自ら踏みにじった恋

犬野花子

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躊躇いは間違い

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 昼休み、いつものように男三人でダベっていると、見知らぬ女達がやってきて、アキラを呼び出した。

 出た、チャレンジャー。
 名札を見ると三年だった。オレ達は一年だ。二個下の男の後輩に堂々と告白する強者もいるんだなあ、と連れられていくアキラを見つめると、その当人は苦虫噛み潰したような顔をしていた。
 あんな男前がああいう顔すると、マジで苦そうだ。

 集団が去っていくと、カズヤがなぜかキラキラした顔を向けてくる。
「なあ! あれで何人目だっけ? まだ二学期でこの勢い。おれ数えてりゃよかったなー」
「お前は呑気だなー」
「え? 嬉しいだろ? ダチがモテるのは」
 こいつはちょっとアキラの信者ちっくなところが昔からある。男同士の妬みとかまったく感じないのか。

 そう考えて、ふと自分のことを思う。
 オレも今までアキラに対して、そういう感情は抱いたことがない。確かに小学校時代に出会った時は変に意識して対抗心燃やしてたかもだけど、そんなことバカらしくなるくらいアイツは別格だったし。
 オレもカズヤと同じで、モテまくるアキラがむしろ自慢だった。

 じゃあ、なんで今、オレはこうなったんだろう。
 なんであんなにムカついてるんだろ。
 なんであんなに攻撃したくなるんだろう。

 何か答えがポロっと出そうになって慌てて振り切った。知りたいことではない、それは。


 しばらくして戻ってきたアキラは見るからにゲンナリしていて思わず吹いた。
 ガラガラガラと、だるそうに椅子を引いて座ると机に伏せた。
「あーーーーめんどくさいーー」
「モテる男は辛いですなあーリョウ殿」
「そうでございますなーカズヤ殿」
「なんだよお前らー」
 顔を上げ小さく頬杖をついて深い溜息をついている。「学園祭であれだけハッキリとナツミアピールしてんのに、なんで言い寄ってくるかなあ」
「あれだ、もうプラカードかなんかで常に掲げとくとか?」
「いや、さっきのは、彼女いてもいいから付き合えって言われた……。そうなるとなかなか聞き分けてくんない、ほんとめんどくさい」
「おれの知らない世界だ……」
 カズヤがなぜかアキラに向かって合掌している。

「あれ先頭の人だろ? けっこう美人な先輩だったけど、あれでもダメなんだ?」
 オレはちょっとした意地悪とちょっとした好奇心で聞いた。するとアキラは何を今さらというように、スクッと背筋を伸ばした。
「俺にはもはや、ナツミ以外の女は背景にしか見えん」
「背景? カボチャ、とかじゃねーんだ」
「ああ、ちなみにお前らも背景だぜ。まあ3Dで若干浮いて出てるけど」
「若干かよっ!」
 だははははっと一斉に笑う。

 なんか男同士でいるほうがオレの性に合ってるんだろうな。かといって、甘い密を吸いはじめてしまった。やめ時がわからない、いややめれない?

 オレはちょっとした自分への賭をしてみた。
「あのさ、急に話変わるけどアキラ、夏美ちゃんとやっぱヤッてんの?」
「げっ! リョウはアホかっ!」
 とカズヤが耳を塞ぐ。どうもヤツはふたりのそういう話を耳に入れたくないらしい。
「ヤッてる。狂った猿のように」
 何故かカズヤの耳元で答えるアキラもアキラだが。
「ぎゃーーーーっ!! おれの清らかな青春がーーっ!」
 そのままどっかへ逃げてしまった。
 アキラとふたりで顔見合わせて笑う。

「そういう時って、やっぱ避妊、してんの?」
「お? まさかリョウ、そんなことなってんの?」
 アキラが身を乗り出してきたので慌てて手を振った。
「いや、ただの興味! 今後の参考的な?」
「ほーー」
 あんま信じてなさそうだ。それでも欲しい情報をくれた。
「金がいるのと年齢的にそこらで買いにくいだろ? だから俺はカズヤの兄貴に箱まとめ買いの出世払いしてもらった」
「……箱まとめ買い……出世払い……」

 正直、そんなに買うほどヤりまくってんのかという衝撃と、いったいカズヤの兄貴はどこまでアキラに甘々なんだとの恐怖とで、フリーズした。

「リョウもタツ兄に頼むか?」
 ……いや、たぶんアキラだからそこまでやってくれてるんだと思う……。
「いや、オレは別にまだそういう予定は」
 ゴソゴソとなぜかズボンのポケットに手を突っ込んで、オレの手を机の上に引っ張り出して手を重ねる。なにかチクチクしたものがあたる。
「これ、とりあえずやる。家に帰ればまだあるからいつでも言って」
「え?」
 退けられた手から出てきたのは銀色の小さな包装されたもの3、4枚。慌てて手を引っ込めて両手でグチャッと握りしめた。

「お、お前なんで、制服に入ってんの? こんなもん!」
「いつなんどきナツミと育むかわかんないだろ?」
「はぐくむ……」
「まあ、俺としてはそろそろコレを無しの方向に持っていきたいとこなんだけどね、だからまた入り用なったら遠慮なくどーぞ」
 そう言って綺麗な顔で微笑まれて、なぜか背筋が凍りそうだ。
 ……なんか、がんばれ、夏美ちゃん……。



 家のベッドに制服のままダイブしてあお向けになる。意味もなく天井を睨む。
 そしてポケットから昼、アキラから貰ってしまったモノを取り出して見る。

 どっからどう見ても、アレだなこの包み紙……。
 手に、簡単に手に入ってしまった……。これはアイツとセックスしてしまえという、神のお告げか? それとも悪魔の囁きか。

「どーすっかなー……」
 自分で呟いておきながらあまりにも重い口調に笑う。

 実はアレ以来の1ヶ月、連絡も取ってないしメールもしたことない。学校では日直になった時ぐらいしか接点もない。
 なんだったらこのまま何もなかったかのように過ごせるのだ。なのにオレはなぜ悩むんだろうか。
 アイツとセックスしたいだけ? なんでよりによって別のヤツが好きだっていう女に拘る?

 実はカズヤの手前黙ってたが、2度ほど告白されたことがある。学園祭の時に。だからその面では困ってどうしようもなくて、でもない。
 ヤりたいだけなら、自分のこと好きだと言ってくる子と順序踏んでいずれそうすればいい。

 ふと甦る記憶。
 大きなグラウンドの喧騒の中、気持ち良さそうに風を切り駆け抜ける少女の姿。

 あのとき思った。
 なんであんなに楽しそうに走るんだ? なんであんなに気持ち良さそうに走れるんだ?
 オレはいつも苦しみながらボールを追っているというのに。

 あれから毎年、自分の試合の合間を縫って、運動公園の中を駆けて見に行った、あの3年間。

 オレはこの思い出の中にある清らかなアイツを、汚してみたくなったのか……?

 ムクッと起き上がって、カバンからスマホを取り出した。




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