選ばれなかった者の記録 ——復讐令嬢は王を超える

SALT

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第43話 聖域の腐敗

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王都の中心に、白亜の巨壁がそびえ立つ。
荘厳なアーチ。天頂から降り注ぐ光。彫像の瞳に宿る、冷ややかな清浄。

 

その聖堂は、王家ですら無条件に頭を垂れる、唯一の“不可侵領域”だった。

 

だが――

 

石畳に足を乗せた瞬間、レイナは粟立つような感覚を覚えた。
空気は澱んでいる。沈黙は“祝福”ではなく、“腐臭を隠す布”だった。

 

「……祈りを売って、沈黙を買った者たちが、ここで神を名乗ってるのね」

 

レイナの呟きが、石の回廊に静かに溶けていく。

 

隣で足を止めたセレノが、小声で言った。

 

「ここを狙うのは、あまりに危険です。
王家すら干渉を避ける“神域”。敵に回せば、貴女が“信仰の敵”とされる恐れもある」

 

レイナは、薄く笑った。

 

「いいえ。“信仰を汚してきた者たち”が、自分の手で信仰を殺してきたのよ」

 

その視線の先――
祈る者たちの列に、“名ばかりの巫女”と“金貨で神託を売る神官”の姿があった。

 

彼らは魂ではなく地位を取引し、献金と引き換えに“救済の順番”を決めていた。
神が語るとされた言葉は、侯爵が書いた紙切れにすぎなかった。

 

「信仰が通貨に換金された時点で、ここはもう“聖域”ではない。
だから私は、それを美しく断ち切る。静かに、綺麗に――喉から」

 

王都の密告制度には、一つだけ異例がある。
“聖職者による不正行為”は、証拠があれば王法で裁ける。

 

神に仕える者を、人の手で断罪する――
それは、禁忌であり、そして快楽だった。

 

レイナはすでに掴んでいた。
三人の神官と一人の巫女が、ギルダ侯爵と“神託の偽装”を行っていた証拠を。

 

「信者の声を使うわ。
最初に声を発したのが神なら、最後の審判も“声”であるべきでしょう?」

 

巫女の寄進名簿に、レイナは**“消された祈りの名”**を加えた。

本来、祈りを捧げるはずだったが、“身分が低い”という理由で除外された者たちの名。
その名を持つ市民たちが、神殿の前に――ひとり、またひとりと集まりはじめる。

 

「なぜ、我々の祈りは拒絶されたのです?」
「神は……貴族にしか応えないのですか?」
「本当に、あの巫女は神に選ばれたのか?」

 

最初は囁きだった。
二人目は問いかけた。
三人目は、叫んだ。

 

その瞬間――

 

「黙りなさい! 下賤の者の祈りなど、神は望んでおられません!」

 

その声を、レイナが仕掛けた魔道具――**“魔音石”**がすべて記録していた。
魔力を帯びた小さな記録球が、声だけでなく“空気”すら刻み込む。

石造りの神域に響いた、醜悪な断罪の音。
それが、破滅の引き金だった。

 

***

数日後。
王都の広場に、鐘の音が鳴り響いた。

 

その鐘の余韻とともに流れたのは、録音された“あの巫女の声”。

 

「神は、下賤の祈りなど望んでおられません――」

 

同時に、神官が侯爵から献金を受け、神託を偽装していた記録も流出した。

 

神の名で語られた“救い”が、すべて金と名誉の取引だったと、明らかになる。

 

民衆の目から、何かが剥がれ落ちていく。
それは信仰ではなかった。
“信じたいという希望”そのものだった。

 

レイナは、その光景を高台から見下ろしていた。

 

「信じることを許された者しか救われない世界なんて、
最初から“神”の名には値しないわ」

 

彼女が手を伸ばす。
その指先が向けられていたのは、信仰を語り、神の名を食い物にしてきた者たちの――喉だった。

 

***

その夜。
王都の法務審議会に、一通の無記名告発状が届いた。

 

中身は、神殿関係者の取引記録。
添えられた証拠は精緻で、すべてが原本だった。

 

誰もが悟った。

この書類の“気配”――レイナ・ヴェルシュタイン。

 

その名は今や、“破壊の予兆”として、王都に浸透しつつあった。

 

だが――彼女は止まらない。

 

セレノが問う。

 

「次は、どこへ?」

 

レイナは、仄かに笑って言った。

 

「次は、“神”ではなく、“神話”を殺す。
王家よ。私の名前を――書き換えてあげる」

 

その声は、未来を告げる預言のように、静かで、美しかった。

 

神を倒した女の名が、血統の玉座に届くとき、
王都から、“伝説”が消える。

 

その足音はすでに、最奥の扉の前に届いていた。
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