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第5話 幽明境を異にする
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第5話 幽明境を異にする②
天正三年(1575)五月二一日、三河長篠の合戦は、戦国の勢力図を大きく変える一戦だった。かつて信玄のもとで実力を振るった武田の武将たちが、ただ一日で多くが討たれた。後継者の浅慮は、ただ強ければいいというものだった。信長の思惟は戦さの前に勝機を確たるものとするのが第一で、武に及ぶなら一番強い部分に打撃を加えることを第二とした。長篠の戦いを野戦と誤解した時点で、武田家は破れる運命だったのである。
この戦場にいた蒲生忠三郎賦秀は、思惑の通りに敵を誘導していく信長の手腕に圧倒された。
敵の誘導ができなくば、どんなに良い知恵を描いたところで机上論にすぎない。思考が似ていようと、やはり信長には叶わなかった。
合戦より数か月後、信長が日野城に現れた。
「麒麟児、観音寺城へ案内せい」
信長は野駆にでも来たような格好で、忠三郎賦秀を急き立てた。観音寺城は六角氏が逃れてのちは廃城のように荒れ、一切の手入れがされていない。しかし、信長はおかまいなしで、外周や地形を見入りながら
「あの山は?」
と、琵琶湖に近い小山を指した。
「ああ、安土の山ですね」
「案内せい」
そのまま走り、麓の周りをぐるぐると回りながら、うん、いいと、幾度となく呟いた。
日野城へ戻り、あらためて信長は、蒲生定秀と賢秀を呼んで安土山のことを繰り返し尋ねた。そして
「どうしてあそこに城ができなかったのか」
と質した。
「どうしてもなにも、敵に攻め込まれたら琵琶湖を背にして、どこへ逃げたらよろしいものかと。退路のない城など、ありがたくはございませぬ」
定秀の言葉に、相分かったと信長は応えた。そして預け置く関盛信を呼んだ。盛信には武功があった。越前朝倉の旧臣で羽柴筑前守秀吉に従った樋口三郎左衛門直房の背信が露呈後、甲賀へ逃げようとした。盛信はこれを討ち取ったのだ。
「関中務大輔の武功、天晴なものである」
直々に言葉をかけることは、稀なることだ。しかし、蒲生預けの身は、まだしばらく解かれることはなかった。
美濃へ戻った信長は、大きな決断をした。
「近江安土山に城を建て、あらたに城下を設け岐阜に代わるものとすべし」
拠点の移動を前提とした築城の宣言は、これまでの常識にある者たちを驚かせた。普請の総普請奉行は丹羽長秀、設計は番匠の岡部又右衛門以言・以俊父子、石垣の構築は西尾吉次・小沢六郎三郎・吉田平内、そして瓦奉行は小川孫一郎祐忠・堀部佐内、青山助一に各々命が下された。彼らの驚嘆すべきことは、これが戦さのための城ではないという点、そして戦さとなっても応じられる機能を有すということ。山の頂上あたりに天主閣を建てるということが彼らを悩ませた。高層建築の心柱は生半可な木材では耐えられるものではない。
「木曾の檜を手に入れるべし」
信長の要望は、無理難題だった。
木曾は武田の支配地である。これと交渉し木材を得ることなど、常識ではあり得ぬ。が、やらねば信長は納得するまい。番匠・岡部又右衛門以言は蒲生忠三郎賦秀をひそかに訪ね、よい知恵はあるまいかと相談した。
「このような若輩者に、いかほどのことなど」
「いや、あなた様は上様とよく似ておられる知恵を持たれると評判ゆえ、よい策があれば救ってくだされ」
滅多なことは口にできない。
さりとてこのままでは岡部又右衛門も困るだろう。あくまでも私見である前置きしたうえで、木曾氏の調略を口にした。金をちらつかせて心を買うという策は悪いものではない。いまの武田家は信玄以来の強さもなく、噂では金山も枯れたという。金はいくらでも欲しいはずだ。
ならば木材の流用くらい罪悪感などあろうか。
この洞察は的中した。
武田の婿でありながら、木曾伊予守義昌は節操のない人物だった。のちの武田家崩壊は、この男の裏切りから始まるのである。
天正三年(1575)五月二一日、三河長篠の合戦は、戦国の勢力図を大きく変える一戦だった。かつて信玄のもとで実力を振るった武田の武将たちが、ただ一日で多くが討たれた。後継者の浅慮は、ただ強ければいいというものだった。信長の思惟は戦さの前に勝機を確たるものとするのが第一で、武に及ぶなら一番強い部分に打撃を加えることを第二とした。長篠の戦いを野戦と誤解した時点で、武田家は破れる運命だったのである。
この戦場にいた蒲生忠三郎賦秀は、思惑の通りに敵を誘導していく信長の手腕に圧倒された。
敵の誘導ができなくば、どんなに良い知恵を描いたところで机上論にすぎない。思考が似ていようと、やはり信長には叶わなかった。
合戦より数か月後、信長が日野城に現れた。
「麒麟児、観音寺城へ案内せい」
信長は野駆にでも来たような格好で、忠三郎賦秀を急き立てた。観音寺城は六角氏が逃れてのちは廃城のように荒れ、一切の手入れがされていない。しかし、信長はおかまいなしで、外周や地形を見入りながら
「あの山は?」
と、琵琶湖に近い小山を指した。
「ああ、安土の山ですね」
「案内せい」
そのまま走り、麓の周りをぐるぐると回りながら、うん、いいと、幾度となく呟いた。
日野城へ戻り、あらためて信長は、蒲生定秀と賢秀を呼んで安土山のことを繰り返し尋ねた。そして
「どうしてあそこに城ができなかったのか」
と質した。
「どうしてもなにも、敵に攻め込まれたら琵琶湖を背にして、どこへ逃げたらよろしいものかと。退路のない城など、ありがたくはございませぬ」
定秀の言葉に、相分かったと信長は応えた。そして預け置く関盛信を呼んだ。盛信には武功があった。越前朝倉の旧臣で羽柴筑前守秀吉に従った樋口三郎左衛門直房の背信が露呈後、甲賀へ逃げようとした。盛信はこれを討ち取ったのだ。
「関中務大輔の武功、天晴なものである」
直々に言葉をかけることは、稀なることだ。しかし、蒲生預けの身は、まだしばらく解かれることはなかった。
美濃へ戻った信長は、大きな決断をした。
「近江安土山に城を建て、あらたに城下を設け岐阜に代わるものとすべし」
拠点の移動を前提とした築城の宣言は、これまでの常識にある者たちを驚かせた。普請の総普請奉行は丹羽長秀、設計は番匠の岡部又右衛門以言・以俊父子、石垣の構築は西尾吉次・小沢六郎三郎・吉田平内、そして瓦奉行は小川孫一郎祐忠・堀部佐内、青山助一に各々命が下された。彼らの驚嘆すべきことは、これが戦さのための城ではないという点、そして戦さとなっても応じられる機能を有すということ。山の頂上あたりに天主閣を建てるということが彼らを悩ませた。高層建築の心柱は生半可な木材では耐えられるものではない。
「木曾の檜を手に入れるべし」
信長の要望は、無理難題だった。
木曾は武田の支配地である。これと交渉し木材を得ることなど、常識ではあり得ぬ。が、やらねば信長は納得するまい。番匠・岡部又右衛門以言は蒲生忠三郎賦秀をひそかに訪ね、よい知恵はあるまいかと相談した。
「このような若輩者に、いかほどのことなど」
「いや、あなた様は上様とよく似ておられる知恵を持たれると評判ゆえ、よい策があれば救ってくだされ」
滅多なことは口にできない。
さりとてこのままでは岡部又右衛門も困るだろう。あくまでも私見である前置きしたうえで、木曾氏の調略を口にした。金をちらつかせて心を買うという策は悪いものではない。いまの武田家は信玄以来の強さもなく、噂では金山も枯れたという。金はいくらでも欲しいはずだ。
ならば木材の流用くらい罪悪感などあろうか。
この洞察は的中した。
武田の婿でありながら、木曾伊予守義昌は節操のない人物だった。のちの武田家崩壊は、この男の裏切りから始まるのである。
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