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4 転生者

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 盗人騒動の後、陸はライド達に自分が異世界から転移してきたことを告げた。その上で素直に助けてほしいと頭を下げたのだ。

「異世界!? ……異世界って……なんだ?」
「この世界とは別の世界ということですか」

 ライドはなんのことかさっぱりという雰囲気だが、レギーの方は話が早い。異世界という単語に何か心当たりがあるように顎に手を置いて考え事をしている。

 陸は先ほどの部屋でこの商会のトップ2人と軽食をとりながらアレコレ話を続けていた。
 ライドからレギーも一緒にと言われた時は少し迷ったが、

「俺より物知りだし信頼もできるやつだから」

 と言われて受け入れた。実際先ほどのような厳しさは全くなく、親切に陸にこの世界のことをレクチャーしてくれる。どうやらこの商会のナンバー2として、ライドの代わりに絞めるところは絞める役割を引き受けているようだ。

(なんか……あっさり受け入れられたな……)

 それよりも陸が驚かされることになる。

「え!? え!!? 超能力!? 念動力!?」

 レギーが指をヒョイと動かすと、柔らかな風が吹き、埃の積もった本棚から1冊の本がスッと飛び出て陸たちの前にフヨフヨとやってきたのだ。

「……魔法です。まさか魔法のない世界から?」
「スキルはあるのに? つーかリックは魔法が使えないのか?」

 ずいぶん不思議な世界から来たんだなと、ライドは笑った。
 陸はあんぐりと口を開いたままだ。

「いえ、あちらの世界では自分の方が特殊な存在でした。魔法もスキルも存在しない世界です」
「へぇ。ずいぶん不便な世界だなぁ」
「そんなことはないでしょう。彼は教養があるようですし、なにより身に着けているものを見ればわかります」

 レギーは失礼、と言いながら陸のスーツや時計、スマートフォン、手帳にボールペン、財布や中に入っている硬貨を興味津々に調べていた。こうも興味を持ってくれることがわかると、背負ったままのカバンの中身を見せたらどうなるか試してみたくなる。

「この世界では皆魔法が使えるんですか?」
「いや、そうだな~ひと家族に1人か2人生まれるって感じか?」
「そうですね。5人に1人くらいの割合で魔力を持つと言われています。魔力があれば魔法……魔術が使えます」

 いよいよ異世界だ、と、陸はドキドキした。魔法もモンスターもいる世界。

「で、その魔力があるやつの中で稀にスキル持ちがいるんだ。これがそもそもかなりレアなんだが、その中でも瞬間移動のスキルはさらにレアなんだぞ!」

 ライドは自分のことのように自慢気に言う。

「魔法で瞬間移動は出来ないんですか?」
「魔法は、地・水・火・風、それから防御魔法と回復魔法の6種類が基本になっているんです。スキルはそれ以外の特殊な事象を現実にする力があります。しかも魔力の消費量はほどんどありません」
「風の魔法を使ってものをモノを空中移動させることは出来るが、移動スキルのように一瞬で別の場所に移動できるわけじゃねぇんだ」

 魔法があれば何でもできるというわけではなさそうだ。

「あの、自分は魔法が使えないんですが……」

 陸があくまで使えるのは瞬間移動だけだ。魔法の『ま』の字も使えたためしはない。今だって試しにレギー同じことをしようと指を動かすが、そよ風一つ起こらない。

「……これは噂で聞いた程度ですが、魔法が使えないスキル持ちは、その分スキル能力がかなり高いということです」
「へぇ~」

 とは言っても陸は自分のスキルがどの程度の力があるか全くわからない。そもそもこっそり生きていたので、試す内容も小さなことばかりだ。

「では明日いろいろと試してみましょう。今日はひとまずこの本を」

 そう言ってレギーが開いてくれた本の挿絵を見て、陸は思わず大声を上げた。

「東京タワー!?」

 モノクロで描かれているが、どう見ても見慣れた世界のものだった。

「この本、かなり古そうですが……」
「100年以上前のものですね」

 陸はもう何がどうなっているのかわからない。

「……そういえば……文字も数字も似てる」

 部屋に張られた地図にはアルファベットや漢字に似たもの……ほとんど同じ文字が羅列されていた。

「この本の作者は前世の記憶があって、その前世の世界での記録をこの本に残しているようです」
「う……うわぁ」

 ほんの数時間前までいた世界の記録を見て、陸の目に涙が浮かぶ。今はもう帰れない世界だ。それを見て、ライドが背中をさすってくれた。故郷を思う気持ちは彼も理解できるようだ。レギーもいたわるような目を向けて本の内容を話し続ける。陸は言葉はわかるが、どういうわけか文章は読めなかったのだ。 

「……彼によるとどうやら他にも自分と同じように異世界からの転生者がいて、その者達がこの世界に多くの知識をもたらしたようだと書いてあります」

(異世界転生~!?)

 世界と世界は時空を超えて小さな糸で繋がっていた。

「それから……ここ……他の転移者にも会ったことがあると……」

『彼女の名前はチカ・ハルシマという。日本で女子高生をしていたらしい。スマートフォンは知らなかったから、世代としては私より少し上だろう。やはり転移能力は隠して暮らしていたが、道路で車で引かれそうな猫を助けた際にスキルが暴走し、こちらの世界へ転移してしまったようだ。たまたまスキルで王子を助けたことによって今は不自由なく暮らしているそうだ』

 子供に絵本を読み聞かせるように、レギーがゆっくりと陸に本の内容を読み上げてくれた。

「それから肝心の……」

『ついに彼女は異世界へ戻る力を得たと連絡してきた。希望があれば私も連れて帰ってくれるらしい。だが私はこの世界の住人だ。散々前世の記憶で食わせてもらったが……すでにこの世界にも大切な人がいる。だから彼女に手紙を託すことにした』

「帰れる……!? 俺、帰れるんですか!?」
「おぉ! リック、帰れるってよ! よかったなぁ!」

 ライドは自分のことのように喜んでくれた。だがレギーの表情は少し曇っている。

「……ただこの本は、物語として出版されたものなんです」
「え? 創作ってことですか?」
「ええ」

(だけど……創作にしたって俺のいた世界とそっくりすぎる) 

 心配そうな表情のレギーに笑顔を返した。

「これ、本当だと思います。レギーさんもそう思ったからこの本を出してくださったんでしょう?」
「……はい。この本の作者、フォーゲルは世界観の設定がとても緻密なことで有名なんです。リックさんの話を聞いて、彼を思い出して」

 陸は立ち上がって改めて頭を深く下げた。

「ありがとうございます。お陰で希望が持てました! 明日からバシバシ働きますのでどうぞよろしくお願いします」

 自分達が求めるスキルの確認よりも先に、陸の心配事を少しでも解消することを優先させてくれたことが嬉しかった。

「おう! よろしくな!」

 あらためてライドと力強く握手をした。
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