悪役令嬢は推しのために命もかける〜婚約者の王子様? どうぞどうぞヒロインとお幸せに!〜

桃月とと

文字の大きさ
44 / 163
第一部 悪役令嬢の幼少期

37 冒険者ギルド

しおりを挟む
 この世界の冒険者ギルドには階級ランクが存在しない。ただやはりギルド内での評価というものはあり、斡旋してもらえる仕事は人によって異なる。新人の冒険者はこの街にあるギルドに掲示されている魔物の素材を納品することで少しずつ信用と評価を上げていくのだ。

(うそ……マジでいた……!)

 冒険者ユリア。原作で大好きなキャラクターの一人だ。気は強いがサッパリした性格、そして情に厚い。戦闘力も作中上位であることは間違いない。
 今はまだ冒険者になりたての頃だろうか。髪の毛も長い。綺麗なブロンドを高く結い上げている。だけどあれは間違いなくユリアだ。どうやら相棒と思われる男性と次にどの依頼を受けるか相談しているようだった。原作では見たことがない。

(あとで声かけてもいいかしら……)

 ざわざわと騒がしい広いエントランスの壁にはたくさんの依頼が掲示されている。受付に何人ものギルド職員が冒険者達と依頼についてやり取りしているのが見えた。さらにその奥は冒険者専用の宿屋と食事処となっているようだ。

(ああ~! これよこれ! この雰囲気最高じゃない!)

「王都の冒険者ギルドより規模がかなり大きいな」
「そうだね。滞在してる冒険者の人数が違うから」

 すでにこの感動を体験済みの二人は王都との差を話し合っている。
 この国ではあまり見ない黒髪の団体も見かけた。東の方の国から到着したばかりだろうか。言葉がうまく伝わらないのか身振り手振りで説明している。だが受付の職員は慣れているようでサラサラと用紙に何かを記入していた。父も最初このようにしてこの国で過ごしたのだろうか。

「はあ! なによそれ!?」

 急に女性の怒鳴り声がエントランスホールにこだました。

「落ち着けよ……」

 相手の男性は面倒くさそうに対応している。
 
 揉めているのはユリアだった。まだ何かわめいていて注目を集めてしまっている。職員二人が揉め事なら外へ、と入口へ促していた。これもしばしばあるトラブルなのかもしれない。

「もういいわよ! 私達お終いね!」
「清々したぜ。前々からお前とは合わなかったんだよ」

(別れ話!?)

 そのままユリアは食堂の方へ、男性はギルドの外へと出て行った。

「あらら、パーティ解散しちゃったみたいだな」
「パートナーを探すのは大変と聞いたが……」

 原作のユリアはソロの冒険者だった。それまで色々あったんだな……。

(がんばれユリア)

 ユリアは唇をキュッと噛みしめていた。

「もしも僕達が冒険者だったら、かなり上を目指せると思わないか?」

 突然この話題を出したのは、フィンリー様でなくレオハルトだ。

「僕とレオが前衛、ルカとジェフに魔法で援護してもらって、リディの治癒魔法付きか……なんて贅沢なパーティだろう!」
「いや、ジェフは前で戦いたがるんだ。それにリディも」
「あはははは! 前衛ばかりじゃないか!」

 フィンリー様、本当に嬉しそうだ。レオハルトは知っているんだろうか。フィンリー様が将来どうしたいのか……。
 その後は三人でたくさんの依頼書を見ながら、もし自分達がこの依頼を受けたらどうなるだろうかとか、この依頼にこの金額は安すぎるだとか、この依頼にある素材で依頼人は何をするんだろうだとかなんて……もしもの話をいっぱいした。自分達の立場からすると、なかなか踏み入れることが許されない世界だ。

「世間体が許さないだけなんですよね」
「え?」

 つい心の声が漏れてしまった。

「いえその、なんでもないです」
「立場も許さないさ」

 レオハルトには伝わったようだ。フィンリー様の表情が曇ったのが見えた。

「うちの両親と伯父のこと、ご存知でしたっけ?」

 どうにか笑い話にしたくっておどけたように自慢の家族の話を持ち出す。最初にグフッと吹き出して笑ったのはレオハルトの護衛騎士マークスだった。

「も、申し訳ありません!」
「笑わせたくて言ったんだからいいのよ」

 先ほど隣国のトルーア王子を見かけたばかりだ。今持っている全てのものを諦める覚悟があれば、やれないことはないだろう。立場があればあるほど、手放さなければならないものも多いだろうが。

(原作でレオハルトは王位継承権を放棄しようとしたわ)

 アイリスと一緒にいるために。

「僕ってそんなにわかりやすいかな?」

 フィンリー様は困ったように笑っていた。でも私達はそれに返事はしなかった。今はまだこの話をするべきではないだろう。

◇◇◇

「うそ! うそうそうそ!」
「すまない! やはりリディにこれは失礼だったよね……」
「違います違います違います! 一生の宝物にします!!!」

 部屋に戻ると、テーブルの上に可愛くラッピングされた箱が置いてあった。中身は服、それも冒険者が着るような衣装だった。フィンリー様からの贈り物ってだけで気を失いそうになる程嬉しいのに、それが身につけるものなんて! 

「冒険者だけじゃなくって、傭兵も利用する店のものなんだけどね。傭兵が小さな新入りの為に購入することもあるらしくって、結構色々あるんだ」

 美しく刺繍で装飾されたミニワンピース、ベルトには小さなポーチとホルダーがついている。それに細目のズボン。中に薄手のカットソーを着込むようになっている。そして丈の短いマントだ。これにも全体に綺麗な刺繍が入れられている。さらにロングブーツまで用意されていた。街で似た服を着た子達も見かけたが、これは間違いなくハイクラスのものだろう。

「可愛い! 着てみてもいいですか?」
「もちろん!」

 (残念ながら)私だけでなく全員分用意してくれているので、昼間に話していた通り、これで冒険者パーティが組めそうだ。

「皆よく似合うよ!」

 どうやら自分の思った通りの仕上がりだったみたいで、一人一人の周りをじっくり周って確認している。とても満足そうだ。

「王都に戻ってもこの服で過ごしたいわ」
「また馬鹿なことを、と言いたいが今回ばかりは同感だ」
「この伸縮性はどうなっているんですか? 騎士の隊服よりずっと動きやすいです」
「これ素材はなに? これだけ伸ばしても全然ダメージがないんだけど」

 全員口々に褒める。この服、前世で着ていたものと着心地があまり変わらない。何より軽くて伸縮性もあるので動きやすい。私のものと違って、男子はトップスがシャツとベストになっている。靴はショートブーツだ。

「その服のほぼ全てが魔物から出た素材で作られているんだ」

 なるほど、王都で流行らないはずだ。クジャク龍みたいな見た目のものなら問題ないが、基本的には人間にとって恐ろしい姿のものばかりだ。

「うちの騎士達の服もそうなんだけど、丈夫でとっても軽いんだよ」
「これは……早急に王都の騎士達にも取り入れたいですね」

 騎士の服も私が普段着ているドレスに比べれば天と地の差の動きやすさのようだが、それでもこれには完敗のようだ。

「それに関してはフレッドが今動いているのです」

 楽し気な声に釣られてかライアス夫人がやってきた。フィンリー様が身構えている。私達も……またお客様に何を! と叱られるのではないかとドキドキだ。

「叱りはしません。まったく……皆様の寛容さに感謝するのですよ」
「いや、でも本当にこの服はすごいよ」
「ありがとうございます。ですが素材を知ると脱ぎたくなってしまうかもしれませんよ」

 いたずらっぽく笑っている。これが本来のライアス夫人の姿なのかもしれない。

「楽しんでいただけたようで安心いたしました」
「はい! とっても素晴らしいところですね!」

 異世界の本で読んだようなファンタジーの世界。

「フィンリー様! 戻りました!」

 若い騎士が駆け足でやってきた。手には手紙を持っている。どうやらフレッド達を追いかけて行った騎士らしい。

「ダミアン!」

 ライアス夫人が一括する。

「は! 大変失礼いたしました」

 だが、駆け足をやめない。若さには勢いがある。
 
 全員、その手紙に注目していた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。 ※他サイト様にも掲載中です

王子の片思いに気付いたので、悪役令嬢になって婚約破棄に協力しようとしてるのに、なぜ執着するんですか?

いりん
恋愛
婚約者の王子が好きだったが、 たまたま付き人と、 「婚約者のことが好きなわけじゃないー 王族なんて恋愛して結婚なんてできないだろう」 と話ながら切なそうに聖女を見つめている王子を見て、王子の片思いに気付いた。 私が悪役令嬢になれば、聖女と王子は結婚できるはず!と婚約破棄を目指してたのに…、 「僕と婚約破棄して、あいつと結婚するつもり?許さないよ」 なんで執着するんてすか?? 策略家王子×天然令嬢の両片思いストーリー 基本的に悪い人が出てこないほのぼのした話です。 他小説サイトにも投稿しています。

実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」 氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。 「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」 ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。 成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

処理中です...