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第三章
過去への繋がり
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風太郎は、タキの消えた左大臣邸に潜り込み情報を探った。少しでも行方を手繰り寄せようとしたのだが、前触れもなく忽然と消えたのか、何一つ収穫はなかった。
「一度のみならず、二度も……なんとおいたわしや……」
嘆く女房達の泣き声を背に、風太郎は邸を出た。
先ほどからグルグルと頭を占拠する人物。大納言の女房も、伝助の妹も、間違いなく同じ人物を示している。そして、その男はなぜかはるか遠い里の村長と繋がっていた。
昔から違和感があった。タキが里に拾われ連れられてきた時のこと。
山奥に住むガキでも解る、あまりに高貴な服を纏った美しい娘。人拐いにあったにしては汚れも破れもしておらず。山に捨てられたにしては、子供の足でも頑張ればどこかの里に降りられる中途半端な場所に置き去りにされていた。もっと言うなら、餓死もやつれもしない健康な状態で、すぐに拾われていた。めったに里から出ない村長が、偶然通りかかったその場所で。
さらに今回、美しい男と形容される人物が右大臣にも大納言にも影を残していて、さらには村長とも繋がっていたとなれば、間違いはないのだろう。
タキは、里に拾われた時から何かに利用されていたのだ。村長と、その男に。
「あのクソババァ!」
風太郎はそう吐き捨てると、伝助からの情報を待つ為、大納言の邸に戻ることにした。
大納言邸の随身所に戻り、いつものだらけた風を装ってゴロリと寝転がっているも、心中は焦りと苛立ちで気が狂いそうだった。
ひたすら待ち遠しい。こうしている間にもタキの身に何か起きているのだと思うと、どうにも抑えられない暴力的な衝動がどんどん沸き上がってくる。
しかし、絶大の信頼を唯一置く幼なじみであり仲間である伝助。仕事が早く確実な伝助なら、間違いなく情報を持ってきてくれるはずだと、起き上がりたくなる体を必死に宥める。
暫くしてピーーッという高音が僅か風に漂って、風太郎の身をガバリと起こした。
その音は不規則な長尺を刻む不思議な音で、尚且つ幼少より散々聞かされ続けたからこそ拾える僅かな音色。里の者しか聞き分けられない指笛の合図だった。
風太郎は随身所を飛び出し、この邸のさらに東へと庭を抜けていく。耳は細木れに消え行く指笛を確実に拾って迷わず足を進め、そしてひとつの植栽の前に立ち、ピュウッと口を鳴らしてから潜り込む。
細目で人の良さそうな男がニッと笑って踞っていた。
「伝助っ」
「おうっ。ん? らしくないな、どしたそんな青ざめた顔して」
「お前を待ちすぎて気持ち悪いんだよ」
「それ、喜んでいいやつ? ま、いっか。てかよ、お前、面白い事に頭突っ込んでんのな」
さすが伝助は、すぐに仕事の話に持ち込んでくれた。風太郎は飛び付くように身を乗り出す。
「どうだった?」
「風太郎が言ってた男は陰陽師だ。弓削月弥という名だがその名は渡り名だ。そんなことよりも、この男、うちの村長と繋がってたって」
「ああ、お前の妹が言ってた」
「おう。男の情報が恐ろしいほど掴めなかったからそれ聞いて村長に絞ったんだよそしたら」
「なんだ?」
「お前の村長は昔、京でどこぞの家の女房だったらしいぞ」
「……は?」
風太郎は、すっとんきょうな声を上げ、思わず周囲を確認して再び声を潜めた。
「クソババァが、京で女房?」
「あと妹から聞いたか? その村長が今、仕事で散々になってる里の男どもを徴集してる、この京に。おれも実は呼ばれたんだ。間に合わなかったけど」
大内裏にほど近い左京の一角に、広大な敷地を持つ大きな邸が構えられていた。だがどこかにきらびやかさを忘れ人々にも忘れ去られたようにただの骸と化しているのは、昔栄華を極めた一族が誰一人としてそこには住んでいないからだ。
その風化した邸の正殿左側にある西の対に、忍びの里の村長である風太郎のおばばがひっそりと佇んでいた。
蔀もすべて閉じられた暗い部屋に、ポツポツと置かれた燈台の火だけが村長を浮かび上がらせる。白髪一本も揺れることなく、空洞のように小さな目は、何もうつしていない。ただ、時を消費しているかのようだった。
カタリと小さな音が立ち、待ち人来たりと振り向くと、先ほどまでの無表情から隠しも出来ない驚きの面持ちで呟いた。
「なぜ……おぬしがここに……」
息を切らしたままの風太郎は、睨め付けるように村長を捉えた。
「それはこっちが聞きてぇわ。どういうことだ」
「なんのことじゃ」
村長は風太郎から視線を外し、またぼんやりとした表情で佇む。
「クソババァ、タキをどこにやった」
「……お前はほんとに、幸せな奴じゃのう」
呆れと安堵と、また何か複雑な思いを一瞬表情に浮かべて、僅かに微笑んだ。
「どこが幸せだよっ。好きな女を身内の大それた犯罪の駒に使われてんだぞっ!」
「どこまで知ったのだ」
「正気の沙汰じゃねえぞっ」
ジリッと一歩、風太郎は足を進めた。それだけでふわりと火が揺れ、村長の影をゆらりと膨らませた。
「クソババァ、何がしたいんだ、大内裏に火をつけて。ボケが進んで野焼きの場所でも間違ったってか?」
風太郎が伝助から聞いたのは、里の男どもの徴集が大内裏に火を放つことだったのだ。里での村長の命令は絶対である。困惑する者もいたのだろうが、風太郎がここにたどり着く時にはすでに西の空は黒煙で汚れていた。
「この場所に来たということは、ある程度ワシの事も知ったのかの? 悪いことは言わん。このまま去れ。タキは無事なはずじゃが、この京にはもうおらん」
「無事? 馬鹿言えっ。月弥という男といるんだろがっ! 場所を教えろ!」
「ふははっ。焦ってもどうもならんぞ、ワシも知らん。じゃが、待ち人ならもうすぐここに来る」
「……ここに?」
ぐるりと見渡した。豪華な造りであるはずのこの部屋も、調度品がひとつもなく殺風景で、埃臭い。人や空気の出入りがなくなっていたのだろうこの場所で、何をしようとしているのか。
ピタリと村長に視線を留めた。
「クソババァが、この邸に女房として仕えていたってのは聞いた。それと月弥と、大内裏を燃やすって馬鹿な考えはなんなんだ」
ふうっ、と村長は息を吐き出した。自分の孫ゆえに、強情で決めたらテコでも動かないのをよく知っているのだ。
「今さら話したとこでお前に邪魔はされんだろうし、もう燃え出したしのう」
「ああ、俺には大内裏が燃えようが関係ねえし。タキの居場所を月弥に聞くまで居座るぞ」
そう言うと、ドカリと腰を下ろして胡座を組む。
「そう言うと思ったわい」
村長は目を瞑り緩く首を振った。
「で? クソババァとその月弥ってえのは、どこで繋がったんだ?」
胡座の上で手を組むと、睨み上げるように村長を射ぬいた。
「ワシは元々女房としてこの邸に仕えとった。ここの宮家の血を引くお姫様の女房としてな」
「へえ、クソババァもそれなりの身分だったのか? 想像もつかん」
「お姫様はそれはもう美しい御方でお優しくてすべてに優れた御方じゃっての。琴を弾けば春薫る小鳥のさえずり、歌も知性に溢れ人の心を素直に現す清らかさ。ワシは仕えてることが幸せでたまらんかったわい。そのお姫様が、珠のように美しい子を産んでのう。ワシはなんと、乳母としてその子を育てさせていただくことになったのじゃ」
村長は顔の皺を緩めて、部屋を見渡した。
「可愛らしく無垢な姫はスクスク育っての。皆でいつも歌や楽器で季節を唄って過ごしたもんじゃ」
どこか悲哀に満ちる年老いた村長の顔を見つめ、風太郎はフウッと息を吐き出した。
「なるほど……なんか察してきたぞ。大内裏を焼くってことは、その娘が奪われたんだな?」
「さすがワシの孫。その通りじゃ。奪われたどころか皆殺しのようなもんじゃ」
気付けば村長のつぶらな瞳に、激しい憎悪の炎が蠢いていた。
「一度のみならず、二度も……なんとおいたわしや……」
嘆く女房達の泣き声を背に、風太郎は邸を出た。
先ほどからグルグルと頭を占拠する人物。大納言の女房も、伝助の妹も、間違いなく同じ人物を示している。そして、その男はなぜかはるか遠い里の村長と繋がっていた。
昔から違和感があった。タキが里に拾われ連れられてきた時のこと。
山奥に住むガキでも解る、あまりに高貴な服を纏った美しい娘。人拐いにあったにしては汚れも破れもしておらず。山に捨てられたにしては、子供の足でも頑張ればどこかの里に降りられる中途半端な場所に置き去りにされていた。もっと言うなら、餓死もやつれもしない健康な状態で、すぐに拾われていた。めったに里から出ない村長が、偶然通りかかったその場所で。
さらに今回、美しい男と形容される人物が右大臣にも大納言にも影を残していて、さらには村長とも繋がっていたとなれば、間違いはないのだろう。
タキは、里に拾われた時から何かに利用されていたのだ。村長と、その男に。
「あのクソババァ!」
風太郎はそう吐き捨てると、伝助からの情報を待つ為、大納言の邸に戻ることにした。
大納言邸の随身所に戻り、いつものだらけた風を装ってゴロリと寝転がっているも、心中は焦りと苛立ちで気が狂いそうだった。
ひたすら待ち遠しい。こうしている間にもタキの身に何か起きているのだと思うと、どうにも抑えられない暴力的な衝動がどんどん沸き上がってくる。
しかし、絶大の信頼を唯一置く幼なじみであり仲間である伝助。仕事が早く確実な伝助なら、間違いなく情報を持ってきてくれるはずだと、起き上がりたくなる体を必死に宥める。
暫くしてピーーッという高音が僅か風に漂って、風太郎の身をガバリと起こした。
その音は不規則な長尺を刻む不思議な音で、尚且つ幼少より散々聞かされ続けたからこそ拾える僅かな音色。里の者しか聞き分けられない指笛の合図だった。
風太郎は随身所を飛び出し、この邸のさらに東へと庭を抜けていく。耳は細木れに消え行く指笛を確実に拾って迷わず足を進め、そしてひとつの植栽の前に立ち、ピュウッと口を鳴らしてから潜り込む。
細目で人の良さそうな男がニッと笑って踞っていた。
「伝助っ」
「おうっ。ん? らしくないな、どしたそんな青ざめた顔して」
「お前を待ちすぎて気持ち悪いんだよ」
「それ、喜んでいいやつ? ま、いっか。てかよ、お前、面白い事に頭突っ込んでんのな」
さすが伝助は、すぐに仕事の話に持ち込んでくれた。風太郎は飛び付くように身を乗り出す。
「どうだった?」
「風太郎が言ってた男は陰陽師だ。弓削月弥という名だがその名は渡り名だ。そんなことよりも、この男、うちの村長と繋がってたって」
「ああ、お前の妹が言ってた」
「おう。男の情報が恐ろしいほど掴めなかったからそれ聞いて村長に絞ったんだよそしたら」
「なんだ?」
「お前の村長は昔、京でどこぞの家の女房だったらしいぞ」
「……は?」
風太郎は、すっとんきょうな声を上げ、思わず周囲を確認して再び声を潜めた。
「クソババァが、京で女房?」
「あと妹から聞いたか? その村長が今、仕事で散々になってる里の男どもを徴集してる、この京に。おれも実は呼ばれたんだ。間に合わなかったけど」
大内裏にほど近い左京の一角に、広大な敷地を持つ大きな邸が構えられていた。だがどこかにきらびやかさを忘れ人々にも忘れ去られたようにただの骸と化しているのは、昔栄華を極めた一族が誰一人としてそこには住んでいないからだ。
その風化した邸の正殿左側にある西の対に、忍びの里の村長である風太郎のおばばがひっそりと佇んでいた。
蔀もすべて閉じられた暗い部屋に、ポツポツと置かれた燈台の火だけが村長を浮かび上がらせる。白髪一本も揺れることなく、空洞のように小さな目は、何もうつしていない。ただ、時を消費しているかのようだった。
カタリと小さな音が立ち、待ち人来たりと振り向くと、先ほどまでの無表情から隠しも出来ない驚きの面持ちで呟いた。
「なぜ……おぬしがここに……」
息を切らしたままの風太郎は、睨め付けるように村長を捉えた。
「それはこっちが聞きてぇわ。どういうことだ」
「なんのことじゃ」
村長は風太郎から視線を外し、またぼんやりとした表情で佇む。
「クソババァ、タキをどこにやった」
「……お前はほんとに、幸せな奴じゃのう」
呆れと安堵と、また何か複雑な思いを一瞬表情に浮かべて、僅かに微笑んだ。
「どこが幸せだよっ。好きな女を身内の大それた犯罪の駒に使われてんだぞっ!」
「どこまで知ったのだ」
「正気の沙汰じゃねえぞっ」
ジリッと一歩、風太郎は足を進めた。それだけでふわりと火が揺れ、村長の影をゆらりと膨らませた。
「クソババァ、何がしたいんだ、大内裏に火をつけて。ボケが進んで野焼きの場所でも間違ったってか?」
風太郎が伝助から聞いたのは、里の男どもの徴集が大内裏に火を放つことだったのだ。里での村長の命令は絶対である。困惑する者もいたのだろうが、風太郎がここにたどり着く時にはすでに西の空は黒煙で汚れていた。
「この場所に来たということは、ある程度ワシの事も知ったのかの? 悪いことは言わん。このまま去れ。タキは無事なはずじゃが、この京にはもうおらん」
「無事? 馬鹿言えっ。月弥という男といるんだろがっ! 場所を教えろ!」
「ふははっ。焦ってもどうもならんぞ、ワシも知らん。じゃが、待ち人ならもうすぐここに来る」
「……ここに?」
ぐるりと見渡した。豪華な造りであるはずのこの部屋も、調度品がひとつもなく殺風景で、埃臭い。人や空気の出入りがなくなっていたのだろうこの場所で、何をしようとしているのか。
ピタリと村長に視線を留めた。
「クソババァが、この邸に女房として仕えていたってのは聞いた。それと月弥と、大内裏を燃やすって馬鹿な考えはなんなんだ」
ふうっ、と村長は息を吐き出した。自分の孫ゆえに、強情で決めたらテコでも動かないのをよく知っているのだ。
「今さら話したとこでお前に邪魔はされんだろうし、もう燃え出したしのう」
「ああ、俺には大内裏が燃えようが関係ねえし。タキの居場所を月弥に聞くまで居座るぞ」
そう言うと、ドカリと腰を下ろして胡座を組む。
「そう言うと思ったわい」
村長は目を瞑り緩く首を振った。
「で? クソババァとその月弥ってえのは、どこで繋がったんだ?」
胡座の上で手を組むと、睨み上げるように村長を射ぬいた。
「ワシは元々女房としてこの邸に仕えとった。ここの宮家の血を引くお姫様の女房としてな」
「へえ、クソババァもそれなりの身分だったのか? 想像もつかん」
「お姫様はそれはもう美しい御方でお優しくてすべてに優れた御方じゃっての。琴を弾けば春薫る小鳥のさえずり、歌も知性に溢れ人の心を素直に現す清らかさ。ワシは仕えてることが幸せでたまらんかったわい。そのお姫様が、珠のように美しい子を産んでのう。ワシはなんと、乳母としてその子を育てさせていただくことになったのじゃ」
村長は顔の皺を緩めて、部屋を見渡した。
「可愛らしく無垢な姫はスクスク育っての。皆でいつも歌や楽器で季節を唄って過ごしたもんじゃ」
どこか悲哀に満ちる年老いた村長の顔を見つめ、風太郎はフウッと息を吐き出した。
「なるほど……なんか察してきたぞ。大内裏を焼くってことは、その娘が奪われたんだな?」
「さすがワシの孫。その通りじゃ。奪われたどころか皆殺しのようなもんじゃ」
気付けば村長のつぶらな瞳に、激しい憎悪の炎が蠢いていた。
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