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Episode03 水竜の国の使者
しおりを挟む「水竜の国・カンナ帝国へようこそ、オレたちのお姫サマ。」
なんとなく悟っていたとは言え、衝撃は受けるようだ。
カンナ帝国ということは、内乱の絶えないあの隣国のカンナ帝国のことだろうか。いや、他に同じ名の国などないけれど。
何故内乱の続く国から、わざわざ隣りの国の火竜の一族である私を攫う必要があるのだ。それにまだ気になることもある。
未だ信じられない気持ちを押しやって、獅貴から地面に目を落とす。――今の姿勢だから少々首が痛いけれど、そこはどうでもいい。この乾きやせこけた土地は、宵闇の中でもよく解る。草花などなく、辺り一面が乾燥しひび割れた大地が広がっていた。
あまり動かしたくない舌を動かして、また獅貴を見上げた。
「ルーンバルトじゃないってことは解ってたけど、でもカンナは水竜の――」
「――水竜の国ならば、大地は枯渇するはずがない、か」
私の疑問を代弁した、私と同じ馬に乗る男が静かに私を見つめている。
(水……みたい)
獅貴の目が藍玉だとしたら、やはり第一印象のようにこの男は青玉だ。警戒している今でも水底のように美しいと思える。――これが、水竜の加護を受けるものの瞳なのか。
彼も獅貴に倣い馬を軽やかに降りると、私をそのままに馬の腹を優しげに叩いた。
その節くれだった手を見ていると、彼の言葉を継ぐのは獅貴だ。
「本当なら、こんなことにはならなかったんだよ。ま、オレも子供の頃のことだからあんまり覚えてないけど、でもここまで荒廃してはなかったかな。」
「すべては、ルーンバルトがこの国に関わらなければよかったことだ。」
「うわぁ、央士ってば淀みない。」
「事実だ。」
「……え?」
それは、どういうことだろう。
獅貴の年齢は、推測だがアルベルトと同じ二十そこそこだろう。その彼が子供のときというのだから、十年以上前の筈。そしてルーンバルトとカンナが関わったこととなると、あの共闘した戦しかない。
その戦で父が英雄と謳われ、カンナ帝国と親交を始めたのではなかったのか。共闘したことでカンナ帝国はブレンダンに侵略される事がなくなったのじゃないのか。
(……けど、その後すぐに内乱になったんじゃ、国民はえらい迷惑だよね)
ブレンダンとの戦争を終えてすぐ、カンナ帝国は戦の鬼とまで言われた将軍が当時の権力者・皇帝に反旗を翻したのだ。それ以降、十数年皇帝派と将軍派が内乱を起こしていると言う。状況としては、軍のほとんどを牛耳っていた将軍が優勢で、皇帝派はその身を隠しているのだと聞いた。
そう考えると、このひび割れ枯渇した大地の原因がはっきりと理解できた気がする。
水竜との契約者である皇帝一族が姿を消し、その騒ぎで水竜の一族たちも散り散りになったのだとしたら、水竜の加護が国から消失してしまう。
隣国だというのに、私は【内乱】というものをきちんと理解出来ていなかったようだ。
しかし、水竜の加護が失われた理由については理解できたにしても、全部をルーンバルトの所為にされるのは納得がいかない。
「あのね、いきなり余所の国の事情もさっぱり解らない人間を捕まえて、『お前の国の所為だ』なんて言われてもさっぱりなんですけど――ぉおお?!」
突然結婚を申し渡され、落ち込んでいるところをいきなり掻っ攫われて、カンナから水竜の加護が失われたのはお前の国の所為だと言われて、相当頭に来てしまったようだ。
馬に垂れ下がった状態を保っているのに、それも忘れて上半身を起こしてしまったら、馬から落ちてしまうのは当然のことで。
重力に従い、ぐらりと身体が傾いだ時だ。
弧を描いて行く肩に力強い腕が回されたかと思うと、ひょいと持ち上げられてそのまま膝裏にまで腕が通された。見上げると青玉の瞳が呆れたように私を見ている。
「あんたは、【大人しい】という言葉から程遠い性格のようだな」
「……余計なお世話だよ」
「だが丁度いい。あんたにも身体を休めてもらう必要がある。」
なにが丁度いいのやら、こいつ――央士はゆっくりと身を屈め私を地へ降ろすような仕草をする。
なんだか、違和感だ。
(だって理由は解らないにしても、人質ならこんな扱いおかしくない?)
獅貴に髪の毛を引っこ抜かれたのは根に持つにしても、乱暴なことはそれ以外されていない。私をどう利用するかは別として、もっとひどい扱いは覚悟していたのに、何故急に御丁寧になったのか。
思わず皮肉が漏れてしまう。
「まるで淑女に仕える騎士だよね。」
「ん?」
「最初からそういう扱いをしろって言ってるのよ。髪を引っこ抜かずにね」
「そんな優しくしたら、君ついてこないでしょ?」
「当たり前。」
獅貴の言葉をあっさり斬り捨て、私が央士の腕から足を降ろしカンナ帝国の乾いた大地を初めて踏みしめた時だった。――一陣の風が起こる。
ぶわっ、と。
なんとも言いようのない熱い涼やかな何かが、私の胸から足を伝って、正に風のように吹き抜けて行ったのは。
(な、なに、今の…?まるで魔術を使った時みたいな感覚だったけど…)
力を解放した時と似ているが、それよりも清々しい。
自分の身に起こった何かを確かめようと辺りに目を向けると、まず私を攫った男ふたりの顔が目にとまった。よく見るとどちらも整っている顔付きが、何故か今は水のような瞳を真ん丸に見開いている上に、どうしたのか潤んでいるようにも見える。
「あはは……ねぇ、央士。俺ちょっと泣きそう。」
「……っ」
(えっ……えっ?!)
獅貴の言葉通り彼は目に涙を溜めていて、央士はと言えば顔を顰めて眉間を摘まむように感極まっていた。
なんだなんだ、何がどうしたと言うんだ。
彼らの態度に戸惑いつつ、なんだか男泣きしているとこを凝視するのも申し訳ないな、などと気にしなくてもいい事を考え余所に目を向けた時だった。
「え……あ、あれ?」
私の目は、枯れ果てた荒野を映すはずだった。
しかし見えるのは、乾いてひび割れた大地ではなく、水分を充分に含んだ地に青々と茂った草花が夜風に身を踊らせている風景だった。だがそれも数メートルそこそこまでで、その先は初めに見た枯渇した大地が広がっている。
遠くの方から恐る恐るこちら側に向かって大地を視線で撫でて行くと、驚くことに辿り着いたのは私だった。慌てて四方八方に目を向けると、どうやら私を中心に円を描いて緑が生い茂っているようで。――先程の力を解放する感覚と、今の状況で何も悟れない程鈍くはないが、信じがたい。
人形のようにギリギリと音がなりそうなくらい、ゆっくりと首を彼らに巡らせて、何も言えない口の変わりに目で説明するようにと訴えた。それに気付いたのは、青玉の目を持つ央士だった。
――ちょっと涙声で時々鼻を啜るのはやめてほしい。
「あんたにとって、ここは【余所の国】なんかじゃない。ここが……カンナが、あんたがいるべき国だ。――水竜の神子。」
「水竜の……神子?」
何を言ってるんだと、言ったつもりでいた。
しかし私の口から紡がれたのは、別の竜の名。ただ彼の言葉を反芻しただけではない。まるで懐かしく口にしていなかった言葉を味わうように、それを呟いたのだ。
信じられるわけがない。
私は火竜一族で、母から火竜の神子を継承した身。王族からも火竜の神子だからと結婚を急がれているのに、その私がなにをどう間違えたら正反対の水竜の神子になるのだ。
「ま、いきなり信じろって言っても無理かもしれないけどね。でも現に、君が触れた大地は力を取り戻したし、『もしかして』くらい思ってもいいんじゃない?」
私の表情から悟ったのか、獅貴が嬉々として身を乗り出し、手を広げて青々とした風景を差す。
(もしかして、なんて思ってても……ちょっと思ってたとしても、納得できるわけない。)
昔から、違和感はあった。
赤の火竜の国で、淡い白銀の髪に瞳が海のような私は、子どもの頃心ない言葉でなじられたことがあった。この国で赤以外の色はあり得ない。それはこの国を守護する竜が火を司ることにより、その恩恵を受ける国民もまた赤か、赤に近しい色しか持てなくなるからだ。
それ以前に、私は火竜の一族であり神子直系の第三子。赤い瞳でないのがおかしいと囁かれ続けて来た。人間の血が濃い長男のクラウスの瞳が菫色だったこともあり、少しはそんな心無い言葉も和らいでいるけれど。
しかし違和感は、私の見てくれだけれは終わらない。――身体の中に眠る力だ。
皆それぞれ加護を受ける竜の力を大小問わず受け継いでいる。その影響で、他の属性を受け入れられないことがある。ルーンバルトで言えば、【水】だ。
――水の少ない土地柄、雨が増えて喜ぶというわけもなく、ただ気分が悪いと伏せってしまうものもいる。だからみんな水属性の魔術は扱いにくいのも相まって唱えようとはしない。けれど私は、母や兄弟たちを横目で見ながら雨に打たれる事を楽しく感じていた。こんなにも気持ちが良いのに、どうしてみんな雨や水を避けるんだろうと。
この感情を分かち合えない虚しさを、ずっと抱えていた。
「でもだからって、いきなり水竜の神子って……納得できるわけないじゃない」
そう。だってそれを認めてしまったら、私は。
今まで育ててくれた父様や母様、クラウスにアルベルトは私とはなんの繋がりもなかったということになる。歳の近いアルベルトは知らないかもしれないけれど、長兄のクラウスや父と母は確実に私がシグムントの子ではないことは解っていた筈。
いつの間にか、私の目は生き生きとした草を踏みしめる足に落ちていた。
(でも、みんなアルベルトと変わらない、おんなじように私を扱ってくれた……と、思う)
屈託のない笑みを向けてくれた母と、大きな背中でいつも私たちを守ってくれた父、誰よりも甘やかしてくれたクラウス。――そして、いつも口うるさいけれどきっと一番私を気にかけてくれたアルベルト。
今更他人だったなんて、思いたくない。いや、大体私を攫うようなヤツが言っているのだ。信憑性なんてゼロじゃないか。
私の中に残る違和感を押しやって、再びふたりを睨み付けた。
「私は……シグムントの子。火竜の一族として育ったことに変わりはないよ。」
願いに似た切実な想いを載せて、その声は夜によく響いた。
彼らは涙を引っ込めて目を丸くすると、図体はでかいくせにやんちゃに笑う獅貴は、先程と同じように嘲笑う。
「あはは。大概、君も大馬鹿だよね。君が水に関わる力を持ってるってこんなに物語ってるのに、知らないふりでもしようって?」
「……」
獅貴のいうことは、もっともだ。
ルーンバルトのみんなが嫌う水も雨も好きだったし、火属性の魔法を使うより水属性の魔法を放つ方が身体に馴染んだ。それに目を瞑っても、青い目と銀糸の髪は鏡を見るたびに私を疑心の海に突き落とす。
獅貴の澄んだ瞳を見ていることができなくて、顔を逸らす。
その拍子にか、今までの経緯でリボンが緩んでいたのか、嫌いな銀髪が緩やかにほどけて、それを伝って紅の紐が肩に掛かった。
(そういえば、用意された婚礼の衣装も、赤だったっけ)
空が夕暮れに染まる頃目にしたスカーレットのドレスを思い浮かべる。
処理しきれない苛立ちと不安がない交ぜになって胸の中を覆い尽くしていく。
紅の紐をしゅるりと髪から引き抜いて、掌に爪の跡がくっきりと刻まれる程強く握り締めた。
――本当は赤よりも、私には青が似合う。
誰もがそう思っている筈なのに、誰も言わない。幼い頃から鮮やかな黄色や、オレンジ、寒々しい青系を除く総ての色を着せ替え人形のように飾り立てられた。でもそれを誰も指摘出来なかったのは、私が火竜の代理の一族だからだ。
(でも私……本当に火竜の一族だったの?赤なんて一切ない身体と、雨好きで水にも馴染む魔力)
そんな火竜の一族など、聞いたことがない。
でもそうしたら、必然と疑問が湧いてくる。
私がもし本当に【水竜の一族】ならば、どうして火竜の一族である母の子として育てられたのか。そもそも、水竜の一族ならカンナ帝国を出る事すら許されないのに、何故私はルーンバルトで育ったのか。
――きっと、父と母はその理由を知っている。
けれどその理由を彼らの口から聞いたとして、私は納得できるんだろうか。
どうして私を実の娘だと、火竜の一族だと嘘を吐き続けたの?もちろん私を実の子のように育ててくれた恩も、それに負けないくらいの愛情もある。でも、ずっと騙され続けてきたというショックも大きかった。
来た道を知らず振り向く。
宵闇であまり自信はないが、あの尖った輪郭はルーンバルト城の一部だろう。
(もし帰れたとして、私……どうすればいいんだろう)
父を尊敬する気持ちは、今も変わらない。
母や兄たちを慕う気持ちもなんら。
――でも、今までと同じようにはきっと振る舞えない。
本当の家族ではないとしても、今まで一緒に過ごした記憶は事実だろう。でも理屈では拭えない想いが渦を巻いて胸に張り付いて取れないのだ。
「あんたは今や、カンナの救世主と言ってもいい。水竜の一族はもう、あんたしかいない。あんたがカンナにいるだけで、この大地のように水の恩恵が与えられる。――その髪と目だけで、充分証明となり得るだろう。」
静かな声が、私に歩み寄ってくる。
ゆるりと再び前方に視線を向けると、目の前には僅かに眉間に皺を寄せる央士がいた。
「現に、歩いただけで大地が蘇えったとあれば、誰でなくともあんたを攫おうとする。」
「そうそう。このまま君をひとりにしたら、反って危ないってこと、その小ぶりなおつむでも解るよね?」
「…小ぶりは余計だ。」
獅貴の余計な一言に突っ込んで、ふたりをもう一度見上げた。
央士の水底を思わせる青玉の瞳と、獅貴の清らかな湖をひと掬いしたような藍玉の瞳に私が映る。――ひとつの決意を胸の内に秘めた私が。
私は父を目指して騎士の道を歩んだ。
けれど私の道は既に決められていて、王族との結婚は絶対だった。でもそれは、私が火竜の神子だったならばの話だ。私が本当に水竜の一族なら、ルーンバルト王家との婚姻は意味がない。それに、火竜の契約に水竜の一族が介入すれば元々の契約に悪影響を及ぼしかねない。
(もし、本当に私が水竜の一族だとしたら。知っている筈の母様たちが、何を考えているのか…知りたい)
その為には、私が本当に水竜の一族だと知る必要がある。
ルーンバルトに帰って誰を問い詰めてもなんの証拠もなければ、問題が国の存続・信頼をも揺るがす程のことである為に、白を切られてしまうのは目に見えていた。
声が震えてしまうんじゃないか。
今更子猫のような態度なんて、少しも見せたくはなかった。
すっと息を吸い込んで、少し上から見下すように笑みを浮かべながら、腕を組んで振り向いた。
「私、あんたたちに大人しく付いて行ってもいいよ。でもその代わり、条件が3つある。」
「…ほう」
「君、オレたちと取引しようっていうの?」
「悪くないと思うけど?私は一切抵抗しないし、あんたたちは余計な労力も使わずに私を攫う事が出来る。もちろん普通に付いて行くから、周囲に不審がられることもない。」
「では、その条件とやらを聞かせてもらおう。」
央士の瞳が警戒に細くなる。
しかし彼の双眸には、私の言葉に興味を持った楽しげな色が含まれていた。
私は彼らに舐められないよう、大仰な態度を崩さずに、一歩二歩三歩と人差し指を立てながら彼らの周りをゆっくりと歩く。草を踏みしめる音がする度に、ざわっとそれが音を立て、ちょっとずつ大地に緑が広がっていく。
彼らは身の丈に合わない交渉事なんてしない方がいいとでも言いたげに、うっすらと笑みが浮かんでいる。――私がこれから何をするのか、疑いもしない。
「ひとつ。まず、私に暴力を振るわないこと。これ、絶対条件だから。特にあんた」
「え、オレ?」
ビシッと、動き続ける私に呼応するように草原になっていく大地に目を奪われている獅貴を差すと、彼は驚いたように切れ長の目を瞬いた。まるで「オレ何かしたっけ」という表情が憎らしい。先程私の髪を引っこ抜いたことは生涯忘れないだろう。
気を取り直して、再び彼らの周りを歩く。
「ふたつ。どんな状況下でも、あんたたちに付いて行く。」
「は?わざわざ付いて来てくれるの?君ってほんと、変な子だね」
「ね?悪い条件じゃないでしょ?」
「それはそうだが……何を考えている」
央士のもっともな問いに、足を止める。
見渡すと、今まで荒野だったことが信じられないくらい、豊かな緑が茂っている。
今まで攫われた所為で見上げられなかった空には、どんよりとした雲間から鮮やかな金色の月が覗いて、草原をキラキラと照らしていた。
「悪いことは何も?……ただ私は、決断する為に知りたいだけ。でもひとりでこの国を歩くには、あんたが言うように危ないだろうから、付いて行くってだけだよ。」
きっと私には、愛国心なんてものは露程にしかなかったのだ。
本当の騎士ならば、信じていたものが違っていたとしても、仕えるべき王家にその命を懸けただろう。でも私は王家に仕えたいわけじゃない。――私は父のような、愛する者を守る騎士になりたかっただけだったから。
でもそれも、疑念で今はあやふやになり掛けている。
だから今ルーンバルトに帰るより、己の出自を、母たちが何を考えているのかを知りたい。そうすれば、私はどうするべきか道が見えてくる気がして。
彼らは私の条件を吟味しながら、小さく頷いた。
「ふぅん?確かに悪くはないかな……むしろ、こっちに好条件過ぎるくらいで、ちょっと怖いけど。」
「それで、残りのひとつはなんだ。」
「もちろん、決まってるでしょ?――あんたたちはどこの誰で、どういう組織の人間なのか答えなさい。隠したり、嘘を言うのであれば私は全力であんたたちから逃げおおせて、ルーンバルト国王に事の次第を告げてカンナ帝国に向けて挙兵させる。」
「わぉ。伯爵令嬢にしては、言うことが凄まじいね。どうする、央士?」
この条件は、きちんと口を割ってもらわねばならない。
こいつらの身なりからしてそこらの人攫いではないと言うことは解る。雨避けの外套から覗く服はルーンバルトにはない織物のようだが、それが安価なものでないことくらい解る。腰に差す剣だって、柄や鞘の剣先に銀の飾りが仕立ててあるから、位のある騎士や貴族かもしれない。
ならず者でないことは助かるが、ルーンバルトに弓引く組織でも困るのだ。愛国心がないにしても、育った愛着や、彼の国に住む家族や友達たちを危険に晒したくはない。
央士は私の目をしばらく見つめてから、整った唇を開いた。
「いいだろう。俺たちが隠していたとしても、あの方まで口を閉ざしているとは思えんからな」
「はは、確かにね。」
央士に獅貴が頷くと、彼らは外套を弾いて腰の剣柄を私に見せる。――そこには見たことのあるエンブレムが刻まれていた。
国の象徴である竜が他の国と違っていたからよく覚えている。
ルーンバルト・ブレンダン・レーガンのエンブレムは、大抵竜が左右か下部に描かれ、国の礎のようにされているが、カンナ帝国のエンブレムだけは、大きな翼を自ら広げ、中央の王家の紋様を守るように羽ばたいている。――それが彼らの剣柄にあったということは、彼らは紛れもなくカンナ帝国の皇族に関係のある人物ということ。
「俺たちは、カンナ帝国皇帝陛下に仕える騎士団<青獅子>。」
「こっちのよく言ってクール、悪く言って朴念仁のひとが、央士。で、オレが獅貴。さっきっから呼び合ってるんだし、そろそろ覚えてくれたよね?ちゃんと毎日耳を掃除していたらだけど」
「心配されなくてもちゃんと聞こえてるから!」
相変わらずのひん曲がった口の持ち主を怒鳴りつけて、空を仰ぐ。
(私の決断って間違ってなかったよね…?)
央士はまだマシだとして、この獅貴とだけは上手くやっていける気がしない。何故私を攫いに来るやつがこいつだったのか。
悔やんでも仕方のないことは忘れるしかない。しかし獅貴は、懲りずに笑みを湛えている。
「ふふ、でもさ。その条件、オレたちが必ず守るって保障はどこにもないよね?もし破ったとしても、痛手を負うのは君で、オレたちじゃない。」
「解ってますとも。」
「……え?」
獅貴のやんちゃな笑みが驚きに変わる。
私の出す条件は彼らにとって好条件過ぎたために舐められていたのだ。口約束なんていつでも破ってしまえる。――だから、口ではできない約束をするのだ。
何度も見ることはなかったから、私に出来るかどうかは解らない。ただ、神力の流れは鮮明に覚えている。
私は目を閉じて徐に手を広げると、瞬く間に身体から神力が溢れだし、淡い青の光となって彼らを囲った。
「な、これは…!」
「結界?いや、でもこれって…っ」
先程彼らの周りを歩いていたのはなんとなく、などではない。
足で土を抉りながら、彼らを囲むように円を描いていたのだ。神力の青白い光は、私が歩いてきた道を追うように円状に広がり、一本の線になると彼らが踏みしめる大地に独特の紋章が浮かび上がった。
それは私の額に浮かび上がる、竜の紋章。
「そう、竜の一族の【契約】!私が水竜の一族なら、土地とも、あんたたちとの相性もいいはずよね!」
本来、竜の一族との契約とは、加護する竜と国の代表者との絆を強める為のもの。
その真理とは、竜の一族と契約者が一連となること。想いも力も、命も総て共有するということだ。
「私の身に何かあれば、あんたたちにも何かあるってこと!」
淡い光の柱に一歩踏み込み、光に包まれた彼らの前へ姿を現す。余程まぶしいのか、彼らはうっすらと目を開けて顔を顰めていた。獅貴に至っては女にしてやられたのが悔しいのかもしれない。
私はふたりにむけてしてやったりと、笑みを向けた。
――これで私と彼らの間に、確かな契約が結ばれたのだ。
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