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第二部 元悪役令嬢の学園生活
52 新学期の恋バナ
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私の夏季休暇の思い出といえば、魔獣討伐、リッグス家のお家騒動、王城襲撃、そして地下牢探索だった。基本的に血生臭い思い出しかない。物語も始まったし、もしかしたらもう少し青春っぽい鮮やかな思い出が出来るかと思ったけどそうではなかった。なかなか現実は厳しい。
(来年は海……海に行く!!!)
なんて現実逃避か。
「少女漫画の世界観にあの地下牢はないって~」
アイリスもあの地下牢は衝撃的だったようだ。階段を降りていくにつれ深くなっていく闇、響き渡る奇声、澱んだ空気、酷い悪臭……。
――地下牢には魔封石が敷き詰められている。
王から依頼があったのは、今から二週間前。私、アイリス、ルイーゼに地下牢に入って魔法を試してほしいとのことだった。
すでに上級の宮廷魔術師は地下牢内に入り、魔法が使えるか試してみたところ全く使えなかったらしい。それで我々にまで話が周ってきた。
「国内でトップクラスなんて言われたらちょっといいとこ見せたくなっちゃうわよねぇ」
「なんか面白そ~」
魔力量は私のアイデンティティだ。地下牢は散々恐ろしい所だと聞いてはいたが、自己顕示欲と好奇心に負け依頼を受けてしまった。アイリスと同じく簡単に考えていた所はある。
ルイーゼは彼女の特殊な力が魔封石の影響を受けるかの確認だった。彼女はこの夏休み、あちこちの隣国で彼女の力を確認してまわっていたらしい。この国の領土外でも問題ないかチェックしたのだ。
「余裕だったわ!」
なんとも頼もしい答えが返ってきた。彼女は王の近衛兵の一人としてヒダカ国へ行く。
ヒダカ国の王の間には魔封石が使われている為、魔力自慢の我が国としてはその対策をしないわけにはいかない。……こっそりではあるが。その点、ルイーゼにかなう者そうそういないだろう。
『リディ、無理しなくていい。今回は王命でなく依頼だ。断っても問題ない』
『そんなわけにはいきません! 未来の王妃がこんなことも出来ないなんて思われたくないので!』
『そ、そうか! そう言われると確かに……!』
レオハルトは本当に心配してくれていたのだと後からわかったのだが、その時は私の王妃という単語に反応してアッサリ引き下がっていた。
(もっとちゃんと事前に聞いとくべきだった!)
「本来は灯りをつけないのですが……」
地下牢の番人は私達の為に足元を灯りで照らしてくれている。囚人達の奇声が凄まじすぎて何を言っているのか良く聞き取れない。
「す、すぐに終わらせます!」
一刻も早くここから出たい。全員同じ気持ちらしかった。顔はほとんど見えないが……。
「少し離れるわね」
まずはルイーゼが体の動きを確認している。音だけしかわからないが、剣が風を切る音と軽やかに動く足が灯りに照らされてみえた。
「うん。動きは問題ない。けどやっぱり魔法は無理ね」
次はアイリスだ。一緒に着いてきてくれた兵士の一人が足を出す。ちょうど昨日滑って転んだらしい。
「うわっ! やりづらっ!」
そう言いながらも無事治療は完了した。いつもより時間はかかっていたが、魔法自体は使えるようだ。
「魔力の消費はどう?」
「いつもと同じ! だけど魔力が出しずらかった~疲れるわココ」
さて最後は私だ。まずは指先に火を灯す。
(わ! 本当だ……魔力の蛇口が固くなってるような……)
ふん! と気合を入れると、予定より大きな火が指先に着いた。少し当たりを見渡すと、あちこちの牢屋から細長い手が出ており、叫びながら頭を一心不乱に振り回している人が何人もいた。またもや大きな奇声が地下牢中をこだまする。
(ヒェッ!)
慌てて火を消し、次に水や風の魔法を試す。大地の魔法は万が一ここが崩れてもいけないので試さなかった。
アイリスと同じく魔法は使えたが、どうやら細かい魔力コントロールが必要なものは難しいということが判明した。
「単純な魔法は使えるわね」
「信じられません……初めてです。ここで魔法を使う人を見たのは」
よし、これで面目は保てた。早く帰りたい。
◇◇◇
「あと一週間くらいで着くんだっけ?」
「そうね。ちょうど一週間前に出発したから」
「皆様、大丈夫でしょうか」
私とアイリスとアリアは久しぶりに学院内のカフェテリアで、新作メニューの柑橘系フレーバーのお茶を飲みながらこの冬の兆しを楽しんでいる。王城襲撃から数か月経っても犯人は捕まっていないままだ。
「皆様って言うかヴィルヘルムのことじゃん?」
「そ、そんなことは……!」
そんなことはあるんだろうな~。顔を赤らめて焦っている。今回、ヴィルヘルムも一緒に行ったのだ。妹の心配と、出世に有利だからと言う理由らしい。
「いいなぁ。本気で大切にされてる感じする~」
ヴィルヘルムは出世願望があるタイプではなかった。婚約者のアリアのために頑張っているのだろう。
「アイリス様はどうだったのですか? アラン様とお会いになったのでしょう?」
アリアは夏季休暇中、ほとんど領地にいたのでアイリスとじっくり話すのは久しぶりなのだ。
「聞いてよー!」
「お声が大きいですわよ」
「……聞いてください」
それからはアイリスの愚痴タイム。だが内容はアリアにとっては新鮮だったようでうまく相槌をうったり、質問したりと盛り上がっていた。
「でさぁ~わざとあたし……私がいない間の話題ばっか話してさ~二人で盛り上がっちゃって……」
「それは寂しいですわね」
「腕にベタベタ触って……その筋肉育てたのあたしだっちゅーの!」
「まぁ! はしたない!」
少しずれたところで怒りを表明しているアリアだった。
「アリアはヴィルヘルム様に触りたいとか思わないの?」
彼女がいつもの調子だったので、少々意地悪心が働いてしまう。
「まっ……まあ! なななん! なんてことを仰るの!?」
「それあたしも興味ある~」
「アリアは可愛いなぁ」
「あ、貴方達! 私をからかってますね!?」
そうそうこれこれ。アリアのこの初々しい反応に心が潤う。ああ可愛い。
「今はアイリス様のお話です! 私のことはいいのです!」
顔が赤いままプリプリ怒りながら話題を戻そうとした。
「お相手の女性はアラン様がお好きなのですか!?」
「そうよ!」
「ではライバルですね!」
「そうなのよ!!!」
そう言ってアイリスは大きくため息をつきながら背伸びをした。
「あー! 早く来年になってほしい!」
「入学の方は大丈夫そうなのですか?」
その質問にアイリスは不敵な笑みで返した。彼の入学準備は着々と進んでいる。この夏でアイリスの貯金がかなり進んでいるのだ。あれだけ治療魔法を使う機会があったから当たり前だが。
(いや、アイリスが学費出すんかーい!)
というツッコみを入れたいが我慢している。もちろん今も彼は入学に向けて勉学に励んでいるが、奨学金をゲット出来るかはギリギリのラインにいる。
「結局、脈はあるの?」
「う~ん……アランは何ていうか……色恋に興味がない上に強烈にニブイのよね……だからある意味離れていても安心というか」
好きな男の為に高額の学費を払う。でもそれでその気持ちが報われなかったら? なんてアイリス相手には無駄な心配だろうか。きっとごちゃごちゃと悩んだ挙句に決めたことのはずだ。そして現在進行形でも悩み続けているだろう。
(見返りを求めちゃダメ……なーんて綺麗ごとよね~)
親兄弟、ましてや我が子じゃあるまいし。
アイリスはどんどんと視線が下を向き始めていた。
「でもそれはそれとして、あの村にいたらアランはいつまでも私を特別な存在だって扱い続けるからさ」
聖女の末裔であるアイリスを守るためにあるような村の人間だ。育っていた世界を考えれば仕方がない。だからアイリスはアランを外の世界に引っ張り出して、認識を変えてもらいたいのだ。
「スタートラインに立つところからなのよ……」
少々疲れた笑顔のアイリスだが、目には怪しげな光が宿っていた。やる気は満々だ。
「ですが、外の世界に出たらアラン様が他の人を好きになってしまう可能性もあるのでは?」
「もちろんそれは嫌だけど。やらない後悔よりやって後悔した方がいいでしょう?」
身に覚えのあるアリアは納得するように頷いた。以前のアリアなら、初代聖女の末裔という身分のあるアイリスが自由恋愛で幸せを掴もうとすることを反対しただろう。だが今の彼女はその辺り全肯定だ。
「挑戦しない限り成功など存在しませんからね」
至極真面目な顔をしているが、アリアが夏季休暇中の親への反抗のことを言っているのが私達にはよくわかっているので、なんだか微笑ましく感じてしまう。彼女はその初めての挑戦で大成功を収めたのだからそう言いたくなるだろう。
「し、締まりのない顔をなさらないで! アイリス様! やるなら手を抜いてはいけませんよ!」
「は~い!」
「リディアナ様もですわよ!?」
「は~い!」
不安もあるが、学院生活もまだまだ楽しめそうだ。
(来年は海……海に行く!!!)
なんて現実逃避か。
「少女漫画の世界観にあの地下牢はないって~」
アイリスもあの地下牢は衝撃的だったようだ。階段を降りていくにつれ深くなっていく闇、響き渡る奇声、澱んだ空気、酷い悪臭……。
――地下牢には魔封石が敷き詰められている。
王から依頼があったのは、今から二週間前。私、アイリス、ルイーゼに地下牢に入って魔法を試してほしいとのことだった。
すでに上級の宮廷魔術師は地下牢内に入り、魔法が使えるか試してみたところ全く使えなかったらしい。それで我々にまで話が周ってきた。
「国内でトップクラスなんて言われたらちょっといいとこ見せたくなっちゃうわよねぇ」
「なんか面白そ~」
魔力量は私のアイデンティティだ。地下牢は散々恐ろしい所だと聞いてはいたが、自己顕示欲と好奇心に負け依頼を受けてしまった。アイリスと同じく簡単に考えていた所はある。
ルイーゼは彼女の特殊な力が魔封石の影響を受けるかの確認だった。彼女はこの夏休み、あちこちの隣国で彼女の力を確認してまわっていたらしい。この国の領土外でも問題ないかチェックしたのだ。
「余裕だったわ!」
なんとも頼もしい答えが返ってきた。彼女は王の近衛兵の一人としてヒダカ国へ行く。
ヒダカ国の王の間には魔封石が使われている為、魔力自慢の我が国としてはその対策をしないわけにはいかない。……こっそりではあるが。その点、ルイーゼにかなう者そうそういないだろう。
『リディ、無理しなくていい。今回は王命でなく依頼だ。断っても問題ない』
『そんなわけにはいきません! 未来の王妃がこんなことも出来ないなんて思われたくないので!』
『そ、そうか! そう言われると確かに……!』
レオハルトは本当に心配してくれていたのだと後からわかったのだが、その時は私の王妃という単語に反応してアッサリ引き下がっていた。
(もっとちゃんと事前に聞いとくべきだった!)
「本来は灯りをつけないのですが……」
地下牢の番人は私達の為に足元を灯りで照らしてくれている。囚人達の奇声が凄まじすぎて何を言っているのか良く聞き取れない。
「す、すぐに終わらせます!」
一刻も早くここから出たい。全員同じ気持ちらしかった。顔はほとんど見えないが……。
「少し離れるわね」
まずはルイーゼが体の動きを確認している。音だけしかわからないが、剣が風を切る音と軽やかに動く足が灯りに照らされてみえた。
「うん。動きは問題ない。けどやっぱり魔法は無理ね」
次はアイリスだ。一緒に着いてきてくれた兵士の一人が足を出す。ちょうど昨日滑って転んだらしい。
「うわっ! やりづらっ!」
そう言いながらも無事治療は完了した。いつもより時間はかかっていたが、魔法自体は使えるようだ。
「魔力の消費はどう?」
「いつもと同じ! だけど魔力が出しずらかった~疲れるわココ」
さて最後は私だ。まずは指先に火を灯す。
(わ! 本当だ……魔力の蛇口が固くなってるような……)
ふん! と気合を入れると、予定より大きな火が指先に着いた。少し当たりを見渡すと、あちこちの牢屋から細長い手が出ており、叫びながら頭を一心不乱に振り回している人が何人もいた。またもや大きな奇声が地下牢中をこだまする。
(ヒェッ!)
慌てて火を消し、次に水や風の魔法を試す。大地の魔法は万が一ここが崩れてもいけないので試さなかった。
アイリスと同じく魔法は使えたが、どうやら細かい魔力コントロールが必要なものは難しいということが判明した。
「単純な魔法は使えるわね」
「信じられません……初めてです。ここで魔法を使う人を見たのは」
よし、これで面目は保てた。早く帰りたい。
◇◇◇
「あと一週間くらいで着くんだっけ?」
「そうね。ちょうど一週間前に出発したから」
「皆様、大丈夫でしょうか」
私とアイリスとアリアは久しぶりに学院内のカフェテリアで、新作メニューの柑橘系フレーバーのお茶を飲みながらこの冬の兆しを楽しんでいる。王城襲撃から数か月経っても犯人は捕まっていないままだ。
「皆様って言うかヴィルヘルムのことじゃん?」
「そ、そんなことは……!」
そんなことはあるんだろうな~。顔を赤らめて焦っている。今回、ヴィルヘルムも一緒に行ったのだ。妹の心配と、出世に有利だからと言う理由らしい。
「いいなぁ。本気で大切にされてる感じする~」
ヴィルヘルムは出世願望があるタイプではなかった。婚約者のアリアのために頑張っているのだろう。
「アイリス様はどうだったのですか? アラン様とお会いになったのでしょう?」
アリアは夏季休暇中、ほとんど領地にいたのでアイリスとじっくり話すのは久しぶりなのだ。
「聞いてよー!」
「お声が大きいですわよ」
「……聞いてください」
それからはアイリスの愚痴タイム。だが内容はアリアにとっては新鮮だったようでうまく相槌をうったり、質問したりと盛り上がっていた。
「でさぁ~わざとあたし……私がいない間の話題ばっか話してさ~二人で盛り上がっちゃって……」
「それは寂しいですわね」
「腕にベタベタ触って……その筋肉育てたのあたしだっちゅーの!」
「まぁ! はしたない!」
少しずれたところで怒りを表明しているアリアだった。
「アリアはヴィルヘルム様に触りたいとか思わないの?」
彼女がいつもの調子だったので、少々意地悪心が働いてしまう。
「まっ……まあ! なななん! なんてことを仰るの!?」
「それあたしも興味ある~」
「アリアは可愛いなぁ」
「あ、貴方達! 私をからかってますね!?」
そうそうこれこれ。アリアのこの初々しい反応に心が潤う。ああ可愛い。
「今はアイリス様のお話です! 私のことはいいのです!」
顔が赤いままプリプリ怒りながら話題を戻そうとした。
「お相手の女性はアラン様がお好きなのですか!?」
「そうよ!」
「ではライバルですね!」
「そうなのよ!!!」
そう言ってアイリスは大きくため息をつきながら背伸びをした。
「あー! 早く来年になってほしい!」
「入学の方は大丈夫そうなのですか?」
その質問にアイリスは不敵な笑みで返した。彼の入学準備は着々と進んでいる。この夏でアイリスの貯金がかなり進んでいるのだ。あれだけ治療魔法を使う機会があったから当たり前だが。
(いや、アイリスが学費出すんかーい!)
というツッコみを入れたいが我慢している。もちろん今も彼は入学に向けて勉学に励んでいるが、奨学金をゲット出来るかはギリギリのラインにいる。
「結局、脈はあるの?」
「う~ん……アランは何ていうか……色恋に興味がない上に強烈にニブイのよね……だからある意味離れていても安心というか」
好きな男の為に高額の学費を払う。でもそれでその気持ちが報われなかったら? なんてアイリス相手には無駄な心配だろうか。きっとごちゃごちゃと悩んだ挙句に決めたことのはずだ。そして現在進行形でも悩み続けているだろう。
(見返りを求めちゃダメ……なーんて綺麗ごとよね~)
親兄弟、ましてや我が子じゃあるまいし。
アイリスはどんどんと視線が下を向き始めていた。
「でもそれはそれとして、あの村にいたらアランはいつまでも私を特別な存在だって扱い続けるからさ」
聖女の末裔であるアイリスを守るためにあるような村の人間だ。育っていた世界を考えれば仕方がない。だからアイリスはアランを外の世界に引っ張り出して、認識を変えてもらいたいのだ。
「スタートラインに立つところからなのよ……」
少々疲れた笑顔のアイリスだが、目には怪しげな光が宿っていた。やる気は満々だ。
「ですが、外の世界に出たらアラン様が他の人を好きになってしまう可能性もあるのでは?」
「もちろんそれは嫌だけど。やらない後悔よりやって後悔した方がいいでしょう?」
身に覚えのあるアリアは納得するように頷いた。以前のアリアなら、初代聖女の末裔という身分のあるアイリスが自由恋愛で幸せを掴もうとすることを反対しただろう。だが今の彼女はその辺り全肯定だ。
「挑戦しない限り成功など存在しませんからね」
至極真面目な顔をしているが、アリアが夏季休暇中の親への反抗のことを言っているのが私達にはよくわかっているので、なんだか微笑ましく感じてしまう。彼女はその初めての挑戦で大成功を収めたのだからそう言いたくなるだろう。
「し、締まりのない顔をなさらないで! アイリス様! やるなら手を抜いてはいけませんよ!」
「は~い!」
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