麒麟児の夢

夢酔藤山

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第8話 一期に一度の会のやうに

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第8話 一期に一度の会のやうに④


 小田原への軍勢は二〇万もの動員だった。戦国の合戦で、これほどの采配をした者はいない。小田原城は武田信玄・上杉謙信の襲来を籠城で凌いだ実績を持つ。今度のことも、籠城で追い返す自信があった。
 が。
 二〇万の兵は方面軍を編成し、ただ小田原を目指すのではなく、それ以外の支城を落していった。援軍なき籠城の厳しさは、鳥取兵糧攻めを指揮した秀吉自身が知っている。
 この戦さは、銭で社会を動かす畿内の仕組みと、中世そのままの社会の激突ともいえる。
 社会の仕組みとは、運否天賦そのものである。時の状況や気候季節で、旧泰然が勝ることすらあるのだ。しかし、数字というものは裏切らない。兵の数、兵糧の数、平坦を支えるあらゆるすべての数、そして気勢の数。合理的なものと精神的なもの、すべての数が左右するものだった。
 この合戦、豊臣秀吉の司る数字は北条氏を上回った。
 籠城戦は槍働きの場を逸し、時と浪費の戦いである。秀吉は包囲する城廓の外に遊興の場を普請し、小田原城内へ見せつけるように休息する兵を見せつけた。交替で休息するのだから、昼夜を問わず戦える大軍が常に包囲している。ピリピリと張りつめた籠城の中、北条勢は精神的に疲弊していった。

 高山右近は上級キリシタンで、当時の日本人には慣れないものを平然と体現する。食事もそのひとつだ。日本では平安時代までには、肉食を禁忌とした。四つ足を嫌い、ゆえに鳥で肉を摂取する詭弁を設けるが、食肉は本来必要なことだった。日本と西洋の人間にみられる体格差は、肉食を日常とした民族差ともいえる。そう、キリシタンは肉を食す。日本人の禁忌を壊すことにもつながり、宣教師は伝道の一方でキリスト教信者に牛肉を勧めた。
 高山右近の陣中には、肉があるのだ。
 蒲生氏郷と細川忠興は、このことをよく知っている。禁忌のことなどあまり意識していないから、理由を設けては陣飯を相伴にあずかる。この小田原征伐のときも、両名は高山右近を訪ねた。槍働きがないのだから、陣と陣の往還など、どうということではない。
「おいおい、軍規に厳しいレオンは大丈夫か?」
 高山右近は礼拝中、ぼそりと一瞥した。
「戦さとキリシタンの事、別儀じゃ」
 すると、横から細川忠興がチャチャを入れた。
「じゃあ、肉はまずかろう」
「意地が悪いな」
 じろりと、蒲生氏郷は上目遣いで睨んだ。忠興はケラケラと笑った。
「レオン、ちゃんと礼拝しているのだろうな」
 煙たそうに、高山右近が質した。
「陣中では儘ならず」
「飯のたびに主へ感謝を述べていよう?」
「すまぬ、家臣と食う時に、それはちょっと」
 それはおかしいと、高山右近は語尾を荒げた。キリシタンになったからには、きちんと守るべきことを守らなければいけない。それでもキリシタンの大名かと、激昂した。
「いや、儂は違うよ」
 細川忠興の云い訳にも、右近は噛み付いた。
「天主さまに祈ることもしないで威張っている人間ほど、つまらないものはない」
「いや、威張ってない」
 礼拝は神聖なものだ。
 それを邪魔されたようで、高山右近の機嫌は悪い。
「お前らには、もう牛肉は出さない」
「そりゃあ、あまりだ!」
「いいから帰ってくれ」
 かなりのご立腹で、七日ほど謝りに通って、やっと許して貰った。
「今日一日の糧を与えし主に感謝を」
「アーメン」
 行きがかり上、忠興も祈って、ようやく牛肉にありついた。肉は、焼いて食す。屋外バーベキューのようなものだ。高山勢はキリシタン大名だから、皆が肉を食う。羨望する仏門もいないから、気兼ねはいらない。
「うちの陣では、こんなこと、やれないものな」
「うちもだ」
 氏郷と忠興は、やっとありついた肉を満喫した。
「で?」
「ん?」
「わざわざ肉を食いたい奴らに馳走しているのだ。ちょっとは相談に乗ってくれ」
 高山右近は、山上宗二のことを切り出した。秀吉の傍にいて口に出しにくいだろうが、利休は、山上宗二の顔が見たいことだろう。
 このこと、なんとかできないだろうか。
 武人にない者を、ただ師匠に会いに来たという理由で切る真似など、いくら秀吉でもあり得まいと右近は説いた。どうかなと、氏郷は首を傾げた。落書のことは、鬼の沙汰である。山上宗二はもともと秀吉の勘気を被り畿内から追放されたのだ。
「宗二さんも要らざる悪口を慎めば、悪いようにはならないだろう。な、師匠の事、どうにかしてみないか」
 肉食の借りがある、断ることは出来なかった。
 細川忠興は秀吉へ取りなし、氏郷は利休にこの企てを話した。利休は、懸念に及ばずと答えたが、山上宗二に会いたくないという訳ではない。忠興に煩わせるに忍びないと、利休自ら秀吉に頭を下げて、面会の許しを請うた。
「それほどなら、茶坊主のすることゆえ」
 秀吉は対面することを許可した。
 忠興は矢文で小田原城内に、これを伝えた。もともと細川忠興は利休に弟子入りする前は、山上宗二に茶を習っている。
「その主張が深く、我に同感せられるものあり哉」
 山上宗二の申し出で、利休の弟子となれたのだ。ゆえに、この機に役立ちたいという思いは強かった。肉の事がなくても、きっかけさえあったならば、高山右近が申すまでもなく、こういうことを始めただろう。
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