麒麟児の夢

夢酔藤山

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第9話 人の心の闇と光

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第9話 人の心の闇と光⑤


 さて、先月二二日、秀吉の弟・大和大納言豊臣秀長が没した。秀吉へ忌憚なく物云いできる唯一の人物だ。この死は、秀吉の増長慢を諫める者のいなくなったことを意味する。もう一人の諫め人たる千利休と秀吉とは、関係が悪い。政宗の一件ののち、利休のもとへ在京の武家茶人が集った。
「狡賢いものだな、伊達という男は」
 利休が微笑んだ。
 例のやりとりのこと、京ではすっかり話題だった。
「麒麟児を手玉にするなら、一手お願いしたいものだな」
 高山右近がいつになく昂ぶっていた。バテレン追放令ののち、棄教しない代わりに大名の立場を捨てた右近は、自由人だった。前田利家に招かれて加賀にいるが、行動に制約はない。氏郷に陣借りして奥州へ行ってもいいとさえ口にした。
「戦さでもする気か?」
「ああ、伊達相手に」
「陸奥は九戸相手の戦さだが?」
「蒲生に喧嘩を売ったのは、あいつが先だ」
 半ば本気と分かるだけに、やめてくれと、氏郷は笑った。
「それよりも」
 氏郷は利休の立場を案じた。
 山上宗二の一件以来、利休の態度が頑なであることは承知だ。石田三成からも、何かと難癖を付けられていると、聞いている。
「お気をつけあれ」
 氏郷の言葉は、皆の総意だ。
「心配かけるなあ」
 利休は、寂しそうに笑った。
 数日後、利休は京都を追放されて、堺の自宅に蟄居させられた。これは大徳寺木像不敬説による咎めという。取ってつけた口実のひとつに過ぎないことは、万人にも理解できた。
 切腹の沙汰が下されると、憤慨する者もいた。
 利休の身柄を奪い返そうという高山右近を、氏郷は制止した。そうなれば前田利家に類が及ぶことは、義に反する。彼らはキリシタンである以前に、武士なのだ。武士ならばこその、作法や義理もある。
 そもそも大徳寺の事とて、本意ではない。
 事実、大徳寺の古渓和尚に対しても詰問はあったが、不問にされた。これは細川忠興も立ち会ったから、わかる。利休だけが、不当な扱いだった。
「死してなお、この公案、解いてみよと表の弟子に」
 蟄居先を囲む直江兼続は取次ぎ、見守る古田織部にそれを伝えた。
 どういう意味だろう。
 織部の口伝いで聞くその言葉に、門人たちは首をひねった。遠く理解に及ばぬ利休の思惟は、果てしなく高い空の彼方にあるようにすら感じた。
 二月二八日、千利休は切腹して果てた。
 この死を受け、蒲生氏郷と金森長近は秀吉に直訴し、利休の子の身元を引き受けることを請い願った。金森長近は飛騨高山の城主で、利休や古田織部から手解きを受ける者だった。
「取るに足らぬ」
と秀吉は吐き捨て、その願いを聞き入れた。利休の長子・道安は飛騨へ送られ金森長近に庇護された。宗恩と少庵母子は蒲生氏郷が引き取った。母子ともにキリシタンである以上、氏郷が適任だった。
 九戸討伐は六月に動員された。それよりも早く、氏郷は利休の妻子とともに会津へ下り、城内に茶室を設けた。この茶室、点前座と相伴席が三畳の客座をはさんで対置している構造で、古田織部の創意による茶室〈燕庵〉と同じである。そのため〈燕庵形式〉と呼ばれるものだが、当時はそのようなこと、知ったことではあるまい。ただ、意識したことは間違いない。
「庵、なんと号しましょうか」
 氏郷の問いに、少庵は足を引き摺るようにしながら、眩しそうに茅葺屋根を見上げた。
「麟閣」
「麟閣と?」
「麒麟児のお世話になるからには、家主を頂くのは礼儀です」
「畏れ多いことで」
 利休の妻と子は、およそ三年、この会津に匿われる。この三年もの間、利休の求めた侘と風雅を少庵は追求した。 
 氏郷も茶を求めた。
「死してなお、この公案、解いてみよ」
 利休の言葉は何を問い質すものか、氏郷にはわからなかった。
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