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3 真実の愛を見つけた男
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ダリアとアドルフの出会いは仮面舞踏会。ダリアが偶然落としてしまった仮面を、アドルフが拾って渡したのがきっかけだった。
(なんて愛らしいんだろう……!)
それがダリアへの第一印象だった。俯いて顔を赤らめながら、小さな手でそっとアドルフから仮面を受け取っていた。
「お、お恥ずかしい……仮面舞踏会だというのに肝心の仮面を落とすだなんて……」
「ははっ! そんなこともあるさ……ほら」
アドルフはわざと自分の仮面も落とした。そしてダリアが自分の顔を見てさらに顔を赤くするのを確認し、満足そうに再度仮面をつける。
「……ずっと壁際にいて踊っていなかったね」
彼はずっと見ていたのだ。色男の勘か、それとも単にダリアのプロポーションが好みだったからか……。豊かな胸元に視線がいかないよう注意しながら、声をかける機会をうかがっていた。
「あの……こんな華やかな所は初めてなんです。どうしたらいいかわからなくって」
「じゃあ僕が!」
そう言って彼女の手を取り、広間へと連れ出した。体を密着させ、何曲も一緒に踊る。ダリアはアドルフのダンスのリードがいかにうまいか褒めたたえ、憧れるような眼差しを向けた。
(ああ、この子も僕に惚れたな)
アドルフの自尊心はまたいつものように満たされたかと思ったが、今回はこれまでと違いすんなりとはいかなかった。
何度か夜会で出会っても、触れ合いはダンスの時だけ。いつもなら不満だと相手に気持ちをぶつけているところだ。なのに今回はダリアとの会話をアドルフはとても楽しんでいた。
いつもキャアキャアと自分を持て囃す令嬢達とも、自信満々で男の自分と討論をかわす婚約者とも違い、ダリアはアドルフの話を熱心に聞き入り、感情に応じて表情をコロコロ変えながら、疑問に思ったことは素直に尋ね、会話はいつまでも途切れることはなかった。
(人生とはこんなに楽しいものだったのか!)
毎日がダリアのおかげで華やいでいた。
ある日、今日こそはとダリアを抱きしめたのだが、そっと体を押し返されてしまう。
「だめよアドルフ。私は成金の男爵家、貴方は由緒正しい侯爵家よ……それに素敵な婚約者だって」
潤んだ悲しそうな瞳を見て、アドルフは胸を刺されたような痛みを感じた。
「これで終わりにしましょう……綺麗な思い出のまま……ありがとう」
「そんな! 嫌だよ!!!」
まさか自分が女性に追いすがる日がくるなんて思ってもみなかったアドルフだが、そんなプライドなどどうでも良くなるほど自分がダリアに夢中だったことに気が付いた。
(あぁ……これが真実の愛なんだ!)
自分にもそんな感情があるのだと感動した。家名とギャンブルを愛する父、自分自身が一番大事な母、弟を馬鹿にする嫡男、そんな家族を捨てた次兄……そんな中でも自分は運命の相手と出会い、愛を育んでいる。
「僕達は真実の愛で結ばれている! 一緒になるべきなんだ!」
「真実の愛?」
急にダリアの目が妖しくキラリと光る。アドルフの発した言葉に反応したように。
「……真実の愛とはどんなものなんでしょう……」
ポツリと呟くように言葉を落とした。
「真実の愛……この世で2つとない大切なものさ」
うっとりと自分の言葉に酔いしれるようにアドルフは遠くを見ている。
「ダリア! 君さえ僕の側にいてくれたら他に誰もいらない……僕が真実の愛を教えてあげる。この命を懸けて」
まだ少し不思議そうな表情のダリアを見て、アドルフは彼女が立場上不安に感じているだけだと思っていた。
「大丈夫だよ。さあ、僕の手を取って!」
「本当に命を懸けて教えてくださるの?」
「あぁ! 僕に二言はないよ」
その言葉を聞いてダリアはうっとりとアドルフを見つめた。そうしてゆっくりと彼の手を取り、そのまま体をゆだねるのだった。
◇◇◇
すべてが彼の思う通りに進んでいた。……ほんの少しの間だけ。
無事生意気なルビー・フランとは婚約破棄が済み、すぐに愛するダリアと婚約を結んだ。頻繁に訪れるようになったバルド家は侯爵の肩書を持つ実家よりも豪華絢爛で、これがもうすぐ自分のものになるのかと思うと、上がる頬を止めることは出来なかった。
その知らせは突然だった。アドルフとダリアは盛大な結婚パーティーの計画を楽しく練っていた。
「ルビーがベルーガ王国の第一王子に見初められただと!?」
「ええ。先ほど我が家にもフラン家から知らせが届きましたの。ベルーガ国王とは父が以前仕事関係で懇意にしていただいておりましたから、詳しい話が聞きたいと」
なんでも、先日お忍びでやってきたベルーガ国のクリフ第一王子が、夜会で出会ったルビー侯爵令嬢に一目惚れをし、是非妻に迎えたいと切望しているという話だった。
(クリフ王子と言えば、各国の姫から婚姻の申し込みが殺到しているにもかかわらず、気に入る相手がいないとずっと独身を通していた方ではなかったか!?)
「なんでも周囲が恥ずかしくなるほどの溺愛のようですよ。よかったわルビー様……貴方との婚約破棄の傷もきっとこれで癒えるわね」
ふふふと、ルビーは春の日差しのように優しく笑っていた。いつもならそんなルビーに見惚れるアドルフだが今日は違う。自分よりもはるか格上の相手から元婚約者が求愛を受けているかと思うと、どす黒い靄が体中に広がっていくのがわかった。
「だがしかし、ベルーガ王国は大国だぞ!? そんな国の王子が我が国の姫でもないただの令嬢を見初めるなんて……ルビーは騙されているんじゃないか?」
「まあそんな! クリフ殿下はとても真面目で誠実な方ですから、ルビー様とは波長があうのかもしれませんね」
ダリアはクリフのことを知っている風に話した。父親が国王と知り合いということだから、ありえないことでもないとわかり、それがまたアドルフの気持ちを暗いものへと変えていく。
「そ、それに元婚約者が現婚約者の家に話を聞かせろなんて嫌味じゃないか!?」
「とんでもないことです。フラン家は成金貴族だと揶揄される我が家を気遣ってくださっていますわ」
恋敵の家だというのに、バルド家とフラン家は仲良くしているなどとは思いもせずアドルフは混乱した。
(何がどうなってるんだ!?)
「だがルビーには……フラン家には釘をさしておこう……バルド家のことは僕にも関わってくるからな!」
そう息巻いてアドルフは1人フラン家へと向かうのだった。
(なんて愛らしいんだろう……!)
それがダリアへの第一印象だった。俯いて顔を赤らめながら、小さな手でそっとアドルフから仮面を受け取っていた。
「お、お恥ずかしい……仮面舞踏会だというのに肝心の仮面を落とすだなんて……」
「ははっ! そんなこともあるさ……ほら」
アドルフはわざと自分の仮面も落とした。そしてダリアが自分の顔を見てさらに顔を赤くするのを確認し、満足そうに再度仮面をつける。
「……ずっと壁際にいて踊っていなかったね」
彼はずっと見ていたのだ。色男の勘か、それとも単にダリアのプロポーションが好みだったからか……。豊かな胸元に視線がいかないよう注意しながら、声をかける機会をうかがっていた。
「あの……こんな華やかな所は初めてなんです。どうしたらいいかわからなくって」
「じゃあ僕が!」
そう言って彼女の手を取り、広間へと連れ出した。体を密着させ、何曲も一緒に踊る。ダリアはアドルフのダンスのリードがいかにうまいか褒めたたえ、憧れるような眼差しを向けた。
(ああ、この子も僕に惚れたな)
アドルフの自尊心はまたいつものように満たされたかと思ったが、今回はこれまでと違いすんなりとはいかなかった。
何度か夜会で出会っても、触れ合いはダンスの時だけ。いつもなら不満だと相手に気持ちをぶつけているところだ。なのに今回はダリアとの会話をアドルフはとても楽しんでいた。
いつもキャアキャアと自分を持て囃す令嬢達とも、自信満々で男の自分と討論をかわす婚約者とも違い、ダリアはアドルフの話を熱心に聞き入り、感情に応じて表情をコロコロ変えながら、疑問に思ったことは素直に尋ね、会話はいつまでも途切れることはなかった。
(人生とはこんなに楽しいものだったのか!)
毎日がダリアのおかげで華やいでいた。
ある日、今日こそはとダリアを抱きしめたのだが、そっと体を押し返されてしまう。
「だめよアドルフ。私は成金の男爵家、貴方は由緒正しい侯爵家よ……それに素敵な婚約者だって」
潤んだ悲しそうな瞳を見て、アドルフは胸を刺されたような痛みを感じた。
「これで終わりにしましょう……綺麗な思い出のまま……ありがとう」
「そんな! 嫌だよ!!!」
まさか自分が女性に追いすがる日がくるなんて思ってもみなかったアドルフだが、そんなプライドなどどうでも良くなるほど自分がダリアに夢中だったことに気が付いた。
(あぁ……これが真実の愛なんだ!)
自分にもそんな感情があるのだと感動した。家名とギャンブルを愛する父、自分自身が一番大事な母、弟を馬鹿にする嫡男、そんな家族を捨てた次兄……そんな中でも自分は運命の相手と出会い、愛を育んでいる。
「僕達は真実の愛で結ばれている! 一緒になるべきなんだ!」
「真実の愛?」
急にダリアの目が妖しくキラリと光る。アドルフの発した言葉に反応したように。
「……真実の愛とはどんなものなんでしょう……」
ポツリと呟くように言葉を落とした。
「真実の愛……この世で2つとない大切なものさ」
うっとりと自分の言葉に酔いしれるようにアドルフは遠くを見ている。
「ダリア! 君さえ僕の側にいてくれたら他に誰もいらない……僕が真実の愛を教えてあげる。この命を懸けて」
まだ少し不思議そうな表情のダリアを見て、アドルフは彼女が立場上不安に感じているだけだと思っていた。
「大丈夫だよ。さあ、僕の手を取って!」
「本当に命を懸けて教えてくださるの?」
「あぁ! 僕に二言はないよ」
その言葉を聞いてダリアはうっとりとアドルフを見つめた。そうしてゆっくりと彼の手を取り、そのまま体をゆだねるのだった。
◇◇◇
すべてが彼の思う通りに進んでいた。……ほんの少しの間だけ。
無事生意気なルビー・フランとは婚約破棄が済み、すぐに愛するダリアと婚約を結んだ。頻繁に訪れるようになったバルド家は侯爵の肩書を持つ実家よりも豪華絢爛で、これがもうすぐ自分のものになるのかと思うと、上がる頬を止めることは出来なかった。
その知らせは突然だった。アドルフとダリアは盛大な結婚パーティーの計画を楽しく練っていた。
「ルビーがベルーガ王国の第一王子に見初められただと!?」
「ええ。先ほど我が家にもフラン家から知らせが届きましたの。ベルーガ国王とは父が以前仕事関係で懇意にしていただいておりましたから、詳しい話が聞きたいと」
なんでも、先日お忍びでやってきたベルーガ国のクリフ第一王子が、夜会で出会ったルビー侯爵令嬢に一目惚れをし、是非妻に迎えたいと切望しているという話だった。
(クリフ王子と言えば、各国の姫から婚姻の申し込みが殺到しているにもかかわらず、気に入る相手がいないとずっと独身を通していた方ではなかったか!?)
「なんでも周囲が恥ずかしくなるほどの溺愛のようですよ。よかったわルビー様……貴方との婚約破棄の傷もきっとこれで癒えるわね」
ふふふと、ルビーは春の日差しのように優しく笑っていた。いつもならそんなルビーに見惚れるアドルフだが今日は違う。自分よりもはるか格上の相手から元婚約者が求愛を受けているかと思うと、どす黒い靄が体中に広がっていくのがわかった。
「だがしかし、ベルーガ王国は大国だぞ!? そんな国の王子が我が国の姫でもないただの令嬢を見初めるなんて……ルビーは騙されているんじゃないか?」
「まあそんな! クリフ殿下はとても真面目で誠実な方ですから、ルビー様とは波長があうのかもしれませんね」
ダリアはクリフのことを知っている風に話した。父親が国王と知り合いということだから、ありえないことでもないとわかり、それがまたアドルフの気持ちを暗いものへと変えていく。
「そ、それに元婚約者が現婚約者の家に話を聞かせろなんて嫌味じゃないか!?」
「とんでもないことです。フラン家は成金貴族だと揶揄される我が家を気遣ってくださっていますわ」
恋敵の家だというのに、バルド家とフラン家は仲良くしているなどとは思いもせずアドルフは混乱した。
(何がどうなってるんだ!?)
「だがルビーには……フラン家には釘をさしておこう……バルド家のことは僕にも関わってくるからな!」
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