【完結】殺し屋令嬢は真実の愛を探します

桃月とと

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1 婚約破棄された令嬢

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「何故ですお父様! 何故あんなことを許すのですか!」

 ルビー・フラン侯爵令嬢は涙ながらに父に訴えかける。

「……諦めなさい。あのような男、どの道お前にはふさわしくなかっただろう」
「嫌よ! 私はアドルフを愛しているの! お願いお父様どうにかして!!!」

 フラン侯爵はただ首を横に振るだけだった。

 ルビーは先ほど、愛するアドルフ・ベイラーに婚約破棄を言い渡された。彼は同じく侯爵家の三男だ。フラン家の婿養子に入る予定だった。背も高く容姿に優れ、剣の腕前も同世代では断トツの強さを誇る。彼が婚約者だというと、誰からも羨ましがられるような相手だった。
 彼女は先ほどから頭に血が上ったままだ。アドルフは彼女に婚約破棄を伝えた後、そそくさと帰ってしまった。婚約破棄した相手にヒステリーをぶつけられてはたまらないと、馬鹿にした表情のまま。

「相手は成り上がりの男爵家の娘ですよ! 我が家の力があれば……!」
「諦めろと言っている!!!」

 生まれて初めて父親の怒鳴り声を聞いたルビーは、一瞬冷静になった。そして父親が汗をかき、顔面蒼白になっていることに気が付いたのだ。

(どうして!?)

◇◇◇

 先ほど婚約破棄を伝えに来たのは、アドルフ本人とその父ベイラー侯爵、そして彼の新しい婚約者となるダリア・バルド男爵令嬢だった。

 ルビーは来賓室での苦々しい出来事を思い出していた。婚約者破棄を言い渡した相手の前で、新しい婚約者とイチャついていたアドルフ。それを咎めもしない父ベイラー侯爵……そして怒りに震えていたルビーの父フラン侯爵。

(彼女の名前を聞いてからだわ)

 父親がどのタイミングで婚約破棄を受け入れたのか。それはあの忌々しい女が名乗ってからだった。

「ダリア・バルドでございます」
「バルド……!? バルド男爵か!?」
「はい」

 責められる立場だというのに、ニコニコと微笑み続けていた。フラン侯爵の怒りなど全く意に介さないようだ。

(バルド男爵と言えば、王家主催の夜会で挨拶されたわね……)

 突然婚約破棄を告げられ、そのあまりの衝撃にルビーはうまく思考できなくなっていた。ただ聞こえてきた単語から繋がる記憶をたどっている。

「すまないな! 私はついに真実の愛を見つけたんだ……このダリア嬢こそ運命の相手……!!!」

 そう言いながらダリアの太ももを撫でるアドルフにルビーはさらなる衝撃を受けた。そしてそれを受け入れているダリアにも。

(人前でなんて汚らしいっ……!)

 そして嫌悪感と悲しみがルビーの心に濁流のように押し寄せてくる。

 ダリアは確かに花の妖精のように可愛らしかった。くるくるとしたブロンドの髪に、まん丸な愛らしい青い瞳を持ち、頬は薄くピンクに染まっている。ルビーとは全く正反対と言ってもいい容姿だ。
 ルビーは銀色の真っ直ぐな髪の毛に、キリっとした釣り目、そして赤く燃えるような瞳だ。背はスラッと高く、長い手足を持っていた。

「君はお堅いし、プライドは高いのに嫉妬深くって……僕はとっても疲れてしまったんだ」
「そんな……!」

 ルビーも彼に体を求められたことがある。だが婚約者と言えど結婚するまではと断った。今後何があるかわからないからだ。実際、今こうやって婚約破棄された。彼女の判断は正しかったと言える。

(私に嫉妬させたくてわざと目の前で女に手を出していたくせに!)

 アドルフは令嬢達から大変人気があり、またそれを自覚していた。体を許さないルビーへの腹いせか、度々彼女の前で他の令嬢に声をかけたり、わざとらしく大袈裟に褒めたたえていた。

「アドルフ……そうな風に言わないで……ルビー様はこれから貴方を失ってとてもつらい日々になるのよ……追い打ちをかけるなんてよくないわ」
「あぁ……ダリアは本当に優しい人だね」

 ダリアから憐れむような目を向けられた瞬間、ルビーは目の前にあったティーカップを思いっきり彼女に投げつけた。

――ガシャンッ

 だがそれはいとも簡単によけられてしまい、来賓室の壁を傷つけただけだった。

「女の嫉妬は恐ろしい」

 ケラケラとベイラー親子は笑っていた。

「大丈夫かいダリア。もう用はすんだし、殺される前に帰るとしよう」

 そうしてフラン侯爵は、ただ用意された婚約破棄の正式な書面にサインをし、黙って見送ったのだ。

「ダリア・バルドに……なにかあるのですか?」
「……探るな」

 そう言ってフラン侯爵は青い顔のまま部屋を出ていった。

◇◇◇

 それからしばらく、ルビーは憔悴したまま食事は喉を通らず、やっと眠れたかと思えば悪夢にうなされる日々を過ごした。
 だからバルド家の当主、恋敵ダリアの父親がやって来た日にはどう言うつもりかと怒りに震えた。そうして久しぶりに侍女達を呼び、頭の先からつま先まで完璧な装いを纏い、男爵の元へと向かった。

(子が子なら親も親だわっ!)

 怒りで頭がいっぱいだったが、決してそれを表には出さない。これ以上自分で自分を惨めにしないように。
 だが、父フラン侯爵が例え何と言おうと、バルド男爵には自分が不快な思いをしたことは告げなくては、と心に決めていた。
 父親達がいるであろうあの来賓室へと向かう途中、予想外にから声をかけられてしまう。フラン侯爵も一緒だ。すでに用事が済み、帰るところだった。

「これはこれはルビー嬢。今日もお美しい……お元気そうでなによりでございます」

 バルド男爵の白々しい挨拶に、先手を取られたように感じ、負けるもんかと不敵な笑みを返す。

「お陰様ですこぶる調子よく過ごさせていいただいておりますわ」

 ルビーは自分が憔悴していたことがバレないよう、精一杯虚勢を張っていた。

「ですが貴方の娘のダリア嬢。いったいどういう教育をなさったの? 驚くほど無礼で下品な方だったわ。……同じく無礼で下品なアドルフとはお似合いだけれど」
「お恥ずかしい限りでございます」

 娘ダリアと同じように、相手からいくら不快感をぶつけられてもニコニコと微笑み続けていた。

(……不気味だわ)

 やはり父親が緊張しているのも不思議だった。いったい何を恐れているのか、ルビーはわからないままだ。

「恥ずかしいってなにかしら? そんな恥ずかしいものを世の中に出すのはやめていただきたいのだけれど?」
「いやはや。おっしゃる通りでございます」

 どんな強い言葉を投げかけても手ごたえを感じない。だがルビーは苛立ちをぐっと押し込めて隠した。そして表情ひとつ変えないルビーの姿を、バルド男爵は何やら満足そうに見ていた。

「……バルド男爵はお帰りだ」
「失礼いたします」

 フラン侯爵に促されるようにして、男爵は帰って行った。

(言いたいことは言えたわ。これ以上情けない姿はさらせない)

 何よりルビーは部屋の外へ出ることが出来た。しかも相手の親に直接文句を言えたのだ。立ち直りの第一歩としては上々だろう、と自分で自分を評価した。

 その後まさか嫌々参加した夜会で、それも男爵の手引きによって運命の出会いをするとは、この時のルビーは全く知る由もなかった。
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