悪役令嬢は推しのために命もかける〜婚約者の王子様? どうぞどうぞヒロインとお幸せに!〜

桃月とと

文字の大きさ
113 / 163
第二部 元悪役令嬢の学園生活

32.5 推される側 【第二部番外編】

しおりを挟む
 リディアナ・フローレスのことを初めて見たのは王都のパーティだった。

 一人だけ大人びていて、弟以外の子供には目もくれない。堂々とした態度でずっと不敵な笑みを浮かべていた。可愛げがないと陰口を叩く大人にもハッキリ言い返していた。

(ああいう風に僕もなれたら)

 優秀な兄に何一つかなわない。そんな惨めな気持ちを隠すために誰にでも人当たりよく接する自分とは違う。誰にでも優しいと褒められもしたが、それは結局他人をこれ以上踏み込ませないためにしていたことだ。
 つまり僕には自信がなかった。全てにおいて。自分の冒険者になりたいという望みにすら自信が持てなかった。本当にそう思っているのか。兄から逃げるためにそう思い込んでいるだけではないのかと不安だった。

(所詮、兄上に何かあった時の代用品の人生だ)

 兄のことを心から尊敬し愛しているのに。こんな風にいじけてしまう自分が情けない。なんて薄情で冷たい人間なんだと嫌気がさす。
 この劣等感の出所は、領地に居る時に感じる、ほんの些細なことの積み重ねだった。父や母や家臣、屋敷の使用人達、領民……誰も自分には期待していない。いつも『素晴らしい兄を持つ弟』という扱いに留まっている。

(彼らを責めるなんてお門違いだ……)

 だから誰にも期待されない自分を責めるしかない。

 母はもしかしたらこの感情に気付いていたのかもしれない。大好きなライアス領ではなく、第三側妃リオーネ様に招かれるまま、王都でしばらく暮らすように言われた時、実はほんの少しホッとした。王都にいればただのライアス家の次男坊だ。

 リオーネ様の息子、第一王子のレオハルトとは妙に馬が合った。彼もまた、自分の立場に何とも言えない不安定さを感じていたからかもしれない。なにより、僕を『素晴らしい兄を持つ弟』と見ることは決してなかった。あの兄に会った後ですらそれは変わらなかった。救われた思いだった。
 それにレオハルトは自分の境遇を嘆いたりしなかった。周囲になんの文句も言わせてなるものかと、ひたむきに勉学や剣術に励んでいた。こうなりたいと思わせるものだった。

 そんなレオハルトとあのリディアナ嬢が婚約したと知った時、心の底から嬉しかったのは自分でも意外だった。自分が好感を抱いている二人が結婚するのだというのがとてもいいことに思えたのだ。

(僕にもこんな感情があったのか)

 他人のことを、こんな温かな気持ちで見ることができる人間でよかった。自分自身に安心した。
 
 だがそんな穏やかな気持ちは長く続かない。兄が氷石病にかかった。そしてあのリディアナ嬢も。

(代用品の役目を果たさなければ)

 領地には戻ることは許されず、王都で知らせを待った。兄の死の知らせだ。
 本当は兄の側に駆け付けて、これまでの後ろ暗い感情を全て懺悔したかった。兄に大好きだと伝えたかった。この感情がまた余計身勝手な自分を浮き彫りにするようで苦しさが増した。

「フレッド様が回復されました! フローレス家が治療法を発見したそうです!」

 王都の屋敷で知らせを聞いた時の喜びといったら。

「なんでもレオハルト殿下の婚約者であられるリディアナ様が原因にお気づきになったとか! これでレオハルト殿下が王に選ばれる可能性が高まったことでしょう!」

 屋敷の使用達は僕がレオハルトと仲がいいことも喜んでいた。少し前に見極めは慎重に、なんて言っていたのに現金なものだ。

(そう……この後からだな。リディと仲良くなったのは)

 レオハルトと婚約破棄騒動があって、妃教育が始まって、王城の訓練場で初めて彼女と会話をしたのだ。
 初めて見た時と印象は変わっていて、壮絶な闘病生活があったことがうかがい知れた。だが、相変わらずハッキリとした強靭な意志は彼女の中に備わったままだった。でなければそもそも王子と婚約破棄しようと口に出すこともないだろう。
 第一王子相手になんの遠慮もなくずけずけとモノを申す姿が面白くって、彼女とレオハルトのお茶会の時間にもしょっちゅう同席させてもらった。

(このままずっとこの時間が続けばいいのに)

 何度そう思ったことだろう。
 この思いは彼女達をライアス領に招いてからさらに強くなった。城下を案内し、冒険者ギルドで『もしも冒険者になったら』なんて話もした。夢のような時間だ。
 さらに言うとリディアナやレオハルト達が兄の後遺症まで治そうと奔走してくれたのだ。そしてそれは叶った。

 この頃には僕の醜い劣等感と負け犬根性は、とどめを刺されたかのように動かなくなっていた。

 やっと自分のことを好きになれた。
 レオハルトやリディアナのことももっと好きになった。

(それが問題になるなんて)

 肉体が時間の流れと共に成長するにつれ、それは顕著になっていく。
 レオハルトのことは問題ない。だが、リディは違う。彼女とはレオハルトと同じ関係を結ぶのはとても難しい。性別が違うというだけで。

(種族の違う飛龍と仲良くするのは問題ないのにな)

 いつも楽しそうに話を聞いてくれた。ほんの些細な悩みも真剣に解決策を考えてくれた。の夢を応援してくれた。どんな時も自分の味方でいてくれる人がいるという安心感を与えてくれた。

(普通なら、女性として愛するようになるんだろうけど)

 恋というには軽すぎる。愛というには純粋すぎる。言葉にするのが難しい。言葉にできたらもう少し気持ちがスッキリとするだろうか。

(リディと一緒に冒険に出られたら)

 きっとなにより楽しいだろう。そう思っている。

「ずっと一緒に遊んでいたい」

 子供のままで、ずっと。

 だけどそれ故に、彼女と離れて冒険に出たとしても、きっとこの関係は変わらないという確信もあった。そこに少しの不安もない。
 
 少しショックだったのは、リディアナが長年秘密を抱えていたということだ。そしてその時に気が付いた。自分はずっと彼女に与えてもらってばかりで、彼女の助けになるようなことはなにもしてこなかったことに。

 今度は助けになりたい。

 彼女のためなら命を懸けたってかまわない。

 だからレオハルトに悪いと思いながらも、剣術大会で彼女にどうにかこの気持ちを伝えた。とても大切に思っているということを。頼って欲しいということを。
 なんとか言葉で伝えると、二人で大笑いする結果になった。

(ああ……こうやってずっと笑っていたい)

 だけどこれは叶わない。レオハルトのことだって大切に思っている。彼が居なければ、この王都でうじうじとした気持ちを抱えたまま、愛想のいい仮面だけを被って自分への嫌悪を強めていただろう。
 これ以上望むのはきっとレオハルトを裏切るのと同義語だ。彼にも幸せをつかんでほしい。

 冒険には黒い飛龍フィルマーを連れていこう。あいつを育てたきっかけは、なんとなくリディアナの顔が浮かんだからだった。実際、今では相棒としてとても心強く育ってくれている。

(おじさんになって、一緒にお酒を飲める仲か……)

 あらためて考えるととてもいい。そんな日が来て欲しいと思う。けどきっとその時も自分は、『ずっとこうしていたい』と思うだろう。そういう人間関係が出来たことに感謝しなければ。 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。 ※他サイト様にも掲載中です

王子の片思いに気付いたので、悪役令嬢になって婚約破棄に協力しようとしてるのに、なぜ執着するんですか?

いりん
恋愛
婚約者の王子が好きだったが、 たまたま付き人と、 「婚約者のことが好きなわけじゃないー 王族なんて恋愛して結婚なんてできないだろう」 と話ながら切なそうに聖女を見つめている王子を見て、王子の片思いに気付いた。 私が悪役令嬢になれば、聖女と王子は結婚できるはず!と婚約破棄を目指してたのに…、 「僕と婚約破棄して、あいつと結婚するつもり?許さないよ」 なんで執着するんてすか?? 策略家王子×天然令嬢の両片思いストーリー 基本的に悪い人が出てこないほのぼのした話です。 他小説サイトにも投稿しています。

実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」 氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。 「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」 ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。 成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

処理中です...