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第二部 元悪役令嬢の学園生活
54 夢の中 【第二部完】
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アイリスが眠っていた間、私は気が気ではなかった。いや、もちろん私だけではないが。
「いったい何が……」
「治療魔法が効かないなんて」
アリアは泣いていた。
「アイリス様……マナーのレッスンも手加減して差し上げますから、早くお目覚めになってください……」
アイリスはただ息をしているだけだった。
「ねぇ。何かあったんでしょ?」
ルカは相変わらず私の変化に敏感だ。アイリスが眠っているベッドの側、私は片時も離れるつもりはなかった。
「こうなる直前、アイリスの様子が変だったの」
「どんな風に?」
「前世の……死に際を覚えているかって」
「……」
ルカとも、この話題を話すのは初めてだ。
「覚えてるの?」
「覚えてない」
「そう」
なんだかホッとしたような声だった。とはいえ……。
「私も覚えてなくて良かったと思ってる」
だってやっぱ怖いし。
一週間後目覚めた時、アイリスは泣いていた。怯えているよう顔でぽろぽろと涙をこぼし、泣き続けていた。泣き止むつもりもないようだった。彼女の自室で二人きり。他の人を呼びに行こうとすると、そっと手を掴まれた。
「あたし……あたし生きてる……どうしよう……」
「……生きてる……?」
うん。アイリスはちゃんと生きてるよ。ここで。この世界で。
(なに? なんの話をしているの?)
どうしようって、なにを?
「歌川彩芽は生きてるの……わ、私……あっちでも生きてる……」
「……前世の話?」
アイリスは首を振っている。
(あっちでも……?)
「ごめっ……ちょっと……待ってね」
彼女はしゃっくりを上げて震えていた。もちろん、と答えてアイリスが落ち着くまで待つ。彼女の発した言葉の意味を考えながら。
「あ、あたし……昔から時々、急に眠たくなって……たまに数日起きないことがあって……特殊な魔力のせいだろうって言われてて……でももうここ数年なかったから、そういうのもなくなったもんだと思ってたんだけど……」
「うん」
少し落ち着いたアイリスは順序だてて話してくれた。私も関わるであろう異世界との繋がりを。
「そんな時はいっつも、前世の夢を見てたの……でも違った。それは夢じゃなくて前世の世界に帰ってるだけだった」
「そ、それってどういう……」
どういう意味?
「前世の世界に帰ってるって……アイリスは二人いるってこと?」
「うん……魂が行き来しているみたい」
「うそ!!?」
死んで転生したとしたらすでに十五年は前世の世界に肉体が残っていたという事だろうか。
(……私は?)
アイリスがこうなる前、私の前世の死に際のことを気にしていた。
私はちゃんと死んでいるだろうか? 不安が重りとなって私の腹の中に入り込んでくる。
「時間の流れがここと違うんだと思う。あっちではまだあれから一年も経ってなくて……」
「……あれから?」
なにから一年?
「やっぱり覚えてないんだね……あたし達が事故にあってからだよ」
事故!? と、身に覚えのないことに目を見開くしかない。
「前日に大雨が降っててさ。彗星が見える日で……あたし、夜になっても友達と河川敷で遊んでて。そしたら、猫が流れてくるのが見えたの。木の板に乗ってて……それで友達には止められたのに助けに行って……結局私も……で、その私を助けようとしてくれたのが……」
「前世の私?」
うん。とアイリスは黙ったまま頷いた。
「そうなんだ……」
そう言われても実感が湧かない。やはり思い出せないのだ。
(お酒買いに行って散歩がてら近所の河川敷歩いてたんだろうな~)
思い出せないが、自分の行動の検討はつく。
私が黙ったまま記憶を辿っていたせいで、アイリスは不安が増してしまったようだ。また子供のように声を上げてわんわんと泣き始めた。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! あたしのせいでリディアナは死んじゃったんだ……!!」
それをただ抱きしめてさする。気にしなくていいのに、と思ってもそうはいかないだろう。死んでしまって申し訳ない。
「誰に強制されたわけでもなく助けに行ったんだろうし、私の責任だよ。今後思い出してまた辛くなったら、今の私の言葉を思い出して。わかった?」
「でも……」
「わかったと言いなさい」
久しぶりに悪役令嬢スマイルだ。
それでどうにかアイリスは泣き止んだ。鼻水がグズグズと出ている。ヒロインは鼻水を出していても可愛い。
「前の人生が終わってしまったってのは、もうとっくの昔に納得していたことだよ。もちろん寂しさはあるけど……私、今世の人生も気に入ってるの」
わかるでしょ? と、視線を合わせると、アイリスはまだ小さな声でうん、と呟いた。
(ちょっとばかしややこしくて大変だけど、味があっていい人生よね)
それからは少し落ち着いて彼女と私の現状を教えてくれた。
アイリスがいつも目覚めるといつも病院のベッドの上であるということ。あちらで目覚めるとこちらの記憶は夢のように感じるということ。あちらでも同じく突然深い眠りに落ち、そのまま目覚めない日も多いこと。
「検査結果は問題ないのにって。きっと魂が安定してないからだろうね」
そして突然、アイリスの瞳が決意に燃えたように見えた。
「あたし、次またこうなったらあっちで色々調べてみようと思う」
「色々って?」
「原作で明かされないまま終わった事柄があったでしょ?」
アイリスの言う通り、原作で謎だったが故に現在調査が難航していることがある。
「龍の王ね」
『龍王』は初代聖女と並ぶ伝説級の存在だ。現在どこにいて、どんな経緯で原作のリディアナが一緒に行動していたかは描かれていなかった。
龍の王が従えていた飛龍の群れもそうだ。これはフィンリー様が積極的に調べてくれていた。国内の生息地だとライアス領近辺が一番多い。もし事前に飛龍の出所がわかれば、専門家とも言えるライアス家の力を借りて対策を練ることができるかもしれない。
アリバラ先生の描いた予知夢画を見ると、どの龍も十歳以上であること。翼や牙の特徴からやはりライアス領周辺の個体の可能性が高いということが現時点ではわかっているが……。
「それに王宮内のゴタゴタも描かれてなかったっしょ? 実際はかなり込み入った世界なのに」
「そうねぇ~そこまで描くと違うストーリーになっちゃうからかなぁ」
そこが詳しくわかれば王宮で起きたあの痛ましい事件の解決もできるかもしれない。
第一側妃、第二側妃、第三側妃、それぞれが立場を守ろうと神経をとがらせている。原作を読んだだけではここまでとドロドロとはわからなかった。なかなか高濃度なので、アイリスとレオハルトに焦点を当てるとなるとカットするのが妥当なのかもしれない。
(原作のリディアナのセリフで、『王室の内情についてお勉強しなさい』ってレオハルトに言ってたわよね)
だけどそこまで詳しい描写はなかった。各王妃の力の差くらいで……他にももっと設定があったのだろうか。
私と同じ考えが浮かんでいたのか、アイリスは少しだけ怒ったような声になっていた。初めて聞くような声だ。
「そもそも、この世界ってあの漫画から出来上がったの?」
もっともな疑問だと思う。私もそれは大いに気になっていることではある。だが、
「こればっかりは神のみぞ知るってやつじゃない?」
調べる手段がない。
「……実はわかるかもしれないの」
「え!? どうやって!?」
ヒロインボーナスで神と知り合えた!?
「お姉ちゃん。大学辞めて、原作者のアシスタントになってたんだ」
「そっちの神……!」
アイリスの……歌川彩芽のことがあってから、生きたいように生きるよう決めた彼女の姉は、一念発起して漫画家を目指し始めたのだそうだ。
「……あと何回かは戻れると思う」
覚悟が決まった真剣な目をしていた。
「それって……でも検査で悪いところはないんでしょう?」
「うん。けどもう長くないと思う。あっちの世界の身体に魂が馴染む感じがしなくなってるから」
でもそれなら……。
「それなら、残りの時間を大切な人と過ごすために使って……」
泣きそうな私の顔に引きずられたのか、アイリスも涙を堪え始めた。
「残りの時間をこっちの世界の大切な人達のために使いたいの」
二人でポロリと涙をこぼした。
前世の大切で温かな記憶に胸が締め付けられる。もう取り戻せないことがわかっている分辛さも増す。
思い出さなければ、こんな風にどうしようもないことで涙することもなかっただろうか。
(でも、思い出せたからこそ未来を変えられる)
裏ルートを使ってでも、未来を変えてやる。
「いったい何が……」
「治療魔法が効かないなんて」
アリアは泣いていた。
「アイリス様……マナーのレッスンも手加減して差し上げますから、早くお目覚めになってください……」
アイリスはただ息をしているだけだった。
「ねぇ。何かあったんでしょ?」
ルカは相変わらず私の変化に敏感だ。アイリスが眠っているベッドの側、私は片時も離れるつもりはなかった。
「こうなる直前、アイリスの様子が変だったの」
「どんな風に?」
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「……」
ルカとも、この話題を話すのは初めてだ。
「覚えてるの?」
「覚えてない」
「そう」
なんだかホッとしたような声だった。とはいえ……。
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一週間後目覚めた時、アイリスは泣いていた。怯えているよう顔でぽろぽろと涙をこぼし、泣き続けていた。泣き止むつもりもないようだった。彼女の自室で二人きり。他の人を呼びに行こうとすると、そっと手を掴まれた。
「あたし……あたし生きてる……どうしよう……」
「……生きてる……?」
うん。アイリスはちゃんと生きてるよ。ここで。この世界で。
(なに? なんの話をしているの?)
どうしようって、なにを?
「歌川彩芽は生きてるの……わ、私……あっちでも生きてる……」
「……前世の話?」
アイリスは首を振っている。
(あっちでも……?)
「ごめっ……ちょっと……待ってね」
彼女はしゃっくりを上げて震えていた。もちろん、と答えてアイリスが落ち着くまで待つ。彼女の発した言葉の意味を考えながら。
「あ、あたし……昔から時々、急に眠たくなって……たまに数日起きないことがあって……特殊な魔力のせいだろうって言われてて……でももうここ数年なかったから、そういうのもなくなったもんだと思ってたんだけど……」
「うん」
少し落ち着いたアイリスは順序だてて話してくれた。私も関わるであろう異世界との繋がりを。
「そんな時はいっつも、前世の夢を見てたの……でも違った。それは夢じゃなくて前世の世界に帰ってるだけだった」
「そ、それってどういう……」
どういう意味?
「前世の世界に帰ってるって……アイリスは二人いるってこと?」
「うん……魂が行き来しているみたい」
「うそ!!?」
死んで転生したとしたらすでに十五年は前世の世界に肉体が残っていたという事だろうか。
(……私は?)
アイリスがこうなる前、私の前世の死に際のことを気にしていた。
私はちゃんと死んでいるだろうか? 不安が重りとなって私の腹の中に入り込んでくる。
「時間の流れがここと違うんだと思う。あっちではまだあれから一年も経ってなくて……」
「……あれから?」
なにから一年?
「やっぱり覚えてないんだね……あたし達が事故にあってからだよ」
事故!? と、身に覚えのないことに目を見開くしかない。
「前日に大雨が降っててさ。彗星が見える日で……あたし、夜になっても友達と河川敷で遊んでて。そしたら、猫が流れてくるのが見えたの。木の板に乗ってて……それで友達には止められたのに助けに行って……結局私も……で、その私を助けようとしてくれたのが……」
「前世の私?」
うん。とアイリスは黙ったまま頷いた。
「そうなんだ……」
そう言われても実感が湧かない。やはり思い出せないのだ。
(お酒買いに行って散歩がてら近所の河川敷歩いてたんだろうな~)
思い出せないが、自分の行動の検討はつく。
私が黙ったまま記憶を辿っていたせいで、アイリスは不安が増してしまったようだ。また子供のように声を上げてわんわんと泣き始めた。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! あたしのせいでリディアナは死んじゃったんだ……!!」
それをただ抱きしめてさする。気にしなくていいのに、と思ってもそうはいかないだろう。死んでしまって申し訳ない。
「誰に強制されたわけでもなく助けに行ったんだろうし、私の責任だよ。今後思い出してまた辛くなったら、今の私の言葉を思い出して。わかった?」
「でも……」
「わかったと言いなさい」
久しぶりに悪役令嬢スマイルだ。
それでどうにかアイリスは泣き止んだ。鼻水がグズグズと出ている。ヒロインは鼻水を出していても可愛い。
「前の人生が終わってしまったってのは、もうとっくの昔に納得していたことだよ。もちろん寂しさはあるけど……私、今世の人生も気に入ってるの」
わかるでしょ? と、視線を合わせると、アイリスはまだ小さな声でうん、と呟いた。
(ちょっとばかしややこしくて大変だけど、味があっていい人生よね)
それからは少し落ち着いて彼女と私の現状を教えてくれた。
アイリスがいつも目覚めるといつも病院のベッドの上であるということ。あちらで目覚めるとこちらの記憶は夢のように感じるということ。あちらでも同じく突然深い眠りに落ち、そのまま目覚めない日も多いこと。
「検査結果は問題ないのにって。きっと魂が安定してないからだろうね」
そして突然、アイリスの瞳が決意に燃えたように見えた。
「あたし、次またこうなったらあっちで色々調べてみようと思う」
「色々って?」
「原作で明かされないまま終わった事柄があったでしょ?」
アイリスの言う通り、原作で謎だったが故に現在調査が難航していることがある。
「龍の王ね」
『龍王』は初代聖女と並ぶ伝説級の存在だ。現在どこにいて、どんな経緯で原作のリディアナが一緒に行動していたかは描かれていなかった。
龍の王が従えていた飛龍の群れもそうだ。これはフィンリー様が積極的に調べてくれていた。国内の生息地だとライアス領近辺が一番多い。もし事前に飛龍の出所がわかれば、専門家とも言えるライアス家の力を借りて対策を練ることができるかもしれない。
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「それに王宮内のゴタゴタも描かれてなかったっしょ? 実際はかなり込み入った世界なのに」
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第一側妃、第二側妃、第三側妃、それぞれが立場を守ろうと神経をとがらせている。原作を読んだだけではここまでとドロドロとはわからなかった。なかなか高濃度なので、アイリスとレオハルトに焦点を当てるとなるとカットするのが妥当なのかもしれない。
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だけどそこまで詳しい描写はなかった。各王妃の力の差くらいで……他にももっと設定があったのだろうか。
私と同じ考えが浮かんでいたのか、アイリスは少しだけ怒ったような声になっていた。初めて聞くような声だ。
「そもそも、この世界ってあの漫画から出来上がったの?」
もっともな疑問だと思う。私もそれは大いに気になっていることではある。だが、
「こればっかりは神のみぞ知るってやつじゃない?」
調べる手段がない。
「……実はわかるかもしれないの」
「え!? どうやって!?」
ヒロインボーナスで神と知り合えた!?
「お姉ちゃん。大学辞めて、原作者のアシスタントになってたんだ」
「そっちの神……!」
アイリスの……歌川彩芽のことがあってから、生きたいように生きるよう決めた彼女の姉は、一念発起して漫画家を目指し始めたのだそうだ。
「……あと何回かは戻れると思う」
覚悟が決まった真剣な目をしていた。
「それって……でも検査で悪いところはないんでしょう?」
「うん。けどもう長くないと思う。あっちの世界の身体に魂が馴染む感じがしなくなってるから」
でもそれなら……。
「それなら、残りの時間を大切な人と過ごすために使って……」
泣きそうな私の顔に引きずられたのか、アイリスも涙を堪え始めた。
「残りの時間をこっちの世界の大切な人達のために使いたいの」
二人でポロリと涙をこぼした。
前世の大切で温かな記憶に胸が締め付けられる。もう取り戻せないことがわかっている分辛さも増す。
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