必要らしいわ」
ということは、私は魔力操作の面で不適合だったということか。
「あなたは魔力が多すぎてダメなんですって。一日で使い切ることが難しいから」
「人より多いとは言っても……シェリーを治した時はギリギリでした」
その次のソフィアの時もそれなりに魔力がなくなるのを感じた。『膨大な魔力』とはいってもこんなものなんだろう。だからこそ魔力操作がより重要なのかもしれない。
「それはリディ! 病み上がりだからそんなものよ。魔力だって散々吸われてたんだし」
「え!?」
「……魔力だって使ってしまったら回復するのに時間がかかるわ。たいていの人は一晩寝れば元に戻るけど、あなたはそんなレベルではないのよ」
そんな設定初めて知った。そうか、あの時は魔力回復前に妹弟を治療をしたから早々にダウンしてしまったのか。
「こんな基礎的な事を教えていないなんて……あなたがこれまでの教育係を追い出した理由がよくわかったわ!」
「うっ……」
それを言われると心が少々痛む。歴代の教育係を追い出したのはおべっかを使ってすり寄ってきたり、ルカと比較して私を褒めたり、高圧的な態度でやり込めようとしたり……が理由であって、物事を教えるという点では特に問題はなかったのだ。つまり、私が悪い。
母に手を引かれてたどり着いたのは、家で一番いい客室の前だった。
「さあ、あなたも今日から特訓よ!」
部屋の中には粗末な服を着た一人の男性がニコニコと立っていた。母と同じ髪色で、お婆様と同じ薄い紫色の瞳を持っている。そしてなによりイケおじだ。これはどう見ても我が家の親戚だろう。だけど一度も見かけたことがない。見ていたら絶対に忘れたりしない。
「はじめましてリディアナ。僕はルーク・フローレス。君の伯父さんだよ」
え?
「リ、リディアナ・フローレスでございます……」
反射的に挨拶を返してしまったが、すぐに母の方を見る。伯父だって? 母は叔母との二人姉妹のはずだ。一度だって伯父の話は聞いたことがない。
「私の双子の兄なの」
「双子!?」
母はとても嬉しそうに紹介してくれた。戸惑っている私を見て伯父が説明してくれた。
「いやぁ十五歳で家出をして冒険者になったんだ。君のお爺様に勘当されちゃってね! サーシャが当主になってくれたから戻ってこれたんだよ」
あははと笑っている。勘当されたことなんて気にしていないのだろう。
領地の屋敷の中にもそれらしき形跡が全くなかったことを思うと、本気で息子の存在を消し去ったのだ。私の祖父は。
「ルークが今日からあなたの先生よ!」
「先生……と言いますと?」
「本格的に治癒魔法を習得してもらうわ!」
おお! ついにこの日が来た!
「本当は私が教えてあげたいのだけれど……ごめんなさいね」
私の身近にいる治癒師といえば、母か叔母なのだが、どちらもかなり忙しい身の上だ。なかなかゆっくりと時間は取れない。
「ルークは兄弟の中で一番の治癒師だったわ! しっかり教えてもらってね」
「プレッシャーだなぁ。もうずっと前の話じゃないか」
二人して笑っている。とても仲が良かったのだろう。昔の話とは言っても母と叔母よりすごい治癒師なんていたのか。ということはこの国一番の治癒師になるのでは?
「さてじゃあ先に体を洗ってこようかな。久しぶりに貴族の屋敷に入るまで自分の状態に気がつかなかったよ」
「すぐにお湯を用意させるわ」
「それじゃあリディ、またあとでね」
母と同じ、お茶目な表情で笑いかけてくれた。
◇◇◇
「眠いくらいならいいじゃない。最初は言葉もなく倒れこんでたんだから」
ルカはなんとか眠気に抗っているようだ。特訓が始まる前、生活家電についてあれこれ話していたので、その続きを聞きたがっていた。
「それは……そうかも……」
「ルカ……?」
眠ってしまった。エリザを呼んで私のベッドからルカを運び出してもらう。どうやら特訓の成果は徐々に出ているようだった。
私はというと、明日から実地訓練に入る。王城内にある騎士団の訓練場にしばらく常駐させてもらうのだ。
「お嬢様、ホットミルクをお持ちしました」
「ありがとう」
まだ朝晩は少々冷える。マリアが入れてくれたホットミルクが体に染み入って美味しい。
「先日は弟を治療していただきありがとうございました」
マリアが珍しく真面目な顔で深々と頭を下げた。
「いえいえ。あれから大丈夫?」
「はい! おかげ様で仕事にも復帰できています」
マリアの弟は荷馬車の御者だ。先日王都へ大物の荷物を運んできた際、誤って荷物の下敷きになってしまい腕も足も骨折するという事故にあってしまう。
知らせを受けたマリアについて行き、その場で治療させてもらった。すでに屋敷中の人間の治療をし尽くしてしまっていたので、こちらとしてもいい経験になった。大怪我する人はなかなかいないし……。
「……あの、治療費は本当にあれでよろしいのでしょうか」
マリアにしては声が小さい。今回の治療費は相場の十分の一程度、それでも彼女の弟にしてみれば安い金額ではない。
「後でもっと払えなんて言わないわよ!」
からかうように伝える。
「申し訳ございません! これで弟も生活を続けられます」
「私はまだ治癒師と名乗るには未熟だわ。なのに練習台になってくれたのだから。お互い様よ」
屋敷内の人間は身内みたいなものなのでもちろん治療費は取らないが、それ以外の人間を治療したのにお金を取らないと問題になるのだ。治癒魔法は高くつくことはこの国の人間全員が知っている。あまりに安い時はそれなりに理由をつけなければならない。
「いいえ。お嬢様の治癒魔法はもう十分なお力があります」
「あなたがそう言ってくれるってことは少しくらい自信を持ってもいいかしら」
明日のことを考えると本当に緊張してくるのだ。騎士団の訓練場には時々フィンリー様がいる。カッコ悪いところは見せたくない。
原作のリディアナは治癒魔法が苦手だった……この事実がどうしても頭に残っていて、不安が消えない。
(私は私、原作は原作!)
何十回目かの暗示を自分にかけて、眠りについた。
「眠~い」
などとだらけた言葉を言ったのは私ではない。ルカである。ルカは最近、寝る前のお楽しみである『機械話』ができないほど疲れている。本格的な魔力量アップの訓練が始まったのだ。
◇◇◇
「私も特訓したい!」
「ダメです」
特訓初日、ルカと一緒にアリバラのレッスンを受けたいと頼んではみたが、けんもほろろに断られてしまった。
「あって困るもんでもないじゃないですか!」
ダメもとでアリバラに食い下がってみる。せっかく転生したんだから私だって無双したい。万能感を味わいたい。
「リディアナ様は適応外だからです」
「あなたはこっちよぉ」
急に母の声が聞こえた。アリバラは急に部屋に入ってきた母に頭を下げている。
「弟の邪魔したらダメじゃなぁい」
頑張ってね! とルカに声をかけて私の手を引いて部屋をでた。
「お母様はどんな特訓をするかご存知なんですか?」
そもそも原作で魔力量アップの方法なんて出てこなかった。打倒リディアナの作戦を立てている時すらそんな話はなかったのだ。だいたい魔力量を増やせるならこの国の人がやらないなんて考えられない。魔力量の多さはそれだけでステータスになる。格が上がるのだ。
「私も知らなかったわ。だけどアリバラの国ではわりと知られた方法だったらしいのよ。だからまぁ今となってはこの方法を使える人なんてあまりいないかもしれないわねぇ」
母もアリバラの事情は知っているようだ。
「簡単に言うと、魔力をギリギリまで使い切るんですって」
「そんなことして大丈夫なんですか!?」
この世界の人は魔力がなくなったら死んでしまう。そんな危ない訓練を許したのか。
「そんな顔しないで。私も許可するかは迷ったのだけれど……ルカがあまりにも真剣だったから」
やっぱりルカ、悩んでたんだな。そんなこと気にしなくていいのにと言ってあげたいけれどこの国の貴族として生まれてきた以上、そんな言葉はただの綺麗事だろう。
「この訓練にはいくつか条件があって、まず幼いこと、魔力操作が十分にできること、そしてアリバラのような魔力量・魔力操作共に高レベルの魔術師が必要らしいわ」
ということは、私は魔力操作の面で不適合だったということか。
「あなたは魔力が多すぎてダメなんですって。一日で使い切ることが難しいから」
「人より多いとは言っても……シェリーを治した時はギリギリでした」
その次のソフィアの時もそれなりに魔力がなくなるのを感じた。『膨大な魔力』とはいってもこんなものなんだろう。だからこそ魔力操作がより重要なのかもしれない。
「それはリディ! 病み上がりだからそんなものよ。魔力だって散々吸われてたんだし」
「え!?」
「……魔力だって使ってしまったら回復するのに時間がかかるわ。たいていの人は一晩寝れば元に戻るけど、あなたはそんなレベルではないのよ」
そんな設定初めて知った。そうか、あの時は魔力回復前に妹弟を治療をしたから早々にダウンしてしまったのか。
「こんな基礎的な事を教えていないなんて……あなたがこれまでの教育係を追い出した理由がよくわかったわ!」
「うっ……」
それを言われると心が少々痛む。歴代の教育係を追い出したのはおべっかを使ってすり寄ってきたり、ルカと比較して私を褒めたり、高圧的な態度でやり込めようとしたり……が理由であって、物事を教えるという点では特に問題はなかったのだ。つまり、私が悪い。
母に手を引かれてたどり着いたのは、家で一番いい客室の前だった。
「さあ、あなたも今日から特訓よ!」
部屋の中には粗末な服を着た一人の男性がニコニコと立っていた。母と同じ髪色で、お婆様と同じ薄い紫色の瞳を持っている。そしてなによりイケおじだ。これはどう見ても我が家の親戚だろう。だけど一度も見かけたことがない。見ていたら絶対に忘れたりしない。
「はじめましてリディアナ。僕はルーク・フローレス。君の伯父さんだよ」
え?
「リ、リディアナ・フローレスでございます……」
反射的に挨拶を返してしまったが、すぐに母の方を見る。伯父だって? 母は叔母との二人姉妹のはずだ。一度だって伯父の話は聞いたことがない。
「私の双子の兄なの」
「双子!?」
母はとても嬉しそうに紹介してくれた。戸惑っている私を見て伯父が説明してくれた。
「いやぁ十五歳で家出をして冒険者になったんだ。君のお爺様に勘当されちゃってね! サーシャが当主になってくれたから戻ってこれたんだよ」
あははと笑っている。勘当されたことなんて気にしていないのだろう。
領地の屋敷の中にもそれらしき形跡が全くなかったことを思うと、本気で息子の存在を消し去ったのだ。私の祖父は。
「ルークが今日からあなたの先生よ!」
「先生……と言いますと?」
「本格的に治癒魔法を習得してもらうわ!」
おお! ついにこの日が来た!
「本当は私が教えてあげたいのだけれど……ごめんなさいね」
私の身近にいる治癒師といえば、母か叔母なのだが、どちらもかなり忙しい身の上だ。なかなかゆっくりと時間は取れない。
「ルークは兄弟の中で一番の治癒師だったわ! しっかり教えてもらってね」
「プレッシャーだなぁ。もうずっと前の話じゃないか」
二人して笑っている。とても仲が良かったのだろう。昔の話とは言っても母と叔母よりすごい治癒師なんていたのか。ということはこの国一番の治癒師になるのでは?
「さてじゃあ先に体を洗ってこようかな。久しぶりに貴族の屋敷に入るまで自分の状態に気がつかなかったよ」
「すぐにお湯を用意させるわ」
「それじゃあリディ、またあとでね」
母と同じ、お茶目な表情で笑いかけてくれた。
◇◇◇
「眠いくらいならいいじゃない。最初は言葉もなく倒れこんでたんだから」
ルカはなんとか眠気に抗っているようだ。特訓が始まる前、生活家電についてあれこれ話していたので、その続きを聞きたがっていた。
「それは……そうかも……」
「ルカ……?」
眠ってしまった。エリザを呼んで私のベッドからルカを運び出してもらう。どうやら特訓の成果は徐々に出ているようだった。
私はというと、明日から実地訓練に入る。王城内にある騎士団の訓練場にしばらく常駐させてもらうのだ。
「お嬢様、ホットミルクをお持ちしました」
「ありがとう」
まだ朝晩は少々冷える。マリアが入れてくれたホットミルクが体に染み入って美味しい。
「先日は弟を治療していただきありがとうございました」
マリアが珍しく真面目な顔で深々と頭を下げた。
「いえいえ。あれから大丈夫?」
「はい! おかげ様で仕事にも復帰できています」
マリアの弟は荷馬車の御者だ。先日王都へ大物の荷物を運んできた際、誤って荷物の下敷きになってしまい腕も足も骨折するという事故にあってしまう。
知らせを受けたマリアについて行き、その場で治療させてもらった。すでに屋敷中の人間の治療をし尽くしてしまっていたので、こちらとしてもいい経験になった。大怪我する人はなかなかいないし……。
「……あの、治療費は本当にあれでよろしいのでしょうか」
マリアにしては声が小さい。今回の治療費は相場の十分の一程度、それでも彼女の弟にしてみれば安い金額ではない。
「後でもっと払えなんて言わないわよ!」
からかうように伝える。
「申し訳ございません! これで弟も生活を続けられます」
「私はまだ治癒師と名乗るには未熟だわ。なのに練習台になってくれたのだから。お互い様よ」
屋敷内の人間は身内みたいなものなのでもちろん治療費は取らないが、それ以外の人間を治療したのにお金を取らないと問題になるのだ。治癒魔法は高くつくことはこの国の人間全員が知っている。あまりに安い時はそれなりに理由をつけなければならない。
「いいえ。お嬢様の治癒魔法はもう十分なお力があります」
「あなたがそう言ってくれるってことは少しくらい自信を持ってもいいかしら」
明日のことを考えると本当に緊張してくるのだ。騎士団の訓練場には時々フィンリー様がいる。カッコ悪いところは見せたくない。
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