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第7話 茶とデウス
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第7話 茶とデウス③
蒲生忠三郎賦秀は情に厚い。
家臣は父祖代々の譜代ばかりではなく、新参も増えた。信長のもとで励んだ結果だが、こうして松ヶ島に移ると、その地からの縁ある者も参じる。これを隔てなく接することこそ、賦秀の姿勢だった。まだ日野で満足に褒美も出せなかった頃の蒲生風呂の逸話は、古参の臣にとって自慢だ。これをしてもらったことを感謝するとともに、新参に務め怠りなきよう伝えた。
日野からの癖で、いまも賦秀は家臣らと隔てなく食事をする。いつもと云う訳ではないが、主従の垣根を下げて意見を交わし合う。怨まず、怒らずというのが、暗黙の約束事だった。こういうことをしてくれる大名は、昨今少なくなった。
そろそろ家格を考えたらどうかと、細川忠興も諭す。
「好きでしていることじゃ」
「あのな」
「俸禄や領地でも報いることが出来ないことがある。それは情と行動で補うしかない。違うかのう」
「ちがうて……ああ……もう」
そう苦笑するしかない。このこと、細川忠興にも高山右近にも真似のできぬことだ。蒲生賦秀とは、そういう男だった。
さて、いつものように飯を食いながら意見を交わす。
新参の者がいるときは、決まってこのことを諭す
「わが旗本にはな、銀の鯰尾の兜をかぶり先陣するものがおる。その者がいれば、そいつに負けぬ働きをするべきじゃ。そのこと、儂はよう見ておる」
何ということはない。賦秀本人が先陣しているのである。古参の者が、大将は後ろに控えて人に指図ありたくと諫言すると、賦秀は笑ってこういう。
「総大将だからといって、後方にて軍配するだけでは人の情がついて来ぬ。自らが率先して敵陣に入るからこそ、人は付いてくるものだ」
古参の家臣は口をパクパクとした。総大将が討たれたら戦さはしまいだ。討たせまいと家臣も前に出ていかざるを得ない。優しい言葉をかけながら、なんとも厳しいことを仰せだと思った。事実、軍規において蒲生勢は厳しいことで評判だ。
逸話がある。
日野から伊勢松ヶ島へ転封するときのことだ。武辺で名を馳せる福満治郎兵衛という武士の馬の沓が外れた。そのため行軍が乱れた。入府までは移動中は敵地という緊張感を持たねばならぬ。これでは、軍勢の示しがつかぬと、賦秀は横目付の外池五左衛門と種村慮斎を召し出し
「あれを斬れ」
と命じた。福満治郎兵衛は賦秀から武勇を可愛がられた者であったが、軍規の乱れを糾すため、仕置きされた。これは決して癇癪や短気ではなく、いつどこでもという、一軍の嗜みである。こういう姿勢は、織田信長から学んだものだ。
「気をつけよ、軍規は厳粛なり」
古参の者たちは日頃より常々と新参に訴える。
目一杯の情を傾け、戦場で人の前に範を示し、軍規を犯せば死で贖う。蒲生忠三郎賦秀は愛され、恐れられた。なんということはない、まさに織田信長がしてきたこと、そのものだった。
どの大名にも真似のできぬことを、蒲生忠三郎賦秀だけがした。
それだけのことだ。
そして、厳しさのなかの挽回にも寛容だった。失敗を取り返す強い意志さえも、賦秀は信長に倣った。
蒲生忠三郎賦秀は情に厚い。
家臣は父祖代々の譜代ばかりではなく、新参も増えた。信長のもとで励んだ結果だが、こうして松ヶ島に移ると、その地からの縁ある者も参じる。これを隔てなく接することこそ、賦秀の姿勢だった。まだ日野で満足に褒美も出せなかった頃の蒲生風呂の逸話は、古参の臣にとって自慢だ。これをしてもらったことを感謝するとともに、新参に務め怠りなきよう伝えた。
日野からの癖で、いまも賦秀は家臣らと隔てなく食事をする。いつもと云う訳ではないが、主従の垣根を下げて意見を交わし合う。怨まず、怒らずというのが、暗黙の約束事だった。こういうことをしてくれる大名は、昨今少なくなった。
そろそろ家格を考えたらどうかと、細川忠興も諭す。
「好きでしていることじゃ」
「あのな」
「俸禄や領地でも報いることが出来ないことがある。それは情と行動で補うしかない。違うかのう」
「ちがうて……ああ……もう」
そう苦笑するしかない。このこと、細川忠興にも高山右近にも真似のできぬことだ。蒲生賦秀とは、そういう男だった。
さて、いつものように飯を食いながら意見を交わす。
新参の者がいるときは、決まってこのことを諭す
「わが旗本にはな、銀の鯰尾の兜をかぶり先陣するものがおる。その者がいれば、そいつに負けぬ働きをするべきじゃ。そのこと、儂はよう見ておる」
何ということはない。賦秀本人が先陣しているのである。古参の者が、大将は後ろに控えて人に指図ありたくと諫言すると、賦秀は笑ってこういう。
「総大将だからといって、後方にて軍配するだけでは人の情がついて来ぬ。自らが率先して敵陣に入るからこそ、人は付いてくるものだ」
古参の家臣は口をパクパクとした。総大将が討たれたら戦さはしまいだ。討たせまいと家臣も前に出ていかざるを得ない。優しい言葉をかけながら、なんとも厳しいことを仰せだと思った。事実、軍規において蒲生勢は厳しいことで評判だ。
逸話がある。
日野から伊勢松ヶ島へ転封するときのことだ。武辺で名を馳せる福満治郎兵衛という武士の馬の沓が外れた。そのため行軍が乱れた。入府までは移動中は敵地という緊張感を持たねばならぬ。これでは、軍勢の示しがつかぬと、賦秀は横目付の外池五左衛門と種村慮斎を召し出し
「あれを斬れ」
と命じた。福満治郎兵衛は賦秀から武勇を可愛がられた者であったが、軍規の乱れを糾すため、仕置きされた。これは決して癇癪や短気ではなく、いつどこでもという、一軍の嗜みである。こういう姿勢は、織田信長から学んだものだ。
「気をつけよ、軍規は厳粛なり」
古参の者たちは日頃より常々と新参に訴える。
目一杯の情を傾け、戦場で人の前に範を示し、軍規を犯せば死で贖う。蒲生忠三郎賦秀は愛され、恐れられた。なんということはない、まさに織田信長がしてきたこと、そのものだった。
どの大名にも真似のできぬことを、蒲生忠三郎賦秀だけがした。
それだけのことだ。
そして、厳しさのなかの挽回にも寛容だった。失敗を取り返す強い意志さえも、賦秀は信長に倣った。
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