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プロローグ
始業式
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実験対象がてらに植えられた私の校舎にある「桜」。植物成長展開薬が切れ、枝から落ちる大量の桜は正に桜の洪水だった。11年生になって三週間がたち、もはや見慣れた顔が並んでいる。
ここは科学の国、ヴェヴェンベKiB地区にあるオエヴィート学院。
今日から全学年、初めての一時限目が始まる。
でも私は、空際の席で窓の外を眺めていた。桜の洪水はまだ続いていたが、今日は風が強く吹いていて、桜の花びらが舞い上がり、校舎の窓に当たっては消えていく光景が美しいと感じた。
となりのカルビュヂュが、話を聞けと腕をつついてくる。
「男性が気軽に触らないでください」
私は窓から目を離さずにこたえた。
11年生を受け持つ教育AIプログラムが淡々と話しつづける。
「先週、お知らせのメッセージを送った通り、本日はコミュニケーションの途絶えた高齢者の孤独死を防ぐためにメールのやり取りをしたいと思います。
KiB地区には70歳以上で一人で暮らしている人数は67343人おります。
その方々に機械の使い方もかねて…」
「私たちがメールを送っただけで、年寄りが元気になるなら政府や私たちは困ってないですよ」
私は愚痴を言うもAIプログラムは既にある台本しか喋らない。
およそ7万人いる1人暮らしの年寄りが存在しているのに、この学院がメールを出したって、ごく一部だ。
そんな疑問も無機質な音にかき消され、学習PCにアドレスが送られてきた。
若者が年寄りにメールを送るプロジェクトはKiB地区の高齢福祉団体が決め、学業AIプログラムに取り入れようという話だ。
他地区の学院のAIプログラムにも実装されるらしい。
半導体も知らない団体がAIプログラムを使うなんて、どんな風の吹き回しなんだか。
「トイジョイ…。よく言えば、昔ならではの名前、悪く言えば古臭い名前ってところですね」
メールを送るだけなのに住所、郵便番号、年齢が書いてる。
きっとこの情報を使って書けってことだろう。
「意外と住所近いんですけど…」
隣の席ではカルビュヂュが、真剣にアドレスを見つめていた。
「今の学生って勉強ばっかじゃねーんだなぁ」
その日の夜、年寄りにメールを送った話を父親にした。
「善意を押し付けてるようにしか思いませんけどね。」
「そうか?どんな形であろうと年上のヤツと交流するのはいいぞぉ。因みに、なんて名前の人なんだぁ?」
「トイジョイって言う名前の96歳のおじさんです。」
「メッセージはなんて書いたんだぁ?」
「もういいでしょう、お父さん。こんなことでこんな話さなくても」
「何言ってんだ、娘の話に興味のない親なんていねえよ」
こうして今日も一日を消化する。
桜も裸になり、あの日からちょうど一カ月が経った。
一時限目に入るとクラスのパソコン一斉に、メールの通知が鳴り響く。
きっと年寄りからの返事だ。予約メールにして遅らせたのだろう。
隣のカルビュヂュがニヤニヤしながら私にパソコンを向けてきた。
[カルビュヂュ様
桜の散りが終盤にかかり、新たな季節を感じます。
健康に気を付けながら学業へ励んでおられてることでしょう
この度は思いがけずメールを頂戴し…]
と、本格的なメッセージが送られていた。
「たかがメールなのにスゲー礼儀正しいよなぁ。さすがお年寄りだ、かっけぇよな。」
「そう」
私は他人のメールに興味なく自分のメールボックスを開く。
96歳のお爺さんだ、医療が発達してるこの国でも流石にメールを打つ元気なんて無い歳だ。
返信できないだろうと思ってメールボックスを開くとそこには一通、画像が添付されたメールがあった。
画像を開いてみると、わざわざ手書きで書いた手紙が映っていた。
[拝復
貴女のメールという物を拝読しました。孤独に生きてる老人を励ますため、学校でメールを送信するとのこと、誠に結構なことと存じます。
いきなりですがこの世には異なる背景や経験を持つ多様な人々で構成されており、わたくしは何処かの誰かも知らない人から気軽にメールを受信されるのは嬉しい気持ちにならないことはご承知ください。
さて送られた文章についてですが、授業の一環であるためか貴女の文章はお世辞にも良いものとは言えず、内容が貧しいものであります。
11年生にもかかわらず、今の文章力はこの程度なのかと幻滅した次第です。
このようなメールではかえって相手に失礼に当たることになります。メールは人としての基本であります。貴女は新聞記者が夢ということですが、それなら尚更かと思います。
今後の奮励を祈っております。
敬具]
「インフャット~、このじいちゃん滅茶苦茶喜んでんじゃん。」
私の椅子の背もたれに手をかけ、画面を覗き込みながら囁いてくる。
「人の文章を勝手に覗き込んだ挙句に、聞いてもない感想を言うなんて非常識ですね。
というかあなた、この文章を見て、その感想。正気ですか?」
「正気さ。というよりこの文章は本心じゃないな。インフャットからメールが来て喜んでるのがバレバレだ」
「どうしてそんな証拠もないことが言えるのですか?」
「俺のじいちゃんにそっくりなんだよ。俺のじいちゃんさぁ、色んなプレゼント渡しても絶対感謝の言葉なんか言わねぇどころか怒るんだよ。
まるで本心とは逆のことを言うのさ。」
「そうですか。しかし、この年寄りもあなたのおじいさんと同じ気持ちとは限りません。」
「女のインフャットには分かんねぇだろうな。男の俺にははっきりわかるんだわ。」
「そんな、裏の気持ちなんて分かりませんよ。」
カルビュヂュや父親に同じことを言われたが、私は納得できなかった。
ここは科学の国、ヴェヴェンベKiB地区にあるオエヴィート学院。
今日から全学年、初めての一時限目が始まる。
でも私は、空際の席で窓の外を眺めていた。桜の洪水はまだ続いていたが、今日は風が強く吹いていて、桜の花びらが舞い上がり、校舎の窓に当たっては消えていく光景が美しいと感じた。
となりのカルビュヂュが、話を聞けと腕をつついてくる。
「男性が気軽に触らないでください」
私は窓から目を離さずにこたえた。
11年生を受け持つ教育AIプログラムが淡々と話しつづける。
「先週、お知らせのメッセージを送った通り、本日はコミュニケーションの途絶えた高齢者の孤独死を防ぐためにメールのやり取りをしたいと思います。
KiB地区には70歳以上で一人で暮らしている人数は67343人おります。
その方々に機械の使い方もかねて…」
「私たちがメールを送っただけで、年寄りが元気になるなら政府や私たちは困ってないですよ」
私は愚痴を言うもAIプログラムは既にある台本しか喋らない。
およそ7万人いる1人暮らしの年寄りが存在しているのに、この学院がメールを出したって、ごく一部だ。
そんな疑問も無機質な音にかき消され、学習PCにアドレスが送られてきた。
若者が年寄りにメールを送るプロジェクトはKiB地区の高齢福祉団体が決め、学業AIプログラムに取り入れようという話だ。
他地区の学院のAIプログラムにも実装されるらしい。
半導体も知らない団体がAIプログラムを使うなんて、どんな風の吹き回しなんだか。
「トイジョイ…。よく言えば、昔ならではの名前、悪く言えば古臭い名前ってところですね」
メールを送るだけなのに住所、郵便番号、年齢が書いてる。
きっとこの情報を使って書けってことだろう。
「意外と住所近いんですけど…」
隣の席ではカルビュヂュが、真剣にアドレスを見つめていた。
「今の学生って勉強ばっかじゃねーんだなぁ」
その日の夜、年寄りにメールを送った話を父親にした。
「善意を押し付けてるようにしか思いませんけどね。」
「そうか?どんな形であろうと年上のヤツと交流するのはいいぞぉ。因みに、なんて名前の人なんだぁ?」
「トイジョイって言う名前の96歳のおじさんです。」
「メッセージはなんて書いたんだぁ?」
「もういいでしょう、お父さん。こんなことでこんな話さなくても」
「何言ってんだ、娘の話に興味のない親なんていねえよ」
こうして今日も一日を消化する。
桜も裸になり、あの日からちょうど一カ月が経った。
一時限目に入るとクラスのパソコン一斉に、メールの通知が鳴り響く。
きっと年寄りからの返事だ。予約メールにして遅らせたのだろう。
隣のカルビュヂュがニヤニヤしながら私にパソコンを向けてきた。
[カルビュヂュ様
桜の散りが終盤にかかり、新たな季節を感じます。
健康に気を付けながら学業へ励んでおられてることでしょう
この度は思いがけずメールを頂戴し…]
と、本格的なメッセージが送られていた。
「たかがメールなのにスゲー礼儀正しいよなぁ。さすがお年寄りだ、かっけぇよな。」
「そう」
私は他人のメールに興味なく自分のメールボックスを開く。
96歳のお爺さんだ、医療が発達してるこの国でも流石にメールを打つ元気なんて無い歳だ。
返信できないだろうと思ってメールボックスを開くとそこには一通、画像が添付されたメールがあった。
画像を開いてみると、わざわざ手書きで書いた手紙が映っていた。
[拝復
貴女のメールという物を拝読しました。孤独に生きてる老人を励ますため、学校でメールを送信するとのこと、誠に結構なことと存じます。
いきなりですがこの世には異なる背景や経験を持つ多様な人々で構成されており、わたくしは何処かの誰かも知らない人から気軽にメールを受信されるのは嬉しい気持ちにならないことはご承知ください。
さて送られた文章についてですが、授業の一環であるためか貴女の文章はお世辞にも良いものとは言えず、内容が貧しいものであります。
11年生にもかかわらず、今の文章力はこの程度なのかと幻滅した次第です。
このようなメールではかえって相手に失礼に当たることになります。メールは人としての基本であります。貴女は新聞記者が夢ということですが、それなら尚更かと思います。
今後の奮励を祈っております。
敬具]
「インフャット~、このじいちゃん滅茶苦茶喜んでんじゃん。」
私の椅子の背もたれに手をかけ、画面を覗き込みながら囁いてくる。
「人の文章を勝手に覗き込んだ挙句に、聞いてもない感想を言うなんて非常識ですね。
というかあなた、この文章を見て、その感想。正気ですか?」
「正気さ。というよりこの文章は本心じゃないな。インフャットからメールが来て喜んでるのがバレバレだ」
「どうしてそんな証拠もないことが言えるのですか?」
「俺のじいちゃんにそっくりなんだよ。俺のじいちゃんさぁ、色んなプレゼント渡しても絶対感謝の言葉なんか言わねぇどころか怒るんだよ。
まるで本心とは逆のことを言うのさ。」
「そうですか。しかし、この年寄りもあなたのおじいさんと同じ気持ちとは限りません。」
「女のインフャットには分かんねぇだろうな。男の俺にははっきりわかるんだわ。」
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カルビュヂュや父親に同じことを言われたが、私は納得できなかった。
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