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第9話 人の心の闇と光
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第9話 人の心の闇と光②
小田原征伐の出兵に継ぐ会津入り。氏郷は松坂へ戻ることなくここに待機し、移転のことは家臣により挙行することが沙汰された。同じく葛西・大崎領を拝した木村伊勢守吉清ともども、秀吉は氏郷の手を取り、こう言葉にして励ました。
「今後、飛騨少将は伊勢守を子とも弟とも思い、伊勢守はまた蒲生飛騨少将を父とも主とも頼むがええ。京への出仕はやめて、時々会津に参勤し、奥州の非常を警固せわ。もし凶徒蜂起のことがあれば、飛騨少将は伊達を督促して先陣させ、蒲生が後陣に続いて非常の変に備えわ」
「心得ました」
「国替えは早く済ますべし。松坂へは服部小平太を入れるで」
「は」
松坂城下は蜂の巣をつついたように騒然となった。
氏郷だから従おうと心掛けた商人たちが、大騒ぎだ。家臣たちは荷物を大急ぎで纏めていた。はやく国替えの先に行かねば、蒲生氏郷の身辺は心もとない。
「会津には我らも」
移転を望む商人もいた。これらの望みは許された。それとは別に、氏郷は近江君畑から木地師を招致した。会津の産業に、早くから手を出したのは慧眼といってよい。『会津風土記』いわく、吉川和泉助を頭として、組子の者四六人の塗師が氏郷に応じ会津へと移った。
この国替えの最中、蒲生氏郷は伊達政宗とともに葛西・大崎の仕置のため出兵した。
西国の頼りない連中と侮る伊達勢は、氏郷の指揮下で整然と規律を重んじる兵の様に圧倒された。これは、寡兵と云えども侮れない。
「小田原へ進発する際、列を乱す兜持ちを自ら手打ちにしたと聞きます」
政宗の側近・片倉小十郎景綱が耳打ちした。
「厄介な奴を奥州に配したものだ」
底意地の悪い秀吉らしい人事だと、政宗は苦笑した。
八月中にはあらかたの仕置を終えて、氏郷は黒川城に戻った。従来家臣団も揃い、前歴を問わず召し抱えるという噂を耳にした浪人たちもやってきた。まず氏郷が行ったことは、城下の整理だった。中世戦国の城から近世城郭への改修も必須だった。縄張りを曽根内匠頭昌世に任せ、石垣を穴太衆に託し、濠を改修のうえ、一六もの郭門で侍屋敷(郭内)と、商人や町人たちの住む町(郭外)とを区別した。この基礎事業は、数百年ののち、幕末戊辰戦争にも実用性を立証する。
「町の名が黒川では心もとない。これよりは若松と称しよう」
会津黒川という町名を、会津若松と改めるというのだ。
これは氏郷の故郷・近江国蒲生郡にあった〈若松の森〉にちなんだ。
氏郷の原点は、近江日野だ。日野があったから伊勢でもやってこられた。この会津でも、日野の色が濃く刻まれた。城下には日野町が設けられ、近江や松坂の職人が多く招かれた。吉川和泉助ら塗師を招いたことで興った漆器産業をはじめ、蝋燭・木地・焼き物などが奨励された。商品は日野や松坂からきた商人たちによって販売される計画だ。この経済感覚は陸奥にないもので、まさに織田信長の継承者として恥じぬ氏郷の施策だった。楽市楽座も行い、定例の市場も設け、臨機応変に処した。そのうえでセミナリヨも設置した。
ハードを固めたらソフトだ。
情で家臣のやる気を高めるのは、氏郷の得手である。
「新参も譜代も、励む者には応える」
氏郷は倍以上になった支配地を抑えるため、やる気を鼓舞した。まず功に応じ褒めるとともに、蒲生姓を許した。これは家格を高めることにつながり、畏れ多いことだった。次に領内要所の城に、主だった者を配した。次のとおりである。
猪苗代城 蒲生四郎兵衛郷安
阿子ケ島城 蒲生源左衛門郷成(旧名・坂源左衛門)
塩川城 蒲生備中守頼郷(旧名・横山喜内)
藤倉山城 蒲生忠右衛門(旧名・谷崎忠右衛門)
津川城 北川平左衛門
南山城 小倉作左衛門行春
伊南城 蒲生左文郷可(旧名・上坂左文)
白河城 関長門守一政
須賀川城 田丸中務大輔直昌
この城主は、その後の内政事情で変更されるが、当初はこの人事である。誰もが氏郷に忠勤を誓う律義な実力者であった。
二本松城は伊達政宗従弟・成実が移転に渋り、受領が遅れた。一一月、ようやくこれが蒲生領に納まると、その複雑な内政事情から蒲生郷安が城主に任じられ、猪苗代城主には町野左近将監繁仍が配された。
日野・松坂からの家臣を引き上げることは、彼らのやる気につながった。
新参とて同様だ。前歴と、その器を見抜くことに長ける氏郷は、有能な者を惜しみなく取り立て、才なき者を容赦なく振り落とした。血筋など役には立たぬ。信長がそうだったように、人事についての氏郷は独特である。
北条浪人の佐久間久六安政・源六勝之兄弟は戦さの巧者ということで、前歴を問わず採用した。成田下総守氏長・左衛門尉長忠兄弟も北条浪人だ。忍城で武功を上げたが北条が降伏したため、軍門に下った。彼らは秀吉を恨んでいるだろう。
それでも氏郷は採用した。
能力があれば多少のことなど、小さい話だった。
小田原征伐の出兵に継ぐ会津入り。氏郷は松坂へ戻ることなくここに待機し、移転のことは家臣により挙行することが沙汰された。同じく葛西・大崎領を拝した木村伊勢守吉清ともども、秀吉は氏郷の手を取り、こう言葉にして励ました。
「今後、飛騨少将は伊勢守を子とも弟とも思い、伊勢守はまた蒲生飛騨少将を父とも主とも頼むがええ。京への出仕はやめて、時々会津に参勤し、奥州の非常を警固せわ。もし凶徒蜂起のことがあれば、飛騨少将は伊達を督促して先陣させ、蒲生が後陣に続いて非常の変に備えわ」
「心得ました」
「国替えは早く済ますべし。松坂へは服部小平太を入れるで」
「は」
松坂城下は蜂の巣をつついたように騒然となった。
氏郷だから従おうと心掛けた商人たちが、大騒ぎだ。家臣たちは荷物を大急ぎで纏めていた。はやく国替えの先に行かねば、蒲生氏郷の身辺は心もとない。
「会津には我らも」
移転を望む商人もいた。これらの望みは許された。それとは別に、氏郷は近江君畑から木地師を招致した。会津の産業に、早くから手を出したのは慧眼といってよい。『会津風土記』いわく、吉川和泉助を頭として、組子の者四六人の塗師が氏郷に応じ会津へと移った。
この国替えの最中、蒲生氏郷は伊達政宗とともに葛西・大崎の仕置のため出兵した。
西国の頼りない連中と侮る伊達勢は、氏郷の指揮下で整然と規律を重んじる兵の様に圧倒された。これは、寡兵と云えども侮れない。
「小田原へ進発する際、列を乱す兜持ちを自ら手打ちにしたと聞きます」
政宗の側近・片倉小十郎景綱が耳打ちした。
「厄介な奴を奥州に配したものだ」
底意地の悪い秀吉らしい人事だと、政宗は苦笑した。
八月中にはあらかたの仕置を終えて、氏郷は黒川城に戻った。従来家臣団も揃い、前歴を問わず召し抱えるという噂を耳にした浪人たちもやってきた。まず氏郷が行ったことは、城下の整理だった。中世戦国の城から近世城郭への改修も必須だった。縄張りを曽根内匠頭昌世に任せ、石垣を穴太衆に託し、濠を改修のうえ、一六もの郭門で侍屋敷(郭内)と、商人や町人たちの住む町(郭外)とを区別した。この基礎事業は、数百年ののち、幕末戊辰戦争にも実用性を立証する。
「町の名が黒川では心もとない。これよりは若松と称しよう」
会津黒川という町名を、会津若松と改めるというのだ。
これは氏郷の故郷・近江国蒲生郡にあった〈若松の森〉にちなんだ。
氏郷の原点は、近江日野だ。日野があったから伊勢でもやってこられた。この会津でも、日野の色が濃く刻まれた。城下には日野町が設けられ、近江や松坂の職人が多く招かれた。吉川和泉助ら塗師を招いたことで興った漆器産業をはじめ、蝋燭・木地・焼き物などが奨励された。商品は日野や松坂からきた商人たちによって販売される計画だ。この経済感覚は陸奥にないもので、まさに織田信長の継承者として恥じぬ氏郷の施策だった。楽市楽座も行い、定例の市場も設け、臨機応変に処した。そのうえでセミナリヨも設置した。
ハードを固めたらソフトだ。
情で家臣のやる気を高めるのは、氏郷の得手である。
「新参も譜代も、励む者には応える」
氏郷は倍以上になった支配地を抑えるため、やる気を鼓舞した。まず功に応じ褒めるとともに、蒲生姓を許した。これは家格を高めることにつながり、畏れ多いことだった。次に領内要所の城に、主だった者を配した。次のとおりである。
猪苗代城 蒲生四郎兵衛郷安
阿子ケ島城 蒲生源左衛門郷成(旧名・坂源左衛門)
塩川城 蒲生備中守頼郷(旧名・横山喜内)
藤倉山城 蒲生忠右衛門(旧名・谷崎忠右衛門)
津川城 北川平左衛門
南山城 小倉作左衛門行春
伊南城 蒲生左文郷可(旧名・上坂左文)
白河城 関長門守一政
須賀川城 田丸中務大輔直昌
この城主は、その後の内政事情で変更されるが、当初はこの人事である。誰もが氏郷に忠勤を誓う律義な実力者であった。
二本松城は伊達政宗従弟・成実が移転に渋り、受領が遅れた。一一月、ようやくこれが蒲生領に納まると、その複雑な内政事情から蒲生郷安が城主に任じられ、猪苗代城主には町野左近将監繁仍が配された。
日野・松坂からの家臣を引き上げることは、彼らのやる気につながった。
新参とて同様だ。前歴と、その器を見抜くことに長ける氏郷は、有能な者を惜しみなく取り立て、才なき者を容赦なく振り落とした。血筋など役には立たぬ。信長がそうだったように、人事についての氏郷は独特である。
北条浪人の佐久間久六安政・源六勝之兄弟は戦さの巧者ということで、前歴を問わず採用した。成田下総守氏長・左衛門尉長忠兄弟も北条浪人だ。忍城で武功を上げたが北条が降伏したため、軍門に下った。彼らは秀吉を恨んでいるだろう。
それでも氏郷は採用した。
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