麒麟児の夢

夢酔藤山

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第3話 鳳凰群鶏と食を争わず

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第3話 鳳凰群鶏と食を争わず②


 七月一六日、足利義昭は越前一乗谷城を出発し、先ずは北近江の浅井長政のもとを訪ねた。信長が上洛の先頭に立つと約したからには、先ずはこれと合流することを望んだ。
「ところで、織田弾正とはどのような男だ」
 義昭の問いに、浅井長政は紅潮しながら
「鳳凰群鶏と食を争わず」
と答えた。王は俗界を超越するという絶賛だ。
「そのような男など、京でもみたことはない」
 話を盛り過ぎだと、義昭は顔をしかめた。
 鳥の王者たる鳳凰は、鶏の群れにまじって食べ物を争わないという格言、下剋上で守護家を堕とし他国を攻め取るその様、果たしてどこが鳳凰というものか。
「人の器とは、面相にあり。義兄上は若き頃よりうつけと笑われながらも、世に必要とする者ならば清濁併せ吞む傑物にて、この備前守には過ぎたる御方。敵にすることなど、あり得ぬこと」
 浅井長政の本心だ。
 信長の鋭敏の底を知る数少ない武将として、このとき長政は心底から服していた。正室である市に骨抜きにされていたわけではない。が、このときの信長と長政は、のちの徳川との関係以上に良好な時期だった。義兄たる信長が足利将軍家を供奉する幇助は、長政にとっての誉れであり、大いなる喜びだった。
 二五日、足利義昭は美濃西庄の立正寺に至り、二七日、信長と対面する。
「都への御供、露払いは弾正忠が承りましょう」
 信長は鳥目千貫・太刀・鎧・武具・馬などを献上し、その豊富な財力を誇示しつつも、鍛えられた体躯を綺羅布からも感じさせる精悍な面持ちで、じっと義昭を見上げた。それは、これまで会ったどの者にも当てはまらぬ、鋭さと深い瞳だった。もしも足利の血でなければ、王に頂くこともあっただろう。しかし、義昭はその威圧に屈したらいけない運命にある。
「よく取り計らいたし」
 その声が震えていたことを、本人が自覚していた。
 浅野長政の言葉を思い出した。
 鳳凰群鶏と食を争わず……それはまさしく、云い得て妙だった。
 八月七日、織田信長は近江佐和山まで進発し、浅井長政と合して義昭の供奉についての是非を協議した。そのうえで、六角入道承禎に使いを差し向けた。義昭上洛のために領内を通行する。安全のため和することとし、こちらへ人質を提出すること。更には上洛の行列に対する馳走を命じた。信長が六角氏へ直接求めた、最初の打診だ。勿論、六角入道承禎は拒否するつもりだった。
「話し合う必要はありますまい」
 六角義治は討ち払うよう声を大にした。
 その後も使者はきた。
「足利候が公方様にお就きとなったあかつきには、六角入道承禎をしかるべき役職に迎える由」
「しかるべきとは?」
「幕府所司代にて」
 うまい話だ。うまい話過ぎて、信じられなかった。
 これまでのこと、六角入道承禎は一族に報告し、そのことを話し合ってきた。その都度、応じる必要がないと義治が声を荒げた。当主であるべき義定は黙って聞くばかりだ。そして、そのことは身内の周知とされ、被官領主に伝えることもなかった。
「蒲生だけには伝えるか?」
 承禎の言葉を、義治は打ち消した。
「いつまでも大きな顔をされても困る。当家は守護にて、被官の顔色を伺うなど笑止千万である」
 一連のことは被官領主に秘された。
 七日後、信長は佐和山から退いた。それは退却ではなく、進軍のための最終確認のためというべきだった。しかしこれを、説得による成果と撃退であると、六角義治は信じた。この結果をもって、被官領主にこれまでの経過を明かした。そのうえで、こののちは国境を警戒し、敵の侵攻に備えるよう発せられた。
 交渉相手が足利義昭の使者であることを被官領主たちは知らない。
 あくまで織田・浅井連合軍だと伝えられていたし、そう解釈していた。しかし甲賀を往還する商人や、風の噂で、相手が足利義昭の使者だったことを後に彼らは知る。当主ではなく、他所からの情報。被官領主たちは信用されていないと知り、六角家への失望を覚えた。当然のことだ。
「守護家はまだ三好と通じているのだな」
 蒲生賢秀はその態度から洞察した。
 少なくとも被官領主の多くは、この態度を境に、六角家から心が離れていった。四月過ぎから多くの領主には信長からの誘いの文が届いていた。
 すべては六角義治の態度が、彼らの離反の初動。
 そのことを、六角の一族は知る由もない。
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