悪役令嬢は推しのために命もかける〜婚約者の王子様? どうぞどうぞヒロインとお幸せに!〜

桃月とと

文字の大きさ
54 / 163
第一部 悪役令嬢の幼少期

26.5 英雄 【第一部 番外編】

しおりを挟む
 貴族達は不思議だった。オルデン家の当主は剣も魔法も優秀な、長子のジェド・オルデンを嫡子には選ばなかった。オルデン家の他の子供達も優秀ではあるが、彼に勝ることはないだろう。

「ジェドお兄様が当主になるべきよ!」

 ジェドの妹は彼の代わりに憤った。彼女のもう一人の兄、オルデン家の次男チェイスは優秀ではあるが優しすぎて、当主としては不適格だと思っていた。実際、周りからの評価を気にしているようだったが、嫡子を降りたいとは決して言わなかった。

「あいつも周囲から認められるよう頑張っているのは知っているだろう? マーシャも支えてやってくれ」
「それはわかっています! ですが到底ジェドお兄様の上をいけるとは思いませんわ!」
「先のことはまだわからないさ」

 優しくまだ若い妹の頭を撫でた。

「そうです。あなたが口を出すことではありません」

 現当主である彼らの母は、娘の不用意な発言を嗜めた。家臣達に聞かれでもしたらまた変な噂がたってしまう。

 ジェドのあの人間を超越したような剣技は、呪いであると。

 だから当主には選ばれなかったのだと。

 その噂の通り、ジェドは呪われていた。だけどそれはこの国を救う呪いだ。間もなくこの国は大きな戦争に巻き込まれるだろう。そうすれば、彼の呪いは一層強まり、この国を救う代わりに狂って死ぬ。過去のオルデンの呪われし者達がそうだったように。

「俺は戦うために生まれたんだ。剣には自信があるが貴族同士の駆け引きってのはどうも性分にあわん。それは知っているだろう?」

 ジェドは悪戯っぽく笑ってみせたが、妹がまだ納得していないのがわかった。それくらい彼の能力は突出していたのだ。

「失礼いたします」

 当主の側近が緊張した面持ちで何かを報告しているのがわかった。

「戦争が始まりました」

 母親は無表情に告げた。前から準備していたのだ。息子の前で絶対に取り乱すことはしないと。自分が怖がることによって、息子自身が傷ついたり、恐怖と不安を思い出させないために。

 彼女の息子はまもなく狂って死ぬだろう。

 ジェド・オルデンが出陣した戦場は必ず敵国の兵の死体が惨たらしく積み上げられていた。そして彼はいつもその高く積み上げられた屍の上に立つのだ。とても誇り高いオルデンの人間がすることではない。周囲はこの残酷な気質が彼が嫡子になれない原因だとだ理解した。だが彼の残した戦績は凄まじく、いつしかこの国の英雄と呼ばれるようになっていた。
 その英雄は戦場ではいつも一人だった。戦が終わると剣を遠ざけ、一人野営のテントに入りうずくまっていた。戦争は終わろうとしていたが、彼は驚異的な精神力で自我を保っていた。

 そして戦争に勝利した。間違いなくジェドの功績が大きい。皆彼の凱旋を楽しみに待っていた。だが、彼が王都へ戻ってくることはなかった。

「化け物め」

 帰路の途中、どこかの誰かが呟いた。
 その言葉で、かろうじて保たれていたジェドの自我が崩壊した。ここまで保てていたことが奇跡に近かったのだ。周囲の兵士達は、王命に従って彼に刃を向けた。

 ジェドは何度も思った、なんで自分なんだ。なんで他の兄弟じゃないんだ。チェイスは生き残れてずるい。マーシャなんて戦場にすら出ていない。ずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいいやだいやだいやだいやだいやだ。こんなに痛い目にあって、こんなに苦しんで、こんなに憎しみに支配されて。

 兵士達を殺しながら、兵士達に刺されながら、兵士達にこの身を焼かれながら、これまで必死に堰き止めてきたどこからか湧いてくる憎しみに身を委ねた。

「兄上!!!」

 真っ赤な髪の毛の若者が二人飛び出してきた。そんな所にいたら自分に殺されてしまうのに、躊躇うことなく向かってくる。
 
「チェ……イス……マーシャ……」

 自分がまだ言葉を話せたことに驚いた。そして一瞬、頭の中を支配していた憎しみが消えた。
 ああ、呪われたのが自分でよかった。チェイスやマーシャじゃなくてよかった。そう思えたことが、何より良かった。

(よかった……よかった……)

 そうして、ジェドは封印された。

「先のことはどうなるかわかりません……!」

 最後に聞いたのは泣きながら叫んでいる優しい弟妹の声だった。

(どうか自分で最後であってくれ……)

 チェイスの子もマーシャの子も……愛しい自分の子孫達が、どうか自分と同じ運命にさらされないことを目を閉じて祈った。

 次に目が覚めた時、もうジェドの身体はジェドのものではなくなっていた。彼の意思が介在できることはなく、身体は勝手に暴れ回っていた。ただの獣のようだった。
 三人の赤髪の兵士が見えた。その全員がチェイスやマーシャの子孫だと思うと嬉しかったのに、身体はその三人を執拗に攻撃する。
 どうにかしなければ……!この身体を少しでも止めれば、子孫達が自分にトドメを刺してくれるだろう。意識を集中してなんとか片腕だけでもともがく。だがすでに数百年もの間この身体を支配していた呪いはより強くなってしまっていたようだ。相手の攻撃は自分に当たるようになったが、決定的な一撃は入らない。
 
 結局最後は赤髪の若者が自身の身体を犠牲にしてジェドを止めた。そうして再び封印されてしまった。ただその瞬間、体の中から憎しみが消えて悲しみだけが残った。封印の直前、呪いがジェドから逃げ出したのだ。いつまで経っても支配しきれず、業を煮やしたのかもしれない。

 ジェドは封印の中で眠った。愛しいはずの子孫を殺してしまった。彼の意思ではないとしても、彼にとっては同じだった。もう何も考えたくなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。 ※他サイト様にも掲載中です

王子の片思いに気付いたので、悪役令嬢になって婚約破棄に協力しようとしてるのに、なぜ執着するんですか?

いりん
恋愛
婚約者の王子が好きだったが、 たまたま付き人と、 「婚約者のことが好きなわけじゃないー 王族なんて恋愛して結婚なんてできないだろう」 と話ながら切なそうに聖女を見つめている王子を見て、王子の片思いに気付いた。 私が悪役令嬢になれば、聖女と王子は結婚できるはず!と婚約破棄を目指してたのに…、 「僕と婚約破棄して、あいつと結婚するつもり?許さないよ」 なんで執着するんてすか?? 策略家王子×天然令嬢の両片思いストーリー 基本的に悪い人が出てこないほのぼのした話です。 他小説サイトにも投稿しています。

実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」 氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。 「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」 ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。 成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

処理中です...