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第4話 誓いなき共謀
しおりを挟む空は、白く濁っていた。
雪でもなく、曇りでもない。
ただ色のない灰が、すべてを覆っていた。
ここは、グレイド村。
王都の地図にも載らない、誰からも忘れられた場所。
レイナ・アルヴィレスが“処分された先”だった。
時間はあるようで、どこかで止まっている。
太陽は昇るが、あたたかくならず。
風は吹いても、何も運ばない。
――まるで、“世界の残りかす”だけが置かれた場所のようだった。
***
レイナは、触媒を手にしていた。
前には羊皮紙。その上には、簡易な術式の線。
呪文なしでも魔法を通せるようになってきていた。
火を灯し、水を引き、物を固定する。
いずれも未熟。だが――確実に、形になっていた。
なにより、自分の内側に**“力”が集まっていく**実感がある。
かつては伯爵令嬢と呼ばれた少女。
いまはただ、力だけを求める女になっていた。
手のひらに浮かぶ小さな火を見つめ、レイナは静かに笑う。
――今はまだ、灯り。
けれどいずれ、これは“刃”になる。
そのとき、納屋の扉が音を立てて開いた。
セレノ・ヴァイザールが入ってくる。
足音も気配もない。
けれど、その眼差しだけが、異様に冷えていた。
まるで、人間ではなく運命だけを見つめている者のように。
「……早いのね」
レイナが声をかけると、セレノは何も言わず一枚の紙を差し出した。
それは、村の簡易地図。
裏面には、王都へとつながる“裏道”の経路が記されていた。
「……どうして、こんなものを?」
「この村には、都会の“落としもの”が集まる。
人も、金も、毒も。どこにでも“裏”はある」
レイナは紙を眺め、ふっと笑った。
「あなたって、やっぱり“普通の旅人”じゃないのね」
「それを知って、意味があるか?」
「意味なんて、最初から期待してないわ。
ただ、知っていたいだけ」
セレノは何も返さなかった。
けれど、それが“無関心”でないことはレイナには分かっていた。
この男は話さない。だが、見ている。
***
その夜。
ふたりは村の裏手で、小さな炎を囲んでいた。
火はレイナの魔術で灯された。
風を避けるように、小さく静かに揺れている。
まるで、他人に見せることを拒むような火だった。
「私は、王都に戻る」
レイナの声は冷静だった。
「私を追放した人たちに、“続きを返す”」
それは怒りではなかった。
悲しみでも、懺悔でもなかった。
ただ、自分の物語を**“訂正”するための誓い**だった。
セレノは、炎の向こうからレイナを見ていた。
瞳には何の色もない。だが、確かに“聞いていた”。
「命じるつもりはないわ」
「一緒にいたいなら、いればいい。
いたくないなら、ここで別れてもいい」
レイナの言葉には、感情がなかった。
けれど――偽りもなかった。
それは、“共闘”ではなく、
“共謀”だった。
しばしの沈黙。
そして、セレノが言う。
「命じられたいとは思わない。
……でも、“一緒に歩く理由”は、たしかにある」
それは、答えのようでいて答えになっていなかった。
だがレイナはそれ以上、何も訊かなかった。
彼にとって、いまのその言葉が誠実なのだと、理解していたから。
火がひとつ、ぱちりと弾けた。
風が、その熱をすこしだけ攫っていく。
ふたりの距離は、ほんの少しだけ、近づいていた。
誓いでもなければ、忠誠でもない。
ただ、“互いを使える存在”として受け入れた。
――それだけで、十分だった。
***
翌朝。
レイナは羊皮紙の余白に、ひとつの名前を記す。
――リゼリア・クロード。
王都で“清らか”を演じていた女。
かつて親友のふりをして、レイナを最初に裏切った女。
指先は震えていなかった。
書かれた文字は、鋭く、美しかった。
だがその美しさには、温度がなかった。
装飾も、揺らぎもない。
ただ、“記録”として残された名だった。
「この名から返していくわ。最初の棘に、ちょうどいい」
そのまま火を灯し、紙をくべる。
炎がゆっくりと名前を焼いていく。
レイナの瞳には、それがまるで――未来の設計図のように映っていた。
まだ、小さな火だった。
けれど、風さえあれば――
燃え広がるには、十分だった。
そしてその風は、もう――
始まりかけていた。
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