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Chapter01 トリップしたら、魔王軍四天王に拾われました。
Episode05-1 貪り食う者
しおりを挟むルシオが悔しそうに口をつぐみ、フィルが固い意志を瞳に込めて黙り込む。その静けさの中、ふたりの間で無言の会話が成しえたのかはわからないが、ルシオが舌打ちをして顔を背けたのをきっかけに、フィルが静かに話し出す。
「どこまでヒナがこの世界のことを知っているか解らないけれど、まず僕たちがいる魔族の国<ジーネ島>は、人間たちが容易に踏み込めない異次元に存在している。これは知っているかな?」
「あ、うん。クローセルから船を出しても、ジーネ島の周りには磁場を狂わす濃霧があるとかで、確か基本的には行き来できないんだよね。だからグルカの遺跡の魔法陣を起動させて、移動するしか方法がない…んだったような?」
「うん。正解。」
なんとなく天上を見上げて、ゲーム中に出てきた世界観を思い出す。
この異世界の世界地図を思い浮かべる。
ひらがなの「の」の字を逆さまにしたような形をしているのが、人間たちが生活する<クローセル大陸>。ここには3国がそれぞれの領地を治めているが、一番大きな国は大陸の東全域を統治する<スラヴォミール王国>。
国王は意志が強く、心優しい息子である王子と諍いを起こすこともあるが、その行動力で家臣たちをまとめ上げてきた。彼は勇者たちにとっても、魔王退治に賛同し支援してくれる心強い大国だ。
(つまり、魔族にとっての代表的な敵国……ってことだ。)
ゲーム中では私自身が勇者であったため、心強い仲間であったが、魔族であるルシオに拾われた今となっては、私にとっても危険視すべき相手となるだろう。――それがどんなに脅威なことか、ゲームをコンプリートした私が一番よく解っている。
現時点では推測しかできないけれど、勇者がルシオに攫われ、仲間に助けられた後だと仮定すれば、そろそろ物語の舞台はティティカ村という片田舎から、スラヴォミール王国へ移る筈だ。
そこで国王や王子たちの抱える問題に勇者たちが巻き込まれていくのである。その問題とは、スラヴォミール王国郊外の北に位置する<精霊王の住む森>が、魔族に乗っ取られつつあるというものだ。
<精霊王の住む森>とはその名の通り、精霊たちが好む人の手が入っていない、正に自然の王国。人が手入れをしていないにも関わらず、植物が腐ることも枯れることもない。森の中に流れる川の水は外界にあるものよりも清らかで、季節折々の花々が同時に咲き乱れている。ここに映える草花は決して人間界では手に入らず、精霊たちに気に入られた者だけが立ち入りを許され、薬草として植物を持ち帰るのだ。
また、<精霊王の住む森>の最奥には川の終着点である泉がある。泉の水には、魔力を全回復させるという効果まである。体力や外傷を癒す回復薬は市販されているにも関わらず、魔力回復薬はダンジョンで稀に見つかるくらいで流通さえしていない。
そんなレアな代物が自国の中にあるならば、国としては何かあった時の為に確保しておきたいだろう。――そこで、魔族が<精霊王の住む森>に現れ始め、草花などを採取しようとした人間を襲う、という事件が発生する。
(グルカの遺跡から転送されてきた勇者を王子が拾って、国王の……なんとかって人に、<精霊王の住む森>を取り戻そうって提案するんだったよね。)
国王の名前が日本人である私にとっては長すぎたのか、よく思い出せない。
とにかく、ジーネ島にあるグルカ遺跡から転送した勇者は、クローセル大陸のどこかにある、同じように転送の魔法陣の敷かれた場所に現れる筈だった。しかしお約束ながら、予測していた場所とはかけ離れたところに転送されてしまう。
――それが魔術に一際長けた、スラヴォミール王国・第二王子カレルとの出会いとなる。
各地から魔物たちの襲撃を受けて年々被害者が増えることを嘆いた王子が、<白光の戦女神>ルーティアそのものを召喚しようと、王城から離れた場所に魔法陣を敷いた。それは己の有した知識を元に新しく作った陣であったが故に、他の魔法陣へと転送されていた勇者をうっかり呼び寄せてしまったのである。
しかしルーティアではないものの、同じように美しい容姿に、ルーティアの象徴ともいえる白光の髪を持ち、女であるにも関わらず、果敢にも魔族を倒さんと行動する彼女に心を打たれ、国王である父に支援を申し出たのだ。
(あとどれくらいかは解らないけど、勇者とカレルが出会うまで、そう時間はない筈…。)
カレルと会ってしまえば、<精霊王の住む森>の問題を解決した後、勇者はスラヴォミールという大国を味方につける事になる。
まだ勇者は旅立って少ししたくらいで、レベルもそう高くない。しかし伸び代が大いにあるのはご存じの通りだ。だが各地の魔物問題を着々と解決している彼女は、今も尚成長しているに違いない。
――その問題解決に依って、ルシオやフィルたちが被害を被っている、ということなのだろう。
(確かに、人間側からすれば魔族は害獣みたいなもので、倒すべきものだけど。……魔族側にいると、はっきりとそう思えないから不思議だな…。)
複雑な気持ちを抱えつつ、フィルがこれから語るであろう「勇者問題」について、改めて構えた――のだが。
フィルが語ったのは、それではなかった。
「僕の領地はヴィーベ。ジーネ島の北部にある土地だ。まぁ僕はこの通りだから、美しい白の世界を想像してもらえばいいかな。」
「偉そうに…。ただ無駄に寒ぃだけだろうが。」
「僕にはこちらの方が蒸し暑いくらいなんだけどね。」
そう言って憂鬱そうに溜息を吐き出すフィルだったが、それすらも儚げに見えてしまうから、ルシオとは違った魅力があると思う。
ルシオが言うとおり、フィルの治めるヴィーべは白銀の世界だ。
山脈は天の突くほどにとがり、総ては雪や氷に依って閉ざされている。彼の住まう城も、氷でできていた筈だ。
――彼の城に興味はあるが、遊びに行くのは難しいだろう。
フィルは私に向き直り、話を続けた。
「そのヴィーベで、数十年単位であることが頻発している。」
「お前んとこだけじゃねぇだろ。最近じゃ、各地で報告が上がってる。」
「そのようだね。これがなかなか、大事でね。自体の収拾に向かわせた部下たちも巻き込まれ、自体は悪化するばかりだ。」
「え、と…。それってもしかして、勇者……じゃなくて<白光の戦女神>が君たちの仲間を倒しちゃってるってこと?」
「……そう、とも言えるし、違うとも言える。」
「ん?」
今までルシオや私とのやり取りでは、潔いくらいの言葉を放っていたのに、それに比べると今はとても歯切れが悪い。
彼は私から目を逸らすように、膝に肘を置いて手を組み、それを見つめるように項垂れた。
「ヒナは一度この世界の歴史を物語として読んだと言っていたよね。それなら、魔族に属する者が狂気に侵される現象を知っている?僕たちは狂った者を狂戦士と差別化して、<貪り食う者>と呼称しているんだけれど。」
「でぃ…ディーヴァ?」
「そう。さっきヒナも見たモノだよ。……僕が戦ったあの醜い魔族が、<貪り食う者>となった者の成れの果ての姿だ。」
「え……」
「俺たちは最初、人間側からの呪いの類かと思ってたんだが、どうもそうじゃねぇらしい。ある程度の魔力がねぇと、厄介なことに感染するんだと。」
「そうなんだ。<貪り食う者>が現れたと報告を受け、相応の魔力を有す魔族を遣わすにしても、人間界の監視や、こちら側へ来ようとする者の排じ――対応を取らせているから、そう簡単に部下を回せない。それに<貪り食う者>となった者の強さは尋常じゃないからね。……もう僕が出るしか解決できないところまで来ている。」
(それどころじゃないのは解ってるんだけど……今「排除」って言ったね?「排除」って言ったね?!)
やはり敵対していることもあって、牽制で済ますことはなく簡単に命を奪うことは珍しくないようだ。――それは人間側にしても、だろうが。
それについては意識の隅に片しておくとして、問題は<貪り食う者>だ。ゲームにはそんなもの、存在も名前すらも出て来なかった。ゲーム自体が人間側である<白光の戦女神>としての視点だったからかもしれない。
(<白光の戦女神>にとっては、魔族が狂っていたとしても「倒す」と言うことに変わりはなかった……ってことかもしれない。)
元々ジーネ島に収まりきらなかった低級の魔物は、クローセル大陸に点々と住み着いている。彼らが村などを荒らし、被害を増やしているのはむしろ日常茶飯事と言ってもいい。敷地内から出れば、確実と言っていいほどにエンカウントをするのは盗賊や肉食獣だけではなく、魔物の頻度の方が高いだろう。――人間にとっては、魔物のそれと魔族の異常である<貪り食う者>はそう変わりないと言うことだ。
だから知ることも、知ろうと言うこともない。
「<貪り食う者>は人間界にも発症し、僕たちが解決する前に<白光の戦女神>のような勇者気触れの連中が、同胞を手にかけているのが現状なんだ。」
「クローセル大陸にも?」
「ああ。俺たちは人間どもの監視も含めて、頻繁に向こうに行ってるからな。そのまま帰ってこない連中が、どこで感染したのか<貪り食う者>になっちまったって報告を受ける。」
「……うーん。」
人間たちが魔族の現状を知らないと言うのも悲しい話だ。
同じ人間であったならば、協力して<貪り食う者>となった者を殺す以外の道を模索してくれたかもしれない。
それに。
私が口に手を当てて真剣に悩んでいたのは、ふたりの話を聞いてからだ。
フィルの問題とやらは、てっきり<白光の戦女神>が魔族や魔物を倒し続けていることかと思ったのだが違ったようだ。――どうやら全く違う、と言うわけでもないらしいが。
私はふたりに視線を戻すことなく、部屋の景色をどこということもなく睨み付けながら口にする。
「さっき、『数十年単位で<貪り食う者>が流行り出す』……みたいなこと言ってたよね?それは、ジーネ島だけじゃなくてクローセル大陸でも?」
「ああ。」
「不思議なことに、一度はやり出して数年すると、また落ち着いてしまう。お陰で、原因は毎回解らないまま……次の流行する時を待つしかない。」
「……うーん。それじゃ、『人間の監視』とかもしてるみたいだけど、あくまで手は出したりしてないんだ?」
「こんなシケた島に納まってやってんのに、わざわざこっちからちょっかい出すかよ。」
「人間こそ病原菌の元だ」とでも言いたげに牙を向くルシオに、何も語らないながらも同意の視線を送るフィル。
彼らの態度を見ても、嘘を言っているということはない――と思う。
魔族はあくまでもこのジーネ島で生活し、ジーネ島からあぶれてしまった魔物たちだけクローセル大陸で悪さをしている、ということだろう。悪さと言っても熊や狐などと同じで、生きる為に行動しているに過ぎないとは思うが。<魔物>と言うだけで、人間にとっては邪魔な存在に映るというだけ。
感覚的には日本で言う、外来種のようなものだろう。
(なんとなく、だけど。人間側のことがちょっと解ったかも。)
<貪り食う者>のことはまったくわからないけれど、それを知ったことで、人間たちが何を想い、魔王を討伐しようと腰を上げるのか見えた気がした。
私は再び下を向いてしまったフィルを呼んで、コバルトブルーの瞳に自身を映した。
「あのね、<貪り食う者>に関しては、ごめん。全然わからない。……でも、人間側はおかしな魔族を見ても『これが魔族・魔物だ』としか思ってないよ。だから、さっき言ってた数十年単位で出てくる<貪り食う者>から被害を受けて、人間側は『魔族は排除するものだ』って意識になったんだと思う。」
「……だろうな。」
何も言わないフィルよりも先に、私の正面に立ったルシオが腕を生んで渋く頷いた。――ここまでは、彼らもなんとなく解ってはいたんだろう。
人間は脅威を激しく恐れる。それが己と違う存在なら尚の事、正当な理由を付けては排除しようとするものだ。神話から魔族は「悪」だと刷り込みのように育ち、更には魔物や<貪り食う者>に依って被害を受けたのなら、その意識は一層濃くなる。
ルシオの言葉を鵜呑みにすると、「魔族は人間とは関わりたくない」ということだ。
魔族が人間に危害を加えないのであれば、勇者たちが彼らを滅ぼす理由はない、ということになる。
――ルシオやフィルのことを想うと、このまま放って私のプレイしたゲーム通りに歴史を刻むというのは、何かが違うと思った。
だから私は、ある提案をすることにした。
けれど魔族である彼らが納得してくれるか、それだけが心配だけれど。この問題を放っておくのは、あまりにも軽視しすぎる。
「……あのね。問題が大まかに分けてふたつあるんだ。」
「ふたつ?」
「<貪り食う者>がまずひとつと考えて、残りは人間側からの干渉、ということかな?」
「そう。」
さすがはフィル、と頷いて再びふたりの注目を集める中、話を続けた。
「確かに<貪り食う者>はすごく気になるよ。感染するって言うし、これからの被害も心配だし、治せるなら治してあげたいもんね。でも<貪り食う者>のことだけ心配してたら、今度は人間がルシオやフィル……まだ会ってないけど、他の四天王を倒しに来る。」
「そんなの、今までにだって何回もあったよ。今更心配することでもねえ。たかが数十年しか生きられねぇ人間どもなんてよ。」
「ルシオ…。」
「な、なんだよ」
そうだ。
ルシオにはこういった自尊心があるから、まっさきに勇者たちに倒されてしまったのだった。
思わず立ち上がって、ルシオを見上げる。
彼は人間に対して顰めていた顔を驚きに変えて、胸の前で組んでいた腕も下してしまう。
ルシオの魔族とは思えない純粋な金の瞳が、不安の色を浮かべる私を映していた。
フィルがあの魔族――<貪り食う者>となった羊のメイドさんと戦った光景を思い出した。
誰かが目の前で血に染まり、生きようと、誰かを守ろうと必死に立ち上がる姿を見て、あんなにもつらい気持ちはもう味わいたくないと思ったのだ。
だからルシオにも、フィルにも、あんな目には遭わせちゃいけない。
無意識のうちに、彼の両手を攫って引き寄せ、ぎゅっと握る。
「ルシオ。人間だからって、舐めちゃダメ。絶対、絶対ダメ。……お願い。」
「な、なんだよ、急に。」
頬をほんのりと赤らめて、戸惑いも露わに問うてくる。
ルシオは、四天王の中で一番最初に勇者たちに倒されてしまう。それは決して彼自身には言えないし、言うことでもないと思っている。けれど最低限、彼が死んでしまわぬよう行動したい。
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