悪役令嬢は推しのために命もかける〜婚約者の王子様? どうぞどうぞヒロインとお幸せに!〜

桃月とと

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第二部 元悪役令嬢の学園生活

12 聖女の瞳

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(レオハルト、大きくなったなぁ)

 出会った頃はほとんど背が変わらなかった。今は頭ひとつ分くらい差ができてしまっている。これからさらに伸びるだろう。
 腕も逞しくなったのがわかる。いつのまにこんなに筋肉つけたんだ。

(頑張って剣振ってたもんな~)

 と、いつまでも現実逃避はしていられない。

「あの、レオハルト様?」
「すまない。だけど逃げようとしてるだろう」

 婚約者歴五年ともなると私のことよくわかっている。

「……逃げませんから、少し離れていただいても?」
「わかった……」
 
 レオハルトがゆっくりと扉から手を離す。

(フッ! 甘いわね)

 扉を出たらこっちのもんだ。外にはエリザも、レオハルトのお付きも、この寮の使用人もいる。そうなれば込み入った話はできない。

 扉から腕が離れた瞬間に、今度こそドアノブに手をかける。

「ッ!?」

 私はドアノブに手をかけたまま、その手の上からレオハルトに握られた。どうにもこうにも動かせない。すでに握力ではレオハルトに勝てないのだ。

「はっ! 俺が何年君と一緒に過ごしていると思ってるんだ!」

 振り返るとドヤ顔でこちらを見下ろしている。レオハルトには私の行動などお見通しだったようだ。それにしてもまあ、なんて嬉しそうな顔だこと。
 
 逃げられないならしょうがない。胸の内を素直に伝えるしかなさそうだ。

「レオハルト様、私はまだ貴方の話を聞く覚悟ができていないのです」

 私は小さく息を吐いた。落ち着こうとしているのに、心臓が少しづつ早くなっていくのがわかる。

「それは……俺の気持ちがわかっているからだろう?」

(もう言ったも同然じゃないか)

 どうしてこうなったんだ。もう顔を上げることができない。レオハルトを直視するのが怖い。

「殿下、アイリスはよろしいのですか? あんなに彼女に会えるのを楽しみにしていたではありませんか」
「それはリディの方じゃないか。いつも楽しそうにその子の事を話していたのは」

 だって愛読していた漫画の主人公だぞ! 好きな漫画の話をするのは楽しいじゃないか! それにアイリスに会えば私の婚約破棄という名の解放も近いと思っていた。二人がうまく行くことを本気で願ってた。
 同時に私は物語が始まることに少し怯えていたのだ。漫画ではない、現実のアイリスに会うのが。

「リディがずっと言ってたじゃないか。彼女と再開すれば、二人とも出会った時と同じ気持ちになるって。だから俺もそうだと思ってた。思い込んでいた」

 だってそうだ。そうなるはずだったのに……。レオハルトの気持ちが変わるなんて。

(私が変わったからか……)

 こんな根本的なことに気がつかないなんてある!? 私は馬鹿だ。思い込みが酷すぎる。

「確かにリディと婚約した時はまだ彼女のことが気になっていた。それは認める。だけどこの五年、君と一緒に過ごして……入学式で彼女に会えてリディが言っている通りにはならなかった。俺もアイリスも。そうだろう?」
「そうみたいですね……」

 レオハルトが握っていた手をゆっくりと放した。

「リディが俺じゃなくフィンリーのことを想っていることは知っている」
「はぁ!? フィンリー様のことは……!」
「リディは頑固だな。まあとりあえず俺の気持ちはわかったと思うから、今はご希望通り逃がしてあげるよ」

 そう言って扉を開けてくれた。

「また明日」
「レオハルト様!?」

 咄嗟に振り向くと、不敵に笑うレオハルトがそこにいた。

「俺は君のその頑固な心に挑戦するよ。そして勝ってみせる」

(どう言う感情!?)

◇◇◇

 夜になり、ベッドに寝転がって天井を見つめる。見つめていてどうなるわけじゃないんだが。

(ルカ……ルカに話したい)

 だけどこの環境じゃ以前のようにベッドでゴロゴロしながら話なんて出来ない。今は誰かに話を聞いてもらいたい。一人で抱え込めないのだ。けど前世の話も含めて話を聞いてくれる人なんて……。

「アイリスか~」

 だけどこんな話してもいいのか? 

「行こ……」

 私の今逃げ道は将来自分を封印するかもしれない女の子だ。

 だがそのアイリスは嬉々とした表情で私を質問責めにし始めた。私がアリアに対しておこなったあれと同じだ。

「なにそれガチでヤバ~~~!!!」
「ヤバいよね……」
「ね!? だから言ったじゃん! だから言ったじゃん!」

 確かに、レオハルトが私のこと大好きなのは知っていた。だけどその好きはアイリスが出てくることによって繰り下がると思っていたのだ。

「えー! マジで壁ドンとか憧れるんだけどぉ! まあ相手は好きピに限るけど」

 アイリスは楽しそうだ。テンションが上がっていくのがわかる。

「つーか少女漫画過ぎてウケる~! って少女漫画か!」
「その少女漫画の行末が心配なのよ」
「なんで? 改心した悪役令嬢が王妃になっちゃだめ?」
「王妃になる覚悟なんて出来てないのよぉ」

 手で顔を覆う。私に王妃なんて無理だ。それに予知夢のこともある。婚約破棄した後の生活のことばかり考えていた。むしろそれからが真の自由だと夢見ていた。
 アイリスが急に笑うのを辞めてこっちを向き直す。

「単刀直入に聞くね……レオのことが好き? フィンのことはリアコではないって言ってたけど、実際どうなの?」

 リアコ……リアルに恋はしていない。フィンリー様にそんなおこがましい感情抱けない。とはいえ、五年前とは違う表現の方が正しい。現実の彼を前にして、より大切に、愛しい存在だということを実感はしたが、なんとも名前のつけられない気持ち。レオハルトには頑固だと言われたが、それは私がフィンリー様に恋してるということを認めないということ? いや、しかし……。

(なんて言ったらいいんだろうな~どうもしっくり当てはまらないんだよなぁ~『恋』って単語に)

 だから今でも『推し』と表現している。

「レオハルトは広い意味では好き。フィンリー様のことは愛しているけど、アイリスが思っているようなのじゃない」
「フーーーーン」

 彼女は不満そうな顔でこちらの顔を覗き込んできた。

「私の目を見て言ってみて」
「アイリスの瞳って!」

 思わず吹き出してしまった。

「そうだよ~神聖なこの瞳を見て言ってごらん!」

 アイリスの瞳は聖女の証だ。治癒能力で決められた聖女ではなく、正真正銘、『本物』の聖女の証になる。覚醒後、彼女の瞳の中にその証拠である聖なる紋章が浮かび上がるのだ。
 もちろん今はまだ覚醒していないため何もない。可愛らしいピンク色の瞳だけがそこにある。

「カラコンなしでこの瞳だよ? 最強っしょ!」

 嘘は言ってない。レオハルトへの気持ちもフィンリー様への気持ちもアイリスに告げた通りだ。だってずっとそう思ってた。これも頑固な思い込みだろうか。

「よくわからない……」
「そうきたか」

 アイリスはまだ少し不満そうだったが、まあいいか、と呟いてベッドに寝転がった。

「まだ物語が始まって一週目だし、ゆっくり考えよ」

 その日はアイリスのベッドで二人で眠った。そんなのなんだか久しぶりすぎて落ち着かないと思ったが、気持ちが落ち着いたせいかすんなり眠ることができた。
 『また明日』か、その時の私に対応は任せよう。
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