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誰が為の断罪・5

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煽り運転・交通事故を連想する表現があります。苦手な方はご注意ください。

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「いきなり出てきてなんだ、パルティア!この私の邪魔をするのは許さないぞ!」
「あら、それは失礼を。はしたない真似をしてしまい申し訳ありませんわ。リーリア男爵令嬢が聞いたという『噂』、わたくしは聞いたことがなかったものですから、驚いてつい口を挟んでしまいましたの」

見るからに深窓の姫君といった風情の--実際王女様なので--パルティアだが、これでも社交界という戦場を潜り抜け、宮廷という魔窟を生き抜く猛者だ。かつては王女として、今は公爵夫人として、パルティアは『噂』という怪物を飼い慣らす術に長けている。黒いものさえ白にしてしまえる彼女の影響力と信用の高さは、男爵令嬢でしかない上、今まで社交界での基盤作りも人脈作りもしてこなかったらしいテレジアが逆立ちしたって敵うものではない。

パルティアが「聞いたことがない」と発言した以上、真相がどうであれ社交界ではそれが真実になる。そうでなければ、社交界の女主人が敵に回ることになるからだ。社会的に死にたくなければ、余程の理不尽でないならば飲み込んでしまうのが、貴族としての賢い生き方なのだ。

まっ!ほんとにそんな噂があるわけないけどな!テレジアの態度だって『今さっき思い付きました!』って感じだったしな!

「はっ!姦しく囀ることしか能のないお前が知らなくて当然だろう!」

テメーも今さっき初めて聞いたくせに何言ってんだコラ!……げふんげふん。情報戦の重要さを理解してないリチャードに、さっきのパルティアの言葉の意味は分からなかったのだろう。

「だが私達は知っている。そこの悪女が厚い化けの皮の下に隠した、他の誰も知らない悍しい素顔を!微笑んで座っているしかできない愚鈍なパルティアや、自らの才能に胡座をかいているだけの兄上シルヴィオと違い、私には優秀な側近や健気に励まして支えてくれる天使テレジアがいるのだからな!!」
「ほう……俺の妻をそのように言うのですから、さぞかし実のある情報なのでしょうね」
「勿論だ!静粛にして聞くがいい!」

パルティアを貶されて一気に不穏になったシビルにも、笑顔を般若モードにシフトさせたシルヴィオにも気付かず、自信たっぷりに言い放った。

「その女は伯爵令嬢という身分を傘に下級貴族や平民を見下し、虐げている!学園の頃、貴族の子が平民を貶めている現場には必ず貴様の姿があったとの証言がある。それを止めようとしたテレジアに対して暴言を吐いたこともあるそうだな!しかも貴様は、才能ある魔術科の生徒を脅し、世紀の発見をした彼の研究結果を奪ったこともある!」 
「ひどいわ……あの魔法陣は、テイラー君が心血注いで完成させたものなのに…っ。貴女は名声欲しさに、彼の努力を踏みにじったのよ!」
「更に!この悪女は領地の特産のチョコレートの為に、領民を馬車馬のように働かせ、貴族でさえ容易に手が出せない値段で売り暴利を貪っている!「甘いチョコレートの味も知らずに過酷な労働をさせられている領民の子ども達が可哀想」だと、テレジアは涙を零していたんだぞ!領地に住む異種族の民さえ、差別し虐げているんだろう!王国の法では、亜人種への差別は禁じられているにも関わらず!」
「さっき、従者の犬獣人の子に向かって『駄犬』と罵っていたでしょう?!むごい……どうしてこんなことができるの……」
「はっ、本性が出ただけのことだろう。そんなに心を痛めるな、テレジア。今に奴を成敗してやる。さあ、何か申し開きがあるなら言ってみろ!ゼルダ・ヴァン・イーグル!!」
「……申し開き、ねえ?」

勝手にヒートアップしているテレジア達と対照的に、オレはもう既に白けていた。温度差で風邪を引きそうとはこのことだぜ。

だが、名指しされたからには答えなければならない。

溜め息を一つ吐いて、気合いを入れる。売られた喧嘩は言い値の倍で買う。それがイーグル家の家訓だ。何事もやるからには徹底的に、だ。

「ではまず、学園在学中にオレが平民出身の生徒を貶めていた、という話についてご説明しましょう」

これは、オレが入学して間もない頃のことだ。名前は伏せるが、さる貴族のご子息が平民出身の生徒達に向かって、こう言っている現場に出会でくわしてしまったのだ。

曰く、「速やかに命令を遂げ、貴き血を持つ我らに尽くすのが貴様ら平民の唯一の仕事。この栄えあるエザレム学園の門を潜り、貴族と机を並べるなど烏滸がましいにも程がある。即刻学園を出て行って、2度とその卑しい顔を見せるな」と。

そこで、オレは彼にこう言った。「元を正せばオレも卑しき平民の生まれ。そのオレがエザレム学園に通う資格も、貴族を名乗る資格もないというご嘆願、確と承りました。この後速やかに学園を去って、国王陛下に奏上致しましょうとも。『オレが貴族に相応しくないという声があった』と。そうすることが、元は平民であったオレの唯一の仕事ですものね?お任せください、拙速に事を運びますとも。丁度、近く陛下へ報告に伺う予定でしたので。ああ、ですが、貴族たる貴方様より頭の出来の良くない平民でしたので、お伝えする言葉を取り違えてしまうやも知れませんけどね?」と。

「オレは忖度して差し上げたのですよ。国王陛下に奏上するにも出来ない、そのご子息の葛藤を少しでも軽くして差し上げるべく、オレの口から奏上致しましょうか?と」

忖度は勿論建前だ。

本音は『その言葉は元:平民、現:【聖者】のオレに対する侮辱と取るけどいいんだな?こっちは定期的に陛下に報告上げなきゃいけない身なんだけど、どう伝わってもいいんだな?貴方自分で言っただろ、平民なら速やかに事を為せってな?』である。煽りに煽っている。これが車の運転だったら、即逮捕されてるくらい煽っている。
まあ、向こうも調子に乗ってブイブイ言わせて運転してたら衝突事故を起こした挙句、相手の車から自分の権力では到底敵わない人物が出てきちゃった気持ちだったのだろう。顔を真っ青にしてガタガタ震えていたので、その場はオレが預かって解散させた。勿論『この件は預かっただけです。陛下にご報告するか否かは今後の貴方次第ですから』と極太の釘を刺してな。

実力主義なルカルダ王国でも、選民意識の高い貴族というのは一定数存在する。この件が起きてから、そういう連中は【聖者】であるオレに聞こえるかも知れない所で迂闊な言動はできなくなった。
平民出身の生徒達も、変にプライドの高い貴族に絡まれることはないのでオレの近くに居ることが多くなり、顔を見慣れて声をかけていれば親しくもなっていく。最初は自衛としてオレの周囲に居た彼らも、やがて友人達として一緒に行動してくれるようになった。

「第3学年になった頃からでしょうか。オレがそうした友人達と一緒にいると、突然テレジア嬢がやってきて『平民だからって見下して虐げるなんて、人として1番やっちゃいけないことです!』などと言った後、急に泣き出して『ひどい!わたしは貴女の為を思って言っているのに!』と言って、オレが何を言う間もなく走り去っていったことが何度かあったのです。突然貴族になったばかりで情緒不安定になっているのかもしれないと思って、今まで何も言わずにいたのですけどね」
「デ、デタラメです!わたし、確かにひどいこと言われましたし、この人が平民の皆さんにひどいこと言ってるのも見ました!」
「テレジアがこう証言しているのだ!その説明の信憑性など、認められないな!」
「証言ですか……カーライル」
「ここに」

会場の隅に控えていたはずのカソックに似た黒衣を身に着けた人物は、オレが呼ぶのを予期していたかのようにすぐさまオレの後ろへやってきた。名前こそ男性名だが、見ただけでは男か女か分からない中性的で静謐な雰囲気を放っている。どこか影の薄い彼--便宜上こう呼んでいる--を、オレは手で示した。

「陛下やシルヴィオ王子殿下方はご存知でしょうが、紹介させて頂きますね。こちらの者の名はカーライル。姓は神殿に入った時に捨てておりますので、ご容赦を。大神官アニエス様より【聖者】であるオレの側仕え及び目付役を任ぜられている神官です。カーライルがオレに付けられたのは7歳の頃から。学園在学中も、勿論オレの側で侍っておりました。彼も件の現場に居合わせておりますので、オレの証言者となってくれるでしょう」
「お望みとあらば、日付、場所、時間、会話の一言一句全て、このカーライルがお答え致しましょう」
「証言者などと言っても、1人だけではないか!それに貴様の側仕えの証言など、説得力がないだろう!」
「それにわたし、その人の顔なんて、学園で見たことありません!現場に居たなんて嘘に決まってます!」
「リチャード第二王子殿下も、テレジア嬢お一人の証言で告発なさっているではないですか。それに、彼は神殿の所属だと言いましたよ。貴方方の今の発言は『神殿に属する者など信じるに値しない』という意味にも受け取れますが、如何でしょうか?」
「ぐっ…」

しばらく待ってみても何も言わなかったので、気を取り直して続けた。

「ですが、証言者が足りないと仰るならば。その時、その場所に居た、オレに貶められたとされる、テレジア嬢の言う『平民の皆さん』全員の名前を挙げましょうか。テレジア嬢自らが庇ったという彼らなら、テレジア嬢もお顔を覚えていらっしゃるでしょう?」
「………え」
「彼ら彼女らは皆優秀ですから、文官として騎士として魔術師としてそれぞれ活躍しております。今でも連絡を取り合っておりますし、事情を知れば皆協力してくださるでしょう。………もし、その中にもテレジア嬢がお顔を覚えている『平民の皆さん』が居ないとなると----おかしいですね。その時期に学園に在籍していた平民出身の生徒が、果たして他にいらっしゃったでしょうか?テレジア嬢が助けた『平民の皆さん』は、一体どこに居るのでしょうね?」

まさか、オレが平民出身の生徒全員と面識があり、交流があるとは思わなかったのだろう。リチャードは悔しそうに唇を噛み締め、テレジアはその顔を若干青ざめさせた。
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