31 / 63
31 生意気
しおりを挟む
あの生意気で尊大な弟がしゅんと肩をすくめている。
(私が悪者みたいじゃない!)
あのお土産の件を尋ねて以降、どんなに嫌味を言っても反論しないロニーにレミリアは困惑していた。いつも他者を見下し、悪いことの全てを母親のせいにしていた男には見えなかった。
「あんた、あの謝罪文のこと知ってんの? つい最近発行されたらしいじゃん」
「ああ。事前にグレンから聞いている」
「じゃあ王国に戻ったら針の筵なんじゃない?」
そう言ってわざと嘲笑うレミリアに、ロニーは頭を下げた。
「姉上、卑怯な真似をして陥れたこと、本当に悪かったと思っている。すまない……許してくれとは言わない……ただ今は後悔しているということを伝えたかった」
「あっそ」
平静を装っていたが、レミリアの心の中は暗くて汚れた物でぐちゃぐちゃになっていた。殺さないとは言ったが殺してしまいたいくらい憎くて憎くて仕方がなくなった。
故郷を奪われ、その上孤児院が侵略されたように感じてしまっていた。
こんなに憎悪が湧くなんて思わなかった。国外追放が決まった瞬間だって、こんな気持ちにはならなかった。
(ゴミクソやろーのままでいろよ! なに改心したフリしてんだ!)
それが何より許せなかった。
勝手にレミリアのテリトリーに入ってきて好き勝手にやってるなんて、悔しくて仕方がない。
あの孤児院はレミリアにとって心のバランスを取るのに必要な場所だった。最初こそ人気取りのためにやっていたが、あそこは完璧な令嬢を演じていたあの時期、飾らない自分でいられる唯一の空間だった。
レミリアにとって、マリロイド王国唯一の救いの場だったのだ。
「あんたは施しを与えることで優越感を得てるだけ。初めて良いことをして、良い人になった自分に酔ってるだけじゃん」
「肩書きから得てた承認欲求が、弱者を救う事で得る承認欲求に代わっただけでしょ」
「どうせそのうち飽きるくせに。何か理由をつけて無責任に手を離すに決まってる」
(ブーメランだわ……)
ロニーを傷つけるために言ったその言葉はレミリア自身に向けた言葉でもあった。まだ王国にいた時、いつも頭の片隅にあった言葉だった。
ロニーは青ざめた顔で、だが真剣に聞いている。
「なにか言ったら?」
レミリアはもっと相手を傷つける方法を探していた。何か言えと言っておきながら、ロニーが言葉を発した瞬間、ほら反省なんてしていない、という言葉を投げつけるつもりでいたのだ。
「姉上の言う通りだ……すまない……」
驚いて目を見開いたレミリアは、思わず声を上げてしまった。周りのテーブルからの視線が集まる。
「謝ることしか出来ないの!?」
これは自分でも言いがかりだとわかっている。謝れと思ってるくせにキチンと謝られたら嫌だなんて。
「孤児院で、悪いことをしたら謝るよう指導している……」
(ズルい! なんて汚い……卑怯なヤツ! これじゃあ許さない方が悪いみたいじゃない!)
そして同時に気付いてしまった。
(全然楽しくない……)
楽しいことが大好きな大賢者の弟子になったレミリアは、その思想も一緒に学んでいるようなものだ。
彼の行動原理はいつだって楽しいそう、面白そうだった。その生き方がとても良いものに感じていたレミリアは自分もそうあるよう、意識して生活していた。
(つまんない……つまんないつまんないつまんない!)
今のロニーをいたぶっても少しも気分よくならなかった。ざまぁみろとも思えなかった。
そうして大きく息を吸ってゆっくりとはきだした。
「なんてサンドバッグなの! 殴っても殴っても気持ちよくならないなんて!」
ロニーはサンドバッグが何かわからないので、姉がなにを言いたいのか理解するのに少し時間がかかった。
「どうしたどうした~痴話喧嘩か?」
近くにいた恰幅の良い男性が、微笑みながら声をかけてきた。殺伐としたテーブルが放っておけなかったようだ。
「いえ、ただの姉弟喧嘩ですわ! 騒いでしまってすみません」
咄嗟にレミリアが謝る。大声を出したのは自分だけだったからだ。
「ああ本当だ。2人とも綺麗な瞳持ちじゃないか~」
それを聞いた2人は、同時に苦虫を潰したような顔になった。男性は大笑いしながら、
「ほどほどにな~」
と言って店から出て行ったのだった。
レミリアは毒気が抜かれてしまった。あれだけ心の中で渦巻いていたどす黒い感情が急に薄らいできたのだ。
「永遠に家族じゃないんだろ」
ロニーはレミリアの変化にすぐに気が付いたようで、少しだけ口角を上げて軽口を叩く。
「はあ? 謝りにきといて生意気なんだけど」
顔は歪ませていたが、すでにやる気をなくしているのが一目瞭然だった。
「次また生意気言ったら泣いて謝るまでぶん殴ってやるから」
「そんな時はこないよ」
「それならそれでいいのよ」
そう言うとレミリアは立ち上がった。
「孤児院の子たちによろしく」
振り返りもせず、店から出て行った。
(私が悪者みたいじゃない!)
あのお土産の件を尋ねて以降、どんなに嫌味を言っても反論しないロニーにレミリアは困惑していた。いつも他者を見下し、悪いことの全てを母親のせいにしていた男には見えなかった。
「あんた、あの謝罪文のこと知ってんの? つい最近発行されたらしいじゃん」
「ああ。事前にグレンから聞いている」
「じゃあ王国に戻ったら針の筵なんじゃない?」
そう言ってわざと嘲笑うレミリアに、ロニーは頭を下げた。
「姉上、卑怯な真似をして陥れたこと、本当に悪かったと思っている。すまない……許してくれとは言わない……ただ今は後悔しているということを伝えたかった」
「あっそ」
平静を装っていたが、レミリアの心の中は暗くて汚れた物でぐちゃぐちゃになっていた。殺さないとは言ったが殺してしまいたいくらい憎くて憎くて仕方がなくなった。
故郷を奪われ、その上孤児院が侵略されたように感じてしまっていた。
こんなに憎悪が湧くなんて思わなかった。国外追放が決まった瞬間だって、こんな気持ちにはならなかった。
(ゴミクソやろーのままでいろよ! なに改心したフリしてんだ!)
それが何より許せなかった。
勝手にレミリアのテリトリーに入ってきて好き勝手にやってるなんて、悔しくて仕方がない。
あの孤児院はレミリアにとって心のバランスを取るのに必要な場所だった。最初こそ人気取りのためにやっていたが、あそこは完璧な令嬢を演じていたあの時期、飾らない自分でいられる唯一の空間だった。
レミリアにとって、マリロイド王国唯一の救いの場だったのだ。
「あんたは施しを与えることで優越感を得てるだけ。初めて良いことをして、良い人になった自分に酔ってるだけじゃん」
「肩書きから得てた承認欲求が、弱者を救う事で得る承認欲求に代わっただけでしょ」
「どうせそのうち飽きるくせに。何か理由をつけて無責任に手を離すに決まってる」
(ブーメランだわ……)
ロニーを傷つけるために言ったその言葉はレミリア自身に向けた言葉でもあった。まだ王国にいた時、いつも頭の片隅にあった言葉だった。
ロニーは青ざめた顔で、だが真剣に聞いている。
「なにか言ったら?」
レミリアはもっと相手を傷つける方法を探していた。何か言えと言っておきながら、ロニーが言葉を発した瞬間、ほら反省なんてしていない、という言葉を投げつけるつもりでいたのだ。
「姉上の言う通りだ……すまない……」
驚いて目を見開いたレミリアは、思わず声を上げてしまった。周りのテーブルからの視線が集まる。
「謝ることしか出来ないの!?」
これは自分でも言いがかりだとわかっている。謝れと思ってるくせにキチンと謝られたら嫌だなんて。
「孤児院で、悪いことをしたら謝るよう指導している……」
(ズルい! なんて汚い……卑怯なヤツ! これじゃあ許さない方が悪いみたいじゃない!)
そして同時に気付いてしまった。
(全然楽しくない……)
楽しいことが大好きな大賢者の弟子になったレミリアは、その思想も一緒に学んでいるようなものだ。
彼の行動原理はいつだって楽しいそう、面白そうだった。その生き方がとても良いものに感じていたレミリアは自分もそうあるよう、意識して生活していた。
(つまんない……つまんないつまんないつまんない!)
今のロニーをいたぶっても少しも気分よくならなかった。ざまぁみろとも思えなかった。
そうして大きく息を吸ってゆっくりとはきだした。
「なんてサンドバッグなの! 殴っても殴っても気持ちよくならないなんて!」
ロニーはサンドバッグが何かわからないので、姉がなにを言いたいのか理解するのに少し時間がかかった。
「どうしたどうした~痴話喧嘩か?」
近くにいた恰幅の良い男性が、微笑みながら声をかけてきた。殺伐としたテーブルが放っておけなかったようだ。
「いえ、ただの姉弟喧嘩ですわ! 騒いでしまってすみません」
咄嗟にレミリアが謝る。大声を出したのは自分だけだったからだ。
「ああ本当だ。2人とも綺麗な瞳持ちじゃないか~」
それを聞いた2人は、同時に苦虫を潰したような顔になった。男性は大笑いしながら、
「ほどほどにな~」
と言って店から出て行ったのだった。
レミリアは毒気が抜かれてしまった。あれだけ心の中で渦巻いていたどす黒い感情が急に薄らいできたのだ。
「永遠に家族じゃないんだろ」
ロニーはレミリアの変化にすぐに気が付いたようで、少しだけ口角を上げて軽口を叩く。
「はあ? 謝りにきといて生意気なんだけど」
顔は歪ませていたが、すでにやる気をなくしているのが一目瞭然だった。
「次また生意気言ったら泣いて謝るまでぶん殴ってやるから」
「そんな時はこないよ」
「それならそれでいいのよ」
そう言うとレミリアは立ち上がった。
「孤児院の子たちによろしく」
振り返りもせず、店から出て行った。
35
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています
由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、
悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。
王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。
だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、
冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。
再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。
広場で語られる真実。
そして、無自覚に人を惹きつけてしまう
リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。
これは、
悪役令嬢として断罪された少女が、
「誰かの物語の脇役」ではなく、
自分自身の人生を取り戻す物語。
過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、
彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。
婚約破棄されたので、慰謝料で「国」を買うことにしました。~知識ゼロの私ですが、謎の魔導書(AI)に従ったら、いつの間にか王家のオーナーに~
ジョウジ
ファンタジー
「セレスティア、貴様との婚約を破棄する!」 卒業パーティーで王子に断罪された公爵令嬢セレスティア。
慰謝料も貰えず、腹いせに立ち寄った古道具屋のワゴンセール。 そこでたった銅貨数枚(100円)で買った「黒い手鏡(スマホ)」を起動した瞬間、運命が変わる。
『警告。3年後の国家破綻およびマスターの処刑確率は99.9%です』 「はあ!? 死ぬのは嫌! それに、戦争が起きたら推し(アルド様)が死んじゃうじゃない!」
知識ゼロ、あるのは魔力と行動力、そして推しへの愛だけ。 パニックになった彼女は、スマホに宿るAI(ジェミニ)の極悪な経済作戦を、自分に都合よく「超訳」して実行に移す。
「敵対的買収……? 要するに、お店の借金を肩代わりして『オーナー』になれば、商品は全部タダ(私のもの)ってことね!?」
これは、内心ガクブルの悪役令嬢が、AIの指示を「素敵なお買い物」と勘違いしたまま国を経済支配し、 結果的に「慈悲深い聖女」「経営の天才」と崇められていく、痛快・勘違い無双コメディ!
※全10話の短期集中連載です。お正月のお供にどうぞ!
※テンポを重視してダイジェスト10話版となります。反響があれば長編の執筆を開始します!
※本作は、物語の構想・執筆補助にAI技術を活用し制作されました。
※小説家になろう・カクヨムにも投稿
王国最強の天才魔導士は、追放された悪役令嬢の息子でした
由香
ファンタジー
追放された悪役令嬢が選んだのは復讐ではなく、母として息子を守ること。
無自覚天才に育った息子は、魔法を遊び感覚で扱い、王国を震撼させてしまう。
再び招かれたのは、かつて母を追放した国。
礼儀正しく圧倒する息子と、静かに完全勝利する母。
これは、親子が選ぶ“最も美しいざまぁ”。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
【完結】悪役令嬢ですが、元官僚スキルで断罪も陰謀も処理します。
かおり
ファンタジー
異世界で悪役令嬢に転生した元官僚。婚約破棄? 断罪? 全部ルールと書類で処理します。
謝罪してないのに謝ったことになる“限定謝罪”で、婚約者も貴族も黙らせる――バリキャリ令嬢の逆転劇!
※読んでいただき、ありがとうございます。ささやかな物語ですが、どこか少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
婚約破棄されたので隣国で働きます ~追放侯爵令嬢、才覚だけで王妃候補に成り上がる~
鷹 綾
恋愛
内容紹介
王宮改革は、英雄の一声では成し遂げられない。
王太子に招かれ、王宮顧問として改革に携わることになった
ルビー・エルヴェール。
彼女が選んだ道は、力で押し切る改革でも、敵を断罪する粛清でもなかった。
評価制度の刷新、情報公開、説明責任、緊急時の判断、責任の分配――
一つひとつの制度は正しくても、人の恐れや保身が、改革を歪めていく。
噂に揺れ、信頼が試され、
「正しさ」と「速さ」、
「個人の覚悟」と「組織の持続性」が、幾度も衝突する。
それでもルビーは、問い続ける。
――制度は、誰のためにあるのか。
――信頼とは、守るものか、耐えるものか。
――改革者は、いつ去るべきなのか。
やがて彼女は、自らが築いた制度が
自分なしでも動き始めたことを確かめ、静かに王宮を去る。
残されたのは、名前の残らない改革。
英雄のいない成功。
だが確かに「生き続ける仕組み」。
これは、
誰かが称えられるための物語ではない。
考えることを許し、責任を分かち合う――
その文化を残すための、40話の改革譚。
静かで、重く、そして誠実な
“大人のための王宮改革ファンタジー”。
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
【完結】政略婚約された令嬢ですが、記録と魔法で頑張って、現世と違って人生好転させます
なみゆき
ファンタジー
典子、アラフィフ独身女性。 結婚も恋愛も経験せず、気づけば父の介護と職場の理不尽に追われる日々。 兄姉からは、都合よく扱われ、父からは暴言を浴びせられ、職場では責任を押しつけられる。 人生のほとんどを“搾取される側”として生きてきた。
過労で倒れた彼女が目を覚ますと、そこは異世界。 7歳の伯爵令嬢セレナとして転生していた。 前世の記憶を持つ彼女は、今度こそ“誰かの犠牲”ではなく、“誰かの支え”として生きることを決意する。
魔法と貴族社会が息づくこの世界で、セレナは前世の知識を活かし、友人達と交流を深める。
そこに割り込む怪しい聖女ー語彙力もなく、ワンパターンの行動なのに攻略対象ぽい人たちは次々と籠絡されていく。
これはシナリオなのかバグなのか?
その原因を突き止めるため、全ての証拠を記録し始めた。
【☆応援やブクマありがとうございます☆大変励みになりますm(_ _)m】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる