18 / 33
地蔵帖
しおりを挟む
五
姦淫絡みの罪は地獄である。潔癖な小野篁は妹の罪がどうしても許せなかった。
「馬鹿者、死者は閻魔帳に載せていないぞ。儂に裁きを任せる法があろうか?」
閻魔大王は小野篁の潔癖を詰った。死者が想いを残さねばよいまでのこと、その望みを適えてやれと閻魔大王は吐き捨てた。そうすれば女も冥府でおとなしく罪を償うだろう。
「妹と契るなど……穢らわしい」
「お前は閻魔の者。妹は死んだ、その時点で丸っきりの他人になる。交わって丸く納まるなら、そうせい」
閻魔大王に押し切られる形で、小野篁は結局乙子を抱く羽目になった。肉体を持たぬ乙子であったが、不思議なもので死んだときと同じ身体の特性を備えていた。死者でありながら破瓜の痛みも訴えるし徴も表す。そのうえ慣れれば歓喜に喘ぎさえした。
(なんとも淫奔な……)
現世では見たこともない妹の羞恥の様に、小野篁は眩暈さえ覚えた。
想いを遂げたことで、乙子は二度と現世に来ないと約束した。その割切りも女性ならではのものだろう。
死者が現世に還ってきてはならない。今度のことで小野篁はいよいよ思い知らされた。出口の井戸がある蓮台野福生寺に封印を施さねば、今後も同様のことが起こり得るだろう。
地蔵菩薩に死者が還らぬよう頼むと、小野篁はその足で満米上人を訊ねた。
「地蔵像を飾るでの。手伝ってたもれ」
福生寺には七つの井戸がある。すべて冥府に繋がる出口の井戸である。七つのうち六つまでは、六道それぞれに通じる井戸であり、七つ目は仏の世に通じていた。そのすべての井戸傍に地蔵の石仏が置かれたのである。
「これならば、現世に迷い出る死者に、地蔵は優しく諭してくれようぞ。満米の庵は嵯峨野であったな。そなたの身近に地蔵菩薩は常にいることとなる。有難いであろう?」
「ああ、有難い」
「ついでに福生寺にも生六道地蔵菩薩像を安置しておいた。いつでも拝むがよかろうて」
小野篁が頼んだことを、地蔵菩薩は聞き届けた。おかげで現世に迷い出る亡者は減少した。冥府の番人として、地蔵菩薩は死者を救済しているのである。
満米上人は終生地蔵菩薩に帰依し、多くの庶民にその信仰を布教した。嵯峨野から矢田村へ移ったのちも地蔵尊を祀り矢田寺矢田地蔵として庶民に信仰を広めた。
地獄から持ち帰った箱は、満米上人が死ぬまで一度も白米を絶やさなかった。
そしてその死後、一粒残さず消え去ったという。
姦淫絡みの罪は地獄である。潔癖な小野篁は妹の罪がどうしても許せなかった。
「馬鹿者、死者は閻魔帳に載せていないぞ。儂に裁きを任せる法があろうか?」
閻魔大王は小野篁の潔癖を詰った。死者が想いを残さねばよいまでのこと、その望みを適えてやれと閻魔大王は吐き捨てた。そうすれば女も冥府でおとなしく罪を償うだろう。
「妹と契るなど……穢らわしい」
「お前は閻魔の者。妹は死んだ、その時点で丸っきりの他人になる。交わって丸く納まるなら、そうせい」
閻魔大王に押し切られる形で、小野篁は結局乙子を抱く羽目になった。肉体を持たぬ乙子であったが、不思議なもので死んだときと同じ身体の特性を備えていた。死者でありながら破瓜の痛みも訴えるし徴も表す。そのうえ慣れれば歓喜に喘ぎさえした。
(なんとも淫奔な……)
現世では見たこともない妹の羞恥の様に、小野篁は眩暈さえ覚えた。
想いを遂げたことで、乙子は二度と現世に来ないと約束した。その割切りも女性ならではのものだろう。
死者が現世に還ってきてはならない。今度のことで小野篁はいよいよ思い知らされた。出口の井戸がある蓮台野福生寺に封印を施さねば、今後も同様のことが起こり得るだろう。
地蔵菩薩に死者が還らぬよう頼むと、小野篁はその足で満米上人を訊ねた。
「地蔵像を飾るでの。手伝ってたもれ」
福生寺には七つの井戸がある。すべて冥府に繋がる出口の井戸である。七つのうち六つまでは、六道それぞれに通じる井戸であり、七つ目は仏の世に通じていた。そのすべての井戸傍に地蔵の石仏が置かれたのである。
「これならば、現世に迷い出る死者に、地蔵は優しく諭してくれようぞ。満米の庵は嵯峨野であったな。そなたの身近に地蔵菩薩は常にいることとなる。有難いであろう?」
「ああ、有難い」
「ついでに福生寺にも生六道地蔵菩薩像を安置しておいた。いつでも拝むがよかろうて」
小野篁が頼んだことを、地蔵菩薩は聞き届けた。おかげで現世に迷い出る亡者は減少した。冥府の番人として、地蔵菩薩は死者を救済しているのである。
満米上人は終生地蔵菩薩に帰依し、多くの庶民にその信仰を布教した。嵯峨野から矢田村へ移ったのちも地蔵尊を祀り矢田寺矢田地蔵として庶民に信仰を広めた。
地獄から持ち帰った箱は、満米上人が死ぬまで一度も白米を絶やさなかった。
そしてその死後、一粒残さず消え去ったという。
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる