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第1話 予告状という名のラブレター
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「うげえ……」
新学期新2年生。
微妙に短い、けれど宿題の多い春休みが終わり。高校生活が新たに始まる素晴らしい日。
見慣れてしまった赤い手紙が一枚、下駄箱の中にぽつりと置いてあった。
──ああ、また来てしまったこの手紙。
来ちゃった来ちゃったこの手紙。
春休みを過ぎて、新学年になろうと……ここに。
「おっ、サキちゃんもおんなじクラスか。一年間よろしくねえ!!」
後ろから、朝にしてはデカすぎる声量と共に、幼馴染の渡井巴《わたらい ともえ》がやって来た。
長髪で一見性別不明の見た目。それに巴という名前だけれど、しかし彼はれっきとした男だ。無造作に後ろに束ねられた髪は、校則はどうしたのか思うくらいの伸びっぷり。いわく「生まれつきです」で通したそう。
私としては似合ってるので良いと思うが、学校としてそれはいいのか。
「おはよ、巴。相変わらず朝から元気だな──って、おい」
「えーちょっと……!!何それ何それ、もしかしてラブレター!? うわ~僕はじめて見たよ、他人のー」
こちらの話を聞いているのか聞いてないのか。(多分聞いていないが)
巴はズイズイと顔を近づけては、手にもった手紙に目が釘付けである。
「何だ? 自分宛てはあったのかよ」
「うん、前にね。全部断ったけど」
──贅沢な話。1枚じゃないとは良いご身分だことで……。
というか、しかも全部を断ったのかよ。
「でも男子がラブレター送るって、結構珍しいよね。僕あんまり聞いたことないや」
「あのねぇ。何で送り主の前提が男子で、ラブレターなんだ。私、まだ何も言ってないぜ」
「ああ……確かに。サキちゃんにラブレター送る人なんかいないもんね!!」
渡井は、ごめんごめんー-、なんて笑いながらそう言ってきやがった。
こいつマジで。人をイラつかせる天才か。
別に、それを貰えないことがどうだっていうんじゃないが。
いやさ。ただ、だとしてもそれをこうして面と向かって改めてそう言われると、なんかこう……こっちとしても黙ってられないし、腹が立つというものである。
「──ま、ある意味ではラブレターだな。これ」
なので、手にもったものをこれみよがしに見せてやった。
そう、ある意味だ。嘘はついていない。
「……へぇーそう。ある意味ねえ?」
しかし巴は目を細め、明らかに信用していない顔。この男普段は何も考えてない癖に、こういう時に限って頭が回る奴である。
くそう。強がっても無駄かもなこれ。
見せろ見せろとうるさくて、結局、その場で封を開けた。
『クラス2-B 出席番号22番 2学年、世界史教科書。
──名探偵の働きに期待する』
「……んんん?? 何ぃ……これ?」
巴は困惑を隠せない様子で、それは無理もない話。
あまりに現実味が薄いというかフィクションの中でしか見たことのないような、そういうものが目の前にあるわけで。そりゃ、ハトが豆鉄砲食ったみたいな顔になる。実際私も最初そうだったし。
とはいえこっちはすでに8通目なので、一緒になって驚いてやることもない。
「何って、そりゃ私へのラブレターでしょ? 要はそこに書いてあるものをこれから盗むぞっていうことだよ、それ」
そして今日は、ご丁寧に2で揃えてきている。十中八九間違いなく2学年の2だ。やっぱり私の知り合いの中に、この嫌がらせを続けている者がいるのだろう。
「あの、いや……待って待って。じゃあこれ、犯行予告ってこと?」
「うん」
「いつから?」
「いつからって……、春休みが始まる3週間前からかな。休みの間はなかったけど」
そういえばこの事は巴に話してなかった。
まず巴に話すと色々面倒だったし、特にその必要もなかったし。
「えーーー!! いや、なあーんで話してくれないんだよぉーー。しかもめっちゃ探偵探偵してるし。てか、1年の時の失せもの探しもこれ絡みってことじゃん!!」
「もーうるっさいなあ、私は大事にしたくなかったんだよ。ただでさえ探偵の娘なんて人の注目を浴びるってのに、犯行予告が届いてるとかどんな小説だよ。大体私、あんまり目立ちたくないんだ」
私。家入紗希《いえいりさき》の父、家入達志《いえいり たつし》はそれなりに名の通った探偵だった。
有名になったきっかけというのは、それはもうどこにでもあるような話で、ある日どデカい事件を一回解決したことがあった。当然デカけりゃ注目もされる当たり前の話、父は連日テレビやなんやらで報道されまくったのだ。
そしてその結果、父は晴れて有名人になってしまった。
──そう、なってしまった。
有名なることが必ずしも良い事とは限らない。原因は実績、父はそれきり探偵を辞めた。
元々浮気調査がメインの探偵で、しかし尾行の時にサインでも求められるようになれば、それはもう目立つ目立つ。
そんなわけで今は、引退して事務所の下の喫茶店を営み、私と2人で呑気に暮らしている。
もうかれこれ、10年も前の話である──の、だが。
春休みの3週間ほど前、下駄箱を開けたらこの手紙が入っていた。
クラス、学籍番号、ターゲット、そして探偵と私を呼ぶ文字。手紙はそこに書かれた、無くなったモノ(無くなるモノ)を見つけてみろ、と私に言っていたのだ。
その予告は1週間にわたって続き、次の日の朝に紛失が発覚。つまり、それぞれ次の日に予告通りとなった。
消えたのはペン、筆箱、ストラップ……とか。あまり大きなものが無くなるということはなく、影響はそれほどというレベルの事件だ。
「私もね、最初は無視してやろうかと思ってたさ。モノが無くなるなんて、別に大したことでもないだろ? 今この瞬間だって、誰かが何かを無くしてるかもしれないわけだし。まあ要するに、そういう日常の中の一部として素直に受け入れられることだからな」
「……でも、サキちゃん見つけてくれたじゃん。それから学校でちょっと有名になったけど」
首を傾げ、何を言っているのだろう、という顔。私のそれは明らかに言っていることと行動が矛盾していると、巴は言う。
そう。紛失物は無くなったその日の内に見つけ出し、次の日に持ち主の元へと返却した。
これは私の面倒くさい性格が故。つまり無くなることを知っているのなら、それを知った時点で私にも責任が生じるだろう、という理屈。これは仕方がない事。だって、言い訳ができない。知らなかったのならそれはしょうがない、と言えるが、知っていたのならどうにかしなければいけない。
巴の言う通り、これは確かに矛盾だ。
けれど、どうしようもない。
どうしようもなく、私はそう思ってしまうのだから。
そんなくだらない責任感から、家入紗希は学内だけの有名人となったわけだが。……とにかく。これ以上余計なことを言ってしまいでもすれば、それはもう取り返しのつかないくらい大事になりそうなので、手紙については誰にも言うことはなかった、ということだ。
「まー、特にあんたに話すと、学校中に広がりかねないしな。口軽いから」
「はあ?! 口の堅さだけは家族の中で一番なんですけどぉ。3回までなら耐えられるんですけどぉ」
──いや、範囲が狭すぎるだろ……。それに3回は口が堅いとは言わない。
ああ、これは失敗したか。やっぱ話さなきゃよかったかなぁ。
「えーと。じゃあ、このことを誰にも言わないって約束できる?」
「あたぼうよ!! 万力使っても不可能だね」
万力は締めるやつな。出来れば万力並みに締めてもらいたい。
「絶対に言わない?」
「もち!!」
「言ったら絶交だよ?」
「ぜっえたいに、誰にも言わない」
胸を張り、自信満々そう話す巴。これなら心配ないと、他の人が見たらきっとそう思うはず。
だが忘れるなかれ、もう3回。
「──そう。で、ホントのところは?」
「……うっかり言ちゃうかも…」
はい、スリーアウト。
「そ、それよりさぁ!! ある意味ラブレターってどういうことー!? ラブレターのラの字もない手紙じゃんかー、それ」
大胆にも、会話を遡って話をそらす巴。
しかし特に言い負かすつもりもないので、素直に疑問に答えることにする。
「ある意味ってのは、そうだな……。恋とか愛みたいに人に執着して、しつこくしつこく、やめてと言ってもいつまでも追ってくる、って感じ。
ま、別に恋愛に限ったことじゃないけど、歪んだ愛情を持ってると、いつかストーカーにでもなるだろ? それってさ、これを送ってくる奴と同じじゃないか。
要するに私から言わせれば、ラブレターを送る奴もそういう意味では予備軍みたいなものになるってワケ。
な、ほら。大体一緒だろ?」
「──あーうん。紗希ちゃんがモテない理由、やっぱりそういうところだよ」
──この物語は実話です。登場する人物・団体・名称等はすべて実際に存在するものであり、現実との関係があります。
新学期新2年生。
微妙に短い、けれど宿題の多い春休みが終わり。高校生活が新たに始まる素晴らしい日。
見慣れてしまった赤い手紙が一枚、下駄箱の中にぽつりと置いてあった。
──ああ、また来てしまったこの手紙。
来ちゃった来ちゃったこの手紙。
春休みを過ぎて、新学年になろうと……ここに。
「おっ、サキちゃんもおんなじクラスか。一年間よろしくねえ!!」
後ろから、朝にしてはデカすぎる声量と共に、幼馴染の渡井巴《わたらい ともえ》がやって来た。
長髪で一見性別不明の見た目。それに巴という名前だけれど、しかし彼はれっきとした男だ。無造作に後ろに束ねられた髪は、校則はどうしたのか思うくらいの伸びっぷり。いわく「生まれつきです」で通したそう。
私としては似合ってるので良いと思うが、学校としてそれはいいのか。
「おはよ、巴。相変わらず朝から元気だな──って、おい」
「えーちょっと……!!何それ何それ、もしかしてラブレター!? うわ~僕はじめて見たよ、他人のー」
こちらの話を聞いているのか聞いてないのか。(多分聞いていないが)
巴はズイズイと顔を近づけては、手にもった手紙に目が釘付けである。
「何だ? 自分宛てはあったのかよ」
「うん、前にね。全部断ったけど」
──贅沢な話。1枚じゃないとは良いご身分だことで……。
というか、しかも全部を断ったのかよ。
「でも男子がラブレター送るって、結構珍しいよね。僕あんまり聞いたことないや」
「あのねぇ。何で送り主の前提が男子で、ラブレターなんだ。私、まだ何も言ってないぜ」
「ああ……確かに。サキちゃんにラブレター送る人なんかいないもんね!!」
渡井は、ごめんごめんー-、なんて笑いながらそう言ってきやがった。
こいつマジで。人をイラつかせる天才か。
別に、それを貰えないことがどうだっていうんじゃないが。
いやさ。ただ、だとしてもそれをこうして面と向かって改めてそう言われると、なんかこう……こっちとしても黙ってられないし、腹が立つというものである。
「──ま、ある意味ではラブレターだな。これ」
なので、手にもったものをこれみよがしに見せてやった。
そう、ある意味だ。嘘はついていない。
「……へぇーそう。ある意味ねえ?」
しかし巴は目を細め、明らかに信用していない顔。この男普段は何も考えてない癖に、こういう時に限って頭が回る奴である。
くそう。強がっても無駄かもなこれ。
見せろ見せろとうるさくて、結局、その場で封を開けた。
『クラス2-B 出席番号22番 2学年、世界史教科書。
──名探偵の働きに期待する』
「……んんん?? 何ぃ……これ?」
巴は困惑を隠せない様子で、それは無理もない話。
あまりに現実味が薄いというかフィクションの中でしか見たことのないような、そういうものが目の前にあるわけで。そりゃ、ハトが豆鉄砲食ったみたいな顔になる。実際私も最初そうだったし。
とはいえこっちはすでに8通目なので、一緒になって驚いてやることもない。
「何って、そりゃ私へのラブレターでしょ? 要はそこに書いてあるものをこれから盗むぞっていうことだよ、それ」
そして今日は、ご丁寧に2で揃えてきている。十中八九間違いなく2学年の2だ。やっぱり私の知り合いの中に、この嫌がらせを続けている者がいるのだろう。
「あの、いや……待って待って。じゃあこれ、犯行予告ってこと?」
「うん」
「いつから?」
「いつからって……、春休みが始まる3週間前からかな。休みの間はなかったけど」
そういえばこの事は巴に話してなかった。
まず巴に話すと色々面倒だったし、特にその必要もなかったし。
「えーーー!! いや、なあーんで話してくれないんだよぉーー。しかもめっちゃ探偵探偵してるし。てか、1年の時の失せもの探しもこれ絡みってことじゃん!!」
「もーうるっさいなあ、私は大事にしたくなかったんだよ。ただでさえ探偵の娘なんて人の注目を浴びるってのに、犯行予告が届いてるとかどんな小説だよ。大体私、あんまり目立ちたくないんだ」
私。家入紗希《いえいりさき》の父、家入達志《いえいり たつし》はそれなりに名の通った探偵だった。
有名になったきっかけというのは、それはもうどこにでもあるような話で、ある日どデカい事件を一回解決したことがあった。当然デカけりゃ注目もされる当たり前の話、父は連日テレビやなんやらで報道されまくったのだ。
そしてその結果、父は晴れて有名人になってしまった。
──そう、なってしまった。
有名なることが必ずしも良い事とは限らない。原因は実績、父はそれきり探偵を辞めた。
元々浮気調査がメインの探偵で、しかし尾行の時にサインでも求められるようになれば、それはもう目立つ目立つ。
そんなわけで今は、引退して事務所の下の喫茶店を営み、私と2人で呑気に暮らしている。
もうかれこれ、10年も前の話である──の、だが。
春休みの3週間ほど前、下駄箱を開けたらこの手紙が入っていた。
クラス、学籍番号、ターゲット、そして探偵と私を呼ぶ文字。手紙はそこに書かれた、無くなったモノ(無くなるモノ)を見つけてみろ、と私に言っていたのだ。
その予告は1週間にわたって続き、次の日の朝に紛失が発覚。つまり、それぞれ次の日に予告通りとなった。
消えたのはペン、筆箱、ストラップ……とか。あまり大きなものが無くなるということはなく、影響はそれほどというレベルの事件だ。
「私もね、最初は無視してやろうかと思ってたさ。モノが無くなるなんて、別に大したことでもないだろ? 今この瞬間だって、誰かが何かを無くしてるかもしれないわけだし。まあ要するに、そういう日常の中の一部として素直に受け入れられることだからな」
「……でも、サキちゃん見つけてくれたじゃん。それから学校でちょっと有名になったけど」
首を傾げ、何を言っているのだろう、という顔。私のそれは明らかに言っていることと行動が矛盾していると、巴は言う。
そう。紛失物は無くなったその日の内に見つけ出し、次の日に持ち主の元へと返却した。
これは私の面倒くさい性格が故。つまり無くなることを知っているのなら、それを知った時点で私にも責任が生じるだろう、という理屈。これは仕方がない事。だって、言い訳ができない。知らなかったのならそれはしょうがない、と言えるが、知っていたのならどうにかしなければいけない。
巴の言う通り、これは確かに矛盾だ。
けれど、どうしようもない。
どうしようもなく、私はそう思ってしまうのだから。
そんなくだらない責任感から、家入紗希は学内だけの有名人となったわけだが。……とにかく。これ以上余計なことを言ってしまいでもすれば、それはもう取り返しのつかないくらい大事になりそうなので、手紙については誰にも言うことはなかった、ということだ。
「まー、特にあんたに話すと、学校中に広がりかねないしな。口軽いから」
「はあ?! 口の堅さだけは家族の中で一番なんですけどぉ。3回までなら耐えられるんですけどぉ」
──いや、範囲が狭すぎるだろ……。それに3回は口が堅いとは言わない。
ああ、これは失敗したか。やっぱ話さなきゃよかったかなぁ。
「えーと。じゃあ、このことを誰にも言わないって約束できる?」
「あたぼうよ!! 万力使っても不可能だね」
万力は締めるやつな。出来れば万力並みに締めてもらいたい。
「絶対に言わない?」
「もち!!」
「言ったら絶交だよ?」
「ぜっえたいに、誰にも言わない」
胸を張り、自信満々そう話す巴。これなら心配ないと、他の人が見たらきっとそう思うはず。
だが忘れるなかれ、もう3回。
「──そう。で、ホントのところは?」
「……うっかり言ちゃうかも…」
はい、スリーアウト。
「そ、それよりさぁ!! ある意味ラブレターってどういうことー!? ラブレターのラの字もない手紙じゃんかー、それ」
大胆にも、会話を遡って話をそらす巴。
しかし特に言い負かすつもりもないので、素直に疑問に答えることにする。
「ある意味ってのは、そうだな……。恋とか愛みたいに人に執着して、しつこくしつこく、やめてと言ってもいつまでも追ってくる、って感じ。
ま、別に恋愛に限ったことじゃないけど、歪んだ愛情を持ってると、いつかストーカーにでもなるだろ? それってさ、これを送ってくる奴と同じじゃないか。
要するに私から言わせれば、ラブレターを送る奴もそういう意味では予備軍みたいなものになるってワケ。
な、ほら。大体一緒だろ?」
「──あーうん。紗希ちゃんがモテない理由、やっぱりそういうところだよ」
──この物語は実話です。登場する人物・団体・名称等はすべて実際に存在するものであり、現実との関係があります。
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