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峯森誠司
7話 やっかいな性格(2)
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水曜日の委員会後、赤尾先輩が待っていて、細切れで繋がっていた羽馬と過ごす時間はなくなった。
先輩が駆け寄ってくるのを見た時の、アイツの「あ」の唇の形は何度も何度も頭に浮かんでは沈んで底にたまっていく。
なんとも言えない喪失感の理由に蓋をして、このまま流されていけばいつかこのやるせない気持ち悪さは薄れていってくれないだろうかと、思ってさえいる。
顔だけが好みなら、こんなしょーもないヤツがどんなに残念だと知られてもなんともない。それだったら、このまま強く塗りつぶしてくれる強い波に呑まれていけば楽になれるかもしれない。
赤尾先輩と、部活が午前終わりの日曜に映画を見に行く約束までした。
この小さな街に映画館などなく、ふたつ隣の都会にある商業施設が目的地で、そこの駅で待ち合わせすることになっていて、一旦家に戻って昼飯食べて着替えてからまた地元の駅に戻った。
まさか、そこで羽馬とかち合うなんて、思ってもなかった。
「あ、峯森くん」
上りのホームで小さな本を読んで電車を待っていた羽馬が、私服でスカートをはいていたことに、なんだかすごくショックを受けて、すぐに反応できなかった。
「……あ、おう……」
会いたかったようで、会いたくなかった。なんで俺はここまで厄介な性格になったんだ。
気付きあったからには別々に待つのも奇妙すぎる。ギクシャクする手足を無理に動かして、なるべく自然に羽馬の横に並んだ。
「峯森くんも、遊びに行くの?」
「……ああ」
頼むから目的地が別であってくれと、今俺の財布の中の小銭を全部賽銭にしていいから神様頼むと、汗ばむ手のひらをジーンズに擦りつけた。
そして、ちらりと横を覗き見る。ひらりとスカートの裾が視界に入った。
中学の頃の羽馬の私服はまるで少年だったのに。「峯森くんも」と言うことは、羽馬も遊びに行くのだろう。誰と? そんなの、決まっている。
「部活、半日だったの?」
「おう、顧問の用事で。バスケも?」
「昨日練習試合で遠出したから、午前中だけで終わった」
「そっか」
先週はあんなにスラスラと自然に楽しく喋れていたはずなのに、なんだこの俺の緊張感は。ちゃんと呂律回って聞こえてるんだろうか。ああ、ドリンク買いてぇ。でも今このタイミングで離れて自販機行くのも、変に思われるか?
「あ、電車来た」
線路の続く先を覗き込む羽馬の髪の毛が、はらりと肩から滑り落ちていく。俺越しに見ようとして、前のめりになったその仕草が、妙にドキドキした。
薄手のシャツの肩口は透け感のあるヒラヒラとした生地で、細い二の腕が太陽の光で白くてかっていた。
自分の手のひらが、勝手に伸びていきそうになって、誤魔化すように額の汗を拭う。
冷房の聞いた車両に乗り込めば、その熱と衝動は治まる、そう願わずにはいられなかった。
先輩が駆け寄ってくるのを見た時の、アイツの「あ」の唇の形は何度も何度も頭に浮かんでは沈んで底にたまっていく。
なんとも言えない喪失感の理由に蓋をして、このまま流されていけばいつかこのやるせない気持ち悪さは薄れていってくれないだろうかと、思ってさえいる。
顔だけが好みなら、こんなしょーもないヤツがどんなに残念だと知られてもなんともない。それだったら、このまま強く塗りつぶしてくれる強い波に呑まれていけば楽になれるかもしれない。
赤尾先輩と、部活が午前終わりの日曜に映画を見に行く約束までした。
この小さな街に映画館などなく、ふたつ隣の都会にある商業施設が目的地で、そこの駅で待ち合わせすることになっていて、一旦家に戻って昼飯食べて着替えてからまた地元の駅に戻った。
まさか、そこで羽馬とかち合うなんて、思ってもなかった。
「あ、峯森くん」
上りのホームで小さな本を読んで電車を待っていた羽馬が、私服でスカートをはいていたことに、なんだかすごくショックを受けて、すぐに反応できなかった。
「……あ、おう……」
会いたかったようで、会いたくなかった。なんで俺はここまで厄介な性格になったんだ。
気付きあったからには別々に待つのも奇妙すぎる。ギクシャクする手足を無理に動かして、なるべく自然に羽馬の横に並んだ。
「峯森くんも、遊びに行くの?」
「……ああ」
頼むから目的地が別であってくれと、今俺の財布の中の小銭を全部賽銭にしていいから神様頼むと、汗ばむ手のひらをジーンズに擦りつけた。
そして、ちらりと横を覗き見る。ひらりとスカートの裾が視界に入った。
中学の頃の羽馬の私服はまるで少年だったのに。「峯森くんも」と言うことは、羽馬も遊びに行くのだろう。誰と? そんなの、決まっている。
「部活、半日だったの?」
「おう、顧問の用事で。バスケも?」
「昨日練習試合で遠出したから、午前中だけで終わった」
「そっか」
先週はあんなにスラスラと自然に楽しく喋れていたはずなのに、なんだこの俺の緊張感は。ちゃんと呂律回って聞こえてるんだろうか。ああ、ドリンク買いてぇ。でも今このタイミングで離れて自販機行くのも、変に思われるか?
「あ、電車来た」
線路の続く先を覗き込む羽馬の髪の毛が、はらりと肩から滑り落ちていく。俺越しに見ようとして、前のめりになったその仕草が、妙にドキドキした。
薄手のシャツの肩口は透け感のあるヒラヒラとした生地で、細い二の腕が太陽の光で白くてかっていた。
自分の手のひらが、勝手に伸びていきそうになって、誤魔化すように額の汗を拭う。
冷房の聞いた車両に乗り込めば、その熱と衝動は治まる、そう願わずにはいられなかった。
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