閻魔の庁

夢酔藤山

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常嗣帖

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               四



 翌年九月一六日、藤原常嗣等遣唐使一行が帰朝した。
 すべての称賛は藤原常嗣ひとりのものである。これこそ藤原氏の権威を高める材料なりと、彼を大使に据えた権中納言藤原良房は北叟笑んだ。この使節団が倭国における歴史上最後の遣唐使となるのは、何やら奇縁であった。最後の遣唐使で、この世の栄達を握り締めた藤原常嗣の幸運は、蝋燭が消える寸前に輝く風前の灯にも似ている……。
 帰国後、彼は毎晩地獄へ落とされる夢をみた。
 逃げても、逃げても、閻魔の巨大な手の内から逃れることも出来ずに地獄へ突き落とされるのである。
 ふと、昔聞いた噂が脳裏を過る。
「弾正小野巡察使は閻魔庁の役人なり」
 信じられない話だが、これが本当なら、藤原常嗣は己の欲得だけで閻魔の役人を貶めたことになる。閻魔大王はそんな常嗣を決して赦さないだろう。
(嘘だ……噂に過ぎない……嘘だ!)
 不安に怯える藤原常嗣は、帰国の翌年四月二三日、無残な様で死んだ。この死は賊によるものとして片付けられたが、公卿たちの心には
「やはり小野弾正は閻魔の庁の者、閻魔大王の逆鱗に触れて太宰権帥は殺されたのよ」
という風聞が随所に流れた。
 そのためだろうか。
 藤原常嗣が死して間もなく、小野篁は恩赦により隠岐島から帰京した。帰京してすぐに小野篁が行なったことは、内蔵助藤原良相への御礼であった。死罪になるべきところを救ってくれた恩人に、まずは頭を下げたかったのである。
「藤原の眷属は強引すぎます。こちらこそお恥ずかしい限り」
 潔癖な口上にどうやら嘘はなかった。
「あなたには、いつかきっと、恩返しを致しましょう」
 小野篁はにっこりと笑った。


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