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羽馬千香子
13話 受け止めます(2)
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トボトボと小石を蹴りながら家までの道を歩く。部活に出なくなってから、夕方のまだ明るいうちに帰路についている。帰ってもボケーっとしているだけで、かといって勉強を頑張るわけでもなく、ただただ時間を無駄に過ごしている。
(はやく、慣れなきゃ……)
はっきりとはわからない何かに焦っている。すぐに浮き上がりそうになる思考を抑えて、何か夢中になれる趣味でも見つけよう。
小石を見失って探そうと立ち止まったところで「羽馬さん!」っと声がかかって、肩が震えた。振り向けずにかたまっていると、円堂先輩が目の前まで駆け寄ってきた。
「こ、こんにちわ」
先輩と対峙するにはまだ心構えが整っていなくて、心臓が急激に動き出す。
「羽馬さん、ごめんね」
「え?」
謝るのは自分のほうなのだ。先輩の謝罪の意味がわからず視線を上げると、先輩の唇の端が赤くなっていた。いや、それよりも白い頬に痣が浮き上がっていてギョッとした。
「ど、どうしたんですか! 先輩!」
「あ、うん」
先輩は頬をさすりながら苦笑している。
「ちょっと、罰をくらっちゃった。血気盛んな後輩から」
「ええっ?」
とりあえず唇の血だけでもなんとかしようと、カバンの中を漁って絆創膏を引っ張り出した。
それを受け取った先輩に、「少し歩きながら、話しない?」と促され、並んで歩き始めた。
「……僕さ、あまり心の中を人に見せたくない人間だったからさ。羽馬さんの言葉が刺さっちゃったっていうかさ」
「私、の言葉?」
「うん。そうか、表に出さないと、君を応援しているよ、いつでも見守っているよって、伝わらない。伝えれば、ひょっとしたらその人の力になるんじゃないかって気付かされた」
先輩の足が止まる。
「なんか、勢いづいちゃったというかさ、後のこと考えなかったっていうかさ。それで、羽馬さんが学校に居づらくなるんだったら本末転倒だった。ごめん」
「……先輩」
「……だけど、この際だから言うけど、応援以上の気持ちを、持ってしまったことは謝らないから」
「……」
「僕の絵で、伝わった、よね?」
頷くことしかできなかった。嘘でも「わからない」と言えたなら、有耶無耶にできたなら、気付かないフリをして今まで通りにできるなら、先輩に同じ想いを返せない苦味から逃げられたのかもしれないけれど。
今まで何も知らなくて自分の想いばかり発信してずっと先輩を傷つけていたことに比べれば……。
「よかった」
先輩はそう言って、少し微笑んだ。
再び歩き始めた先輩の足取りに合わせる。自分の足元に纏わりつく影を目で追いながら、返事を求めてこない先輩の様子に、安堵している。
私はまだまだどこまでも子供で、どうしたら先輩を傷付けないですむのか、わからなかった。
「あ、そうだ。部活は、来て、ね? 僕ら三年生はもう退部してるんだ。文化祭で最後だから」
「え、そうだったんですか」
先輩の明るい声のトーンに吊られるように、顔を上げた。
「部員少ない上に、ムードメーカーがいなくなって、この間の壮行会、みんな嘆いてたよ」
「ムードメーカー、ですか。戦力とかじゃなくて」
「うん、ムードメーカー」
はっきり言い切る先輩に、思わず噴き出してしまって、そこからふたりでクスクス笑い出した。
家に辿り着く頃には、部活での思い出話で盛り上がっていて、「じゃっ」と軽く手を上げて去っていく先輩の背中を笑顔で見送っていた。
きっと、先輩の優しさだったのだと、その時に気付いた。部活で会わなければ、ふたつも上の学年の先輩と交流することは、これからの時期もうない。彼らはこれから受験に突入していって、あっという間に卒業なのだ。
こうやって、会いに来てくれなければ、ずっと思い出が沈んだままだっただろう。
あの絵が応援でそして告白だったのなら、自分はちゃんとそれを受け止めるべきだ。逃げてばかりじゃ、あんな素敵な絵を描いてくれた先輩に失礼だ。
「どうせなら、笑顔を描いてもらえるような人間に、ならなきゃだ」
空を見上げれば、まだ夕焼けには遠い青色で。この空の色が似合うようになりたい、と思った。
家の門を開けようとしたところで、キーッと強く擦り切れる音がして、ふと道路へ視線を戻せば自転車から飛び降りるようにして、誠司くんが目の前に現れた。
(はやく、慣れなきゃ……)
はっきりとはわからない何かに焦っている。すぐに浮き上がりそうになる思考を抑えて、何か夢中になれる趣味でも見つけよう。
小石を見失って探そうと立ち止まったところで「羽馬さん!」っと声がかかって、肩が震えた。振り向けずにかたまっていると、円堂先輩が目の前まで駆け寄ってきた。
「こ、こんにちわ」
先輩と対峙するにはまだ心構えが整っていなくて、心臓が急激に動き出す。
「羽馬さん、ごめんね」
「え?」
謝るのは自分のほうなのだ。先輩の謝罪の意味がわからず視線を上げると、先輩の唇の端が赤くなっていた。いや、それよりも白い頬に痣が浮き上がっていてギョッとした。
「ど、どうしたんですか! 先輩!」
「あ、うん」
先輩は頬をさすりながら苦笑している。
「ちょっと、罰をくらっちゃった。血気盛んな後輩から」
「ええっ?」
とりあえず唇の血だけでもなんとかしようと、カバンの中を漁って絆創膏を引っ張り出した。
それを受け取った先輩に、「少し歩きながら、話しない?」と促され、並んで歩き始めた。
「……僕さ、あまり心の中を人に見せたくない人間だったからさ。羽馬さんの言葉が刺さっちゃったっていうかさ」
「私、の言葉?」
「うん。そうか、表に出さないと、君を応援しているよ、いつでも見守っているよって、伝わらない。伝えれば、ひょっとしたらその人の力になるんじゃないかって気付かされた」
先輩の足が止まる。
「なんか、勢いづいちゃったというかさ、後のこと考えなかったっていうかさ。それで、羽馬さんが学校に居づらくなるんだったら本末転倒だった。ごめん」
「……先輩」
「……だけど、この際だから言うけど、応援以上の気持ちを、持ってしまったことは謝らないから」
「……」
「僕の絵で、伝わった、よね?」
頷くことしかできなかった。嘘でも「わからない」と言えたなら、有耶無耶にできたなら、気付かないフリをして今まで通りにできるなら、先輩に同じ想いを返せない苦味から逃げられたのかもしれないけれど。
今まで何も知らなくて自分の想いばかり発信してずっと先輩を傷つけていたことに比べれば……。
「よかった」
先輩はそう言って、少し微笑んだ。
再び歩き始めた先輩の足取りに合わせる。自分の足元に纏わりつく影を目で追いながら、返事を求めてこない先輩の様子に、安堵している。
私はまだまだどこまでも子供で、どうしたら先輩を傷付けないですむのか、わからなかった。
「あ、そうだ。部活は、来て、ね? 僕ら三年生はもう退部してるんだ。文化祭で最後だから」
「え、そうだったんですか」
先輩の明るい声のトーンに吊られるように、顔を上げた。
「部員少ない上に、ムードメーカーがいなくなって、この間の壮行会、みんな嘆いてたよ」
「ムードメーカー、ですか。戦力とかじゃなくて」
「うん、ムードメーカー」
はっきり言い切る先輩に、思わず噴き出してしまって、そこからふたりでクスクス笑い出した。
家に辿り着く頃には、部活での思い出話で盛り上がっていて、「じゃっ」と軽く手を上げて去っていく先輩の背中を笑顔で見送っていた。
きっと、先輩の優しさだったのだと、その時に気付いた。部活で会わなければ、ふたつも上の学年の先輩と交流することは、これからの時期もうない。彼らはこれから受験に突入していって、あっという間に卒業なのだ。
こうやって、会いに来てくれなければ、ずっと思い出が沈んだままだっただろう。
あの絵が応援でそして告白だったのなら、自分はちゃんとそれを受け止めるべきだ。逃げてばかりじゃ、あんな素敵な絵を描いてくれた先輩に失礼だ。
「どうせなら、笑顔を描いてもらえるような人間に、ならなきゃだ」
空を見上げれば、まだ夕焼けには遠い青色で。この空の色が似合うようになりたい、と思った。
家の門を開けようとしたところで、キーッと強く擦り切れる音がして、ふと道路へ視線を戻せば自転車から飛び降りるようにして、誠司くんが目の前に現れた。
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