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2 孝行息子を持つ父親
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ベイラー侯爵家は少し前から財政難に陥っていた。
当主本人が最近賭博にはまってしまい、その妻ベイラー夫人は美しい自分をさらに美しくしようと着飾ることが大好きだった。嫡男は箔をつける為現在海外に留学中で、次男は見栄ばかりの両親に嫌気がさし、早々に家を出て今どこにいるのかわからない。
三男のアドルフは背も高くガタイがいい。母親に似て目鼻立ちもハッキリし、剣の腕もよかった。おかげで縁談話は多くやってきたので、一番金も権力もあるフラン侯爵家へ婿入りさせることに決めた。
「しっかりルビー嬢の心をつかんでおくんだぞ」
「すでに僕に夢中ですよ」
自信満々な息子の顔に安堵した。フラン家は代々王族の護衛を務める近衛師団の師団長という立場にあり続けていた。
最近パッとしないベイラー家からアドルフを婿養子にしたがったのも、その腕を見込んだからだった。
(フラン家の領地は最近儲かってると聞くからな。代替わりしてしまえば我が家のものも同じだ)
ベイラー家とは違い健全で安定した財政状況のフラン家の全てを手に入れようと目論んでいた。これで我が家は安心だと、ますます賭博にのめり込んだ。
だからその三男が急に別の女を連れてきた時、最初は部屋から追い払おうと怒鳴り声を上げた。
「男爵家の娘だと!? そんな女と結婚できるはずがないだろう!!!?」
「しかし父上……僕は彼女を愛しているのです……」
その娘を思い出すだけでアドルフはぽぉっと顔を赤らめ、満ち足りた表情をしていた。ベイラー侯爵は、女癖の悪い息子がたった1人の娘に骨抜きにされているなんて、と驚き呆れるしかなかった。
「遊ぶだけなら好きにしろ。だが結婚はフラン家の娘とだ。それだけは変わらん」
「そんな! 僕はダリアと結婚したいんだ!」
「ダメだ! 我が家はどうなる!!?」
ベイラー家の実情はアドルフもわかっていた。だからだろう、父親の目的がはっきりとわかってホッとしていた。
「ダリアの実家、バルド家は爵位を金で買ったのだそうです。……かなりの資産があると言っていました」
「なに!? しかしバルド家……そんな家、私は知らんぞ」
そこで話に入って来たのはアドルフの母、ベイラー侯爵夫人だ。
「バルド家なら先日の夜会に来ていましたよ。確かにバルド男爵の身に着けているもの全て一流のものばかりでした」
ベイラー夫人曰く、バルド男爵はこれまで国外を拠点に貿易商をしていたが、妻を亡くした悲しみが癒えず娘と一緒にこの国へとやってきたそうだ。そして最近この国で爵位を買い貴族の一員となった。
「……あの慎重なマルセル王が金で爵位を与えるとは思えんが」
「ですが確かに貴族となったのです。それほどの財がバルド家にあると考えるべきなのでは!?」
「だが男爵家だぞ? 歴史あるフラン侯爵家とは天と地ほど差がある」
いくら金があるといっても手に入る予定の爵位と名誉の差の大きさを考えると、やはり簡単に許すことは出来ない……と、ベイラー侯爵は表面上考えるが、内心ではバルド家の資産が気になって仕方がない。
「そんなの僕はかまいません! ダリアと一緒になれるなら……!」
「あなた、本人がいいと言うのだから認めて差し上げたら? 夫婦は愛し合ってこそでしょう」
夫人は手を夫の腕に絡めて説得する。彼女は実際バルド男爵の羽振りの良さを目の当たりにしていた。夜会の主催者への贈り物は大きな宝石がいくつもはめ込まれたネックレスだったことも知っている。
「で、では1度連れてきなさい……くれぐれもフラン家にバレることのないように」
そして翌日の夜には、ダリアはやって来た。父親のバルド男爵も一緒にだ。
「こんなに早くいらっしゃるとは」
ベイラー侯爵は立場をわからせようと嫌味も込めて挨拶するが、バルド男爵はただにこやかに受け流すのだった。
「大変な失礼をいたしました。娘がどうしても愛する人と一緒にいたいと……父親として出来る限りのことをしなければと心がせいてしまいまして」
ひとまずこれを。と、ベイラー家の使用人に渡したのは、王族と言えどもなかなか手に入らないと言われる高級な酒だった。
(ホンモノだ……!)
それを見てベイラー夫妻の表情は変わった。期待通り、もしくはそれ以上のモノをバルド家は持っているかもしれないと。
「このような機会をいただき、感謝申し上げます」
ダリアはその愛らしい見た目とは裏腹に、きっちりとした作法を持ってベイラー夫妻に頭を下げる。アドルフの方はそんなダリアに見惚れていた。
(どんな女に騙されているかと思ったが……いたってまともではないか)
そして確かにダリアは美しかった。まるで花の妖精のような華やかさと愛らしさがある。アドルフの現婚約者ルビーも美しいが、ダリアとはタイプが違い、凛とした気高い空気の持ち主で何かと近寄りがたい女性だった。
(義理の娘にするなら、ルビー嬢よりこちらだな)
ベイラー侯爵の心はあっという間にダリア・バルドに傾いていた。そしてダメ押しのようなバルド男爵の言葉であっという間にフラン家への不義理を決めた。
「娘が結婚した後、私は隠居をしようと思っています。娘を幸せにしてくださるならご子息に全てお譲りするつもりです。爵位も好きにしてかまいません」
「……!」
夫婦どちらとも、ツケが溜まっていた。払えるものなら早く払った方がいいものだ。フラン家の現当主はまだまだ引退はしないだろう。そうなるとますますバルド家と婚姻を結んだほうが、ベイラー侯爵家にとっては都合がよかった。
「……愛し合う2人を引き離すのは可哀想だ……フラン家には悪いがこれも運命」
「ありがとうございます!!!」
アドルフとダリアは手を取り合って喜んだ。
(ああ、私はなんという孝行息子を持ったんだ!)
ベイラー侯爵は高価な酒に舌鼓を打ち、これから訪れるベイラー家の繁栄を想像し幸福に浸っていた。
当主本人が最近賭博にはまってしまい、その妻ベイラー夫人は美しい自分をさらに美しくしようと着飾ることが大好きだった。嫡男は箔をつける為現在海外に留学中で、次男は見栄ばかりの両親に嫌気がさし、早々に家を出て今どこにいるのかわからない。
三男のアドルフは背も高くガタイがいい。母親に似て目鼻立ちもハッキリし、剣の腕もよかった。おかげで縁談話は多くやってきたので、一番金も権力もあるフラン侯爵家へ婿入りさせることに決めた。
「しっかりルビー嬢の心をつかんでおくんだぞ」
「すでに僕に夢中ですよ」
自信満々な息子の顔に安堵した。フラン家は代々王族の護衛を務める近衛師団の師団長という立場にあり続けていた。
最近パッとしないベイラー家からアドルフを婿養子にしたがったのも、その腕を見込んだからだった。
(フラン家の領地は最近儲かってると聞くからな。代替わりしてしまえば我が家のものも同じだ)
ベイラー家とは違い健全で安定した財政状況のフラン家の全てを手に入れようと目論んでいた。これで我が家は安心だと、ますます賭博にのめり込んだ。
だからその三男が急に別の女を連れてきた時、最初は部屋から追い払おうと怒鳴り声を上げた。
「男爵家の娘だと!? そんな女と結婚できるはずがないだろう!!!?」
「しかし父上……僕は彼女を愛しているのです……」
その娘を思い出すだけでアドルフはぽぉっと顔を赤らめ、満ち足りた表情をしていた。ベイラー侯爵は、女癖の悪い息子がたった1人の娘に骨抜きにされているなんて、と驚き呆れるしかなかった。
「遊ぶだけなら好きにしろ。だが結婚はフラン家の娘とだ。それだけは変わらん」
「そんな! 僕はダリアと結婚したいんだ!」
「ダメだ! 我が家はどうなる!!?」
ベイラー家の実情はアドルフもわかっていた。だからだろう、父親の目的がはっきりとわかってホッとしていた。
「ダリアの実家、バルド家は爵位を金で買ったのだそうです。……かなりの資産があると言っていました」
「なに!? しかしバルド家……そんな家、私は知らんぞ」
そこで話に入って来たのはアドルフの母、ベイラー侯爵夫人だ。
「バルド家なら先日の夜会に来ていましたよ。確かにバルド男爵の身に着けているもの全て一流のものばかりでした」
ベイラー夫人曰く、バルド男爵はこれまで国外を拠点に貿易商をしていたが、妻を亡くした悲しみが癒えず娘と一緒にこの国へとやってきたそうだ。そして最近この国で爵位を買い貴族の一員となった。
「……あの慎重なマルセル王が金で爵位を与えるとは思えんが」
「ですが確かに貴族となったのです。それほどの財がバルド家にあると考えるべきなのでは!?」
「だが男爵家だぞ? 歴史あるフラン侯爵家とは天と地ほど差がある」
いくら金があるといっても手に入る予定の爵位と名誉の差の大きさを考えると、やはり簡単に許すことは出来ない……と、ベイラー侯爵は表面上考えるが、内心ではバルド家の資産が気になって仕方がない。
「そんなの僕はかまいません! ダリアと一緒になれるなら……!」
「あなた、本人がいいと言うのだから認めて差し上げたら? 夫婦は愛し合ってこそでしょう」
夫人は手を夫の腕に絡めて説得する。彼女は実際バルド男爵の羽振りの良さを目の当たりにしていた。夜会の主催者への贈り物は大きな宝石がいくつもはめ込まれたネックレスだったことも知っている。
「で、では1度連れてきなさい……くれぐれもフラン家にバレることのないように」
そして翌日の夜には、ダリアはやって来た。父親のバルド男爵も一緒にだ。
「こんなに早くいらっしゃるとは」
ベイラー侯爵は立場をわからせようと嫌味も込めて挨拶するが、バルド男爵はただにこやかに受け流すのだった。
「大変な失礼をいたしました。娘がどうしても愛する人と一緒にいたいと……父親として出来る限りのことをしなければと心がせいてしまいまして」
ひとまずこれを。と、ベイラー家の使用人に渡したのは、王族と言えどもなかなか手に入らないと言われる高級な酒だった。
(ホンモノだ……!)
それを見てベイラー夫妻の表情は変わった。期待通り、もしくはそれ以上のモノをバルド家は持っているかもしれないと。
「このような機会をいただき、感謝申し上げます」
ダリアはその愛らしい見た目とは裏腹に、きっちりとした作法を持ってベイラー夫妻に頭を下げる。アドルフの方はそんなダリアに見惚れていた。
(どんな女に騙されているかと思ったが……いたってまともではないか)
そして確かにダリアは美しかった。まるで花の妖精のような華やかさと愛らしさがある。アドルフの現婚約者ルビーも美しいが、ダリアとはタイプが違い、凛とした気高い空気の持ち主で何かと近寄りがたい女性だった。
(義理の娘にするなら、ルビー嬢よりこちらだな)
ベイラー侯爵の心はあっという間にダリア・バルドに傾いていた。そしてダメ押しのようなバルド男爵の言葉であっという間にフラン家への不義理を決めた。
「娘が結婚した後、私は隠居をしようと思っています。娘を幸せにしてくださるならご子息に全てお譲りするつもりです。爵位も好きにしてかまいません」
「……!」
夫婦どちらとも、ツケが溜まっていた。払えるものなら早く払った方がいいものだ。フラン家の現当主はまだまだ引退はしないだろう。そうなるとますますバルド家と婚姻を結んだほうが、ベイラー侯爵家にとっては都合がよかった。
「……愛し合う2人を引き離すのは可哀想だ……フラン家には悪いがこれも運命」
「ありがとうございます!!!」
アドルフとダリアは手を取り合って喜んだ。
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