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5 スキル

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 転移の翌日、陸はゲッソリした顔で甲板に出てきた。

(鞄に入れっぱなしのランニング用のジャージが役に立つ日がくるとは……)

「おはようリック! って……寝れなかった?」
「ああ。おはようヴィンセント……船酔いって……そのうち治るのかな?」

 もちろん今後の生活が心配で寝つきが悪かったのもあるが、途中でこの気持ち悪さは船酔いだと気が付いたのだ。
 ヴィンセントは前日にもあったライドと仲の良い古株の少年だ。柔らかい茶髪にそばかすが特徴的でとても感じがいい。年齢は陸には中学生くらいに見えた。

(停泊してても揺れるんだな……)

 海の上にいるから当たり前か、と今更ながらため息をついた。

「アハハ! ちょっと待って! ヒーラーを呼んでくるよ」
「ありがとう……」

(ヒーラーって……?)

 名前の響きから医者のような存在だと想像は出来たが、やってきたのは筋骨隆々の船乗りだった。

「おう! お前船酔いなんだって? 悪ぃが俺のヒールはそんなに大したもんじゃねぇからな。長くは持たないかもしれないぜ」

 そう言いながら陸に触れると、体がポカポカと心地よくなり、途端に先ほどまでの吐き気がなくなった。

「す、すごい!!!」
「そうか? ならよかった」

 ニカっと笑って手を振りながらまた自分の作業へと戻っていった。

(あんな普通に皆魔法を使うのかぁ)

 本当に魔法が日常にある世界なのだと陸は感心した。

「あ……代金は?」

 肝心なことに気が付いて急に怖くなる。異世界の治療費に保険がきくことはないだろう。いったいいくら請求されるのかとせっかく治った顔色がまた悪くなっていた。

「あれ? リックまだヒール受けてない?」

 それを見たヴィンセントが首をひねった。

「大丈夫だよ~商会の人間は治療費はタダ!」
「よ、よかった……」
「リックって本当に遠くの国から来たんだねぇ。あれくらいのヒールならそんなにかからないよ」
「そうなのか!?」

 この世界はそれなりにヒールを使える人間が多い。その為簡単な治療ならそれほど高額ではないのだ。もちろん死に繋がる怪我や病気を治療すればそれなりにかかるが、そんな時にヒーラーを利用する人間は金持ちの商人や貴族、王族くらいのものだった。

「じゃあ行こう! スキルの確認するんだろ?」
「そうなんだ。……ちょっと緊張」
「アハハ! 試しに俺も一緒に船首まで連れて行ってくれよ」

 そう言って手を出した彼と握手し、船首へと一瞬で移動した。

「アハハ! すごいなこれ!」

 ヴィンセントはよく笑う。陸は彼の笑顔に救われる気持ちだった。
  
「おーうきたな! さっそくやろう」
 
 ライドが手を上げる。観客の船員も多くいた。

「では、まず出来ることの確認を。距離はどこまでいけますか?」

 取り仕切りはレギーがおこなった。記録係まで待機している。

「えーっと、場所を想像出来ればどこまでも……」
「おっとそうでしたね失礼」

 異世界まで飛べるのだ。どこにだって行けるだろう。

「では次、同伴者は何人までいけますか?」
「2人までしか試したことがなくて……普通はどうなんでしょう?」

 瞬間移動テレポートのスキルはレアだが有名だ。ライドやレギーは陸よりも能力の詳細を知っている風だった。

「人によるようです。通常は1人か2人のようですが、能力が高い人であれば一度に10人ほど運べるとか」
「へぇ~!」

(魔法が使えないスキル持ちは能力が高いかもって言ってたし、もしかしたら俺もいけるかも!?)

 陸は他人事のように感動する。生まれて初めてこの力をオープンにして、解放感から少し興奮していた。

「……10人って……伝説級の話じゃねえか」

 こっそりとライドがレギーに言っている声は聞こえなかった。 

「ではまず3人で」

 レギーがメンバーを集めようとすると、あっちこっちから手が上がった。

「オレオレ!」
「俺も!」
「えー僕にやらせてよ~!」

 この場にいる全員がこのスキルに興味深々だった。

 陸は両手にゴツイ男性と手を繋いでいる。どちらも陸よりずっと大きい。

(な、なんだこれは……?)

 絵面が気になるところだが、あえて考えないようにした。

 3人でのテレポートは特に問題なかった。一緒に移動した2人は感動の声を上げ、陸はとても満たされた。にんまりと顔が緩む。

(これこれ~! 俺つえー! は出来なくても、俺すげー! は出来るじゃん!)

 4人目、5人目と順調に人数を増やす。条件もわかってきた。陸の体に触れるだけだはダメだった。しっかり掴んでいないと一緒に移動できないのだ。

「何が違うんだろう」
「なんだろなぁ」
「掴まれている側の意識の問題でしょうか……」

 あれこれ推測するが答えは出ない。スキルの研究はあまり進んでいなかった。種類が多岐に渡る上に、そもそも使える人数も限られているからだ。

「魔術同様、スキルも自己イメージが大切だと聞きます。出来ると思うことがまず大切だと」
「イメージかぁ……確かにちゃんとイメージ出来ないところには移動できないんですよね」

 結局、陸の体をしっかり掴める人数、10人の移動に成功した。

(これ、もっと手が小さい人達だったらもう少しいける気がする)

「ガハハハ! すげぇ! すげぇぞリック! だがなんというか……すごい集団になってるな」

 屈強な男達に掴まれている陸は新手の拷問を受けているようだった。

「隊長の強運ぶりには毎回脱帽ですよ」

 レギーが嬉しそうに言った。陸の能力に一番驚いているのは彼だ。これだけ移動能力のあるスキル持ちはもはや伝説クラスだと知っている。

 お次は人間だけでなく動物や物の移動だ。どちらも大きなモノは前の世界で試したことがない。
 結果、意思のないモノは陸が抱えられるだけだと言うことがわかった。ただ持ち上げる必要はないのは幸いで、ギュッと抱きつければ、重たく大きな牛も一緒に瞬間移動できた。また、小舟に乗せた人間や物も一緒にテレポートできることもわかった。

「流石に商船ごとは無理か」
「彼の成長に期待しましょう」

 陸は冗談かと思って笑ったが、この2人の今の発言は本気だったことが後々わかることになる。

「よし。とりあえずこれだけわかれば荷物は運べるな」

 ライドはああよかったとホッとしている。だが陸は大事なことを思い出した。

「行く場所がイメージ出来ないとテレポート……スキルは使えないんですが」

 この世界に写真や動画があるかわからないが、とてもそれらを望めそうにはない。

「なんでだ? 少しずつ進んで行けばいいだろ?」
「……なるほど。通りで痩せているわけですね」
「!?」

 不思議に思うライドとは違い、レギーは陸の疑問の原因に気がついていた。

「瞬間移動のスキルを持つと、ほんの少し動くにもスキルを使う人が多いのです」
「そうそう。あれは不健康だよなぁ」

 陸は能力を隠していた為に、ほとんど普通の人間と同じように生活していた。だがこの世界ではスキルを隠す必要がないので、瞬間移動のスキル持ちは、少しも動かずにスキルで移動しているのだ。運動どころか生活に必要な筋肉すら使っていない。

「知らない場所もな、目線の先を目的地にしてドンドン先に進むんだ。見えている範囲には移動できるだろ?」
「海の上でも同じです。見えている先を目的地にどんどん進んで行けばいいのです」
「はぁ~なるほど……」

(そんなこと考えもしなかったな。狭い部屋の中か人通りがある所で暮らしていたし)

 短距離の移動に使ったことなど、急いでトイレに行った時くらいだった。
 この能力と生きてきた陸よりも、この世界でこのスキルを求めていた者達の方が使い方をよく知っていた。

 陸はますますワクワクしてきた。異世界に飛んでどうなることかと不安だったが、これだけ開放的になれることなんで、元の世界ではありえない。
 いつか帰る日が来ることを前提に、今は思いっきりこの力を使って生きていこうという覚悟と自信が湧いたのだ。
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