悪役令嬢は推しのために命もかける〜婚約者の王子様? どうぞどうぞヒロインとお幸せに!〜

桃月とと

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第一部 悪役令嬢の幼少期

45 誕生日 【第一部完結】

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 記憶が戻ってからのフローレス領での生活は平和なものだった。ドタバタもトラブルもない。去年までと変わったのは領の城下に出るようになったこと。遊び場が増えたのだ。

(去年はリリー叔母様に聞いたヒンヤリとした洞窟の中の湖で遊びまわって風邪ひいちゃったのよね)

 ある意味全ての始まりだ。それがキッカケで死にかけて前世の記憶がよみがえった。

 ライアス領と違って、王都の縮小版といった雰囲気の街はおとぎ話に出てくる世界のようで、この十年分を取り戻そうと徘徊しまわっている。
 祖父の手伝いも始めた。祖父は引退後も母がすべき領地の運営を手伝っていたのだが、最近平民向けに週に一日、治療院を開いている。もちろん料金も格安なので、その日はいつも多くの人がやってきて大変だ。

『あなたたちが生まれて、本当に丸くなったのよ』

 以前母が言っていた言葉を思い出す。無表情で言葉少なめに患者に治癒魔法をかけている祖父を見ながら。

「グラント様、次は七歳火傷の患者です」
「ああ」

 祖父のアシスタントとして、トルーア王子の妻アニエスが働き始めた。以前も治療院で働いていたらしく、患者の扱いも慣れたもので、気難しい祖父ともうまくやっている。

「アニエス様、キツくはないですか?」
「まあお嬢様! 様付けはやめてくださいませ!」

 そうは言われても、身元を知っているので落ち着かない。後でトルーア王子に怒られたりしないかやや不安になる。
 少しお腹が出てきたアニエスは、汚れた床を拭いたり、高齢の患者を支えたり、ちゃきちゃきと働いていて見ているこちらがヒヤヒヤするのだ。

「動いている方が調子がいいのです」
「いいから受付だけしていなさい」

 祖父の一言でアニエスはそろそろと入り口へ戻って行った。雇い主に逆らう気はないようだ。
 トルーア王子の方は、フローレス家が雇っている傭兵団に入った。領の境界に出る魔物や盗賊の討伐が主な仕事だ。もちろん身分は隠している。

「それでリディ、誕生日プレゼントは決まったかね? もうすぐじゃないか」

 祖父がご機嫌な声になったが、私は最近頻繁に聞かれるこの質問にはほとほと困っているのだ。

「ルカは魔石が欲しいといっていたが。産地まで指定してきたぞ」
「産地!?」

 ルカ、両親にも魔石をねだっていたのに……どれだけ集めるつもりなの……。

「この治療院の運営費に使ってください」
「そんなことは気にしなくていい。前は天馬が欲しいとか、妖精を捕まえて金で作った籠に入れたいだとか言っていただろう?」
「何年前の話ですか!」
「去年のお願いだ」

 そうだっけ……そうだったかも。いやあ、調子に乗ってたな。

「サーシャ達にも似たようなお願いをしたそうじゃないか。王子にも。いったいどうしたと言うんだ。まだまだ我儘を言ってもいいんだぞ?」

(前世でこんなこと言われてみたかったわ)

 前世の私だったらそうだな……ハイブランドのバッグ、インフルエンサーが着けていた流行りのネックレス、あの女優が着ていた高級なコート。今はまさかまさかでこの手のものならいつでも手に入る。
 抽選でしか手に入らないゲーム機、限定のフィギュア、ただひたすら眠る時間、ムカつかない上司、福利厚生が整った職場……。この世界じゃどれも無縁だ。
 本当に欲しいものか。

(学園の卒業式に生徒を虐殺しない未来……フィンリー様がイケオジ姿になる未来……)

 と、現実逃避したくなる。

 ああ、そういえば今着ているこの着心地のいいドレスは、この間ライアス領でお願いしたものだ。まさかこの服が巨大な蜘蛛が吐き出す糸で作られた物とは誰も思わないだろう。もう他のドレスは着る気にならない。

「これと同じドレスですかね」
「わかった! 工房ごと買い取ろう!」
「わー! それはやめてください!」

 諸々の段取りがパーになってしまう。しかたない、そろそろ本命のお願いを出すか。

「では、ルーク伯父様をお許しください」
「それはできん」

 急にそっぽをむかれてしまった。祖父の怒りは仕方ない。嫡子が学園にも行かずに勝手に国外に出て公爵家の立場としても大変だっただろう。話を聞くとその前から色々やらかしていたみたいだし。屋敷中から痕跡すら消していた。詳しい事情は知らないが、母も叔母も、祖父が意固地になってるだけだと言っていたので仲直りのチャンスくらいあるかもしれない。

「別にフローレス家の家名に戻らなくてもいいのです。お婆様のお墓に立ち入る許可をください」
「……ならん」
「では私とルカの誕生日の食事会に呼ぶ許可を」
「……しかし……」

 あと一押しでいけそうだ。

「私にとっては治癒師の先生です。お爺様も大変褒めてくださったではないですか!」

 祖父は葛藤しているようだったが、最後には可愛い孫のお願いを受け入れた。

「……それがリディの望みなら……しかたないな」

 ああよかった。すでに伯父は呼んである。事後報告にならずに済んだ。
 この国の貴族は誕生日にパーティを開くことはせず、家族だけで豪華な食事会を開く。となると、微妙な立ち位置なのが婚約者であるレオハルトだ。もちろん去年は来なかった。

「今年は殿下もいらっしゃるのだろう?」
「ええ、二人ほど側近を連れて」

 これが私への誕生日プレゼントだ。レオハルトが来るとなると、もれなくジェフリーがついてくる。それに今年はフィンリー様もねじ込んでくれたのだ!

(レオハルトー! 偉いぞ~~~! 何が一番のプレゼントになるかわかってる!)

 レオハルトはうちの母が苦手だ。だけど今回は自ら進んで参加したいと言ってくれた。去年とは全然違う。

 そう、去年とは全てが違うのだ。

 誕生日当日、いや誕生日の数日前から領の城にはたくさんのプレゼントが届いていた。去年よりあからさまに多いのは、この一年それなりに世のため人のために働いた証拠と思うことにする。……実際は家族とフィンリー様の為に動いたと言っても過言ではないが、結果皆が幸せならオッケーだろう。

「お嬢様、レオハルト様と……それからフィンリー様からも届いておりますよ」

 二つともどうやらアクセサリーのようだ。小さくて綺麗なケースに入れられている。

「殿下はいつも通りイヤリングですね」

 マリアがワクワクしながら持ってきてくれた。そう。レオハルトはこう言う時いつもイヤリングを送ってくる。いつも小さいが高価な石だ。

「今回は『星の石』ですね」

 綺麗な小箱を開けるとすぐにエリザが答えをくれる。彼女はいつのまにか宝石の知識も完璧になっていた。いったいどこで学んで来るんだ。
 それにしても星の石か。隕石かなにかだろうか。まん丸なその宝石は驚くほど透き通って見えた。

「魔力を流し込んでみてくださいませ」

 言われた通り水晶のようなその石に魔力を流し込む。

「きれい……」

 光に反射したように、イルミネーションのようなキラキラした光が室内に広がった。

「殿下ってこういう仕掛けのある石が好きよねぇ」

 アクセサリーと聞いて飛んできたのが母だ。今回も悪くないわ、という言葉を聞いてレオハルトも安心するだろう。

「もう一つはライアスの息子から……ふーん。リディやるわねえ」

 母はニヤニヤと笑っているが、本気のアクセサリーだったら大問題だ。だけど今回はちゃんとした手紙が付いている。

『レオからは許可を貰いました。兄上と二人で作ったものです。僕の黒龍の卵から作った御守りを。感謝を込めて』

 飛龍の卵から作られた装飾品は、冒険者の御守りとしてよく愛用されている。可愛い柄が彫られた木箱を開けると、透明なカケラのついた革紐のブレスレットが入っていた。

(あの卵をどこをどうしたらこんな綺麗な透明なものになるのかしら)

「この子は女心がわかってないわねぇ」

 確かに原作で女慣れしたフィンリー様なら選ばないプレゼントだろう。だが私にしてみればこれ以上のものはない。急いで今着けているものと付け替える。

「……あなたが気に入ったならそれでいいけど」

 誕生日当日に、心臓が爆発してどうにかなりそうだ。幸せすぎて怖い。

「リディー! 皆が来たよ!!!」

 ルカがノックもせずに息を切らして入ってきた。久しぶりに友人達に会えるのをかなり楽しみにしていたようだ。

「すぐ行くわ!」

 急いでイヤリングも付け替える。またヤキモチ妬かれても厄介だ。

「よくお似合いです」

 レオハルトはいつも私好みのものに仕立ててくれる。

「殿下はお嬢様のこと、よくわかっておいでですね!」
「リディ!」

 マリアの声を遮ってルカが急かしてくる。

 予定されていた家族の崩壊は防げた。いないはずの伯父まで出てきたんだからボーナスポイントを付けてもいいくらいだ。
 フィンリー様の方もなかなか順調だと言っていい。彼の場合、十八歳まで気は抜けないが。絶対に死なせたりしない。この飛龍の御守りに誓う。

 玄関を出ると、ちょうど到着したばかりの馬車から皆が降りてくるのが見えた。フィンリー様の飛龍も大人しく着いてきたようで、馬車の後ろでずっしりと腰をおろしている。三人とも私とルカを見つけて笑顔になった。

「誕生日おめでとう!!!」
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