次の配属先が王太子妃となりました

犬野花子

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26 無意識から始まる意識

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 昼間から始まったパーティーは夕刻にお開きとなった。
 その後の片付けにてんてこ舞いだったリリアナだが、残念ながらそのまま宿舎に直行することは叶わなかった。

 何故なら、同じく疲れているはずのジルベルトに、いつも通り小屋へ来いと呼び出しをくらっていたからだ。

「鉄人ですか? それとも超人? え、ドM変態?」

 女官が王太子にかけた言葉である。言われたジルベルトは顎に手を添えて図面とにらめっこしながら呟いた。
「誉められた」
「誉めてないっ」
 リリアナは自分の台詞を取られてプーッと頬を膨らませ、ジルベルトは図面からリリアナに視線を移し「あはは」と楽しそうに声を上げた。

 その一瞬のギャップに、リリアナはまた謎の胸の苦しさを味わった。
 その綺麗な顔を、あまり無邪気に緩めて欲しくない。心臓に悪い。と、心中でぼやきながらリリアナもジルベルトの横に腰をおろした。

「どうだった、パーティーは。いい男が沢山いただろ」
「仕事に集中してましたし、なんならジルベルト様に邪魔された感ありますけどっ」
「へー、お前ってルチャーノみたいなのが好みだったのか」
「別にそんなのないですって」
「ふーん……」

 興味があるのかないのか、ジルベルトの返しはいまいち鈍く、妙な沈黙が小屋に残った。

 なんとなくリリアナは身じろぎして、座り直す。
「そ、そういえば、そのルチャーノさんから手紙受け取ったんですけど」
「ああ」
「ノルド様――じゃなくてアンナ様からの手紙だったんですけど、オヴェスト様への謝罪の手紙をことづけられたんです。宛先がわからないからと」
「そうか。俺も知らされてはないから、チェルソン通して聞いてみとくよ」
「それで私、出来ればオヴェスト様と直接話をさせてもらいたくて……休日多めに取って行ってきていいですか?」

 そこでジルベルトは視線をリリアナに再び向けた。
「行くのか?」
「はい。手紙じゃ色々聞きづらいんですよね。あの池事件のこと、どーにも気になって」
「そりゃ俺も気にはなってるけど、どこの領地か知らないぞ? 遠方だったらどーするんだ」
「なので長めの休暇を」
「……」

 ジルベルトは押し黙ってしまった。
 リリアナはなんとなく、前世のオフィスレディだった頃を思い出した。職場の上司に有給もらう時のあの独特の重苦しさを。

 しばらく無言でジーッと見つめられて、リリアナは妙に緊張してきた。その無言の圧に耐えてようやく、ジルベルトが口を開いた。
「……じゃあ二日な。二日で行って帰ってこれる距離なら許そう」
「なぜ二日だけなんですか」
「お前を野放しにすることに、一抹の不安を覚えるどころか胸騒ぎしか起きないからだ」
「失礼なっ。過保護ですかっ」

 ブッとリリアナが吹き出せば、眉間に皺を寄せていたジルベルトもフッと脱力したように微笑む。
「間違っても池に飛び込むなよ。困ったら、ちゃんと大人を呼ぶんだぞ」
「子供のお使いですかっ」

 ふたりでひとしきり笑いあってから、リリアナはポンッと手を打った。
「あ、そうだ。ジルベルト様が私いない間寂しい思いをしないように、これ、渡しておきますね」
「なんで俺が寂しがらなきゃならないんだよ」
 そう言いながらも、リリアナがポケットから取り出した紙を素直に受け取った。
 そこには、色んな形の絵と簡単な説明文が書き込まれていた。

「私が思い出した便利グッズです」
「思い出した?」
「あ、思い付いたってやつです。夢で見たというか。これなんかどうです? 炊飯器って言って、釜の前に人がはり付いていなくても時間が来ればお米が炊き上がるんです。あとこれは、電話って言って、遠く離れた相手と声のやり取りが出来るもので」
「すごいな!」

 ジルベルトはパアッと顔を輝かせた。
「え、どういう仕組みでいけば、遠くの声が届くんだろうか!」
「それなんですよねー。私もその辺の知識がさっぱりで、もっと普段から身近なことに興味を持つべきでしたねー」

 この世界にはまだ電気の文化がない。鉱石の力でどこまで近付けることが出来るのか、リリアナには思い付かないのだ。

「お前ほんと、俺を飽きさせないな」
 つくづくと、感心したようにジルベルトはメモ用紙とリリアナを見比べている。
「でも、それだけじゃ、実現させるにはなんの手掛かりにもなりませんよ」
 リリアナ的には不甲斐ない自分にしょぼくれている。もっと自分に知識があれば、王子の本当の力になれただろうと思うと、少し寂しいとも思ってしまう。

「なんだよ、その顔は」
 ジルベルトはご機嫌に笑っていた。
「実現だなんて、もっとずっと先にあるもんなんだから。どうすればどうやったらって、考えて想像して失敗して気付いて、そういう過程がワクワクして一番大事なことだろ」
「……ジルベルト様」

 リリアナは目を見開いた。
 王子がいつもどうして、疲労困憊の中でも小屋で物作りに没頭するのかを、そして彼の本質を、なんとなくわかった気がした。
 王太子としての自分と本来の性分が大きく剥離している中で、バランスを保つ為に切り替える為に、てのもあるかもしれないけど。彼にとっては趣味の範囲を越えて、なくてはならないものなのだろう。物作りをすることで、自分を養い構築しているのかもしれない。

 急に黙りこんだリリアナに、ジルベルトは大きな瞳を瞬かせてから口の端をニッと上げてみせた。
「俺に惚れるなよ」
「……だっ」

 リリアナはいつもの調子で言い返そうとして、言葉に詰まった。
 オットーならともかく、いやオットーでさえ本来ならお目通りにも叶わないような、自分とは対極にあるような人間である。ましてや目の前のジルベルトは、このマルクレン王国の王太子殿下。
 うっかり恋していいような相手ではないし、庶民はそのうっかりすら有り得ないほど遠い遠い雲の上の存在である。

(あまりにも、勘違い起こすほどに距離が近すぎるんだ)

 紫と青が角度によってじんわりと色を変えていく吸い込まれそうな瞳。陶器のようにすべらかな肌を持ちつつ男らしい顎や喉のライン。サラサラと凪いだ風でさえ拾ってしまうまばゆい銀髪。
 間近で見るには、恐ろしいほど清廉潔白で美麗にもほどがある。

 そんな完璧な王子が時々、溢すように無邪気な笑顔をみせてくる。まるで自分達の間に、溝も壁も薄い膜でさえないように名を呼びからかい、無防備な姿をさらけ出して。

 どこかできっと、ずっと自衛は働いている。リリアナは薄々それに気付いている。
 自分はいずれ酒場の娘に戻るし、王太子殿下は妃を娶る。城下町で披露パレードで自分は街道から大きく手を振って「おめでとう!」と叫んでいるのさえ鮮やかに想像もできる。

 だからリリアナは「惚れませんっ」と言い切った。
 なのに今度は、ジルベルトの耳が赤く染まってきた。
「お、お前、そーゆうことはもっとはやく瞬発で拒否しろっ。もたつくようなことじゃないだろっ」
「はやかったですってばっ」
「いーや、おそすぎだっ」

 それぞれの作業に意識を向けるように、ふたりして背中を向けて座り直した。
 背中越しになれば、余計に相手の気配や呼気に、意識がとらわれてしまうというのに。






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