悪役令嬢は推しのために命もかける〜婚約者の王子様? どうぞどうぞヒロインとお幸せに!〜

桃月とと

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第一部 悪役令嬢の幼少期

12.5 抗う 【第一部 番外編】

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 ユークス・アリバラの故郷はもうない。二十年以上前に隣国が攻め入ってきてそのままだった。
 彼は予知夢を見る事が出来た。彼の人生に大きな影響が出る時は必ず見るのだ。だから祖国が滅びた時も当然のように夢に出た。

「父さん! 今ならまだ間に合うかもしれない!」

 予知夢はいつも一週間以内に現実になる。昨夜、彼の国の聖女が突然亡くなった。夢の詳細を思い出すと、すでに聖女の葬儀が終わり国民が皆が喪に服していたので、まだ数日は大丈夫なはずだ。今のうちに迎え撃つ準備が整えば……あるいは急ぎ新たな聖女を立てれば何とかなるかもしれない。

「ユークス、その事を誰にも話してはいけないよ」

 彼の父は悲しそうに、だがハッキリと告げた。父は知っているのだ、代々秘密裏に引き継がれるこの予知夢は決して覆ることがない事を。これは運命なのだと言った。母はただ泣いていた。ユークスの小さな妹はよくわかっていないようだった。ただ両親の様子を見て不安に思っているのがわかった。
 ユークスは自分が何か悪い事をしている気になった。だけどどこが悪いのか、何が悪いのかはわからない。

「運命に逆らう事のどこが悪いの?」

 彼の父は答えなかった。だけど何故答えなかったのかはすぐにわかった。彼は父親の忠告を無視して、仲のいい騎士にこの事を告げた。しかし不謹慎だとキツく叱られて終わった。教会へも行った。だがそこでも受け入れてはもらえなかった。王へ直談判しようともしたが、兵士から袋叩きにあって終わった。そして街の郊外へ放り捨てられた。目が覚めて街へ戻った頃にはもう彼の国は終わりを迎えていた。
 運命に逆らっても虚しいだけだった。

 ユークスは旅に出た。祖国を蹂躙した帝国にくみする気にはなれなかったのだ。
 彼の父親は魔法学の教師をしていた。母親は音楽家で家でもいつもピアノを弾いていた。妹は歌うことが好きだった。亡骸はよく家族で遊びに行った森の中の湖のそばに埋めた。

「それなら何のためにこの力はあるんだ」

 誰も答えてはくれない。

 しばらくは冒険者まがいの事をして過ごした。その日暮らしではあったが、生きることに必死で、辛い思い出に浸らずに済んだ。
 その内、知識と教養を買われて、金持ちの教育係として雇われるようになった。愛想がよくないと言われることもあったが、父の教え方を真似していた為か、教え子は軒並み優秀に育っていった。
 結果が良かった為だろう。いつしか教え子は金持ちの子から貴族の子へと変わっていった。

 そんな生活の中、また予知夢をみた。夢自体にどんな意味があるかわからなかったが、ただ予知夢を見たと言う事実が不愉快だった。今度も抗ってやろうと思った。予知夢の思い通りになどなりたくなかった。
 だが結局予知夢通り、盗賊に襲われている貴族を助けた。その貴族は怪我をしている兵士達を庇いながら一人大立ち回りをしていた。大人数相手に少しも怯むことなく立ち向かっていた。兵士を見捨てて逃げることも出来たはずなのに。そうなるともう予知夢など気にしている暇などなかった。一人で兵士達を守る彼を見捨てたら、自分が死んだ後で家族に胸を張って会えないと思ったからだ。
 盗賊に立ち向かうのは少しも怖くなかった。自分がこの手で倒してしまうことは予知夢で知っていたから。

「この世に絶対なんて存在しないよ」

 仲良くなったロイ・フローレスに予知夢について打ち明けた時に言われた言葉だ。それには少しムッとした。彼に何がわかるっていうんだ。十年たった今でも眠るのが怖い。

「次、どうしても覆したい予知夢をみたら僕を頼ってくれ。その時うまくいかなかったらその次もチャレンジしよう」

 ふんわりとした笑顔で伝えられ、それに理由もなく安心してしまう自分がいた。今までそんなこと言ってくれる人はいなかった。こんなに簡単に考えてしまってもいいものだろうか。

「簡単に考えても、重く考えても結果は変わらないんじゃないかな」

 簡単に考えてしまってもいいんだろうか……いいんだろうか……。
 その日から、夜すんなり眠れるようになった。

 それからまた十年後、ロイから手紙が届いた。彼の子ども達の教育係として呼ばれたのだ。娘リディアナの方は優秀だが、隠れて無茶をする。しかも手段を選らばない。息子ルカの方は十分なセンスと才能はあるのに、魔力量が少なくそれにコンプレックスを抱いている。そしてその気持ちが家族にバレないよう必死に隠してもいる、と。

 初めて姉弟と会った日の夜、どうしようもない予知夢を見てしまった。ロイの娘がこの国の王都を滅ぼす夢だ。だけどいつもと違った。その娘の姿はどう見ても成人していた。しかも同じ予知夢を続けて二回見たのだ。しかも二回目はいつものそれと違い、予知夢の世界がひび割れていた。自分が死んだことよりも、ロイの娘のことが気になって仕方なかった。
 ユークスはロイに言うべきか迷った。相談すべきだろうか。だけどそれを話したら彼はどう思うだろう。もう気楽に考えろなんて言わないんじゃないか? それが自分の死よりも怖くて、結局話せず終いだった。

 そうこうしている内に、例の娘は日に日に邪悪になっている気がした。子供の罵りに堪えられず、辞めていく同僚が後をたたなかった。お茶会の席で同年齢の令嬢の顔を目がけて熱いティーポットを投げつけたと噂も耳に入ってきた。
 だけどそんな自分の評価など気にせず、コッソリと魔力のコントロールの練習をしている姿も見た。他の使用人から、お茶会でロイの悪口に激高した話も聞いた。元同僚達が権力を持つリディアナを自分の思う通りにしようとしていたこともわかった。
 だがそんな姉の姿を見て教え子である弟の方は不安がっているのが感じ取れた。予知夢は絶対だ。絶対のはずだ。抗えない。

「お嬢様に近づいてはいけません」

 ルカが傷つくのがわかっていたが、伝えずにはいられなかった。将来、彼の姉のせいで多くの人が傷つくのなら、今から距離があった方がいい。少なくとも心のダメージは減らせるはずだ。

 リディアナが氷石病に罹ったと聞いても、心配はしなかった。彼女は決して死にはしないだろう。なのにその病から回復した後の彼女ときたら、まるで毒気が抜かれてしまったような振る舞いだ。楽しそうに魔法を学び、友人と冗談を言い合い、自分の音楽を美しいと褒めてくれた。彼女はいったい……。

 確認しなければならない。だけどこの事をロイに話されてしまったらどうなってしまうだろうか。友情も仕事も失ってしまうかも。しかし、これが予知夢を覆すチャンスという予感があった。ネガティブな感情から沸いた気持ではない、あの子供達が集まってピアノを奏でた空間で、フッと大丈夫かもしれないという感情が出てきたのだ。心が軽くなった瞬間だった。

 リディアナの部屋の前で大きく深呼吸をする。期待と不安、どちらかというと期待が大きい。それで力がわいてきた。祖国を救おうと走り回った日のことを思い出しても、もう怖くはなくなっていた。
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