【完結】殺し屋令嬢は真実の愛を探します

桃月とと

文字の大きさ
3 / 6

3 真実の愛を見つけた男

しおりを挟む
 ダリアとアドルフの出会いは仮面舞踏会。ダリアが落としてしまった仮面を、アドルフが拾って渡したのがきっかけだった。

(なんて愛らしいんだろう……!)

 それがダリアへの第一印象だった。俯いて顔を赤らめながら、小さな手でそっとアドルフから仮面を受け取っていた。

「お、お恥ずかしい……仮面舞踏会だというのに肝心の仮面を落とすだなんて……」
「ははっ! そんなこともあるさ……ほら」

 アドルフはわざと自分の仮面も落とした。そしてダリアが自分の顔を見てさらに顔を赤くするのを確認し、満足そうに再度仮面をつける。

「……ずっと壁際にいて踊っていなかったね」

 彼はずっと見ていたのだ。色男の勘か、それとも単にダリアのプロポーションが好みだったからか……。豊かな胸元に視線がいかないよう注意しながら、声をかける機会をうかがっていた。

「あの……こんな華やかな所は初めてなんです。どうしたらいいかわからなくって」
「じゃあ僕が!」

 そう言って彼女の手を取り、広間へと連れ出した。体を密着させ、何曲も一緒に踊る。ダリアはアドルフのダンスのリードがいかにうまいか褒めたたえ、憧れるような眼差しを向けた。

(ああ、この子も僕に惚れたな)

 アドルフの自尊心はまたいつものように満たされたかと思ったが、今回はこれまでと違いすんなりとはいかなかった。
 
 何度か夜会で出会っても、触れ合いはダンスの時だけ。いつもなら不満だと相手に気持ちをぶつけているところだ。なのに今回はダリアとの会話をアドルフはとても楽しんでいた。
 いつもキャアキャアと自分を持て囃す令嬢達とも、自信満々で男の自分と討論をかわす婚約者ルビーとも違い、ダリアはアドルフの話を熱心に聞き入り、感情に応じて表情をコロコロ変えながら、疑問に思ったことは素直に尋ね、会話はいつまでも途切れることはなかった。

(人生とはこんなに楽しいものだったのか!)

 毎日がダリアのおかげで華やいでいた。

 ある日、今日こそはとダリアを抱きしめたのだが、そっと体を押し返されてしまう。

「だめよアドルフ。私は成金の男爵家、貴方は由緒正しい侯爵家よ……それに素敵な婚約者だって」

 潤んだ悲しそうな瞳を見て、アドルフは胸を刺されたような痛みを感じた。

「これで終わりにしましょう……綺麗な思い出のまま……ありがとう」
「そんな! 嫌だよ!!!」

 まさか自分が女性に追いすがる日がくるなんて思ってもみなかったアドルフだが、そんなプライドなどどうでも良くなるほど自分がダリアに夢中だったことに気が付いた。

(あぁ……これが真実の愛なんだ!)

 自分にもそんな感情があるのだと感動した。家名とギャンブルを愛する父、自分自身が一番大事な母、弟を馬鹿にする嫡男、そんな家族を捨てた次兄……そんな中でも自分は運命の相手と出会い、愛を育んでいる。

「僕達は真実の愛で結ばれている! 一緒になるべきなんだ!」
「真実の愛?」

 急にダリアの目が妖しくキラリと光る。アドルフの発した言葉に反応したように。

「……真実の愛とはどんなものなんでしょう……」

 ポツリと呟くように言葉を落とした。

「真実の愛……この世で2つとない大切なものさ」

 うっとりと自分の言葉に酔いしれるようにアドルフは遠くを見ている。

「ダリア! 君さえ僕の側にいてくれたら他に誰もいらない……僕が真実の愛を教えてあげる。この命を懸けて」

 まだ少し不思議そうな表情のダリアを見て、アドルフは彼女が立場上不安に感じているだけだと思っていた。

「大丈夫だよ。さあ、僕の手を取って!」
「本当に命を懸けて教えてくださるの?」
「あぁ! 僕に二言はないよ」

 その言葉を聞いてダリアはうっとりとアドルフを見つめた。そうしてゆっくりと彼の手を取り、そのまま体をゆだねるのだった。

◇◇◇

 すべてが彼の思う通りに進んでいた。……ほんの少しの間だけ。

 無事生意気なルビー・フランとは婚約破棄が済み、すぐに愛するダリアと婚約を結んだ。頻繁に訪れるようになったバルド家は侯爵の肩書を持つ実家よりも豪華絢爛で、これがもうすぐ自分のものになるのかと思うと、上がる頬を止めることは出来なかった。

 その知らせは突然だった。アドルフとダリアは盛大な結婚パーティーの計画を楽しく練っていた。

「ルビーがベルーガ王国の第一王子に見初められただと!?」
「ええ。先ほど我が家にもフラン家から知らせが届きましたの。ベルーガ国王とは父が以前仕事関係で懇意にしていただいておりましたから、詳しい話が聞きたいと」

 なんでも、先日お忍びでやってきたベルーガ国のクリフ第一王子が、夜会で出会ったルビー侯爵令嬢に一目惚れをし、是非妻に迎えたいと切望しているという話だった。

(クリフ王子と言えば、各国の姫から婚姻の申し込みが殺到しているにもかかわらず、気に入る相手がいないとずっと独身を通していた方ではなかったか!?)

「なんでも周囲が恥ずかしくなるほどの溺愛のようですよ。よかったわルビー様……貴方との婚約破棄の傷もきっとこれで癒えるわね」

 ふふふと、ルビーは春の日差しのように優しく笑っていた。いつもならそんなルビーに見惚れるアドルフだが今日は違う。自分よりもはるか格上の相手から元婚約者が求愛を受けているかと思うと、どす黒いもやが体中に広がっていくのがわかった。

「だがしかし、ベルーガ王国は大国だぞ!? そんな国の王子が我が国の姫でもないただの令嬢を見初めるなんて……ルビーは騙されているんじゃないか?」
「まあそんな! クリフ殿下はとても真面目で誠実な方ですから、ルビー様とは波長があうのかもしれませんね」

 ダリアはクリフのことを知っている風に話した。父親が国王と知り合いということだから、ありえないことでもないとわかり、それがまたアドルフの気持ちを暗いものへと変えていく。 

「そ、それに元婚約者が現婚約者の家に話を聞かせろなんて嫌味じゃないか!?」
「とんでもないことです。フラン家は成金貴族だと揶揄される我が家を気遣ってくださっていますわ」

 恋敵の家だというのに、バルド家とフラン家は仲良くしているなどとは思いもせずアドルフは混乱した。

(何がどうなってるんだ!?)

「だがルビーには……フラン家には釘をさしておこう……バルド家のことは僕にも関わってくるからな!」

 そう息巻いてアドルフは1人フラン家へと向かうのだった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

転生公爵令嬢は2度目の人生を穏やかに送りたい〰️なぜか宿敵王子に溺愛されています〰️

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リリーはクラフト王子殿下が好きだったが クラフト王子殿下には聖女マリナが寄り添っていた そして殿下にリリーは殺される? 転生して2度目の人生ではクラフト王子殿下に関わらないようにするが 何故か関わってしまいその上溺愛されてしまう

【完結】王城文官は恋に疎い

ふじの
恋愛
「かしこまりました。殿下の名誉を守ることも、文官の務めにございます!」 「「「……(違う。そうじゃない)」」」  日々流れ込む膨大な書類の間で、真面目すぎる文官・セリーヌ・アシュレイ。業務最優先の彼女の前に、学院時代の同級生である第三王子カインが恋を成就させるために頻繁に関わってくる。様々な誘いは、セリーヌにとっては当然業務上の要件。  カインの家族も黙っていない。王家一丸となり、カインとセリーヌをくっつけるための“大作戦”を展開。二人の距離はぐっと縮まり、カインの想いは、セリーヌに届いていく…のか? 【全20話+番外編4話】 ※他サイト様でも掲載しています。

身代わり令嬢、恋した公爵に真実を伝えて去ろうとしたら、絡めとられる(ごめんなさぁぁぁぁい!あなたの本当の婚約者は、私の姉です)

柳葉うら
恋愛
(ごめんなさぁぁぁぁい!) 辺境伯令嬢のウィルマは心の中で土下座した。 結婚が嫌で家出した姉の身代わりをして、誰もが羨むような素敵な公爵様の婚約者として会ったのだが、公爵あまりにも良い人すぎて、申し訳なくて仕方がないのだ。 正直者で面食いな身代わり令嬢と、そんな令嬢のことが実は昔から好きだった策士なヒーローがドタバタとするお話です。 さくっと読んでいただけるかと思います。

王子が好みじゃなさすぎる

藤田菜
恋愛
魔法使いの呪いによって眠り続けていた私は、王子の手によって眠りから覚めた。けれどこの王子ーー全然私の好みじゃない。この人が私の運命の相手なの……?

魔の森に捨てられた伯爵令嬢は、幸福になって復讐を果たす

三谷朱花
恋愛
 ルーナ・メソフィスは、あの冷たく悲しい日のことを忘れはしない。  ルーナの信じてきた世界そのものが否定された日。  伯爵令嬢としての身分も、温かい我が家も奪われた。そして信じていた人たちも、それが幻想だったのだと知った。  そして、告げられた両親の死の真相。  家督を継ぐために父の異母弟である叔父が、両親の死に関わっていた。そして、メソフィス家の財産を独占するために、ルーナの存在を不要とした。    絶望しかなかった。  涙すら出なかった。人間は本当の絶望の前では涙がでないのだとルーナは初めて知った。  雪が積もる冷たい森の中で、この命が果ててしまった方がよほど幸福だとすら感じていた。  そもそも魔の森と呼ばれ恐れられている森だ。誰の助けも期待はできないし、ここに放置した人間たちは、見たこともない魔獣にルーナが食い殺されるのを期待していた。  ルーナは死を待つしか他になかった。  途切れそうになる意識の中で、ルーナは温かい温もりに包まれた夢を見ていた。  そして、ルーナがその温もりを感じた日。  ルーナ・メソフィス伯爵令嬢は亡くなったと公式に発表された。

愛しの第一王子殿下

みつまめ つぼみ
恋愛
 公爵令嬢アリシアは15歳。三年前に魔王討伐に出かけたゴルテンファル王国の第一王子クラウス一行の帰りを待ちわびていた。  そして帰ってきたクラウス王子は、仲間の訃報を口にし、それと同時に同行していた聖女との婚姻を告げる。  クラウスとの婚約を破棄されたアリシアは、言い寄ってくる第二王子マティアスの手から逃れようと、国外脱出を図るのだった。  そんなアリシアを手助けするフードを目深に被った旅の戦士エドガー。彼とアリシアの逃避行が、今始まる。

離婚を望む悪女は、冷酷夫の執愛から逃げられない

柴田はつみ
恋愛
目が覚めた瞬間、そこは自分が読み終えたばかりの恋愛小説の世界だった——しかも転生したのは、後に夫カルロスに殺される悪女・アイリス。 バッドエンドを避けるため、アイリスは結婚早々に離婚を申し出る。だが、冷たく突き放すカルロスの真意は読めず、街では彼と寄り添う美貌の令嬢カミラの姿が頻繁に目撃され、噂は瞬く間に広まる。 カミラは男心を弄ぶ意地悪な女。わざと二人の関係を深い仲であるかのように吹聴し、アイリスの心をかき乱す。 そんな中、幼馴染クリスが現れ、アイリスを庇い続ける。だがその優しさは、カルロスの嫉妬と誤解を一層深めていき……。 愛しているのに素直になれない夫と、彼を信じられない妻。三角関係が燃え上がる中、アイリスは自分の運命を書き換えるため、最後の選択を迫られる。

骸骨公女と呪いの王子

藍田ひびき
恋愛
”骸骨公女”―― 呪いにより骨だけの姿となった公爵令嬢フロレンツィア。 それを知る者たちからは化け物と嘲笑われ、名ばかりの婚約者には冷たくあしらわれる日々だった。 嫌々ながらも出席した夜会の場を抜け出した彼女は、そこで見知らぬ青年と出会う。 フロレンツィアの姿を恐れることなく接してくる彼と踊るうちに、彼女の姿に変化が――?

処理中です...