対岸町のサーカステント

あきさき

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閑話⑥

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 ローテーブルの上にくちゃくちゃの紙が幾つも転がっている。真っ白な紙はどれもこれも『折り目らしきものがついた紙の塊』と化していて、傍から見るとひたすらゴミを量産している人にしか見えなかった。

「……前条さん、まさかとは思いますがそれは折り紙のつもりですか」
「ん? なんだけーちゃん来てたの、丁度いいやそこの紙取って。さっきからこいつどうも調子が悪くて」
「どう見ても調子が悪いのは前条さんの指だと思いますけど」

 それともこいつってのはアンタの指のことですか?
 示された紙を手に前条さんの対面に座る。紙が合わないんだよ、とぼやく前条さんはくちゃくちゃになった紙を脇に寄せてまた新しい紙を取り出した。
 軽く息を吸い、止めた前条さんが黙々と紙を折り始める。横半分に折り、縦半分に折って、袋を作――ろうとして折り曲げたところが斜めにずれ、そもそも最初の半分が綺麗に半分ではないので加速度的に手遅れ感が増し、何をしたいのかも分からない折り目が量産されてくちゃくちゃの紙になった。
 成る程、さっきのゴミはこうして量産されたのか。無言の前条さんと共に紙を見下ろしていると、数秒の間の後に舌打ちが響いた。

「あーもういいか、これ贈るわ。めんどくせぇ」
「贈る? えっ、待って下さいこれ人に贈るつもりで折ってたんですか!?」
「しょうがないだろ花恋ちゃんが俺が折った諸願成就符欲しいって言うんだから」
「えっと、あの、あー、まず、花恋ちゃんとは?」
「しおんちゃんの祖母」
「諸願成就符とは?」
「神折符の一種」
「か、かみ、なんです?」

 次から次へと疑問が湧き出てくる。前条さんが量産した紙屑と同じ勢いで疑問が量産されていく。何から片付けたものか。……紙屑からかな。
 失敗作らしきくちゃくちゃの紙を袋に詰め始めた僕に、前条さんは組んだ足を揺らしながらなんとも詰まらなそうに説明を口にした。

「願い事に効果がある符だよ。アイドルのライブチケット当たりたいんだって。当たってどうすんだよ、行くのか? この間ぎっくり腰やったくせに元気だよな花恋ちゃん」
「は、はあ、なるほど?」

 アイドルオタクは祖母譲りなのだろうか。くだらない疑問がまた生まれてしまった。 コンビニの大きめの袋いっぱいくらいになってしまった出来損ないの符とやらをまとめていると、ゴミ箱に捨てようとしたところでストップがかかった。どうやら、手順を踏んで捨てなければならないらしい。よくわからないけどいろいろ面倒な代物のようだ。

「もういいや、けーちゃん代わりに折って。こういう、完成形が決まってる物って独創性が認められないから嫌だ」
「そういう台詞は創造性を少しでも見せてから言って下さいよ……。大体、僕が折って意味があるんですか?」

 返答は無言だった。答えたようなものだ。事情はよく分からないが、月下部さんのお婆さんの為だと言うなら少しは協力してもいい。お婆ちゃんは大事にするべきだし。

「分かりました、折り方教えて下さい。そしたら僕が前条さんになんとか折り方を教え直してみせます」

 その壊滅的不器用な両手にせめて一枚くらいは成功例を作らせてみせます。親切心と、『前条さんに物を教える』という行為に若干の楽しみを見出しつつ口にした僕は、十分と経たずに後悔する羽目になった。

「な、なんでまともに半分に折れないんですか!? 折り目は真っ直ぐ! 端と端はちゃんとくっつけて――っていうかこの折り方自体前条さんには無理ですって!! 三歳児に箸で小豆を摘めと言ってるようなもんです!」
「小豆摘めるけど」
「黙ってろ二十六歳!!」
「大体対面でやってるから分かりづらいんだよな。こっち来て同じ向きでやってよ」

 あまりの出来なさに絶望し怒鳴り始めた僕を前条さんが手招く。仕方がないので憤慨しつつ前条さんの足の間に座り、説明をしようとした僕は肩に顎を乗せて覗き込んでくる前条さんの腕が腹に回ってきた辺りではたと気づいた。
 あれ? この体勢不味いんじゃないか? 鴨がネギ背負って土鍋片手にやってきたくらいの勢いなんじゃないか?

「〆の蕎麦までついてるな」

 顔色読むのやめてくれます!? 逃げ出そうともがく僕に楽しげに「今は食べないよ」などと囁いてきた前条さんは、言葉通りやたらと距離こそ近いものの真面目に説明を聞いて真面目に折った。本当の本当に真面目だった。
 くちゃくちゃの紙が三枚出来上がったので、前条さんは不貞腐れながら花恋さんに断りの電話を入れた。


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