悪役令嬢は推しのために命もかける〜婚約者の王子様? どうぞどうぞヒロインとお幸せに!〜

桃月とと

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第一部 悪役令嬢の幼少期

35 城下

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 フィンリー様があんなしおしおになる姿を初めてみた。

(お可哀想に……!)

「口元押さえた方がいいよ。ニヤけてる」

 ルカからそっと注意される。原作にもない、本当に初めて見る方向性の表情で、なんとも言えない感情が溢れる。ものすごく簡単に言葉として表すと、可愛い。しおれてるフィンリー様、めちゃくちゃウルトラスーパー可愛い!!!

(いかん。新しい扉が開いちゃいそう……)

 フレッドの治療の件があっという間にご両親にバレてしまった。というか隠していたとは知らなかった。

「お客様になんてことを!!! フレッドの事はフィンが気にすることではありません!」
「ライアス夫人! いいんだ、こちらがでしゃばっただけなんだ!」

 あまりの剣幕に、レオハルトが急いで夫人に釈明をする。

「殿下の前でやめないか!」

 辺境伯もなんとか夫人を抑えようとオロオロしている。

「皆様……大変申し訳ございません。ですが私たちはこれ以上望むのは贅沢だと考えておりまして……」

 辺境伯がそっと私たちに告げた。

「諦めたくないんだ!」
「フィン!!!」
「治療法はないのよ!」

 そう叫んだライアス夫人の目は涙ぐんでいた。やっぱりすでに調べ上げているんだろう。我が子がよくなる方法を調べないはずない。

「すでにフローレス家にもカルヴィナ家にも何か術はないか伺ったのですが、この現象に治療法はないという事でした」

 辺境伯はなんとか荒ぶる妻を抑えようとオロオロしたままだった。

「治療法がないなら作ればいいのです」

 フィンリー様が食い下がる。

「今回の原因は、長期間にわたって全身に極端な治癒魔法をかけすぎたせいなの。それで魔力を貯めておく器官を使い過ぎて実年齢以上に老化が進んだのだろうと言われたわ」

 魔力を貯めておく『器官』か。この世界の常識のように言われているけど、実はまだ誰も確認していないだ。

「老化現象に治療魔法が使えないのは知っているでしょう?」
「ニつの治癒師の大家から全く同じ回答だったんだぞ」

 今度は両親二人して次男坊を宥め始める。これ以上お客を困らせるわけにはいかないと。

「結果は残念だけど、治療魔法をかけてなければ今頃フレッドはこの世にいないのよ。だから生きてることに感謝しなきゃ」

 辺境伯夫人はフィンリー様の頭を撫でながら優しく諭す。だけどこれは全部推測だ。目に見えない器官が存在すること前提で話をしている。フィンリー様も納得していない顔をしていた。

「母は他に何か言っておりませんでしたか?」

 私もルカもこの話、母からは何も聞いていない。

「……グラント様にお伺いしましたので」

 辺境伯は気まずそうに答えた。ルカと顔を見合わせる。

(お爺様か)

 表向きはともかく、祖父と母との間には少なからず確執がある。前当主を無理矢理引き摺り下ろして自分がその座についたことで、母のことは評価しつつもあまりいい印象を抱いていない人もいた。

「辺境伯、中途半端な事はしないと誓う。どうかもう少し足掻くことに許可を貰えないだろうか」
「殿下……」

 そう、殿下だ。この国の第一王子の言葉だぞ。
 夫妻はまだ少し迷いがあるようだった。これ以上希望を持つのが辛いのかもしれない。解決策が見つかると決まったわけではないし、こう言ってるのはまだ十歳の王子だ。

「わかりました……殿下、そこまで気にしていただき感謝申し上げます」

 まあでも、そう言うしかないよな。

「では我々もお使いください。情報の収集や調査などはこちらでやります」
「わかった」

 こうして、フレッド治療の一大プロジェクトチームが発足した。

◇◇◇

「中途半端な事はしないなんて言っといて、こんな事しててもいいのかしら」
「いいんだ。まだ兄上も戻ってこないしね。書物に詳しい者が関係のありそうな本を精査してくれているし。今僕達がやれる事はないよ」

 確かに、フレッドが戻ってくるのは早くて明日、伯父のタイミング次第ではもう少し日数がかかるだろう。

(うまく誘導されちゃったのかも……)

 今、私達はオルデン領の城下にいる。ここはこの国で一番冒険者が集う街だ。魔物は危険だが金になる。凶悪なものであればある程、その体から取れる素材は貴重だし、弱いものでもそれなりに金にはなるらしい。食料にもなってたしね。

「はぐれ飛龍にこんな懸賞金がかかってるんですね」
「そいつは頭がいいみたいで、絶対に自分が有利な状況にならないと現れないんだ。かなりの冒険者がやられているらしい」

 ジェフリーは興味深そうに掲示板にたくさん貼られたボロボロの紙を見つめている。人間だけでなく魔物にも懸賞金がかかっているのがこの世界らしい。

「わ! あれってハンドボム!? 初めて見た!」

 ルカがはしゃいでいる。どうやらここにはこの国では珍しい魔道具が売られているようだ。

「最近店に置くようになったらしいよ。威力はあまりないらしいが、誰でも乱発ができるからかなり人気だと聞いた」

 売られている物も王都と全然違う。店先に並ぶのは冒険者が必要としそうな品物ばかりだ。

「リディが行きたがったんだろ? いいから切り替えろ」
「そうなんですけど……」

 確かに私が事前にお願いしていたのだ。ライアス領の城下を見てみたいと。だって冒険者の街だよ!? 見たいじゃん!?
 だけど引き受けた仕事が中途半端なんじゃないかと気になって、イマイチ集中出来ないのだ。

「リディは責任感が強いからね」

 ルカはフォローしてくれているが、これは社畜根性の残り香な気がする。

「リディ、気にしないで今はどうか楽しんで欲しい。僕もこの街を見たいといってくれて嬉しかったし、両親もそうなんだと思う」

(メリハリはつけるべきね。辺境伯の顔も立てなきゃ)

 お言葉に甘えて楽しませてもらおう。

「フィンリーの言うことなら素直に受け入れるんだから」
「納得できたんだもん。さあ楽しみましょう!」

 王都の城下街にも繰り出したことはあるが、どこも小綺麗でお店の値段も高いものが多い。出ている屋台もこちらは内容がワイルドだ。

「あれは……大きなカエル?……の足?」

 さらに大きなタコの足らしきものも見える。

「あれは巨大で好戦的なカエルなんだ。鶏肉みたいな味がするよ」
「フィンリー様、とてもお詳しいですね」

 先ほどから聞いたことは何でも答えてくれる。

「ここの雰囲気がとても好きで、よく遊びにきてるんだ」

 冒険者になりたいと言っていた原作のフィンリー様は、こういう経験から来ているのかな。

「確かに、ワクワクする街だ」

 レオハルトもいつもより年相応に見える。

「あちらは何のお店でしょう?」
「あそこは弓専門の店なんだ。王都ではなかなか見ないのもいっぱいあるよ」

 ジェフリーすらソワソワを隠せていない。ルカは例の魔道具が売っている店へ行きたくて仕方ないようだ。

「ビールあるじゃん!」

 あの店の外で立ち飲みしてるおじさんが手に持ってるの、ビールでしょ? ビールだよね? あのアワアワ……そうでしょう?

「あれはエールだね。あれも最近流行ってるお酒なんだって。西の方のお酒らしいよ」
「僕たちはまだ飲めないよ」
「知ってるわよ!」

 ルカはなにか察したようで釘を刺すように言ってきた。この国のメジャーなお酒はワインだ。ビールは見たことがなかったからないものだと思っていたが、こんなところで見つけられるとはラッキーだ。

(冒険者街にビールってよく似合うわ)

 あるべきところにあるということか。
 
「あと五年かあ」
「皆美味しそうにのんでるよね」

 この国に飲酒に関して明確な法律はなく、水質の問題もあり子供でも薄めたものを飲んでいる子はいるが、公にお酒が飲めるのは十五歳からというのが暗黙の了解となっている。つまり、原作のスタート地点に立てば解禁だ。

 記憶が戻ってこんなに将来が楽しみと思ったことはない。五年後ストーリーが開始した記念に、キンキンに冷えたエールを飲むことを私はこの時決めたのだった。
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