NeverDream ~魔王軍が世界を救ってもいいですか?~

逢坂一可

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Chapter01 トリップしたら、魔王軍四天王に拾われました。

Episode04-2 夜霧の花嫁

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 私は、差し障りのない部分だけ、正直に総てを話した。
 「ゲーム」といっても彼らには通じないだろうから、「物語」と言い換えて。この世界がそれにとても類似していること。そして私は、その物語を<白光の戦女神ヴァルキリー>として疑似体験のように読み進んだこと。その後、気が付くとルシオと出会ったあの謁見の間に――こちらの世界へトリップしていたということ。

 次第に冷静になった私は、過去を思い出すままに時系列に淡々と告げていく。
 彼らは途中で口を挟むことなく、静かに聞いてくれていた。


「こんなこと信じてくれないかもしれないけど…。いや、私だって未だにこうしてここにいることが夢じゃないかなって思ってるくらいだし、『異世界から来た』ってことを信じてって、強く言えないのが情けなくて……」


 自身で言いつつも項垂れてしまう。
 私だって突然こんなことを友人から言われたら、「頭打ったの?」「寝ぼけてるの?」と冗談交じりに引っぱたくだろう。
 しかし彼らからは何の反応もない。もしや、今度は不審人物として警戒されてしまったのではと、恐る恐る左右に目を配るが、それは杞憂に終わる。


「この世界の伝記…みてぇなもんがあったってのは気になるな。ただ<白光の戦女神ヴァルキリー>側の視点っていうのが気に入らねえ。」
「こちらには神界や僕たち魔族の世界である魔界、他にも精霊界や把握しきれないほどの異界がある。そちらの世界と何故リンクしたのかはまだ解らないけれど、君が生まれ育ったという世界があるのは理解できるよ。」
「あ、そ……そっか、よかった」


 「安心して」と言うように、両手がきゅっと握られる。
 ふたりとも私の話を聞いて受け止めた箇所は異なったけれど、一番の難関であるように思えた「異世界から来た」と言うことを否定をされなかっただけで、少しだけ吹っ切れたような気がする。
 ――ただ、あともうひとつだけ。


(ルシオは、どんな顔するのかな…)


 少しだけルシオへ身体を逸らして、私を映してくれている金眼を仰ぐ。
 ゲームでは獰猛どうもうですぐに怒り狂う鋭い目は、確かに目つきはいい方とは言えないのに怖いとは思えない。
 意を決して、その名を紡ぐ。


「あのね。私の世界…というか、国では、元々黒目黒髪が主流なんだ。だからルシオには悪いんだけど、私は<夜霧の花嫁>の生まれ変わりなんかじゃないよ。」
「ヒナ…」
「だからね、私はただの人間なの。……ホントなら、こうやってルシオと一緒にいられないんだよ。……ごめんね。」


 もちろん嘘をついていたわけじゃない。
 だけれど、ルシオが私を<夜霧の花嫁>だと言ったのをその場で説得出来るくらい否定しなかったのだから、私にも非はあるのだ。もしルシオが私を<夜霧の花嫁>の生まれ変わりだと信じていたなら、誠実に謝るしかない。

 自然と落ちていた視線が、彼と繋ぐ手に落ちる。
 この話をする前に、覚悟はしていたつもりだった。
 <夜霧の花嫁>の生まれ変わりだと思い込んで、私を城に住まわせてくれるルシオにとってはだまし討ちのようなものだ。
 ――きっとこの繋いだ手も、この沈黙の後に振り払われる。


(私がルシオに甘えてたんだよね…。夢だからなんとかなるでしょって。)


 こうしてぬくもりがあって、私を気遣ってくれるゲームなんてない。
 私の中で、この世界が「夢である」という認識がじわじわとシミが広がるように覆い隠されていく。
 この後私はどうしていけばいいんだ、とか。
 右も左もわからないし、平和とは言い難い世界でまず生きていけるのか、とか。

 不安が膨れ上がりそうだった時に、頬に新たなぬくもりを感じた。
 その手が上を向けと言うように、やんわりと導かれる。その先には、ルシオの少し不機嫌な顔があった。


「それは……俺の傍にはいたくねぇってことなのか。」
「え…ええ?そういう意味じゃないよ!」
「そう聞こえる。」
「だ、だってルシオは私が<夜霧の花嫁>の生まれ変わりだから、部屋を貸してくれたんでしょ?」
「それは、その。きっかけみたいなもんだし、たかが人間ひとり養うくらいどってこと…」
「え…?」


 目を限界まで見開いて、不機嫌そうに見える頬を染めたルシオをただ茫然と眺めるしか出来なかった。


(なんで…?だって私、魔族の敵の人間なんだよ?)


 それが<夜霧の花嫁>の転生した姿だということで容認されていたのではなかったか。
 魔族と人間は、神代の時代である<白光の戦女神ヴァルキリー>ルーティアと魔王の全面戦争の神話から今までずっと敵対関係にある。ほとんどは魔族が人間に危害を加えたためだが、それだって自分たちは小さな島に閉じ込められているのに、人間は遥かに大きな大陸で悠々と生活しているのであれば、恨んだって仕方ない。
 ――私の疑問は、何故ルシオが未だに私に対して敵意を向けないのかということだ。

 しかしその疑問が上手く紡げないでいると、頬に触れるルシオの手をパシリと弾き、私の耳に唇を寄せたフィルが答えをくれた。


「――ルーシーは、君をいたく気に入ったようだよ。少なくとも、自分の縄張りで囲いたいくらいには。」
「てめぇ、何勝手なことを――!!」
「違うと言うなら否定してくれても構わないんだよ。はっきり彼女に言ってあげるといい。」
「ぐ……」


 フィルの言葉に何故首を横に振らないのか。
 むしろ顔を赤くしたままちらりとこちらを一瞥した。今までこうして私を見ると、すぐにその面を逸らしていたのに、やはり不機嫌に見えるその顔を逸らすことはなかった。


 どくん。


 なぜだろう。
 大の男が、それも魔王軍の四天王が頬を赤く染めている。
 私を見て目を逸らさない金色を見ていると、今までくすぶっていた胸の奥が大きく高鳴ったような気がした。


(え?うそ。いやいやいや、そんなわけないって!)


 自身の中で起こったことを全否定して、思わず彼と繋いでいることを忘れてぎゅっと手を握り込むと、目の前のルシオの表情が戸惑いに代わり、その目には少しの熱が帯びた。
 そんなつもりはなかったのに、と慌てる私を察してか、助け舟のようなタイミングでフィルが続けた。


「……まぁ、僕が思うに君はルーシーの目測通り、<夜霧の花嫁>の生まれ変わりで間違いないと思うよ。」
「え?何言って…。だって、ほら!根拠がないよ!」


 ルシオは出会い頭に私の容姿を見て<夜霧の花嫁>と認識したが、フィルには私の世界では珍しくないと先程述べている。私の容貌以外、なにを根拠に言うのか解らない。
 ルシオとの言い合いでもフィルは知的だと思えたのに、彼もルシオと同じでこの世界では珍しい黒目黒髪を根拠にするのだろうか。

 しかしフィルは、鮮やかな笑みを湛えたままこう答えたのだ。



「ふふ。さっき、君が言っていた通りだよ。――僕には、自己再生能力はない。」



 あ、と思わず声が出てしまった。
 そう言えば先程の魔族との戦いでボロボロになっていたフィルは、突然咆哮したかと思うと、身体を淡い青に光らせ必殺技を繰り出し、挙句には受けた傷も全回復しているという奇跡を見せた。
 元々ゲームをプレイしていたから、彼には自己再生能力がないことは知っていたが、目の前で全快している姿を見ると「実はあったのかな」などと納得してしまっていた。


「僕が治める北のヴィーべで、ちょっとした問題があってね。ひと悶着を収めた後に、ルーシーの領地はどうかと見に来たところで彼とは入れ違いになったんだ。せっかくだしまたルーシーの部屋にでもお邪魔させてもらおうと思ったら……変わった匂いがしてね。それは不思議と消耗していた僕には心地良くて、離れがたかった。」


 言いながら、空いている手で私の髪を梳いていく。
 今朝の光景が目に浮かんで、そう言えば彼は勝手に私のベッドで寝ていたし、更に言うなら私を押しつぶしてまで熟睡していた。
 ルシオは「な、なに?!どういうことだよ?!」と半ば慌てているけれど、フィルは視界に入れる事なく続けている。


「魔族と戦闘になった時、君を守った理由は正直解らない。敢えて言うなら、<本能>に近いかな。『守らなければ』――そんな焦りが、柄にもなく沸いてきたんだよ。」


 「僕、割とドライだと思うんだけれど」と四天王・氷狼の彼は笑った。


「正直な話をすると、消耗しきっていた僕では無傷で守るのは難しかった。でも、君が泣いてくれたから。」
「う。……そ、その節は、情けない姿をお見せしまして…っ」
「あはは、そうじゃないよ。そのままの意味。」


 私が泣いてしまったから、男として守るしかないというドラマチックな展開になったのかと誤解した私に、フィルは首を横に振る。
 彼の冷たいしなやかな指が、私の目じりをそっと撫でた。


「君の涙には――というか、恐らく血や汗でも効果はあるだろうから、君自身かな。身体の傷だけでなく、体力や魔力までもひと時で回復させる霊薬エリクサーのような効果がある。……まるで、濃霧で魔族を守護したという<夜霧の花嫁>そのものだ。」


 そう言い切ったフィルの笑顔はやはりキラキラと輝いていた。 
 対して私はと言えば、口を鯉のようにぱくぱくと開閉させ、何を問えばいいのか、何を言葉にしていいのか考えると言うより爆発しかけていた。


(え、は…何がどうなってるの?いや、だって私ふつーの会社員だよ?今までミラクルより何もないところですっころんだ回数の方が多いくらいだよ?)


 確かに先の戦闘では、フィルが苦戦したのをこの目で見ている。
 なかなか必殺技を繰り出せなかったのは、私の存在があったことと元々消耗していたのが原因だというのは解った。しかし、私の流した涙が霊薬エリクサーというのは、素直に頷けない。


「まだ疑っているね。僕が自分で回復出来ないことを知っている君が、他にどう説明してくれるのかな?」
「う……それは…」


 私を庇い受けた細かな傷と致命傷の爪痕が、綺麗さっぱりなくなっていた。
 技の発動だって、確かに私を慰める為に涙を拭ってくれた後だし、その傷が治ったのもその頃なのだろう。
 ――いや、だけれども。


(魔法も何もない世界で生きて来て、いきなり「不思議な力を持ってます」って言われても…)


 <夜霧の花嫁>の生まれ変わりでなかったら見放されてしまうかも、と不安に思っていたにもかかわらず、いざ本当に生まれ変わりかもしれないとなればなったで、信じられない。
 生来霊感だってなかったし、当たったことがあるのは予感でも宝くじでもなくお局さんの愚痴の矛先だ。

 彼らから目を逸らし、「信じられません」と態度で表す。
 しかし話の主な相手はルシオではなく、フィルであったとこの時思い直すべきだった。
 彼はそのコバルトブルーの瞳は鋭く細めたかと思うと、低く呟いた。


「――へぇ。解らない、か。」
「ふぇ…!?」


 ぐるん、と回った視界。
 彼らと繋いだ手はそのままに、私の足を割って入るように彼の太ももが侵入してくる。私を見下ろす秀麗すぎる笑みに影が差していることに、何とも言えぬ寒気が走った。


「夢かうつつかはこれから判断していけばいい。でも、この現状を見て目を逸らすのは、果たして君にとって有益かな。」
「ふぃ、フィル…っ」
「あはは。怖がらなくていいよ。傷つけるつもりはないから。――ただ、泣かせたいだけだよ。涙が出ないなら、別のところに泣いてもらうけど。」


(えぇええっ?!)


 言いながら、フィルの笑顔が崩れることはなく私の足をつつ、と伝いながらスカートの裾を巻くっていく。


(いや。いやいやいや、いくらイケメンでもいきなりはちょっと!?)


 慌てて暴れても、やはり魔族の力には及ばない。
 両手も塞がれているから、上手く押しのけられずにいると、フィルが突然頭を逸らし、何かを素早く掴む。――ルシオの容赦ない鉄拳だったようだ。


「てんめぇは、いい加減にしろ?!」
「冗談だよ。」


(嘘つけ。)


 フィルはルシオの手を離してゆるりと起き上がると、再び微笑を浮かべる。――とてつもなくキラキラしているのは何故ですか。
 まるで「僕は本気だったよ」とでも言いたげだ。
 警戒しながら私も起き上がると、彼はコバルトブルーに私を映して首を傾ぐ。


「驚かせてごめん。ただ、僕が言っていることは嘘ではないということを、認めてもらいたくて。」
「う、うん…」
「ヒナ、無理に合わせんなよ。」


 ルシオのやさしさに頷きつつ、少し冷静になれた頭でフィルの言葉を反芻する。
 確かに、状況だけで推察すると、私の涙を接種したのがきっかけで、フィルが本来の力を取り戻し回復したというのはもっともな話だ。これが私ではなく、別の人間の話であったならば、如何に当人が信じていなかろうがビシッと現実を突き付けていただろう。「お前の涙がふたりを守ったのだ」とどこぞの青春ドラマで出てくるかもしれない台詞を吐いて。
 ――自分のことだからって、自分自身に甘えていた。
 信じなければ状況が好転するわけでもないのに、足を止めていただけだった。


(うう、情けない…。)


 自分では割とポジティブな方だと思っていたのに、こうして問題を突きつけられて逃げているとは、自分が恥ずかしい。
 フィルはなかなかにワイルドだったが、彼なりにいつまでも信じようとしない私を諌めてくれたのだと思う。

 今更情けなくて顔も向けられないが、きちんと言うことは言おう。
 俯いたまま、離れてしまったフィルの服をつん、と引っ張った。


「あの、ごめん…。ありがと。」
「……うん。気にしてないよ。」


 その言葉に慌てて顔を上げると、恐怖を感じた先程と同じ麗しい顔があったけれど、優しげに細められた三日月が私を迎えてくれた。
 ほっとしたのも束の間、胸が早鐘を打つのを止めようとまた俯いた時だ。
 「実は」と今度は真剣な声がフィルから放たれる。


「お願いがあるんだ。<夜霧の花嫁>……名前はヒナ、だったね?」
「え?あ…うん。ヒナノ・タチモリ。」


 そう言えば私がフィルを知っているからと、私からの自己紹介はまだだったことを思い返した。
 彼はルシオを一瞥して、「なるほど、それでヒナか」とおかしそうに笑ってから、もう一度私へ戻ってくる。


「じゃあ、僕もヒナと呼ばせてもらおうかな。響きが好みだ。」
「う…。す、好きにしてくださいっ。」


 もう顔が真っ赤だというのはこのふたり相手には仕様だということにしてください。もう弁解ができないくらい、恥ずかしくて仕方がない。
 横では面白くなさそうなルシオが言葉を発するでもなく、私の手をぎゅっと握って何かしらを訴えてくるけれど、胸の鼓動を抑えるのでいっぱいの私はそれどころではなかった。

 そんな私たちを見て苦笑すると、フィルはコバルトブルーを隠し長い睫毛で頬に影を作る。それがゆるりと見開かれる頃に、穏やかで、しかし真摯な声が部屋の空気を震わせた。


「それでは、改めて。<夜霧の花嫁>がここに転生してくれたことに、感謝している。――ヒナ。……僕たち魔族を、救ってほしい。」
「フィランダー、お前…!」


 私の手を離して立ち上がるルシオを、フィルは揺るがない瞳で一瞥した。


「いろいろなことを理解しなければならない時に、申し訳ないとは思っているよ。けれど、もう猶予はないんだ。――ヒナの力が必要なんだよ。」


 ルシオはぐ、と言葉を詰まらせたかと思うと、金の双眸に私を映した。私の隣りに座っているフィルも、私を見つめている。
 ――<夜霧の花嫁>の生まれ変わりが私、というのを理解するので、今日一日は終わりませんか?という言葉も、この空気では言えそうになかった。



 フィルの言葉とルシオの怒声が、まだ耳の奥で反響していた。


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