閻魔の庁

夢酔藤山

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地蔵帖

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               五


 姦淫絡みの罪は地獄である。潔癖な小野篁は妹の罪がどうしても許せなかった。
「馬鹿者、死者は閻魔帳に載せていないぞ。儂に裁きを任せる法があろうか?」
 閻魔大王は小野篁の潔癖を詰った。死者が想いを残さねばよいまでのこと、その望みを適えてやれと閻魔大王は吐き捨てた。そうすれば女も冥府でおとなしく罪を償うだろう。
「妹と契るなど……穢らわしい」
「お前は閻魔の者。妹は死んだ、その時点で丸っきりの他人になる。交わって丸く納まるなら、そうせい」
 閻魔大王に押し切られる形で、小野篁は結局乙子を抱く羽目になった。肉体を持たぬ乙子であったが、不思議なもので死んだときと同じ身体の特性を備えていた。死者でありながら破瓜の痛みも訴えるし徴も表す。そのうえ慣れれば歓喜に喘ぎさえした。
(なんとも淫奔な……)
 現世では見たこともない妹の羞恥の様に、小野篁は眩暈さえ覚えた。
 想いを遂げたことで、乙子は二度と現世に来ないと約束した。その割切りも女性ならではのものだろう。

 死者が現世に還ってきてはならない。今度のことで小野篁はいよいよ思い知らされた。出口の井戸がある蓮台野福生寺に封印を施さねば、今後も同様のことが起こり得るだろう。
 地蔵菩薩に死者が還らぬよう頼むと、小野篁はその足で満米上人を訊ねた。
「地蔵像を飾るでの。手伝ってたもれ」
 福生寺には七つの井戸がある。すべて冥府に繋がる出口の井戸である。七つのうち六つまでは、六道それぞれに通じる井戸であり、七つ目は仏の世に通じていた。そのすべての井戸傍に地蔵の石仏が置かれたのである。
「これならば、現世に迷い出る死者に、地蔵は優しく諭してくれようぞ。満米の庵は嵯峨野であったな。そなたの身近に地蔵菩薩は常にいることとなる。有難いであろう?」
「ああ、有難い」
「ついでに福生寺にも生六道地蔵菩薩像を安置しておいた。いつでも拝むがよかろうて」
 小野篁が頼んだことを、地蔵菩薩は聞き届けた。おかげで現世に迷い出る亡者は減少した。冥府の番人として、地蔵菩薩は死者を救済しているのである。

 満米上人は終生地蔵菩薩に帰依し、多くの庶民にその信仰を布教した。嵯峨野から矢田村へ移ったのちも地蔵尊を祀り矢田寺矢田地蔵として庶民に信仰を広めた。
 地獄から持ち帰った箱は、満米上人が死ぬまで一度も白米を絶やさなかった。
 そしてその死後、一粒残さず消え去ったという。

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