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第37話 横断する支配者たち、断たれる結節
しおりを挟む組織には、見えない“結び目”がある。
政治と軍事、司法と行政――
それらを横断し、“名義”だけで接続を担う者たちがいた。
彼らは、記録の上に生きていた。
だからこそ――
その“名”を断たれた瞬間に、すべての結節が崩れ始める。
***
王都中枢・行政協議院。
月に一度、各部局の責任者が集まる非公式会合の朝。
その席に、妙な沈黙が落ちた。
「……あの人、来ていないのか?」
「いや、たしか今朝……いたはずだが……」
「名前は?」
「……誰の?」
言葉が、ふいに途切れた。
記録も欠席届も、存在しない。
ただ、“名前が思い出せない”者が、一人。
だがその人物は、たしかに昨日の議事録に署名していた。
それが、まるで初めから存在しなかったかのように――
跡形もなく、消えていた。
誰にも気づかれぬまま、
“結節”が一本、ぷつりと切れた。
***
「“逆書”の効果は、順調に拡がっているわ」
グレイド村の小屋。
レイナは、揺れる炎を見つめながら呟いた。
「今回は、明確な役職には触れていない。
ただ、“複数の接続に名を貸していた者たち”の記録を――すべて消したの」
セレノが、静かに確認する。
「つまり、“実体より名義の力で動いていた者たち”を……」
「ええ。彼らは、自分が“何者か”であることすら、
他人の記録によって担保されていた。
ならば、その“他人の中の名”を消せば――存在そのものが崩れる」
レイナの声に濁りはなかった。
その語尾には、断罪ではなく、“理解”の冷たさが宿っていた。
セレノは少し黙ってから、ゆっくり頷いた。
焚き火の影が、彼の頬を深く削る。
その眼差しは、レイナとは別の方角を見ていた。
「……記憶による殺人、ですね」
「違うわ。これは、“制度による自壊”。
私はただ――“その名を記さなかった”だけよ」
そして、レイナは一枚の黒紙に指をかけた。
***
王都・軍参謀本部。
緊急指令文の一部が、突然として空白になっていた。
『第Ⅱ戦術管区統制責任者_____の署名をもって、以下の命令を発令する』
担当将校が、困惑の色を浮かべる。
「……誰だったか。
この欄、毎月同じ人物が署名してたんだけど……名前が出てこない」
記録をいくら遡っても、その名前は見つからない。
そして誰もが、悟っていた。
これは――記録ミスではない。
「名前が……最初から、なかったみたいに」
“名前の空白”という異常が、
制度の“動脈”を確実に詰まらせ始めていた。
***
夜。
レイナの手元には、静かに完成した魔術式があった。
それは、“名前が繋いでいた制度”を、根元から切断する構造。
【記名対象:複数所属権限者/記録横断保持者】
【逆書効果:他記録との連結抹消・署名反映不能】
「これは、“肩書ではなく繋がり”を潰す魔法」
炎が揺れる。
その光が、レイナの瞳に淡く映る。
「誰が動かしていたのか、ではない。
“誰がつなげていたのか”――その結び目を、消すのよ」
黒紙が、焚き火に投じられた。
青い火が、一瞬だけ強く吹き上がる。
それは、蜘蛛の巣が根元から焼き切られる音だった。
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