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第42話 断罪の引き金
しおりを挟む侯爵家の扉が、静かに閉まった。
その音は誰にも聞こえないはずなのに――
王都の空気を、確かに震わせていた。
レイナは、背を向けたまま呟く。
「セレノ。次は“噛み跡”を残すわ。外堀から、肉を裂くように」
「……侯爵の側近たちを?」
「ええ。命より“評判”を惜しむ者から順に」
王都の貴族たちは、一枚岩ではない。
忠誠より保身、理念より噂。
レイナは知っていた。
――脅しに弱いのは、いつだって“薄い忠義”。
「崩すのではなく、腐らせるの。
自分の首が切られるのを、隣人の悲鳴で悟らせるように」
その声は静かだった。
けれど、背筋に“悦び”を感じさせるような音色を帯びていた。
「“断罪”とは、世界に“正しい痛み”を刻む彫刻よ。
死よりも確実に、彼らの中に“証”を残していくの」
セレノは、ふと目を伏せる。
(これは本当に、“復讐”なのか。
それとも……もっと冷たい、“別の儀式”なのか)
***
その夜、ひとつの封筒が侯爵の私室に届いた。
封蝋も宛名もない。だが――
中に入っていた一枚の紙が、すべてを変えた。
『この名を、覚えているか。
すべてが崩れる前に。
すべての“共犯”の顔が、血を流す前に。』
名簿だった。
侯爵が密かに繋がっていた“協力者”たちの名前が、整然と並んでいた。
文字は整いすぎていた。
まるで――懺悔録。
名前が一つ、また一つと視線を貫き、
読むたびに“心臓が抉られる”ような不快感が迫ってくる。
それだけで、十分だった。
***
翌朝。
侯爵家の古参秘書が、忽然と姿を消した。
続けて、会計係が王城に出頭し、“証言の取引”を申し出た――という噂が駆け巡る。
誰が裏切った?
誰が名を売った?
誰が“次”なのか?
王都の社交界に漂うのは、疑念という毒霧。
噂と不安が交錯し、人々の顔から、仮面が剥がれ落ちていく。
***
王都の高台から、レイナはその景色を見下ろしていた。
「……音もなく、崩れていく。
あの家系が、自分の重さで潰れていくのよ」
「ここまで、やる必要は……本当にあるのですか?」
セレノの声は、風に紛れるほど小さかった。
だがレイナは、振り返らず、ただ微笑む。
「“必要”なんて尺度で測っていないわ。
これは、“許されなかった痛み”を、“許されない形”で返しているだけ」
「それでも、これはもう“復讐”ではない」
「ええ。これは“再編”よ。
この国の構造に、“痛覚”を埋め込む行為」
彼女の声は柔らかかった。
けれど、その柔らかさは――焼けた鉄のように、皮膚に刻まれる熱を孕んでいた。
***
その頃、王城・法務審議会室。
議長は、机に投げ込まれた報告書に目を細める。
「……またこの名か。“レイナ・ヴェルシュタイン”……」
「ただの令嬢だったはずが……なぜここまで」
「調べろ。動向を記録し、尾をつけろ。
この女は、国家の秩序を破壊する“意志”を持っている」
その言葉は、組織への命令であると同時に――
読者への“布石の回収”だった。
ようやく、この国の中枢が、
彼女の名を“脅威”として認識し始めた。
***
この物語は、もはや“令嬢の復讐譚”ではない。
次の舞台は、王都の神殿。
次に名を呼ばれるのは――神の名を盾にしてきた者たち。
レイナの爪は、王都の“心臓”に触れた。
だが、触れるだけでは終わらせない。
――抉るわ。
その“神聖”という名を刻んだ、腐った心臓そのものを。
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