【傾世の悪役令嬢】になるのを回避したらいつの間にか【救世の竜騎士】と呼ばれるようになった話する?

氷曳

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プロローグという名の状況説明・2

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悪役令嬢--乙女ゲーム『2人のファム・ファタール』における『ゼルダ・ヴァン・モルガンロード伯爵令嬢』は薔薇の如き真紅の髪を持つ絶世の美女であり、苛烈にして奔放な悪女である。ある時は攻略対象の婚約者として、ある時はその美貌で数多の異性を誘惑する女性として、ヒロインの恋に立ち塞がる役どころ。そのためか、美しさという一点においてのみヒロインや攻略対象者達を差し置いて随一を誇っている設定だ。

最初はヒロインの恋敵キャラ・男好きキャラと思われたゼルダはしかしその実、ある企みを持って行動していた……国家の崩壊である。権力のある男性を骨抜きにして貢がせたのもそのためであり、将来有望な若者である攻略対象に近付いたのも、彼らを己の虜として意のままに操ろうと目論んだから。彼女は、己が生来持つ魅了スキルを用いて力ある者を操り、多くの人を破滅させ、ゆくゆくは国をも傾けるつもりだった。

ヒロインは彼女の虜になりかけた攻略対象を救い、彼女の悪事を暴き断罪し、ゼルダは傾国の悪女として処刑される。どの攻略対象のルートでも彼女の立ち位置は変わらず、多かれ少なかれ関わってくるし、最終的には悪事がバレて処刑される。唯一ゼルダが生きて迎えるエンディングでは国が滅亡し、炎に包まれる王都を見下ろして哄笑する彼女のスチルで締めくくられていた。

……………………それどんな妲己? オレってば詰んでない?

ん?オレと悪役令嬢の名前が違う?同一人物である証拠は何?「お前自分を美形な悪役令嬢だとカンチガイしてる痛い喪女なんじゃねーの」って?

この顔を見てみろ!混じり気のない真紅の髪!目尻のつり上がった、気の強そうな薄水色の瞳!神々が贅を凝らし精緻に作り上げたかのような燦爛にして豪奢な美貌!あと10年くらい成長させればスチルそっくりになるだろう、このド級の美貌があれば前世アラサーで喪女なんてやってなかったっつーの(逆ギレ)!!!

まあ、それはいいとして。

この世界、赤い髪というのがめちゃくちゃ珍しいのだ。そのせいで誘拐されかけたことも一度や二度じゃない。赤い髪で、薄水色の瞳で、『ゼルダ』という名前の美少女がオレ以外に居るとは考えづらい。

それに何より、『ゲーム本編』で言及されているのだ。『ゼルダ・ヴァン・モルガンロード伯爵令嬢』は、かつて平民の『ゼルダ・イーグル』であったと。それこそが、ゲームのゼルダが妲己のような傾世の悪女になってしまった理由だったのだと。

それは、攻略対象の中で隠れていないことで有名な隠しキャラの物語で明かされる。

ゼルダの故郷は王国の辺境で、隣国との国境でもある山脈にほど近い街だった。彼女が十にも満たない子供の頃、領土欲の強い隣国に攻め込まれてしまう。その侵略戦争は我が王国が勝利を収め、敵を退けたものの、ゼルダはたった1人の家族を亡くし、戦災孤児になってしまう。孤児院に入ったはいいが、戦災で親を亡くした子供はゼルダだけではない。養うべき孤児が急激に増えたために孤児院は徐々に首が回らなくなっていく。
その時ゼルダを引き取ったのが、モルガンロード伯爵--義理の父親となった男である。
経営が厳しかった孤児院への援助と引き換えに、伯爵はゼルダへ貴族の男性達を破滅させよという非道な命令を下した。そう、彼女の行動は全てこのモルガンロード伯爵が指示したことだったのだ。満足に食べることのできない他の孤児達と恩のある院長を人質同然に取られていたゼルダは心を壊しながら悪女となるしかなかった。

そのルートの最後では、彼女も被害者だと無実を訴えるヒロインに「それでも私は何人もの人を破滅させてきた。その罪は変わらない。私の真実を貴女が見つけてくれたことが私の救い」と言い、解放されたような微笑みを浮かべて処刑台へ上っていくのだ。

他の攻略対象者をハッピーエンドでクリアしないと現れない隠しキャラのルートは、他キャラのように甘いだけの終わり方ではない。最後の最後でしか明かされない悪女ゼルダの真実を知り、二度と彼女のような者を生みはしないと心に決めたヒロインが孤児の保護や教育という具体的な目標を見据え、隠しキャラとともに四苦八苦しながらも進んでいくという終わり方になる。

攻略対象者にとっての運命の女ファムファタールであるヒロイン。
異性を誘惑し破滅させる悪女ファムファタールであり、隠しキャラルートのヒロインにとっての運命を変えた女性ファムファタールのゼルダ。

ゲームタイトル『2人のファム・ファタール』の由来はヒロインとゼルダの2人ということなのである。

ちなみに、ゼルダと言えば日本では某ゲームの伝説な姫君が有名だが、『2人のファム・ファタール』のゼルダのモデルは彼女ではない。ゼルダ・S・フィッツジェラルドという実在の人物がモデルである。美しくも苛烈で破滅的な彼女の名前と内面を基にして悪役としたのがオレということだ。閑話休題。

さて、ここまで『ゲーム本編』の話をしてきたが、実は悪女ゼルダにはもう一つ、ヒロインの視点では語られることのなかった事実があった。前世のオレが、同じゲームをしていた友達から借りて読んだファンブックに書いてあったのだ。隠しキャラ・王弟子息アレイヤード視点の幕間の物語として。

先にぶっちゃけると。ゼルダが孤児になった原因の隣国からの侵略は、モルガンロード伯爵が手引きしたことだった。当時行われていた、隣国を牽制するための国境付近での大規模な軍事演習に王族であるアレイヤードが同行していたが、機密であるはずのアレイヤードの行動やルートの予定、護衛の数などの情報を隣国に売ったのだ。
王族を捕らえられれば、身代金代わりに領土を寄越せという脅迫という名の交渉ができる。そう考えた隣国の王は、彼を捕縛し連れ帰れと兵士達に命令する。確実に彼を手に入れるため、隣国の軍は奇襲を仕掛け、アレイヤードは危機に陥った。だが彼は生きて投げ果せることができた。アレイヤードを敵から救い、敵から庇って死んだ、辺境の騎士団に勤めていた竜騎士のおかげで。その竜騎士の名はラザロ・イーグル。ゼルダを男手一つで育てた、実の父親である。公には隣国からの侵略と発表されたこの戦乱で、ゼルダは父を喪った。

父が死んだ原因を招いたのが義理の親だと知った時、ゼルダは復讐者になった。

どの攻略対象のルートでもゼルダは罪を暴かれ伯爵諸共処刑される。その暗転は、ヒロインがきっかけではあっただろう。攻略対象達がその有能さでもって追い詰めたのもあっただろう。だがその復讐劇シナリオを描き、誰にも悟られることなく仕組み、己ごと仇を奈落に落としたのはゼルダである。

軍事演習の際に親しくなったラザロから、珍しい赤い髪をした彼の娘の話を聞いており、ゼルダの存在を怪しみ探っていたアレイヤードのみがこの事実に辿り着いた。その数奇な運命を哀れんだアレイヤードは、処刑を待つばかりの彼女を秘密裏に救出しようとする。だがゼルダはそれを拒んだ。彼女は許せなかったのだ。伯爵の命令だったとしても罪ない人々を弄び破滅させてきた自分が、誇り高く死んだ父の娘として生きていくことを。父の竜騎士としての誇りに、罪に塗れた自分が傷をつけることを。そうやってゼルダは『悪女』として死んだ。

『ゼルダ・ヴァン・モルガンロード』は王国滅亡エンド以外では悉く死ぬ。それは救いが無いからではない。彼女が、伯爵と己を滅ぶべしと定め、破滅の道を貫いたから。その生き様はまさしく『破滅の女ファムファタール』と呼ぶに相応しい。

----これが悪役令嬢としての『ゼルダ』の全てだ。
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