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第二部 元悪役令嬢の学園生活
10 恋話
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アイリスの部屋を出ようとした時、ちょうど彼女を訪ねてきた同級生と出くわしてしまった。
「アイリス~って、リディアナ様!? も、申し訳ございません!」
予想外に出てきた私をみて慌てふためいている。彼女とは同じ選択授業を受けているので顔見知りだ。
「あらジェーン様。こちらこそ申し訳ございません。もう私は失礼しますので」
「わ、私の名前をご存知で!?」
「歴史の選択授業も同じではないですか」
人の顔と名前を覚えるのは苦手だが、ジェーンは覚えている。確か実家はブドウ栽培をしていて、地の魔法が得意なはずだ。
「あ……あ……リディアナ様! ありがとうございます! おかげでこの学園で学ぶことが出来ています! その! 私! あの! 奨学生でして……」
だいぶテンパっているのがわかるが、私に感謝の気持ちを伝えようと精一杯の言葉を探してくれている。彼女は今年の奨学生の一人。これまでも在学生が何人か隙を狙って私に挨拶に来てくれた。皆とても律儀である。
奨学生の選定をしているのは私ではない。最終決定には一応関わっているが、ただ承認する作業と手紙を一通書いているだけだ。勉学に励んで家族や国の為に頑張ってね! みたいなことをいい感じに書き連ねている。しかもだいたい全員、同じような内容になってしまっている。なので彼女が感謝すべきはもっと他にいるだろう。
(これまでの卒業生も皆優秀って報告も入ってるし、なかなかいい具合じゃない)
魔術、剣術、文官に研究職……王都に残る者もいれば領地に帰り知識を広める卒業生も。
私が全て決めると、どうしても好みや私情が強く入りそうな気がしたので他人に任せたのだが、やっぱりこれが正解だった。幅広い才能を選出してくれている。
人気取りから始めたことだが、少しでも世のためになっているのが目に見えてわかるとやはり嬉しいものだ。
「いただいたお手紙、家宝にいたします……!」
「そんな……あなたが勝ち取ったものですから」
「あのそれで、体調は大丈夫ですか?」
やばい! もう噂がまわってるのか? それとも見られたのか……?
「ええ。すみません……お見苦しいどころをお見せしましたね」
「そんな! 勝手ですが、完全無欠の方と伺っていたので、少し安心したといいますか……」
これ、学園に入ってよく言われるセリフだ。近場の人間は全くそんなこと言わないのだが、公爵令嬢と第一王子の婚約者という肩書きがイメージを作り上げていたらしい。
さて、お次はアリアだ。襟を正さなければ。
「リディアナ様、私が何を言いたいかおわかりですね」
「はい……」
「貴方ともあろうお方が! あの醜態を貴族派に見られでもしたら!」
「申し開きもございません……」
やっぱそれが一番気になるポイントだよね。予想通りのお叱りを受ける。
「だいたい! 入学前にお酒の許容量くらい確認しておくべきですよ!? 妃教育でそれくらいあったでしょうに!」
「それが……母からストップがかかっていたようで……」
「ではサーシャ様はご存知だったわけですね!?」
「そうです……」
「なぜ!!!」
「呑みすぎは注意されていたのですが……」
「それはなぜ!!!!!」
「以前呑んだ時、魔法を暴走させたらしく……」
「余計事前に準備しておく事柄ではないですか!!!!! 前から思ってましたがフローレス家の皆様は貴方を甘やかしすぎです!!!!!!!」
「まあまあまあまあ!」
(ヒィーーーー!!!)
鼻息荒くアリアに散々怒られている私を、ルイーゼが庇ってくれる。
「貴族派は酔っ払って倒れたリディは見たけど、あの魔神の形相は見られてないし」
「そんなに怖かった!?」
「この私がビビっちゃったわよ!」
「レイラ嬢とベティ嬢がみました!!!」
「あの二人はどっちも第一王子派だから大丈夫よ~。私もルカ様もフィンリーも念押ししてるし。言いふらせば大貴族に睨まれるんだから、命が惜しければ黙ってるでしょ~」
ヴィルヘルムの言う通り、すでに周りが手を打ってくれていたのか。
「貴方までリディアナ様を甘やかすんですか!」
「リディはこんな失敗滅多にしないんだからいいじゃない」
「ルカ様やフィンリー様が絡んだら毎度大暴れしているのは貴方も知っているでしょう!?」
今回はなかなか怒りがおさまらないようだ。しかもその通りなので言い訳のしようがない。
「まあもう愛あるお叱りはそのへんにしてさ! シュークリーム食べようよ!」
ルイーゼ自らお皿にシュークリームを取り分けてくれた。
「ごめんなさい……」
「全く! 食べ物に釣られたわけではないですからね!」
そう言ってアリアはシュークリームに手を伸ばした。アリアも甘党だ。お菓子に救われた。
「でもやっぱり兄妹ね。ヴィルヘルム様からも似たような事を言われたわ」
「……ヴィルヘルム様がここに?」
「そうなのよ~学生街の警備に配属されてるの。心配性もここまでくるとねえ」
「……ヴィルヘルム様はなんと言ったんですか?」
(ん? これは?)
ルイーゼも似たようなことを思ったようだ。アリアはヴィルヘルムに気はあるのか?
「……えーっとアリア?」
「変なことは考えないでください! ちょっと! ニヤつかないで!」
顔を真っ赤にして慌てふためいている。あのアリアが。いつのまにそんなことになっていたんだろう。ルイーゼも気が付いていなかったようだし。
「アリアと結婚するなら兄上、もうちょっと出世させないとなぁ」
「何を言いはじめるんですか!」
「ああ、紅茶が……」
動揺しすぎてこぼしてしまっている。あのマナーにうるさいアリアがここまでなるとは面白い。そもそも恋愛ごとには興味がなかったはずだ。あくまで結婚は貴族の義務で恋愛感情など二の次だと言っていた。
「それできっかけは?」
「な! だから何を!」
「またまた~!」
やっと楽しい話になったぞ。私は今日目が覚めてからやっと呼吸が出来た気分だ。
私とルイーゼの視線に押し負けたようにアリアは話し始めた。
「ルイーゼ様のお屋敷で、何度かお会いした時は自覚がなかったのです……」
「それで?」
ルイーゼの方がグイグイいく。目が爛々としていて、その姿が彼女の母親であるオルデン夫人に似ていた。
「入学前に……ヒールを……王城へ行った時に、石畳に引っ掛けて折ってしまったのです……たまたま通りかかったヴィルヘルム様が……その……その……私を抱えて……」
そんな事を他の令嬢達がやってたら、アリアはぶち切れるだろうと言うのは野暮だな。結構古典的なシチュエーションで恋に落ちたらしい。
「誰かに見られなかったの?」
「それが顔が見えないように隠してくださっていて」
「はぁー! あの兄、そのくらいの配慮はできたんだ」
アリアは顔を隠しているが、耳まで真っ赤なのがわかる。しかしそれなら言えばよかったのに。家の格的にも問題ないし。
「言ってよ! 我が家は即刻承知するわよ!?」
「断られたのです!」
ん? 誰にだ?
「ヴィルヘルム様に断られました……」
「もう告ったの!?」
「こくった?」
「あ、いや、想いを伝えたの?」
「……はい。その場で……ヴィルヘルム様は剣の道に生きると」
展開早っ! まさか既に話が進んで終わっていたとは。
「なのに私ときたら、女々しくいつまでも……」
目を潤ませてしまっている。真面目さで隠れているけど、意外と情熱的なんだな。ヴィルヘルムはわりとユルイ人間だから二人を足せば丁度いい気がする。相性が合うかはわからないが。
「いや、まだこれからでしょ」
「そーね。あの兄と言えどもその場で不意を突かれてどうしようもなかったと思うわ」
ルイーゼは困った顔になっていた。彼女はヴィルヘルムの断った理由の一端に自分が関係ある事がわかっているのだ。
「でも兄でいいの? ご存知の通り、わりと適当に生きてるわよ」
「でも、とっても家族思いですし……ヴィルヘルム様が近くにいらっしゃると私も肩の力を抜くことができるのです」
それはあるだろう。何があっても笑い飛ばしてくれる明るさが彼にはある。
そのままアリアとヴィルヘルムの話題でいっぱいになった。
「もう勘弁してください~!」
という、世にも珍しい堅物アリアの恋する乙女の声を聞けて私もルイーゼも楽しいひとときとなった。
「アイリス~って、リディアナ様!? も、申し訳ございません!」
予想外に出てきた私をみて慌てふためいている。彼女とは同じ選択授業を受けているので顔見知りだ。
「あらジェーン様。こちらこそ申し訳ございません。もう私は失礼しますので」
「わ、私の名前をご存知で!?」
「歴史の選択授業も同じではないですか」
人の顔と名前を覚えるのは苦手だが、ジェーンは覚えている。確か実家はブドウ栽培をしていて、地の魔法が得意なはずだ。
「あ……あ……リディアナ様! ありがとうございます! おかげでこの学園で学ぶことが出来ています! その! 私! あの! 奨学生でして……」
だいぶテンパっているのがわかるが、私に感謝の気持ちを伝えようと精一杯の言葉を探してくれている。彼女は今年の奨学生の一人。これまでも在学生が何人か隙を狙って私に挨拶に来てくれた。皆とても律儀である。
奨学生の選定をしているのは私ではない。最終決定には一応関わっているが、ただ承認する作業と手紙を一通書いているだけだ。勉学に励んで家族や国の為に頑張ってね! みたいなことをいい感じに書き連ねている。しかもだいたい全員、同じような内容になってしまっている。なので彼女が感謝すべきはもっと他にいるだろう。
(これまでの卒業生も皆優秀って報告も入ってるし、なかなかいい具合じゃない)
魔術、剣術、文官に研究職……王都に残る者もいれば領地に帰り知識を広める卒業生も。
私が全て決めると、どうしても好みや私情が強く入りそうな気がしたので他人に任せたのだが、やっぱりこれが正解だった。幅広い才能を選出してくれている。
人気取りから始めたことだが、少しでも世のためになっているのが目に見えてわかるとやはり嬉しいものだ。
「いただいたお手紙、家宝にいたします……!」
「そんな……あなたが勝ち取ったものですから」
「あのそれで、体調は大丈夫ですか?」
やばい! もう噂がまわってるのか? それとも見られたのか……?
「ええ。すみません……お見苦しいどころをお見せしましたね」
「そんな! 勝手ですが、完全無欠の方と伺っていたので、少し安心したといいますか……」
これ、学園に入ってよく言われるセリフだ。近場の人間は全くそんなこと言わないのだが、公爵令嬢と第一王子の婚約者という肩書きがイメージを作り上げていたらしい。
さて、お次はアリアだ。襟を正さなければ。
「リディアナ様、私が何を言いたいかおわかりですね」
「はい……」
「貴方ともあろうお方が! あの醜態を貴族派に見られでもしたら!」
「申し開きもございません……」
やっぱそれが一番気になるポイントだよね。予想通りのお叱りを受ける。
「だいたい! 入学前にお酒の許容量くらい確認しておくべきですよ!? 妃教育でそれくらいあったでしょうに!」
「それが……母からストップがかかっていたようで……」
「ではサーシャ様はご存知だったわけですね!?」
「そうです……」
「なぜ!!!」
「呑みすぎは注意されていたのですが……」
「それはなぜ!!!!!」
「以前呑んだ時、魔法を暴走させたらしく……」
「余計事前に準備しておく事柄ではないですか!!!!! 前から思ってましたがフローレス家の皆様は貴方を甘やかしすぎです!!!!!!!」
「まあまあまあまあ!」
(ヒィーーーー!!!)
鼻息荒くアリアに散々怒られている私を、ルイーゼが庇ってくれる。
「貴族派は酔っ払って倒れたリディは見たけど、あの魔神の形相は見られてないし」
「そんなに怖かった!?」
「この私がビビっちゃったわよ!」
「レイラ嬢とベティ嬢がみました!!!」
「あの二人はどっちも第一王子派だから大丈夫よ~。私もルカ様もフィンリーも念押ししてるし。言いふらせば大貴族に睨まれるんだから、命が惜しければ黙ってるでしょ~」
ヴィルヘルムの言う通り、すでに周りが手を打ってくれていたのか。
「貴方までリディアナ様を甘やかすんですか!」
「リディはこんな失敗滅多にしないんだからいいじゃない」
「ルカ様やフィンリー様が絡んだら毎度大暴れしているのは貴方も知っているでしょう!?」
今回はなかなか怒りがおさまらないようだ。しかもその通りなので言い訳のしようがない。
「まあもう愛あるお叱りはそのへんにしてさ! シュークリーム食べようよ!」
ルイーゼ自らお皿にシュークリームを取り分けてくれた。
「ごめんなさい……」
「全く! 食べ物に釣られたわけではないですからね!」
そう言ってアリアはシュークリームに手を伸ばした。アリアも甘党だ。お菓子に救われた。
「でもやっぱり兄妹ね。ヴィルヘルム様からも似たような事を言われたわ」
「……ヴィルヘルム様がここに?」
「そうなのよ~学生街の警備に配属されてるの。心配性もここまでくるとねえ」
「……ヴィルヘルム様はなんと言ったんですか?」
(ん? これは?)
ルイーゼも似たようなことを思ったようだ。アリアはヴィルヘルムに気はあるのか?
「……えーっとアリア?」
「変なことは考えないでください! ちょっと! ニヤつかないで!」
顔を真っ赤にして慌てふためいている。あのアリアが。いつのまにそんなことになっていたんだろう。ルイーゼも気が付いていなかったようだし。
「アリアと結婚するなら兄上、もうちょっと出世させないとなぁ」
「何を言いはじめるんですか!」
「ああ、紅茶が……」
動揺しすぎてこぼしてしまっている。あのマナーにうるさいアリアがここまでなるとは面白い。そもそも恋愛ごとには興味がなかったはずだ。あくまで結婚は貴族の義務で恋愛感情など二の次だと言っていた。
「それできっかけは?」
「な! だから何を!」
「またまた~!」
やっと楽しい話になったぞ。私は今日目が覚めてからやっと呼吸が出来た気分だ。
私とルイーゼの視線に押し負けたようにアリアは話し始めた。
「ルイーゼ様のお屋敷で、何度かお会いした時は自覚がなかったのです……」
「それで?」
ルイーゼの方がグイグイいく。目が爛々としていて、その姿が彼女の母親であるオルデン夫人に似ていた。
「入学前に……ヒールを……王城へ行った時に、石畳に引っ掛けて折ってしまったのです……たまたま通りかかったヴィルヘルム様が……その……その……私を抱えて……」
そんな事を他の令嬢達がやってたら、アリアはぶち切れるだろうと言うのは野暮だな。結構古典的なシチュエーションで恋に落ちたらしい。
「誰かに見られなかったの?」
「それが顔が見えないように隠してくださっていて」
「はぁー! あの兄、そのくらいの配慮はできたんだ」
アリアは顔を隠しているが、耳まで真っ赤なのがわかる。しかしそれなら言えばよかったのに。家の格的にも問題ないし。
「言ってよ! 我が家は即刻承知するわよ!?」
「断られたのです!」
ん? 誰にだ?
「ヴィルヘルム様に断られました……」
「もう告ったの!?」
「こくった?」
「あ、いや、想いを伝えたの?」
「……はい。その場で……ヴィルヘルム様は剣の道に生きると」
展開早っ! まさか既に話が進んで終わっていたとは。
「なのに私ときたら、女々しくいつまでも……」
目を潤ませてしまっている。真面目さで隠れているけど、意外と情熱的なんだな。ヴィルヘルムはわりとユルイ人間だから二人を足せば丁度いい気がする。相性が合うかはわからないが。
「いや、まだこれからでしょ」
「そーね。あの兄と言えどもその場で不意を突かれてどうしようもなかったと思うわ」
ルイーゼは困った顔になっていた。彼女はヴィルヘルムの断った理由の一端に自分が関係ある事がわかっているのだ。
「でも兄でいいの? ご存知の通り、わりと適当に生きてるわよ」
「でも、とっても家族思いですし……ヴィルヘルム様が近くにいらっしゃると私も肩の力を抜くことができるのです」
それはあるだろう。何があっても笑い飛ばしてくれる明るさが彼にはある。
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