次の配属先が王太子妃となりました

犬野花子

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27 再会

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 オヴェストの領地は思っていたよりも近く、マルクレン城から南西に馬車を走らせて半日もかからない距離らしい。
 あらかじめ手紙で会いたいという旨を知らせると、すぐに返事は届いた『喜んで』と。

 リリアナは城内に来てから初めて連休を取得し、産まれ育った城下町をこれまた初めて離れることとなり、大興奮であった。

 庶民丸出しの私服しか持っていなかったので、貯めた給金でちょっと贅沢なワンピースを購入し、馬車に乗り込んでも窓から頭を出したまま、流れる景色を楽しんだ。
 ジルベルトの計らいで、辻馬車ではなく町業者の馬車を借りることが出来たので、城からオヴェストの領地までノンストップで直行できる。こんな贅沢なことはないと、道中を楽しんだ。

 さすがにお尻も痛くなり、酔いに近い状態で疲れが出始めたところで、目的地であるシラクーザ領に馬車は入った。
 そしてさらに中心のシラクーザの領主が住まう公邸へと向かう。

 リリアナは、軽い気持ちで考えていたことを、徐々に後悔していく。
 馬車が一度止まり、大きな門で衛兵に身分確認をされ、その巨大な鉄門が開かれてから長い馬車道を通り、木立の向こうからチラホラ見えていた建物の屋根が見上げるほどになったところで、馬車が大きなアプローチに滑り込んだ。
 すでに足元がガクガクした状態で馬車から降りれば、目の前の大きな玄関にメイドや執事と思われる者達が出て来て、恭しく頭を下げられてしまった。

 そうだった、そうなのだった。王太子殿下の妃候補になる令嬢達なのである。そりゃ、度肝を抜く。庶民が想像出来るような生活を送っていると思ったら、大間違いだったのだ――と、今思い知ったのだ。

「ようこそいらっしゃいましたリリアナ様。クレオお嬢様が、大変心待ちにしておりまして、ささどうぞご案内いたしますのでこちらへ」
「は、はひぃ」

 返事を失敗しながらも、促されて荷物を持ってもらった。違和感しかない。酒場の娘であることは、絶対彼らにはバレたくないと思った。
 そもそも公邸なぞ、城の次に一般庶民には縁のない、絶対足を踏み入れるチャンスのない場所なのである。

 執事の後ろをついていきながら、ずっとリリアナの口はカポーンと開きっぱなしだった。
 公邸は、いわゆる城の縮小版のような立派で赴きのある建物だった。

 マルクレン王国は27の領地を有している国で、その各領地を統制する領主が、居住と政務を兼ねる建物――それが公邸なのだと、出発前にジルベルトに教えてもらっている。
 よほどのことがないと、世襲制で代々引き継がれていくので、オヴェストもといクレオは、ものすごーく超が何個でもつくお嬢様である、とこれもジルベルトに念を押されている。

 城で軽口を叩いていた自分を殴ってやりたいと、リリアナは心底項垂れた瞬間であった。

 ズンズンと長いこと歩く。ざっくりと2棟で構成されている公邸の、奥が居住スペースとなっているようだ。
 豪華で広々とした応接室に通され、チョコンと身を小さくして待っていれば、すぐに奥の大きな扉が開かれた。

「リリアナ!」

 クレオが高級ドレスを鬱陶しげに蹴散らして駆け寄ってきて、リリアナに飛び付いてきた。
「うへっ! お、オヴェスト様っ」
 勢いとドレスの重みが相まって、リリアナはクレオに抱きつかれたまま押し倒されてしまった。

「お、お嬢様?!」
 ギョッとした執事やメイド達がワラワラと駆け寄ってふたりを起こすが、当の本人達は声をあげて笑っていた。

 さっきまでの緊張などあっという間に消え去って、リリアナは久々に再会出来たクレオの両手を握ってブンブンと振った。
「オヴェスト様ったら、すっごい元気そうで、よかったー!」
「あら、リリアナも相変わらずだわ! まったく面白いくらいに変わってないわね」
「人間、そんな急に変わります?」
「少しは色気づいたかと思ってたのよ。皆無ね」
「ちょっとおー」
「うふふ」

 執事に促されて、ソファに座るふたりだが、対面が遠いということで横並びに座っている。家人達はそれを微笑ましく見過ごして、静かに応接室を出ていった。

 お互いの近況報告を矢継ぎ早に繰り出し、一息ついたところで、クレオは改まったようにリリアナへ身体を向けた。
「本当に、よく来てくれたわ。貴女にはもう一度会って、ちゃんとお詫びをしたいと思っていたの」
「私もです。オヴェスト様がお城にいないと、なんだかつまらないですよ。スッド様も仰ってましたよ?」
「なんだかすでに懐かしいわねぇ」
「ほんとですよ」

 リリアナはバッグから封書を取り出し、クレオに手渡した。
「あとこれ、ノルド様から預かっていたお手紙です」
 クレオはハッとしたように瞳を見開き、恐る恐る手紙を受け取った。
「……わたくし、に?」
「はい。ノルド様はあの池でのことを、ご家族へは自分が間違って足を踏み外したと、おっしゃってるようです。そして、私もお手紙をいただいたんですけど、ノルド様もあの瞬間のことがよくわからなかったと。でも、オヴェスト様に押されたとは思っていないとありました。私もオヴェスト様が故意にしたとも思えず……。あの日のこともう少し詳しく教えていただけませんか?」

 オヴェストは静かに頷いた。
 リリアナとしっかり視線を交わらせて、オヴェストは切り出した。
「そうね……あの時、スッドと話をしていたの。後からノルドも加わって。3人で話していた時に彼女の、ノルドの足元にローゼピカンティが落ちていたの。それでわたくし、カッとなって」
「え」
「待って、言い訳させてっ。こんなに度重なって踏み潰された花を見せられたら、誰だってカッとなるでしょ?! もちろん自分の気が短いのは承知してるわよ? だけど止まらなくて、彼女に詰め寄った自覚はやっぱりあるわ」

 そこまで息を詰めるように告白した後、オヴェストは視線を落とした。
「だけど、だけど、わたくしは手を出したつもりはないの。もちろん故意に池に落とそうだなんて、そんなことも考えてもないの。信じてもらえないでしょうけど……」

 オヴェストの華やかな面差しは雲っていた。気高い彼女が、そんな表情を浮かべることなど今まで一度もなかった。いつも自信に満ち、パワフルで傲慢で、それが輝きとなり美しさを引き立たせていたのだ。

 そんな彼女の手をしっかり握りしめて、リリアナは大きく頷いてみせた。
「信じますって。オヴェスト様の気性の荒さと繊細な心には、折に触れて参りましたから。なにより、嘘をつくなんてそんなタイプじゃないですからね、真っ向から戦うお方ですから!」
「……ちょっと、それ、誉めてるのよね?」
「もちろんです!」

 ニンマリと笑うリリアナに、クレオは弾けるように笑顔を咲かせた。
「やだわ、リリアナの術中ね」
「なんですか、人聞きの悪い」

 お互いにクスクス笑いあってから、クレオは深呼吸した。
「わたくしはあの時、頭に血がのぼっていたから、やっぱりそばにいたスッドやノルドに聞いたほうがいいわね。知らない間に自分を庇ってそうだわ」
「スッド様も、あまりにも突然のことでよくわからなかったようです」
「そう……」
「他に何か、気になることとかありませんでした? その花とか、落ちた瞬間とか」
「そうねえ……」

 オヴェストは眉根を寄せて記憶を手繰りよせようとしている。
「そういえば、エストには聞いたの?」
「エスト様は体調崩されて、まだお会いできてないんですよ」
「そうなの。エストもあの場にいたと思うから、わたくし達よりあてになるかと思ったのだけど」
「そうですよね。とにかく、花が誰の手によって持ってこられたのか、それがスッキリしないと気持ち悪いですもんね」

 唯一、話を聞けていない。リリアナも頭にはあったが、なかなか面会までこぎ着けることは出来てなかった。

「こりゃなんとしても、エスト様と話をするチャンスを掴まねばっ」
 リリアナが握りこぶしをつくってみせると、クレオは吹き出している。
「無茶しそう」
「もー、なんでみんなそういう扱いなんですかっ」

 堅実にせせこましく慎ましく生きてきたはずのリリアナだが、どうやら城でのイメージは危険物扱いらしい。

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