悪役令嬢は推しのために命もかける〜婚約者の王子様? どうぞどうぞヒロインとお幸せに!〜

桃月とと

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第一部 悪役令嬢の幼少期

44 覚悟

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 ライアス領最終日。昼前にはレオハルトが城下から戻ってきた。今日はもっとウロウロするかと思っていたのに。珍しくジェフリーに用事を押し付けていたし、護衛も最小人数にしている。絶対にアイリスを探しに行ったと予想していたのだが。

「そう言えばレオハルト様、例の女の子はいいんですか?」
「ああ……」

(反応が悪いな……なにかあったのか?)

 今は二人で飛龍が生んだばかりの卵を観察中だ。ダチョウの卵よりも大きい。殻も厚みがあり、中からじゃないと破れないとフレッドが教えてくれた。

「もうあまり時間もないしな……」
「まだ大丈夫です」

 まあたぶん会えないんだけど。

「会ってもわからないかもしれない」

 どうも投げやりだ。確かにレオハルトはアイリスの姿と声の記憶が曖昧になっている。アイリスの側にいる妖精の仕業だ。

「お相手は気づいてくれますよ。なんせ相手はこの国の王子様なんですから」

 そう、アイリスはちゃんとレオハルトの事を認識できている。だが彼はどうも乗り気にならないようで、ぼーっと卵を見つめたままだ。

「どうして忘れてしまったんだろう……」

 大切な思い出を忘れた自分が信じられないようだ。確かに記憶を操るような類の魔法は存在しない。人間には、だが。

「どうしたんですか! いつもの自信に溢れたレオハルト様はどこに?」

 こちらも調子が狂うので励ましてみる。ライアス領が楽しくて王都へ帰りたくないのかな。それならわかる。

「トルーア王子と話したよ。国を出て、身分を捨てて生きていくのはやはり大変だそうだ」 

(ははーん。なるほど、自分とアイリスだったらと考えてビビっちゃったのか)

「レオハルト様には無理そうですか」
「……」

 当たりか。生まれてずっと王子として生活していたら、今のトルーアのような生活はかなり大変に感じるだろう。

「でもトルーア王子、お幸せそうでしたよ」
「……そうだな」

 と言いつつ、やっぱりレオハルトは浮かんでこない。じっと卵を見つめている。これはかなり落ち込んでいるようだ。

「自分の気持ちに気付いてショックだったのですね」
「……そうだ。自分には無理かもしれない。自分だったら愛する女性を諦めたかもと思ったんだ。情けなくてたまらないよ」

 今のレオハルトは、原作で十八歳を迎えてるレオハルトよりもよっぽど自分の立場や状況が見えている気がする。発言がいつも現実的だ。だいたい彼はまだ十歳。子供らしく不安に感じてもいい。同時にここまで考えを巡らせることができるのだからたいしたものだ。私なんて前世で十歳の時は、いかに遊ぶ時間を作るかしか考えていなかったぞ。

 だから、今日くらいは日々成長しているレオハルトに寄り添ってもいいだろう。

「でも私、例の女の子に毒を盛るつもりはないですよ」
「それはわかっている」
「レオハルト様なら国王になって、その方を王妃として迎え入れる事ができます! その日暮らしをする必要はないでしょう」
「リディはそれでいいのか?」

 急にこちらの方を向いた。

「別にかまいません、といつも言ってるではありませんか」
「どうしてだ? そんな事が許せるのか? 僕はリディの力なしじゃ王にはなれない。なのに僕が王となったら君はその妻の座を別の誰かに譲れるのか?」

 そして一瞬言葉を躊躇った後、

「僕のこと、別に好きじゃないから?」

(ここで、はい、と答えたら泣くだろうな)

 そんな必死な顔つきだ。
 別にレオハルトの気持ちの変化に気がついていないわけではない。こいつ私のこと大好きだなと感じることもしばしばある。だけどそれは『恋』と呼ぶには色気が足りない感情だ。

(困ったな……)

 今となっては私も情がわいてしまっている。以前のようにクソミソにしてアイリスに押し付けようなどとは思ってはいない。
 だけど今、母の夢だった薬の普及が叶い始めた。もちろん莫大な利益をもたらすこの事業に、レオハルト母方の実家オースティン家以外も興味津々だ。こちらとしては婚約にこだわる必要がなくなってきている。フローレス領に帰ったらきっと母はこの話をするだろう。賢いレオハルトがその事に気づかないはずはない。

「レオハルト様には、きっちり私の本心をお話ししておきますね」
「わかった」

 飛龍の卵の前で向き合う。こんな話胎教に悪くないだろうか。

「私達、初めは最悪だったですよね。レオハルト様のせいで」

 記憶が戻る前の私の我儘三昧は棚に上げる。

「反省している……」
「ですが今は良い関係だと思ってます。それはレオハルト様の人柄あってのものです」

 おかげでこの世界を楽しめている。とんでもない未来が待っているかもしれないのに。彼以外が婚約者だったらこうはいかなかっただろう。他の男にキャーキャー言って、ため息だけで済ませてくれるどころか、その男の実家に遊びに行くのも賛成してくれた。フレッドの件も、レオハルトがいたからこそうまく解決できた。

「あなたは素晴らしい人ですよ。だから王になってもらいたい。フィンリー様の力になりたいと思ったのと同じで、レオハルト様の将来のために協力したいのです」
「だけど婚約破棄するのだろう?」

 やはり気づいていたか。今にも泣き出しそうな顔でこちらを見つめてくる。

(まったく……自分はアイリスに惚れてるってのに……)

 身勝手だ、と非難はしない。本人も十分わかってる。だけど私達は婚約者という関係がなければあっという間に会うことすらなくなるだろう。それはきっと想像するだけで寂しい事実だ。

「王妃の座は望んでいません。私がめんどくさがっているのはご存知でしょう」
「ああ……」
「それにすぐに婚約破棄とはなりませんよ。まだ薬関係の事業は始まったばかりですし、オースティン家もそう簡単に婚約破棄を受け入れないでしょう。フローレス家の後ろ盾はあって困るものではありません」

 レオハルトは頷いた。

「いつか婚約破棄した後も、お望みならルカのように側にいます」
「本当か?」
「本当です」

 まあそれが許されたらだが。

「よろしいですか?」
「ああ、わかったよ」

 どうやら婚約破棄した後も側にいると言った事で少し安心したようだ。

「僕のそばに居たら、フィンリーと会えるからか?」

 ジトーッとした視線を向けてくる。いつものレオハルトに戻ったようだ。

「それは否定しません」
「ははっ! 相変わらずブレないな」

 天使のような可愛い顔で笑った。

「それじゃあ後で魔物の森に行ってみましょう。例の女の子がいるかもしれませんし」
「なんで知ってるんだ?」
「え?」
「僕は魔物の森で出会った事は教えていないはずだ」

 そうだったっけ。原作と現実が混ざってしまって、情報の整理がうまくできていなかった。

「……いえ、ご自分でおっしゃってましたよ」
「いやそれはない。母から立ち入りを禁止されていたから、この事は王都ではリディにしか話してないんだ」

(げ! そうだったの!? どう言い訳しよう)

「まさか君があの時の女の子……」
「違います」

 即答する。いやはやビックリした。そこに着地するとは。

「レオハルト様! 私がその子だったら色々楽だからと言って、安易な答えに飛び付いてはいけません! 覚悟を決めてくださいませ!」
「そ、そうだな。すまなかったつい……全然雰囲気が似ていないのにな」

 おいそれどういう意味だ。さっきの私の優しさを返せ!

「そういう所ですよ!」
「うわあああ! すまない!」

 まあいい、これで私が知ってた理由をごまかせた。次聞かれたら最初からすっとぼけることにしよう。

 魔物の森では案の定、アイリスに会う事は出来なかった。彼女は身を隠す結界に守られた村に住んでいるのだ。あちらから出てこない限り。会うことはない。
 まあ、五年後を楽しみにして待つことにしよう。
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