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第一章 これは魔法ですか? いいえ、高度に発達した科学です。
no.006 立ち上がって、拳を握る 前編
しおりを挟む『只今より、G3の入隊試験を行います。受験者は入場してくださーい!』
地下アリーナにメニカのアナウンスが鳴り響く。無駄に広い観客席は当然ながら閑散としており、その中央でハークが腕組み仁王立ちのラーメン屋店主スタイルでコウタを待っていた。
『実況解説は私、メニカ・パークでお送りします。観客はいないけど後ほど映像はアップするのでどうぞよろしく。本入隊がかかった大事な一戦、戦いが素人のコータくんがどう展開していくか気になるけど、やるときはやる男だと思ってるから、いい結果が期待出来してるよ』
実況席に居るのはメニカひとりだ。ただ見るだけでは暇なので、不公平のないよう、おもしろおかしく観覧するのだ。そしてそれを、全く面白くないといった様子で聞いている者がいる。コウタだ。
「……何故こんなことに」
その言の葉にはしっかりと、恨みつらみ後悔がこもっている。その感情の大半はアシスタントを名乗るヤバ女に向けられている。
『頑張りましょうコウタさん!』
「頑張る……なんて無責任な言葉だ」
『コウタさん、できることは?』
「できるだけやる。はぁ……」
鬱陶しいアシスタントの声を聞き、信条を口にしたあともぶつくさ不満を言いながら、通用路を歩く。その足取りはずしりと重く、帰る場所はないが帰りたいと願っているほどだ。そもそもあまりコウタは争うのが好みではない。争うくらいならば、多少自分が損をしてでも諌めるタイプだ。
しかし、やらねばならない時はやる。とは言っても、今回がやらねばならないその時かは皆目わからないのだが。
「……っ」
歩を進めていたコウタだが、ついに歩みが止まってしまう。ハークをその目にしたからだ。格闘技の心得がなくとも、立ち姿だけで実力差がわかってしまう。越えられない壁を目の当たりにするというのはこういう気分かと、絶望しながら口を開いた。
「……これのどこができることなんだ」
『え? 試験に挑むなんて誰でもできますよ?』
「それを言ったら不可能なんてほぼなくなっちゃうでしょ。降参していいですか?」
のっけから無条件降伏である。毛ほどもなかった戦意は未練や遺恨など残さずに綺麗さっぱり消え、コウタの脳内はどう逃げるかだけで埋め尽くされていた。しかしそうは問屋が卸さない。実況席のメニカからダメ出しが入った。
『だーめ。というかコータくんお家ないでしょ』
それを言われるとコウタは何も言えない。今後しばらくはメニカの厚意で、研究に協力するという条件付きではあるが居候させてもらえる予定なのだ。それを抜きにしても口論では絶対に勝てず、彼女には強く出られない。
『コウタさん、メニカちゃんと一緒に暮らせるんですよ! こんな美少女とひとつ屋根の下! しかも結構好かれてると来てます! 据え膳食わぬは男の恥ですよ!』
「性別を超越してるのでその理論は僕には効きません」
『つまりそれはメニカちゃんと一緒にお風呂に入っても倫理的に問題ないってことですね!?』
「こいつ無敵か?」
そして、コウタはアミスにも強く出られない。
遭遇一日足らずで既にヒエラルキーが確立してしまっていた。それを再確認し、ようやく諦めて、力を抜くようにため息をひとつ。
「はぁ……。合格条件はハークさんを驚かすこと、か…」
『簡単だよね』
「これを簡単というのはハークさんがホラー苦手でもない限り間違ってると断言出来るよメニカ」
『そう? 私はしょっちゅう驚かれてるけどなぁ。まぁコータくんならできるよ。全力を見せてやれ!』
――メニカの激励を受け、視線の先にいる鉄筋ゴリラにもう一度目をやる。戦いになるイメージすら湧かない。
エイプとの戦闘を経て、自分はちょっとくらいやれるんじゃないかという自信が粉々に砕かれた瞬間である。
いっそなりふり構わず、恥も外聞も捨てて逃げ出してやろうかと後ろを見るも、開け放ったはずの扉はしっかり閉じられていた。しっかり鍵もかけられている。
立場的にも物理的にも、コウタに逃げ場はなくなってしまっていた。
「…………ちくしょう。なるようになってしまえ」
コウタは数秒の逡巡の末、ようやく腹を括った。
『その意気です! バックアップは任せてください!』
「僕は、僕は……生きる。生きるんだ……!」
震えながら、コウタはやけくそに地面を蹴った。落下やエイプの時よりも明確に、色濃く死の予感がしていた。そしてそんな恐怖を置き去りにするが如く突貫していく。相手が生身でも全力で駆けた。そうしないと恐怖に追いつかれてしまうから。
『さぁ、コータくんが入場――おーっと! いきなり仕掛けた! 隊長に向けて一直線! これはエイプとの一戦でも繰り出したタックルだ! メタックル……いや、コータックルとでも名付けよう!』
『メニカちゃん!?』
自慢の脚力から繰り出す持ち技に、アミスですらドン引きするクソダサいネーミングをされながらも、コウタは駆けた。瞬く間に時速は300キロを超え、ハークまであとほんの数瞬。
「ほう、なかなか速い。割り切って小細工を使わない思い切りの良さは評価しよう」
ハークはその速さに驚かない。冷静に分析し、構えた。肩幅程度に脚を開き、少しだけ腰を落とす。肩の力を抜いて、構えるだけの力を残す。それだけの所作がやけに美しい。
「だが、それだけだ」
コウタに目もくれず、固く握った右の拳を振り降ろした。
――アリーナが、ずずんと大きく揺れた。
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