閻魔の庁

夢酔藤山

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良相帖

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               四



 この年は六月一三日に改元され、嘉祥元年となる。
 その二年後の嘉祥三年(850)三月二一日、仁明天皇は苦悶の病苦の果てに崩御した。権力に踊らされ無実の者を死に至らしめた報いが、数多の怨霊の祟りを招いたのだろう。
 このとき朝廷権力最高位の右大臣にまで昇り詰めていた藤原良房は
「この祟り」
を重く受けとめ、皇太子道康親王の即位とともに改元を奏上し、内裏決定に持ち込んだのである。かくして四月一六日、道康親王は即位し文徳天皇となる。
 元号は四月二八日に〈仁寿〉と改まる。

 仁寿元年一二月二五日、藤原良相は異例の従三位権中納言左中将大夫に立身した。これは藤原良房の政権基盤確立のための布石であり、これが中納言五人例の始まりとされる。
 立身することはなりゆきだからと、当の藤原良相は全くの他人事のような顔だ。藤原一族にあって毛色が違うと長年疎まれてきた本質は、この期に及んで少しも変わりがない。そのことは小野篁を始めとする権力構造の外にいる者たちを愉快せしめた。
 その藤原良相が大病に伏したのは、それから間もなくのことであった。さても分不相応な官打ちによって自滅したものかと、心ある者はその行方を案じたという。病状は日に日に悪化し、ある夜、遂に藤原良相は昏睡状態に陥る。

 ふと気がつくと―。
 藤原良相は獄卒の鬼に両手を掴まれたまま、閻魔庁にいた。
(そうか、麿は死すか)
 普通なら取り乱すところを、どうも神経が一本抜けているのだろうか、藤原良相はごく自然に事態を受けとめていた。
「倭国の藤原良相なるは、そちじゃな?」
 物凄い形相の閻魔大王は、威嚇を込めてじろりと藤原良相を睨んだ。さすがにこればかりは恐怖した藤原良相は、神妙に受け答えした。彼個人については罪状がなくとも親族の悪業には目を覆うものがある。連座こそ妥当であると閻魔大王は呟いた。
 そのときである。
「お待ちあれ!」
 閻魔大王を制した者がいた。小野篁である。
「この倭の大臣はよき政治の者。ここにいるのは獄卒の軽率にて、何卒この篁に免じて現世へ復帰せしむることを頼みます」
「おいおい」
「この者こそ現世において必要な者。血腥く嫌な現世にあって、清涼の風にも似た彼の者を留め置くことは、現世救済にも通じることと存じます」
 小野篁がいうことに間違いはない。常々そう断言してきた閻魔大王である。現世を識る彼の言葉に従う必要性は、確かにあった。
「……常ならば難きことなれど、篁の申すことならば致仕方ない」
 閻魔大王は藤原良相の蘇生を断じた。
 藤原良相が意識を取り戻したのは、その直後のことであった。
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