1 / 1
純喫茶「ちょんまげ」
しおりを挟む最近引っ越してきたばかりの我藤千代(20歳)は、駅からの帰り道にある喫茶店を見つけた。木製の看板には、太い筆文字で「純喫茶 ちょんまげ」と書かれている。名前のインパクトに思わず足を止める。
「ちょんまげ……?なんてユニークな名前なの」
引っ越し作業の疲れと興味本位が相まって、彼女は店のドアを押した。
店内に入ると、柔らかな光が差し込む窓際の席、深い色合いの木製テーブル、そしてアンティーク調の照明が目に飛び込んできた。オシャレでありながらもどこか親しみやすい雰囲気が漂う。
「いらっしゃいませ!」
カウンター越しから若い男性の声が聞こえる。エプロン姿の永師蒼(21歳)は、忙しそうに手を動かしながらも、千代に一瞬の笑みを向けた。
「お好きな席にどうぞ」と言われ、千代は窓際の席に腰を下ろす。
目の前に置かれたメニューを開くと、そこには「本日のおすすめ ナポリタン」と書かれていた。
「ナポリタン……ちょっと懐かしい感じでいいかも」
千代はさっそくナポリタンを注文することにした。
「すみません、本日のおすすめ、お願いします」
注文を受けたのは、店長らしき男性――蒼の父、永師翔斗だった。翔斗は「了解!」と元気よく答えたものの、カウンター内を見渡して困ったような顔をする。
「蒼、ちょっと手伝ってくれるか?」
蒼はすぐに動き出し、慣れた手つきで調理台に向かう。
「こんな風に頼むつもりじゃなかったのにな……」蒼は内心つぶやいたが、ナポリタンの調理を始めた。
数分後、千代の席に彩り豊かなナポリタンが運ばれてきた。
「お待たせしました。本日のおすすめです」
蒼が控えめに言うと、千代は「ありがとうございます」と微笑んだ。蒼はその笑顔に一瞬目を奪われたが、すぐに視線を外してカウンターに戻った。
千代はナポリタンを一口食べると、驚きに目を見開いた。
「……え、これ、すごく美味しい!」
トマトソースの濃厚な味わいと、絶妙な茹で加減のパスタ。昔ながらのナポリタンのようでいて、どこか上品さを感じさせるその味に、千代は完全に魅了されてしまった。
「すみません、このナポリタン、すごく美味しいです!誰が作ったんですか?」
千代は思わず声を上げ、カウンターにいる蒼に目を向けた。蒼は少し戸惑った様子で「僕です」と小さく答えた。
「えっ、あなたが?」
千代はさらに興味を抱き、身を乗り出すようにして質問を続けた。
「こんなに美味しいナポリタン、どうやって作るんですか?コツとかあるんですか?」
蒼は困ったような顔をしながらも、丁寧に答えた。
「えっと、特にコツというわけじゃないんですけど……父のレシピを少しアレンジしてて……」
「アレンジ!どんな風にですか?」
千代の質問攻めに、蒼は少し押され気味だ。それでも、なんとか説明を続ける。
「トマトソースに少し隠し味を加えているんです。具体的には……いや、秘密です」
「えーっ、気になる!」
千代は笑いながら言ったが、そのとき急に我に返った。自分が思わずはしゃぎすぎてしまったことに気付き、顔を赤らめた。
「ご、ごめんなさい……急に色々聞いちゃって……」
蒼は「いえ、大丈夫です」と言って、少しぎこちなく微笑んだ。
ナポリタンを食べ終えた千代は、満足そうに席を立ち、レジに向かった。翔斗に会計を済ませてもらい、「ご馳走様でした」と言ったそのときだった。
隣でコーヒーを飲んでいた常連客らしき男性が声を上げた。
「嬢ちゃん、ここではそうじゃないぜ」
「えっ?」
千代が戸惑うと、男性はニヤリと笑い、「ここでは『ちょんまげ!』って言うんだよ」と教えてくれた。
「ちょんまげ……?」
千代は思わず笑いをこらえながら、「そんなことあるんですか?」と聞いた。
翔斗は「そうなんですよ、うちの名物ルールなんです」と誇らしげに答えた。
「じゃあ……ちょんまげ!」
千代は少し照れくさそうに言ったが、その場の雰囲気が一気に和み、店内に笑い声が広がった。
店を出た千代は、爽やかな気持ちで歩き出した。
「いい店だったなあ……ナポリタンも美味しかったし……また行きたいな」
蒼の真剣な表情と、照れくさそうな笑顔が頭をよぎる。
「また会いたいかも……いや、そんなわけないか」
千代は少し恥ずかしくなり、足早に帰路に就いた。
一方、店内では、蒼がまだカウンターで片付けをしていた。
「……また来るかな」
蒼はポツリとつぶやき、千代の姿を思い浮かべた。
これが、純喫茶「ちょんまげ」で始まる二人の物語の第一歩だった。
(第1話 完)
1
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
背徳のミラールージュ(母と子 それぞれが年の差恋愛にのめり込んでいく鏡写し)
MisakiNonagase
恋愛
24歳の市役所職員・中村洋平には、自慢の恋人がいた。2歳年上の小学校教師、夏海。誰もが羨む「正解」の幸せの中にいたはずだった。
しかし、50歳になる母・美鈴が21歳の青年・翔吾と恋に落ちたとき、歯車は狂い出す。
母の恋路を「不潔だ」と蔑んでいた洋平だったが、気づけば自分もまた、抗えない引力に引き寄せられていた。
その相手は、母の恋人の母親であり、二回りも年上の柳田悦子。
純愛か、背徳か。4年付き合った恋人を捨ててまで、なぜ僕は「彼女」を求めてしまうのか。
交差する二組の親子。歪な四角関係の果てに、彼らが見つける愛の形とは――。
大丈夫のその先は…
水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。
新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。
バレないように、バレないように。
「大丈夫だよ」
すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
旦那様の愛が重い
おきょう
恋愛
マリーナの旦那様は愛情表現がはげしい。
毎朝毎晩「愛してる」と耳元でささやき、隣にいれば腰を抱き寄せてくる。
他人は大切にされていて羨ましいと言うけれど、マリーナには怖いばかり。
甘いばかりの言葉も、優しい視線も、どうにも嘘くさいと思ってしまう。
本心の分からない人の心を、一体どうやって信じればいいのだろう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる