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誰が為の断罪・6
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「では次に、当時の魔術科の生徒を脅迫し、その研究成果を奪ったという件ですが。これは…「発言を遮って誠に申し訳ないが、少し構わないかなぁ」
続けようとしたオレを、溌剌とした男性が遮った。彼は、線の細い青年を伴ってオレ達の元へやってくる。
「国王陛下、王妃陛下、ご機嫌麗しゅう。どうかこの場での私達の発言をお許し頂けませんか?」
「そなたは、ノイシュガルド宰相の嫡男だな。良かろう、許す」
「有り難く存じます。そしてゼルダ嬢、君の発言を遮った無礼を詫びよう。申し訳なかったね」
「頭を上げてください、アシュウィック様。オレは気にしていませんので」
艶やかな栗色の髪をした彼は、アシュウィック・ヴァン・ノイシュガルド侯爵子息。学園でのオレの先輩であり、宰相閣下のご子息であり、【ムードメーカー担当】の攻略対象である。
アシュウィックは苦笑しながら、連れてきた青年を振り返った。
「彼が今にもリチャード殿下達の所に突撃して行きそうだったからねぇ。それはちょっと不味いと思って連れて来たんだ。さぁ、発言の許可は頂いたから、もう我慢せず言っていいよ、テイラー」
こちらにやって来る前からずっとリチャードやテレジアを恐ろしい形相で睨み付けていた青年は、その言葉を待っていたと言わんばかりに大きく叫んだ。
「あの魔法陣の研究は、そもそもゼルダ先輩の発想があって初めて出来たことだ!!研究の手助けをさせてもらっていただけのボクの名前を、共同研究者として加えて頂いたからこそ、ボクも栄誉に与れたんだ!!脅迫して奪っただと?!このテイラー・ウィドウ、そんな事実はどこにもなかったと神に誓って証言する!!」
……………………。
…………美談に仕立て上げられてしまっているが、実際のところ、ちょっと違う。
魔法研究において世紀の大発見と言われた、その魔法陣。発端は確かにオレである。そこは否定しない。
第2学年になり、竜騎士科に進んだオレはある悩みを抱えていた。竜が居てこそ真価を発揮する竜騎士は、接近戦にはあまり向かない。だが戦闘職であるからには、個人でもある程度の戦闘力は必要になる。オレは生物学的には女であり、どうしても男に比べると劣るのは仕方ないとして。それを差し引いてもオレは筋力に乏しかった。どれだけ鍛えても筋肉が付かないからだ。これは、この体がニンフェル女神が創った故のことでオレの責任ではないが、竜騎士としては致命的。自前の筋力で賄えないとなると、魔法で強化する必要があり、それがオレの課題だった。
身体強化魔法を自分自身に掛けるのは問題ない。だがこの方法は、魔法を自分の中で一から構築するため、発動までにタイムラグが生じる。なので、元から服やブーツに身体強化の魔法陣を仕込んでおくのが一般的なのだが、この代物を扱うのがオレはどうも不得手だった。
この魔法陣というもの。専門の研究者が公式に発表したものは広く知られているが、人によっては自分が使いやすいようにオリジナルの魔法陣を編み出していたりもする。だから軽~く思い付いたのだ、オレも自分専用の魔法陣作っちゃえばいいじゃん、と。
そうやって編み出した自作魔法陣の素案を、本職の人に意見を貰おうと魔術科の教師に見てもらったところ。ラフを見た教師は真顔で一旦席を外し、真顔のまま戻ってきたら何故か当時第1学年のテイラーを連れていた。入学当初から【魔術の天才】の名を恣にしてきた神童テイラーは、原案オレのラフを食い入るように見た後、生意気そうなつり目を更に吊り上げて、わなわなと震えながら、オレに向かってこう叫んだ。
『こんな……っ!こんな、まともな頭してたら一生思い付かないような、常識外れで奇想天外な発想するとか、あんた頭どうなってるの?!一周回ってバカなの?!!』と。
ディスられているようにしか聞こえなかったが、後で仲良くなってから改めてこの言葉の真意を問い質してみたところ、これは褒めていたつもりだったらしい。この頃のテイラーは言語機能に多大な欠陥を抱えていたに違いない。これをツンデレなんて可愛いものだと、オレは決して認めない。認めないったら認めない。
当時、魔法陣といえば、円形だけでなく四角形や三角形なのもあったが、全て平面だった。その魔法陣を服などに刻むと、その部分を中心として魔法効果を発現するのだが、オレはもっと包括的に、ムラなく発現させたかった。手始めに案に起こした身体強化魔法の術式陣のラフは、そのまま陣を刻んでもいいように、オレが愛用しているニーハイ丈のブーツの形を模したもの。立体的な、ブーツそのものの形をした魔法陣だった。
つまりオレは、それまで平面のものしかなかった魔法陣の世界に、立体という概念を齎してしまったのだ。この概念を得たテイラーは、平面では魔法陣に組み立てることが出来なかった術式を立体化して構築する研究に取りかかった。何故かオレを巻き込んで。
その結果、今までの平面の魔法陣では、矛盾を起こしたりしてどうやっても完成しなかった術式が、立体化することで組み立てられるようになる可能性が大いにあると実証された。机上の空論であったものが実現できるかもしれない。停滞気味であった魔法陣の研究は、この研究成果の発表をきっかけに再び熱を取り戻した。
オレが軽い気持ちで描いた魔法陣のラフは、魔法研究の世界を大きく変えてしまった。2次元から3次元へと、大きく飛び出していったのだ。
………この研究を発表する時に、研究者の名前を誰にするかについて、テイラーと一悶着あってさ。
テイラーとしては、発端であるオレの名前で発表すべきだと考えていたらしい。この世紀の大発見の名誉を得るべきはオレである、と。生意気で毒舌だが、律儀な奴なのだ。
だが、オレが目指していたのは竜騎士であって、魔術師になる未来予想図はない。オレとしては、そういう面倒事はまるっとテイラーに放り投げ……げふんげふん。頑張って研究してくれた可愛い後輩に、名誉ごと一緒に贈呈したかった。
オレとテイラーが、譲り合いのような押し付け合いのような諍いをしている内に、見かねた魔術科の教師が共同研究者としてオレ達2人の名前を書いて学会に提出してしまった、というのが事の真相である。美談なんてなかったんや。
続けようとしたオレを、溌剌とした男性が遮った。彼は、線の細い青年を伴ってオレ達の元へやってくる。
「国王陛下、王妃陛下、ご機嫌麗しゅう。どうかこの場での私達の発言をお許し頂けませんか?」
「そなたは、ノイシュガルド宰相の嫡男だな。良かろう、許す」
「有り難く存じます。そしてゼルダ嬢、君の発言を遮った無礼を詫びよう。申し訳なかったね」
「頭を上げてください、アシュウィック様。オレは気にしていませんので」
艶やかな栗色の髪をした彼は、アシュウィック・ヴァン・ノイシュガルド侯爵子息。学園でのオレの先輩であり、宰相閣下のご子息であり、【ムードメーカー担当】の攻略対象である。
アシュウィックは苦笑しながら、連れてきた青年を振り返った。
「彼が今にもリチャード殿下達の所に突撃して行きそうだったからねぇ。それはちょっと不味いと思って連れて来たんだ。さぁ、発言の許可は頂いたから、もう我慢せず言っていいよ、テイラー」
こちらにやって来る前からずっとリチャードやテレジアを恐ろしい形相で睨み付けていた青年は、その言葉を待っていたと言わんばかりに大きく叫んだ。
「あの魔法陣の研究は、そもそもゼルダ先輩の発想があって初めて出来たことだ!!研究の手助けをさせてもらっていただけのボクの名前を、共同研究者として加えて頂いたからこそ、ボクも栄誉に与れたんだ!!脅迫して奪っただと?!このテイラー・ウィドウ、そんな事実はどこにもなかったと神に誓って証言する!!」
……………………。
…………美談に仕立て上げられてしまっているが、実際のところ、ちょっと違う。
魔法研究において世紀の大発見と言われた、その魔法陣。発端は確かにオレである。そこは否定しない。
第2学年になり、竜騎士科に進んだオレはある悩みを抱えていた。竜が居てこそ真価を発揮する竜騎士は、接近戦にはあまり向かない。だが戦闘職であるからには、個人でもある程度の戦闘力は必要になる。オレは生物学的には女であり、どうしても男に比べると劣るのは仕方ないとして。それを差し引いてもオレは筋力に乏しかった。どれだけ鍛えても筋肉が付かないからだ。これは、この体がニンフェル女神が創った故のことでオレの責任ではないが、竜騎士としては致命的。自前の筋力で賄えないとなると、魔法で強化する必要があり、それがオレの課題だった。
身体強化魔法を自分自身に掛けるのは問題ない。だがこの方法は、魔法を自分の中で一から構築するため、発動までにタイムラグが生じる。なので、元から服やブーツに身体強化の魔法陣を仕込んでおくのが一般的なのだが、この代物を扱うのがオレはどうも不得手だった。
この魔法陣というもの。専門の研究者が公式に発表したものは広く知られているが、人によっては自分が使いやすいようにオリジナルの魔法陣を編み出していたりもする。だから軽~く思い付いたのだ、オレも自分専用の魔法陣作っちゃえばいいじゃん、と。
そうやって編み出した自作魔法陣の素案を、本職の人に意見を貰おうと魔術科の教師に見てもらったところ。ラフを見た教師は真顔で一旦席を外し、真顔のまま戻ってきたら何故か当時第1学年のテイラーを連れていた。入学当初から【魔術の天才】の名を恣にしてきた神童テイラーは、原案オレのラフを食い入るように見た後、生意気そうなつり目を更に吊り上げて、わなわなと震えながら、オレに向かってこう叫んだ。
『こんな……っ!こんな、まともな頭してたら一生思い付かないような、常識外れで奇想天外な発想するとか、あんた頭どうなってるの?!一周回ってバカなの?!!』と。
ディスられているようにしか聞こえなかったが、後で仲良くなってから改めてこの言葉の真意を問い質してみたところ、これは褒めていたつもりだったらしい。この頃のテイラーは言語機能に多大な欠陥を抱えていたに違いない。これをツンデレなんて可愛いものだと、オレは決して認めない。認めないったら認めない。
当時、魔法陣といえば、円形だけでなく四角形や三角形なのもあったが、全て平面だった。その魔法陣を服などに刻むと、その部分を中心として魔法効果を発現するのだが、オレはもっと包括的に、ムラなく発現させたかった。手始めに案に起こした身体強化魔法の術式陣のラフは、そのまま陣を刻んでもいいように、オレが愛用しているニーハイ丈のブーツの形を模したもの。立体的な、ブーツそのものの形をした魔法陣だった。
つまりオレは、それまで平面のものしかなかった魔法陣の世界に、立体という概念を齎してしまったのだ。この概念を得たテイラーは、平面では魔法陣に組み立てることが出来なかった術式を立体化して構築する研究に取りかかった。何故かオレを巻き込んで。
その結果、今までの平面の魔法陣では、矛盾を起こしたりしてどうやっても完成しなかった術式が、立体化することで組み立てられるようになる可能性が大いにあると実証された。机上の空論であったものが実現できるかもしれない。停滞気味であった魔法陣の研究は、この研究成果の発表をきっかけに再び熱を取り戻した。
オレが軽い気持ちで描いた魔法陣のラフは、魔法研究の世界を大きく変えてしまった。2次元から3次元へと、大きく飛び出していったのだ。
………この研究を発表する時に、研究者の名前を誰にするかについて、テイラーと一悶着あってさ。
テイラーとしては、発端であるオレの名前で発表すべきだと考えていたらしい。この世紀の大発見の名誉を得るべきはオレである、と。生意気で毒舌だが、律儀な奴なのだ。
だが、オレが目指していたのは竜騎士であって、魔術師になる未来予想図はない。オレとしては、そういう面倒事はまるっとテイラーに放り投げ……げふんげふん。頑張って研究してくれた可愛い後輩に、名誉ごと一緒に贈呈したかった。
オレとテイラーが、譲り合いのような押し付け合いのような諍いをしている内に、見かねた魔術科の教師が共同研究者としてオレ達2人の名前を書いて学会に提出してしまった、というのが事の真相である。美談なんてなかったんや。
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