選ばれなかった者の記録 ——復讐令嬢は王を超える

SALT

文字の大きさ
6 / 51

第5話 最初の標的、その名は

しおりを挟む
 

王都ヴェリナクト――
かつてレイナ・アルヴィレスが、静かに断罪された場所。

けれど、今の彼女にとってそれは、記憶でも憧れでもなかった。
ただ、焼け残った亡霊たちが仮面をかぶって踊る“舞台”にすぎない。

 

密輸品の箱に紛れていた、小さな香水瓶。
底には、仕入れ元の名が刻まれていた。

 

――リゼリア・クロード。

 

その女はまだ王都にいる。
仮面を被り、笑みを浮かべ、舞台の中央で“清らか”を演じている。

かつて、レイナの親友だった女。
最初に裏切り、最も深く、彼女を壊した相手。

命を奪ったわけではない。
けれど、“名前”を売り、“信頼”を切り捨て、“尊厳”を傷つけた。

しかも――すべて、計算のうえで。

証言を操作し、証拠を隠し、
「私は知らなかった」と言えるように、台詞まで用意していた。

 

――あれは、裏切りではない。
あれは、処刑だった。

 

***

 

「リゼリアは、今月末の夜会に出る。
王立神殿で開かれる、第二王子の祝賀会に」

 

セレノ・ヴァイザールの声は、静かだった。
いつものように抑制され、感情を含まない。

だが、その情報だけは――鋭く、重い。

 

「……玉座のそばに立つ気なの?」

レイナの口元に、微かな笑みが浮かぶ。
けれど、笑っていたのは唇だけ。
その目には、焼け跡のような影が差していた。

 

“ふさわしい幕引き”を用意してあげる。

レイナの中では、もう結末が決まっていた。

 

「何もかも奪っておいて、今度は祝福される立場?
いいわ。門出にふさわしい贈り物をあげなきゃ。――黒い薔薇を」

 

「方法は?」

 

セレノの声は短く、無機質だった。
だが、その問いには、すでに**“共犯の響き”**が宿っていた。

 

「まだ詰めてる途中。でも、崩し方は見えてる。
リゼリアは“顔”がすべて。仮面を剝がせば、中身は空っぽ。
ちょっとしたきっかけで、自分から壊れる」

 

社交界で最も恐れられるのは、“悪”ではない。
それは――“偽善がばれること”。

完璧な仮面の下に、小さな醜さが見えたとき。
人々は、それを“罰よりも速く”叩き潰す。

 

「まずは、噂を。
次に、過去の関係者を探る。
“誰かを売った証拠”が残っていれば、それを使う」

 

「それは俺が探す」

 

セレノの声音に、わずかな濁りがあった。
借りを返すような響き。
けれど、レイナは理由を問わなかった。

言葉より深く、**“やるべきことだけを見ている”**のがこの男だった。

 

「使えるなら、何だって使う。
あなたが“刃”になれるなら――私は“鞘”になってもいい」

 

「わかった」

 

それだけだった。
感情も、誓いもなかった。
だが確かに、“共謀”が成立した音が、沈黙の中に響いた。

 

***

 

その夜。
レイナは、焚き火の前に座っていた。

闇に溶けた髪。
白磁のような肌。
火に照らされた横顔は、祈りの像のようで――同時に、処刑人の顔でもあった。

 

香水瓶を指先で転がす。
もう中身はない。けれど、香りだけが残っていた。

 

リゼリア・クロード。
王都で最も“綺麗な嘘”をついた女。

泣きながら裏切り、
祝福の言葉で毒をくるみ、
かつての親友を、“都合のいい過去”に変えた女。

 

レイナは、あの夜の言葉を忘れていない。

「ごめんなさい。私にも、どうすることもできなかったの」

そう言いながら、リゼリアの手は――
すでに別の貴族の腕に絡んでいた。

 

レイナは香水瓶を、火へと放った。

ぱちり、と音を立てて瓶が割れ、
すみれの香りがふわりと立ちのぼる。

あの女が好んだ香り。
“清らかさ”を装う毒の匂い。

 

「“正しさ”を着てる人ほど、壊れるときは弱い。
他人に映らなければ、自分を保てないから」

 

焚き火が、レイナの瞳を赤く染めた。

その顔は、どこまでも美しかった。
だがその美しさは、静かで、恐ろしく冷たい。

肌は白く、瞳は鋭く。
その呼吸さえ、毒のように淡く。

 

「まだ、“さようなら”は言わない。
だってあなたには、“贈り物”が残っているもの」

 

声は夜に溶け、風とともに消えていった。

 

***

 

翌朝。

レイナは触媒を指先で転がしていた。
その仕草には、かつての“貴族令嬢”の面影はなかった。

そこにあるのは、毒を冷やし、裁きを磨く者の動きだった。

 

「最初の棘は、あなたよ。リゼリア・クロード」

 

その名は、すでに火にくべた。
けれど、記憶の中では、いっそう鮮やかに焼きついていた。

 

火はもう、消えている。
だが――“燃える理由”だけが、確かに残っていた。

 

それは、ただの復讐ではなかった。

名を正しく書き直すための、
美しくて冷たい“訂正の儀式”のはじまりだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌

招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」 毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。 彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。 そして…。

悪役令嬢に仕立て上げたいなら、ご注意を。

潮海璃月
ファンタジー
幼くして辺境伯の地位を継いだレナータは、女性であるがゆえに舐められがちであった。そんな折、社交場で伯爵令嬢にいわれのない罪を着せられてしまう。そんな彼女に隣国皇子カールハインツが手を差し伸べた──かと思いきや、ほとんど初対面で婚姻を申し込み、暇さえあれば口説き、しかもやたらレナータのことを知っている。怪しいほど親切なカールハインツと共に、レナータは事態の収拾方法を模索し、やがて伯爵一家への復讐を決意する。

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

悪役令嬢を陥れようとして失敗したヒロインのその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
女伯グリゼルダはもう不惑の歳だが、過去に起こしたスキャンダルが原因で異性から敬遠され未だに独身だった。 二十二年前、グリゼルダは恋仲になった王太子と結託して彼の婚約者である公爵令嬢を陥れようとした。 けれど、返り討ちに遭ってしまい、結局恋人である王太子とも破局してしまったのだ。 ある時、グリゼルダは王都で開かれた仮面舞踏会に参加する。そこで、トラヴィスという年下の青年と知り合ったグリゼルダは彼と恋仲になった。そして、どんどん彼に夢中になっていく。 だが、ある日。トラヴィスは、突然グリゼルダの前から姿を消してしまう。グリゼルダはショックのあまり倒れてしまい、気づいた時には病院のベッドの上にいた。 グリゼルダは、心配そうに自分の顔を覗き込む執事にトラヴィスと連絡が取れなくなってしまったことを伝える。すると、執事は首を傾げた。 そして、困惑した様子でグリゼルダに尋ねたのだ。「トラヴィスって、一体誰ですか? そんな方、この世に存在しませんよね?」と──。

婚約破棄されたのでファンシーショップ始めました。 ― 元婚約者が、お人形さんを側室にしようとして大恥をかきました ―

鷹 綾
恋愛
隣国の王子から「政略的にも個人的にも魅力を感じない」と婚約破棄された、ファンタジア王国第三女王タナー。 泣きも怒りもせず、彼女が考えたのは――「いつか王宮の庇護がなくなっても困らない生き方」だった。 まだ八歳。 それでも先を見据え、タナーは王都の片隅で小さなファンシーショップを開くことを決意する。 並ぶのは、かわいい雑貨。 そして、かわいい魔法の雑貨。 お茶を淹れてくれるクマのぬいぐるみ店員《テイデイ・バトラー》、 冷めないティーカップ、 時間になると小鳥が飛び出すアンティーク時計――。 静かに広がる評判の裏で、 かつての元婚約者は「お人形さんを側室にしようとして」赤っ恥をかくことに。 ざまぁは控えめ、日常はやさしく。 かわいいものに囲まれながら、女王は今日も穏やかにお店を開けています。 --- この文面は ✔ アルファポリス向け文字数 ✔ 女子読者に刺さるワード配置 ✔ ネタバレしすぎない ✔ ほのぼの感キープ を全部満たしています。 次は 👉 タグ案 👉 ランキング用超短縮あらすじ(100字) どちらにしますか?

悪役令嬢はモブ化した

F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。 しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す! 領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。 「……なんなのこれは。意味がわからないわ」 乙女ゲームのシナリオはこわい。 *注*誰にも前世の記憶はありません。 ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。 性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。 作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

誰もが我儘な私ではないお方が良かったようなので、悪役の私は残忍な猛将達に手酷く扱われに行きます。戻れ? 絶対に離れるなと脅されているのですが

迷路を跳ぶ狐
ファンタジー
 魔法もろくに使えない役立たずと言われ、婚約者にも彼の周りの人達にも馬鹿にされてきた私。ずっと耐えてきたつもりだったけど、誰もがこんな私よりも、もっと優秀な魔法使いがいたはずなのに、とため息をつく。  魔法によって栄え、王都にまでその名を知らしめた貴族の婚約者は、「なんでこんな役立たずが……」と私を蔑み、城の中で魔法使いたちを統率する偉大な魔法使いは、「こんな女がこの領地を任されるだなんて! なんて恐ろしく愚かなことだ!!」と嘆く。  貴族たちに囲まれ詰られて、婚約者には見放され、両親には罵声を浴びせられ、見せ物のように惨たらしく罰せられた。「なんでこんな役立たずがこの城に来たんだ……」そう落胆されながら。  魔法が苦手でここを出る手段はないけど……もうこんなところにいられるか!  そう決意した私に、私を虐げていた誰もが腹を立てる。激しくぶたれた私は、機嫌を損ねた残忍な竜たちに、枷をされて隣の領地まで連れて行かれることになった。  重労働を言いつけられ、魔物や魔獣、竜たちがうろつく森の城についてからは、暗く小さな部屋に放り込まれた。  たった一人で食事をして、何もない部屋から見窄らしい格好で窓の外を見上げる。  なんだこれ………… 「最高…………」  もう、私を踏み躙る奴らに好きに扱われることはないんだ! それだけで、何もかもが最高!!  金もなければ能力もまるでない! 魔法すらまともに使えない! だけど今は思いのままに身につけに行ける!! 何もないのでこれから欲しいもの全部、手に入れに行きます!  そんな風にして竜族の城に住むことになった私。気づいたらやけに皆さんとの距離が近い? 元婚約者も「戻って来い」なんてうるさいけど、知りません!! 私は忙しいので!

婚約破棄をしておけば

あんど もあ
ファンタジー
王太子アントワーヌの婚約者のレアリゼは、アントワーヌに嫌われていた。男を立てぬ女らしくないレアリゼが悪い、と皆に思われて孤立無援なレアリゼ。彼女は報われぬままひたすら国のために働いた……と思われていたが実は……。

処理中です...