悪役令嬢は推しのために命もかける〜婚約者の王子様? どうぞどうぞヒロインとお幸せに!〜

桃月とと

文字の大きさ
23 / 163
第一部 悪役令嬢の幼少期

20 実践

しおりを挟む
 伯父の指導方針は徹底的な実践訓練だった。曰く、治癒師の能力向上に必要なのは数をこなすことらしい。

「昔さ、平民街に潜り込んで無料で治療をしてたんだ。バレた時はそりゃあ大目玉だよ!」
 
 滅茶苦茶怒られたと言うわりには、はしゃいだように話す。

「だけどあの時期、僕とサーシャとリリーのやってた事の差ってこれくらいなんだよね。大なり小なり数をどれだけこなしたかどうかってだけ」
「なぜそんなことを?」

 フローレス公爵家の長男が? 実は前世の記憶があって、その倫理観に引っ張られたとか?

「僕だって無料で治療がどれだけまずいかは知っていたよ。実際大変な目にもあった。患者が殺到してね、魔力がなくなって治療を断ったらそりゃあ皆怒り狂うんだ。まあそれが騒ぎになってバレちゃうんだけどね」

 やっぱり楽しそうに話す。伯父にとってはトラブルも懐かしくっていい思い出なのかもしれない。……お祖父様、大変だったろうな……。

「本当は騎士団に従事して魔獣退治や紛争地帯を周りたかったんだ。実践経験を積んで入隊を認められたかったんだよ。あの時は今よりきな臭い雰囲気があちこちであったからね……どうにか騎士団の力になりたくて。だけど父が許してくれなかった」
「伯父様、一応公爵家の長男ですものねぇ」
「あはは! いや本当にその通りなんだよね。僕も意地になっちゃって。今ならわかるんだけどな」 

 思わず笑ってしまったら伯父は嬉しそうだった。

「それで数をこなせって話なんだけど、怪我も病気も個人差があるだろう? 結局それぞれに合わせて治癒魔法をかけるのが一番治りが早いし魔力効率がいいんだ。でもどの程度の傷や病に、どの程度の魔力量を使えばいいか簡単にはわからない」
「だから出来るだけ数をこなして魔力の使用量を覚えるのですね」
「そうそう! 自然と体が覚えるよ」

 伯父は確信しているように言う。

「さあまずは、この屋敷内にいる人のどんな傷も三十秒で治るようしよう! 軽いのも重いのもね」

 なんだか当たり前の事に思えた。これまでだってそうしてきたのだから。が、実践してみると難しい。
 突き指や木の棘が刺さった傷なんか、どう考えも三十秒かからない。それでもあえて三十秒かけて治すのだ。これはアリバラ先生の時に散々魔力の出力を抑える練習をしていたのが役にたった。

「すごいじゃないか! 僕はこれに一ヶ月はかかると思ってたんだよ」

 今度は逆に三十秒で治すのが難しいパターンだ。大きな火傷を治療した際、焦って魔法が不安定になった。魔力量の出力を無駄に上げてしまったのだ。なのに三十秒経っても治癒魔法のコントロール不足で完治せず、相手の痛みを長引かせてしまったという罪悪感が残った。

「秒数指定してあると、基準があってわかりやすいだろ?」
「はい。小さい傷はだいたい掴めた気がします」
「僕もそう思うよ! ただまだ大きな傷は手ぐせで魔法をかけてるね」

 うっ……バレている。大き目の傷はついついなんとなくで治してしまう。こなす数も少ない分まだコツを掴めていない。

「特訓の成果はどう?」

 母は忙しい中、度々私の特訓に顔を出してくれた。

「予定よりずっと進みが早いよ! 大き目の傷の治療があまりできないのはこの家にとってはいい事だしね」
「それに関しては騎士団に話を通しておいたわ。まあもう少し先の話だけど」

 騎士団か……あのパーティの時かな?

「よし! それじゃあそれまでコツコツ頑張ろうね!」

 伯父と話していると、作中には記載されてない様々な情報が手に入った。

「治癒師によっては、どんな傷にも一定の魔力量の治癒魔法しか使わないって言う人もいるんだ。軽い時は回数を少なく、重ければ複数回治療魔法をかけるんだって。その方が料金を明確に出来るってね」
「まさに商売って感じですね」

 二人で昼食をいただきながら、世界情勢について教えてもらう。原作では国外のことは名前くらいしかでなかったので興味深い。

「そうだね。平和な場所では料金のふっかけがない分、治療を受ける方は安心なのかも」
「平和な場所では……ですか」
「うん。災害や戦争が起きているところだと、一刻一秒を争うことばかりだからね。悠長に回数かけてる場合じゃないんだ」

 確かにそうだろう。最悪への備えというのは大事だ。肝心な時に力を使えなければ意味がないし。

「それにね、僕達はフローレス家だよ。最高にカッコいい治癒師でいなきゃ」

 当主としての顔をしている時の母とそっくりだ。

「でも平民からしてみれば、あらかじめ払う金額がわかっているのは確かに助かりますね」

 お茶を注いでくれたマリアの言うことも一理ある。一応治癒魔法の相場というものはあるのだが、言い値である以上はよっぽどの金持ち以外、治療後に膨大な金額をされるかもしれないという不安がつきまとうだろう。

「失礼いたします」

 エリザが入ってきてマリアに何か耳打ちした。みるみるマリアの顔が青ざめていく。

「どうしたんだい?」

 マリアの顔に絶望が見えた。

「あ……申し訳ありません。今日は失礼いたします……」

 消え入りそうなマリアの声、どう考えても何かあったのだろう。お節介かもしれないが追いかけて声をかけた。なんせ私は悪役令嬢。つまり貴族だ。役に立てることは多い。

「マリア! どうしたの?」
「弟が……荷馬車の下敷きになったと……」

 すぐにマリアの手を取った。マリアは一週間も前から弟に会えることをとても楽しみにしていたのだ。

「貴女は治癒師の名門に勤めているのよ! なのにつれないじゃない」
「お、お嬢様……」

 マリアの目には涙が浮かんでいた。彼女は雇い主である私にかなりフランクに接しているが、実際の所、自分が平民だということを弁えていたのだとこれでよくわかった。うん。やっぱりそれはちょっと寂しいわね。

「行きましょう!」

 すでに伯父が家の馬車を玄関まで呼び寄せており、すぐに出発することができた。

 到着した時、マリアの弟はまだ荷崩れした荷馬車の側に寝かされていた。痛みでうめいているの声が聞こえる。
 そこで伯父がコッソリと耳打ちをしてきた。

「この国で僕が彼を治してしまうと、彼は莫大な借金を背負うことになってしまう……わかるね?」
「治癒師見習いの私なら、練習台として割引価格でいけますわ」

 カッコよくニコリと笑いたかったけど引き攣ってしまった。

「これは三十秒でなくて大丈夫。側にいるからね」

 伯父は私の緊張に気づいたのだろう、優しく背に手を当てて安心させてくれた。

「マリア! 私が治療いたします」

 必死に弟に声をかけていたマリアを退ける。

(ふう……まずは全身をスキャンよ……それからどうするか決める)

 伯父から事故の場合は必ず一度全身をチェックするように言われていた。パッと見でわかるところだけでなく、実は他の場所も痛めていることが多々あるそうだ。

『時間が経って、それが原因で亡くなる人もいるからね! 焦らずしっかり見るように』

 両足だけでなく、左腕と右手首も骨折していることがわかる。一部の内臓にも痛みが出ているようだ。かなり強い痛みなのだろう、息遣いが荒い。
 
(一つ一つ治している場合じゃないわね)

 そのまま異常が感じられる箇所に同時に治療魔法をかけ始める。今日ほどアリバラ先生の魔力操作の授業に感謝した日はない。あの時疑ってごめんね先生!
 三分ほどで全ての治療が完了した。呼吸が安定しているのを確認する。

「お嬢様! 本当に……なんとお礼を申し上げたらいいか……」

 顔をぐちゃぐちゃにして泣いているマリアにハンカチを渡す。ふと見ると自分の手が震えていた。

「いいから弟さんの側に」

(悪役令嬢でもこんな緊張するんだ……)

 そんな自分がちょっと意外だった。 

「すごい! よくやったよ! 満点だ!」

 伯父は大喜びだ。頭をわしゃわしゃと撫でられる。褒められるのは気持ちがいい。

「本当に頑張ったね」

 自分でもそう思う。緊張していたが、ベストを尽くせた。だが、

「伯父様、私、もう少し地道に順序立てて経験を積んで行きたいです。緊急性の伴わないやつで……」

 げっそりとした姪っ子を見て大笑いしている大人がそこにいた。

「あははは! それはそうだね! 騎士団に期待しよう!」

 無双は出来そうにないし、コツコツ真面目に場数を踏んで治癒魔法を極めるしかなさそうだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。 ※他サイト様にも掲載中です

王子の片思いに気付いたので、悪役令嬢になって婚約破棄に協力しようとしてるのに、なぜ執着するんですか?

いりん
恋愛
婚約者の王子が好きだったが、 たまたま付き人と、 「婚約者のことが好きなわけじゃないー 王族なんて恋愛して結婚なんてできないだろう」 と話ながら切なそうに聖女を見つめている王子を見て、王子の片思いに気付いた。 私が悪役令嬢になれば、聖女と王子は結婚できるはず!と婚約破棄を目指してたのに…、 「僕と婚約破棄して、あいつと結婚するつもり?許さないよ」 なんで執着するんてすか?? 策略家王子×天然令嬢の両片思いストーリー 基本的に悪い人が出てこないほのぼのした話です。 他小説サイトにも投稿しています。

実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」 氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。 「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」 ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。 成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

処理中です...